6話
6話!
僕は富士山竜也。何処にでもいる平凡な高校生――だった。祖父の家にあった刀を偶然抜いてしまった僕は陰陽師の力を持っているとその刀の精霊に言われ、陰陽師として妖怪と戦う事になってしまった。そんな僕の前に現れたのは美少女――ではなく黒服のオッサンで、何も出来ないまま国際宗教連合とかいうのに捕まってしまった。しかし聞く限りでは彼等は正義の味方の様で、僕の様な人物を保護しているという。戦闘員として戦うか、保護下で普段通りの日常を過ごすか迫られた僕だが、非日常に憧れていた僕は前者を選んでしまう。そうして始まった僕の陰陽師としての生活。そんな僕の家にサポート役として来てくれたのは僕に戦うかどうか聞いてきた広報部のくノ一の美少女――ではなく、身長190センチはあろうかという筋肉ムキムキマッチョマンのオッサンで、始まった生活も美少女とのウキウキライフではなくまるで軍隊の様な生活だった。そんな中、ついに僕にも出撃任務が下り――
「はぁ……」
今僕は、草木も眠る丑三つ時に、兵隊の着る様な黒い服を着て、軍用車の上から外を見張っている。何でも護衛任務らしく、僕の乗る車の前には頑丈そうな軍用車が走っていて、その前にさらに車が走っている。ちなみに女性はいない。男のみだった。
「見張りを欠かすなよー、新入り」
車の中で隊長が言う。僕ははいと端的に答える。これも慣れてしまった。
車は舗装された山道を走っていく。このまま何もなければいいな。そう思った時、唐突にそいつらはやってきた。
林の中で何かが動く。暗視装置付きの双眼鏡で覗くと、酷く痩せ細った子供の様な姿をした何かが、凄い勢いでこちらに向かって来た。
「た、隊長、敵です!」
「どこからだ!」
「う、後ろから! 沢山!」
僕は刀の柄に手をかけた。
「バカヤロウ、正確に言え――わかった、もういい!」
慌てて刀を抜こうとする僕を、隊長が制する。
「えっ、でもっ!」
そいつらはすごい勢いで迫って来る。このままでは護衛対象も僕もやられてしまう。
「何もするな! ――来るぞ」
隊長がそう言った次の瞬間、今まさに追いつこうとしていた一体がビクンと体を硬直させ、そのまま動かなくなって後ろに転がって行った。
「!?」
別の奴にも同じような事が起こり、次々と倒れていく。
その時、偶然見えた。こちらに飛びつこうとした一体の頭に親指が通る程の穴がぽっかりと開く瞬間を。その一体は転がって動かなくなった。
そして、再び何もいなくなる。直後、乾いた音がかすかに響いた。連続してカーン、カーンと何かを打つ音の様にも聞こえる。
何が起きたのかは分からなかった。だけど、今の一連の現象を作戦会議の時にいた、ステインと紹介された僕と同じ位の歳の少年がやった、という事だけは、かろうじて理解できたのだった。
「ナイスキル」
榛名が言う。俺はライフルを降ろした。
時刻は午前3時。現在は新潟と長野の県境付近だ。俺は自動車ほどの大きさの狐の姿になった榛名の背中に乗っている。
襲撃の知らせを聞く前に、俺は接近する物体をとらえていた。餓鬼。狙撃で片付けた。
俺の後ろではドローンのファンの音が2機分鳴っている。コンピューターシミュレーションで設計されたというドローンのファンはとても静かだった。
餓鬼。悪霊の一種の様なもので、鬼の最下位ともされる。そして。
「式神とされることが多い妖怪でもある、か」
俺は襲撃した餓鬼の動きに、指揮系統が有る様な予勘がした。
「なにか引っかかる、そんな顔をしてるな、ご主人」
榛名が言った。
「説明不足の事もあるが、俺が来る予定じゃなかった、みたいな勘じがする」
「ご主人が来るのが想定外だった、と?」
「多分カティアさん辺りが手を回したんだろう。ブリーフィングの時、俺だけ指揮系統が間接的なのも気になる」
俺の指示はベータ・カンパニーのダストが出す、緊急の時は個人の判断で動け。戦力外と言われている様な物だった。慌てて作戦を変更したようにも感じられた。
「車列が動いてる。移動するぞ、榛名」
「了解」
榛名に付けられた鞍を掴む。同時に、榛名がゆっくりと走り出した。馬とは違う、肉食動物の走りはとても静かだ。俺は榛名の背に姿勢を低くして跨りながら、腕の端末を操作するHUDグラスのAR(拡張現実)の表示が変わる。ドローンは高度を上げて森の上を飛んで俺と榛名に追従する。索敵モードにし、車列を監視する。
「このまま何事も起こらなきゃいいが」
そっと呟く。
「知ってるか? ご主人。世間じゃそういうの、フラグっていうんだぞ」
榛名が走りながら言った。
警報。榛名が急ブレーキをかけて立ち止まる。俺はその間にライフルを構え、銃床に頬を付けてスコープを覗いた。感覚強化の術式のお蔭で、夜間でも昼間の様に見える。先ほどと同じ餓鬼の群れ。今回は5体。
すぐに補正し、照準を合わせる。ARにドローンの観測データが表示された。距離1200、風速N31W9.2、スタンバイ。息を止め、俺は引き金を引いた。薄青色の透明なマズルフラッシュ、鋭い銃声、銃口が跳ね上がる。即座に修正。スコープから見える視界の端では餓鬼の頭に銃弾が吸い込まれていった。着弾すると同時に、再び発砲。ARに索敵の結果が表示される。銃身が跳ね上がった先に別の標的をとらえ、再び発砲。ヘッドショット、ヒット。修正、発砲、ヒット。最後の一体が狙撃に気付いたのか車の影に隠れようとする。餓鬼の少し手前に弾が着弾するよう予測して、俺は発砲した。直後、四足で走っている餓鬼が跳ねる。予測位置に姿が重なり、次の瞬間胸に穴を開けて転がって行った。
「クリア」
榛名が呟く。山に銃声が木霊した。
「流石だな、ご主人。これ程早く補正から射撃まで行うとは」
「感覚強化してなきゃ出来ねぇよ。こんな真似」
「それでも十分凄いと思うぞ」
「ん、ありがと」
再び榛名が走り出す。車列を追い越され、追い越しを繰り返す。
その後しばらくは定期的に餓鬼の襲撃があり、それを俺が狙撃で仕留める、という事の繰り返しだった。ルートは長野を通り、岐阜、滋賀と行く様になっている。新潟と長野の県境は過ぎて、次第に街中の光がチラホラと見え始めていた。時刻は午前3時。胸の奥に潜む妙な予勘は前歯に詰まった肉の筋の様な違和感を胸に残し続けていた。
再び榛名が立ち止まる。車列が後方に見える。俺はライフルを構えて車列の周囲を索敵する。
なんの前触れもなく、それは起こった。ゾクリと来る嫌な予感。同時に森の一角から光が音もなく打ち上がり、一瞬水平に飛行したと思うとそのまま急上昇していった。
あまりにも見覚えがありすぎる、その軌道。
「ジャベリンだ!」
無線機に向かって叫ぶ。同時に俺はジャベリンをスコープで追いかける。トップアタックモードに設定されたジャベリンは大きく上昇した後で急降下し、目標に垂直に襲い掛かる。上昇から下降に転じるその瞬間が、ねらい目だ。目測距離1850。無風。光が不自然に揺らいだその瞬間を狙って、俺はその先に銃弾を置くようにして発砲した。衝撃が肩に来る。
一瞬、光が散る。光は火の粉をまき散らしながら制御を失った様にフラフラと落下していくと、車列の傍の道路に吸い込まれていった。直後、閃光が走り、道路が波打った。遅れて衝撃波が体を揺らす。
「クソッ!」
スコープで車列を見ると、ジャベリンの着弾の衝撃で護送車は横転し、護衛対象の車も脱輪していた。どうやらあのジャベリン、魔術師用にチューンされた強化版らしい。
「ダスト、こちらステイン、応答せよ、ダスト!」
通信機に向かって叫ぶ。数秒のノイズの後、応答があった。
『こちらダスト、直撃を免れたおかげで何とかなったが、ベータ・カンパニーは動けない』
「よかった。ダスト、護衛対象の車両がアルファ・ベータ共に走行不能になっている」
『了解。こちらダスト、脱出の後護衛対象を確保、アルファ・カンパニーと合流する』
「了解。援護する」
ドローンを警戒モードに。2機のドローンは俺の周囲を旋回し始める。スコープを覗くとダストとブルー、その他2人が横転した車両から這い出していた。ダストは護衛対象車に駆け寄ると、ドアを引きちぎった。しかし、そこで動きが止まる。
「ダスト、何があった。状況を報告してくれ」
『おいおい、こりゃどういう事だ』
「ダスト、何があった!」
俺は叫ぶ。詰まった物が取れそうな、そんな感覚。
『――こちらダスト、車内はもぬけの殻だ』
つまりモノが、取れた。
『自動操縦になってる。糞っ、どういう事だ!』
やはり俺達は囮だった。護衛対象を狙う者をおびき寄せる為の。
――なら、本物の護衛対象は何処だ?
餌に食いつかせるには、囮を本物と似たように動かすのが最も効率的で効果的だ。
「――榛名ッ!」
直後、遥か後ろの道路で、閃光が走った。数秒遅れて衝撃波が体を揺らす。その瞬間、榛名は弾かれたように走り出した。
「くそっ、忌々しい人間どもめっ!」
榛名がひどく憎々しく叫ぶ。
「ダストっ! 救援をっ! “本物”が襲われているっ!」
通信機に向かって俺は叫ぶ。
『ネガティヴっ! こちらも餓鬼の群れの襲撃に合ってる! 戦力は問題ないが数が多すぎて移動できないっ! 護衛を優先しろっ! アウト!』
ダストのその叫び声とともに、通信が切れた。LINK―OUTの表示。
「俺等だけでやるしかない。行くぞっ、榛名っ!」
「了解っ!」
俺は腰からスナイパーライフルのマガジンを引き抜く。空になった、刺さったままのマガジンを手に持ったマガジンで後ろから弾くとマガジンは外れた。外れたマガジンは込められた術式が発動し、外れた瞬間に水になった。マガジンを刺しこみ、コッキングレバーを引いてリロード。
再び森の中からミサイルが上がる。ミサイルは急上昇。俺はライフルを構える。エイム、ファイア。夜空で火花が散った。ミサイルはフラフラと飛んでいき、森に着弾する。
「1発やった!」
「次、もう来てるぞっ!」
森からミサイルが上がる。ただし、今度は上昇しない。加速しながら真っすぐ飛んでいく。ダイレクトアタックモードに切り替えたのか。
「あんにゃろっ……!」
ミサイルの未来位置を瞬間的に予測する。エイム、ファイア。ミサイルの先端から火花が散った。緩くカーブして飛んでいたミサイルは曲がらなくなり真っすぐ飛んで森に突き刺さる。
「節操なしにバカスカ撃ちやがって! 一発いくらすると思ってやがるっ!」
榛名が叫ぶ。俺は再び発射されたミサイルを撃ち落とす。
「ゴルトっ! 目標までの距離っ!」
「残り2200っ!」
再びミサイルが上がった。俺はライフルを構え迎撃しようとする。しかし、次の瞬間ミサイルが割れた。割れたミサイルから7発のミサイルが分裂して飛んでいく。
「分裂ミサイルまで持ってやがるのか!?」
「ご主人っ!」
榛名が叫ぶ。
「間に合わないっ……!」
俺はとっさに腕の端末を弄る。電波を指向性に、収束方向は前方。
「ミサイル! 退避、退避だ!」
ヘッドセットの通話ボタンを押し、マイクに向かってあらん限りの大声で叫んだ。
直後、7本のミサイルが突き刺さった。7つの爆発が着弾地点を滅茶苦茶にしていく。炎が夜空を照らし出す。
榛名が足を止める。俺達はただ茫然とその場に立ち尽くし、森から上がる炎を眺めていた。
「……こちらステイン、応答せよ」
通信機からは何も聞こえない。砂嵐の様な雑音が聞こえるのみである。
「こちらステイン、応答せよ」
再びくり返す。応答はない。
「……ご主人」
榛名が俺の方を見て言った。
「ゴルト、帰還だ」
俺は言う。
「作戦は、失敗――『こちらコザック』――!?」
通信が入る。ロシア語だった。俺はロシア語で返答する。
「こちらステイン、コザック、状況を」
『通信のお蔭で直前に脱出できた。助かったぞ』
渋い声だった。俺は通信を続ける。
「コザック、護衛対象は?」
『ステインと言ったな。やはりブラスの言った通りだ。護衛対象――プラチナを任せる。以降はそちらの判断かつ単独でプラチナを当初の地点まで護送すること。なお通信は極力控えろ。グッドラック。アウト』
そう言って通信は切れた。ブラス? 何でカティアさんのコールサインが出てくる? そして護衛対象を任せる? 通信を控えろとはどういう事だ?
突然の情報を頭で整理していた所に警報が鳴る。索敵状態にしていたドローンからだった。ロックオン反応なし、IFF(敵味方識別信号)無し。アンノウン。こちらに突っ込んでくる。俺はライフルのスコープでそれを見た――人?
「受け止めるぞ、ゴルト」
「了解だ」
榛名が走り出し、すぐに止まる。落下位置に合わせて位置を微調整する。野球のフライを取る感覚だ。
術式展開、結界生成。
薄い、それこそ卵の殻の様な破れやすい結界を何層にも重ねていく。わざと突き破らせて速度を落とすためだ。緩衝結界の術式も存在するが、どうも苦手だった。アンノウンが近づく――女の子?
そこ、特殊部隊とか言わない。