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7話

7話

 結界の破れる音。薄いガラスを割ったような音――頭に直接響く――と共に薄水色の、術式で形成したイオンの壁が次々に破られていく。

 ここで、俺は一つ計算を間違った。と言うより、予想外だった、と言うべきだろう。一つは、いくらなんでも薄いとはいえ、結界がいつも以上に簡単に壊れていたという事。

 そして、その少女に、翼が生えていた事。


「――!?」


 想像以上のスピードで、少女は俺が想定していたコースよりも少し上に来ていた。その軌道で真っすぐ突っ込んだ為、結果的に少女が俺にダイビング頭突きをするという形になったのはミスでもなんでもなく、本当に不幸な事故であったと言っておきたい。

 目の前に火花が散る。運動量保存の法則により俺の身体は榛名の上から転げ落ち、少女と絡まる様に森を転がって行った。その後、木にぶつかって止まる。


「いってぇぇぇぇ……」


 頭突きされた額と木にぶつけた後頭部がジンジン痛む。少し頭がクラクラする。腹の上に感じる重さは、俺にダイビング頭突きを決めた少女の物だろう。視界が白く明滅しているせいで状況も分からない。


「おーい、大丈夫か? ご主人」


 榛名がこちらに歩いて来る。口には先程転がっている時に落としたライフルを咥えていた。俺は右手を軽く上げて平気な事を示す。

 視界が元に戻ってくると、俺にダイビング頭突きを決め、俺の腹に覆いかぶさって気絶している少女を見た。

 身長は俺より少し低い程。ツツジよりは大きいだろう。コールサイン、『プラチナ』の通りのプラチナブロンドの綺麗な銀髪に、服装はYシャツにロングスカート。襲撃のせいか、服の端々が焦げたり破れたりしている。

ここまでなら普通なのだが、問題はその他の部位。側頭部高めの位置から後ろに向かって伸びる、1対の太い角。耳がある位置にはヒレ、手足は爬虫類の様に銀色の鱗に覆われていて、爪は鋭くとがっている。背中の、肩甲骨の辺りからは1対の大きな翼が生え、腰からは太い尾が伸びている。

竜人ドラゴニュート。そんな言葉がぴったりな姿だった。今風に言うと、ドラゴン娘。


「う……ん……」


 少女が目を覚ます。開けられた金色の瞳は、瞳孔が縦長だった。夜だからか、開いている。少女はゆっくりと起き上がると、俺と目が合った。おびえた様な瞳。


「……」

「……」

「……」


 沈黙が流れる。少女の瞳はどんどん怯えを増していく。


「……あー」


 とにかく移動しなければ。そう思い、俺は話しかけた。取りあえず、ロシア語で話す。


「俺はステイン。ブラスから貴女を守る様に派遣された者です」

「ブラス……カティア?」


 少女が喋る。ロシア語の様だけれども、少し訛ったような言葉。その言葉に、俺は非常に聞き覚えがあった。

ブルガリア語。


「カティア・クリチェフスカヤです。俺は彼女の部下です――ロック」

「ろ、ロータス」


 ブルガリア語で返答するついでに、確認を取った。ブリーフィング時に教えられた確認コードを知っているので、少なくとも敵ではなさそうだ。部下と言ったが、一応カティアさんは俺の指揮権を持っているので、あながち間違いではない。少女は俺がいきなりブルガリア語を話し始めたことに少し驚くが、すぐに安堵したような表情になった。目じりに涙が溜まっている。


「よかった……ありがとうございます。私はり――いえ、プラチナです。そう呼んでください」

「分かりました」


 俺は通信回線を開く。応答なし。アルファ・ベータカンパニー共に応答なし。消息不明。俺はブリーフィングを思い出す。万一の時には、単独でも対象を護衛し、連合本部まで届ける事。


「今の任務は貴女を連合日本本部に送り届ける事です。立てますか?」


 俺は立ちあがると、プラチナに手を差し伸べた。


「はい――いたっ」


 俺の手を掴んだプラチナが立とうとすると、足首を抑えて倒れた。


「大丈夫ですか?」

「すみません、足首をくじいてしまったみたいで……」


 むしろあれだけの事の後で足首をくじく程度で済むのか、俺はそう思った。俺はプラチナを抱きかかえる。


「ひゃ、ひゃあっ!」

「じっとしててください。このまま乗せます」

「は、はい!」


 狐の姿の榛名が腹這いに寝そべる。俺は彼女を鞍に押し上げた。榛名の背に飛び乗り、彼女の前に座る。


「しっかり腰に手を廻していてください。振り落とされかねないので」

「は、はい」


彼女が俺の腰に手を廻し、抱き付いて来る。背中に何か当たっている気がしたが、タクティカルジャケット越しなのでよく分からない。


「通信は危険らしい。下まで降りて、支部から有線で本部と通信する」

「通信は控えろ、と言ってたが?」

「俺の勘だが――上層部が何か企んでいるんだろう。長野支部から本部に直接連絡する。まずは山を下りるぞ。ゴルト、頼む」

「了解」


 榛名が気を使ってか、ゆっくり走り出す。背中ではプラチナが小さく悲鳴を上げた。あっという間に凄いスピードに達する。榛名は木と木の間を減速せずに駆け抜ける。


「す、すごい!」


 プラチナが声を上げた。

 警報。俺の後ろを飛ぶドローンに感。数は4。ドローンの自動迎撃装置が作動し、ドローンの下部に装備されたミニガンが回転を始める。モーター音が聞こえ始めた直後、凄まじい音と共にミニガンが火を噴いた。

 ミニガン。6本の銃身を回転させ、装填、発射、排莢を連続で行うこの銃の発射速度は、毎分3000発を超える。1秒間に50以上の発砲は連続した、チェーンソーの回転音の様な音となって響いた。一瞬射撃が止まり、違う目標を撃ち始める。何が追ってきているかは不明だが、人であるなら間違いなくミンチより酷い状態になっているだろう。結界を張っても何秒も耐えられる魔術師はそうそういない。

 榛名が跳んだ。夜空に弧を描き、道路に着地する。舗装されているせいか、榛名の走る速さが早くなる。後ろではドローンが追従しつつミニガンで後ろの敵を掃射している。


「ったく、しつこいなっ!」

「ゴルトっ! 町に出るまでの辛抱だ! 持ちこたえろっ!」

「了解っ!」


 俺はタクティカルジャケットの腹部からフィルムケース程の大きさの物体を引き抜いた。腕の端末を操作してドローンに『FLASH』の警告を送る。


「フラッシュバン!」


 そう叫んで俺はそれを後ろ手に転がす様にして投げた。それはあっという間に後ろに転がって行って見えなくなる。俺が目をつぶって顔を下に向けた瞬間、世界から音が消えた。視界が 一瞬白く染まる。聴覚が戻ってくると、ドローンは射撃をやめて俺達に追従していた。どうやら撒けたらしい。


「ゴルト、平気か?」

「問題ない。術式で遮断できた」

「さて、プラチナ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……」


 そういうプラチナは目を白黒させていた。多少食らったらしい。連合の魔術師用フラッシュバンは威力が凄いのだ。


「追っ手の気配が消えた、反応もない」

「奴さん、諦めちゃいないだろう。絶対追ってくる――急ぐぞ、ご主人」


 榛名が走るスピードを速めた。街の灯りが近づいて来る。


「止まれ、ゴルト」


 街の手前で、榛名が指示に従って止まった。俺は榛名の背から降りる。


「どうしたんだ、ご主人」

「もうすぐ町だ、ここから先は徒歩で行く」


 流石に、巨大な狐を引き連れて歩くつもりはない。俺の恰好ならサバイバルゲームとでもいえば何とかなる。一応武器携帯許可証も携行しているため平気だが、職質されないように最低限の認識阻害の結界は張っておこう。あまり強い結界だと敵にも感知される可能性があるが、『無関心になる』程度なら問題ないだろう。ドローンは高度を上げてやり過ごさせる。

 連合の存在は機密だ。当然魔術師の存在も秘匿される。そこで用いられるのが認識を阻害する結界だ。認識阻害と一口に言っても様々な物があり、影が薄くなる程度の物から存在を完全に認知できなくなる物まで存在する。阻害の影響が大きい程術者への負担も大きくなるので、使い分けが大事だ。昔なら少しの『異物』でも騒ぎになったが、最近ではコスプレなどの存在により、人々の『異物』のレベルが下がっているらしい。

要するに、恰好が少しおかしい位なら興味をなくす程度で問題ないのだ。


 術式展開、認識阻害。


 自分の周囲に纏わりつくよう結界をかける。要するに化粧と同じだ。榛名はスーツ姿の金髪イケメン青年の姿へ変化した。どう見てもホストにしか見えない。


「さて、プラチナは……」


 手足はごまかせても、尻尾と羽根は流石に無理だった。


「あ、大丈夫です」


 そう言ってプラチナは目を閉じる。彼女がすぅ、と息を吸い込むと、『ドラゴンの部分』が淡い薄紫色の光に覆われた。それぞれの部位は融ける様に彼女の中に消えていき、数秒後、そこには普通の少女が立っていた。


「これで大丈夫です」


 プラチナが言う。それでも瞳孔は縦長のままだが、夜中なので開いているし、瞳程度なら問題ないだろう。それよりも問題なのが――


「靴、無いんですね」

「あっ」


 肉体が直接変化しているらしく、榛名の様に服が勝手に再現できるわけではないらしい。よく見ると服の背中の、翼が生えていた所にぽっかりと穴が開いていた。


「……車に忘れてきてしまいました……」


 プラチナが少し涙目になって言う。護送車に置いてきたのなら、今頃きっと灰になっているだろう。


「俺が背負いますよ」


 そう言って俺はかがむ。背中のハンガーの武器はバンドを使って肩にかけた。どのみちプラチナは足をくじいている。


「……何から何まで、ありがとうございます」

「気にしないでください」


 プラチナがおずおずと俺の背中におぶさる。腕を廻してきたのを確認すると、足を掴んで背負う。身体強化をかけていない体にかかる、ずしりとした重さ。健康的な体つきだと感じる重さだったが、この事は口が裂けても言うまいと硬く誓った。


「プラチナさん、少し、眠そうにしていてください」

「わ、わかりました」


 そう言ってプラチナは俺の後頭部に顔をうずめる。『酔っぱらった留学生を担ぐコスプレ大学生と同級生のホスト風イケメンが飲み会から帰っている様にパッと見、見える集団』の完成だった。


「ゴルト、行くぞ」

「了解」

街に向かって歩きだす。急激に町が始まるわけではなく、段々と建物の密度が高くなって行く感じだ。時刻は午前3時半。ひっそりと静まり返った民家は真っ暗だ。30分程も歩くと、チラホラと商業施設が見えてくる。


「ステインさん」


 歩いていると、プラチナが言った。


「何ですか?」

「このまま、少し寝てもいいですか?」


 そう言うプラチナの声は、本当に眠そうだった。追われていて、相当精神と体力を消耗したに違いない。無理もないだろう。


「構いませんよ」

「ありがとうございます。なんだか、ステインさん、いい匂いがして。それで、段々眠くなっちゃって」


 そう言ってプラチナは静かに息を立てて寝始めた。しかし俺は内心、冷や汗をかいていた。


「……寝ぼけて齧られたりしないよな」

「齧られたら写真撮って居間に飾ってやるよ、ご主人」


 プラチナが寝ぼけた場合、俺の首から下がぷらん(・・・)とぶら下がっている写真が我が家の居間に飾られる様だ。首から上はグロ画像になっているので写真の枠外だ。


「そういうの、何て言ったっけ。首から上を齧られることの隠語」

「マ◯る、か?」

「それだ。◯ミる」

「この場合はリヒるとでも言うのかね、ご主人」

「知るか」


 軽口を叩きながら歩みを進める。

 しかし、このまま進むのは困難だった。何処かで一旦休まなければ護衛対象がもたないし、戦闘も困難になる。背負ったまま銃撃戦や高機動戦は無理だ。何処か、休憩できる場所が必要だった。できれば誰の目にも付かないような場所――

 さて。

 田舎に行ったことはあるだろうか? それも、田舎は田舎でも、少しは近代化が進んでいる場所。そういうところに必ずと言っていい程の確率で存在するのが。


「……」

「……まぁ、確かにこういう事態の時は便利だが、なぁ?」


 ラブホテル。略称ラブホ。昔風に言うと、連れ込み宿である。

 ラブホテルは客のプライバシーを保護する為か、受付が自動になっている物も少なくない。つまり、誰かに姿を見せずに、簡単な手続きで泊まることが出来る。そのうえ、コスプレ衣装としてプラチナの服を購入することもできるかもしれない。ボロボロの服も結界による誤魔化しが効くか効かないか、位だ。犯罪の臭いがするとして警察に通報されたらアウトだ。コスプレイヤーと犯罪臭、どっちが注目されるかというと、言うまでもない。


「……経費で落ちるかな」

「……何とかなるさ」


 気まずい沈黙の中俺と榛名は足先をラブホに向けた。同時に指向性ECMを作動。監視カメラを狂わせる。ドローンに指示、屋上に着陸、指示があるまで索敵モード。


「ゴルト、頼む」

「了解、ご主人」


 榛名にプラチナを預け、俺はラブホの入り口に向かう。入り口の所で壁にカバー。こっそり中を覗く。完全に自動化されたフロント。予想通りだった。自販機の様なものも見える。

 俺は腕を軽く上げ、人差し指と中指を立てて振る。『集合』の合図だ。俺は懸けていた武器をハンガーユニットに仕舞う。武器の側面にハンガーユニットとの接続用のアタッチメントボルトがついていて、銃床とグリップボルトを確保して固定する仕組みだ。俺はハンガーユニットのPDWのグリップのロックをスライドさせて外して掴み、外側に捻ってから下に引いて取り外して構えた。敵がいない事を確かめながらフロントに入る。


「クリア」


 敵の反応は無し。自動化されたフロントで時間と部屋を指定し、表示された料金を支払う。まるでコインロッカーだった。出てきたカードキーは5階、506号室。


「行くぞ」


 俺は一言だけ言って階段へ向かう。エレベーターは避けよう。ドアを開け、クリアリング。敵無し。静かな階段を上っていく。踊り場でクリアリングを欠かさずに行う。5階に着く。ドアの向こうの様子を感じながら誰もいない事を確認し、そっと扉を開けた。普通のホテルよりも心なし、何かが違う雰囲気の廊下が現れる。PDWを構えながら廊下を進み、506号室へ。俺は拳を軽く上に上げた。『待て』の合図だ。

 俺は506号室のドアの横に張り付き、室内の様子を感じ取る。誰もいない。PDWのサイドレールのライトをつける。カードキーを通し、素早く中に入った。部屋、風呂場を索敵する。誰もいない。


「クリア」


 榛名が静かに入ってきた。ドアが閉まると同時に俺は部屋全体に結界を張る。隠蔽の結界だった。負荷が大きく、一瞬立ちくらみがした。


「大丈夫か? ご主人」

「平気だ。プラチナをベッドに」


 榛名がプラチナをベッドに降ろす。榛名の背中のプラチナは、何処か不機嫌そうな表情ねがおをしていた。


「さて、これからどうする、ご主人」


 榛名が言った。


「まず、あまり長くは此処には居られない。明日の6時には遅くとも出ていく事になるだろう」

「その後は?」

「長野支部に向かう。装備を変えて、応援も呼ぶ。後はそっちの指示に従うさ」

「了解」


 俺も榛名も、昼間に散々寝たおかげで眠くは無かったが、結界に霊力を使った為、俺が少し休息をとることになった。

 しかし、まずは寝る前にやることがある。プラチナの右足は、くじいたせいか心なし赤く腫れていた。俺はプラチナの脚に軽く触れた。


 術式展開、治癒。


 何かが流れ出すような感覚と共に、腫れが一瞬で引く。古くからけが人や病人を直す『奇跡』の話は多々ある。それらを解析して作られたのがこの術式だ。精通していれば、体が上下半分になっても治せるらしい。

 生憎俺は治癒の術式はあまり精通していない。精々応急処置程度だ。今回は捻挫を完治させるまで術式を用いたので、霊力をかなり使った。負担が眩暈となって俺を襲う。俺はPDWを榛名に渡した。


「じゃあ榛名。俺が休んでいる間を頼む」

「了解だ」


 PDWを持った榛名が言う。

 俺は床に座り込み、壁に背中を預けて瞼を閉じる。眠りはすぐにやってきた。とはいっても深い眠りではなく、周囲の状況が何となくわかるような、ごく浅い眠りだ。授業中に居眠りをする感覚、あんな感じだ。


謎の美少女!

正体が分かった人は、そっと何も言わないでいてあげてください。

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