5話
5話!
北陸南部支部、通称新潟支部までは電車を乗り継いで3時間程だった。途中ファーストフード店でハンバーガーを購入し、それを昼食にした。
電車を乗り継ぎ、新潟に入って少しすると、俺と同じように大きなスポーツバッグとケースを担いだ男性が電車に乗ってきた。同業者だろうか? 少し遅れて俺と同じ年齢位に見える少年が慌てて乗ってきた。同じようにスポーツバックとケースを担いでいる。2人は俺等が降りた駅と同じ駅で降りた。怪しまれることを避けて、お互い距離を取りながら歩く。
「お前が長野支部の奴か?」
改札を出て少し歩き、人がいなくなってきたところで男性が話しかけてきた。
「はい」
俺が答えると、男性はそうか、と言ってそれから手を差し出してきた。
「新潟支部の『ダスト』だ。宜しく頼む」
俺は差し出された手を握り返す。年季の入った硬い手だった。
「長野支部の『ステイン』です。よろしくお願いします」
「ん? 左の彼は?」
ダストが榛名を見て言った。
「彼は私の式神です」
「『ゴルト』だ。宜しく頼む」
榛名が俺と同じように彼と握手する。男性の左にいた少年はおろおろしていたが、同年代の俺を見ると安心したような顔で手を差し出してきた。
「『ブルー』だ、よろしくな!」
「ああ、宜しく」
握手をする。柔らかい手だった。
初対面で妙に馴れ馴れしい気もするが、気のせいだろう。友人を作りやすい体質なんだな、そんな事を思った。さっき一瞬残念そうな顔をした気がするが、気にしないでおく事にしよう。
駅から15分程歩いた街中に北陸南部支部はあった。4階建ての大きなビルで、長野支部とはえらく違っていた。新潟支部はロシアや中国の支部との合同作戦も多いからだろうか。
中に入ると寂れた感じの長野支部とは違って小奇麗で、作戦がある為か人も多かった。俺は荷物を持ってダストの後に付いて行く。ダストは奥の階段――基本構造は変わらない様だ――に行き、3階まで登った。ダストの後に付いて行くブルーの息が上がっていた。こんな調子で大丈夫だろうか。3階に着いてドアを一つくぐると、そこは広々とした会議室で、机は端に寄せられ、パイプ椅子が壁のスクリーンを中心に並んでいる。既に何人かがいるが、本を読んでいたり堂々と床に寝転がって昼寝を通亭たりする。休憩室は使用できないらしい。俺は荷物を部屋の隅に置くと、スポーツバックの中からタクティカルジャケットを取り出し、上に着た。ベルトを引き、体にフィットさせる。
「ん? お前、マルチなのか?」
ダストが俺のタクティカルジャケットのエンブレムを見て言った。エージェントを示すエンブレムの周囲が、縦に白黒で分かれている。これが黒なら対人外を専門とする部隊、白なら対人となる。俺は『どちらにも対応可能』のマルチフォースであった。
「まぁ、そうです」
あっけなく返す。その年で珍しいな、と言われた。ダストもブルーも、対人外のエンブレムだった。
ダストはまだ準備が残っているといってブルーを連れて去って行った。俺は周りを見渡す。マットの敷かれた床の上で寝ている人の姿が多い。
「さて、随分時間が余ったな、ご主人」
榛名が聞いて来る。
「今日の任務は夜間だ。お前はともかく、俺は仮眠でも取らないと身が持たないよ」
「何なら膝枕でもしてやろうか?」
「冗談はよしてくれ――待て、尻尾なら考えてやる」
しょうがないなぁ。そう言って榛名は部屋の隅に寄り、変化した。榛名の身体が光に包まれ、姿を変えていく。
「これでどうだ? 腹枕がベストじゃないか?」
光が収まると、そこには一匹の、大型犬より一回り大きい、『狐』が横たわっていた。確かにこの腹を枕にしたら気持ちよさそうだ。
「じゃあ頼む。ブリーフィングの時間が近くなったら起こしてくれ」
「了解だ。まぁ、僕も少し昼寝をするとするか」
俺は床に寝ころび、頭を榛名のフカフカの腹に埋めた。ビロードの様な感触の滑らかな毛皮がそっと頭を包む。そして、その毛皮は榛名の息に合わせてゆっくり上下し、心臓の鼓動に合わせて小さく脈打っていた。
誰かと寄り添って眠るという事は、個人的な意見だが動物が最も安心して眠れる状態なのではないかと思う。以前、ツツジが俺の家に泊まりに来た時に、台風が来てしまった事がある。外は夜通し暴風雨で、雷も結構近くに沢山落ちていた。ツツジは震えながら寄り添って寝てほしいと言ったので俺はその時俺の布団にツツジを入れてやった。一回り小さいツツジだが、当然布団は狭くなる為一番良いスペースの活用法を探した結果、俺がツツジを軽く抱き寄せて眠るという形になった。言いだしたツツジは勿論だったがこの時、俺も普段以上によく眠れた気がしたのである。呼吸でゆっくりと動く体や体温を感じていると、自然な眠りにいつも以上に深く落ちる事が出来たのである。
榛名を枕にし、目を閉じると、準備で忙しく成って行く支部の喧騒もすぐに遠のき、俺は深い眠りに落ちていった。
「起きろ、ご主人」
そう言われて俺は深い眠りから急上昇した。目を開けると、か細い夕日が室内に差し込んでいる。時計を見ると、6時30だった。上半身を起こして周りを見ると、俺と同じように起き始めている人の姿がチラホラ見える。そろそろブリーフィングの準備をした方が良さそうだ。
俺は立つと並べてある席に向かった。席の上にはブリーフィングの内容を記したプリントが置かれていた。俺はそれに軽く目を通す。
内容をざっと見た限りでは、どうやら護衛任務らしい。重要人物を滋賀の連合アジア本部に連れていくらしい。そこまでの間護衛するのが、今回の任務だ。護衛対象は1名。護衛人数は俺と榛名を含めて10人。アルファ・カンパニーが前方、ベータ・カンパニーが後方を防衛する。俺は榛名と共に周囲の高台から狙撃で支援をするらしい。2機の攻撃飛行ロボットを俺の援護に付けるとの事だ。次のページにドローンの使用方法が記載されている。
タイムテーブルを見るとこの後移動し、港で護衛対象を確保の後、滋賀本部まで護送するらしい。作戦終了予定時刻は明日の午前10時だった。コースを見ると一部高速道路を除いては山道を走るルートだ。一般人を巻き込まないようにするための配慮で、珍しくも無かった。戦闘になって道を吹っ飛ばしてしまっても、山道なら土砂崩れとして隠蔽することも容易だ。だが、違和感が生じる。わざわざスナイパーを配置するという事、それはまるで護衛と言うより護衛対象を囮にした殲滅作戦の様にも感じられる。
ブリーフィングが始まり、俺はこの疑問点を質問したが、曖昧な返答しか返ってこなかった。そしてそのまま、移動が始まる。どうしようもないモヤモヤとしたものを抱えたまま、俺と榛名は車に乗り込んだ。
もうこうなると完全に軍隊やね。