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虹屑の戦鏡譚  作者: 山鴎 柊水
序章 出会いと再開の地、姫様御一行の旅は始まってない!?
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Amanter closed 鈴の優しい音色


「スズ、ごめんなさい」

 小声でつぶやく。鏡の前の自分がうつる。白銀の髪を後ろで団子にまとめている。服装は、若い人向けの服。どこにでもいる一般の人になった気でいる。スズの言うとおり、姫であることは事実であり、そこからは逃げることができない。

 座っているスズを思い起こす。

「どうしよう」

 悩んで目を閉じたら……。


「えっ! ……ん、んん……………!」


 口に手を当てられた。視界がふさがれる。


「……!!」


 手も縛れる。


 身動きが取れない。


 叫びたくても、叫べない。


「やりましたぜ。兄貴」

「おうよ、とんずらするぜ」

 この言葉を聞こえ、体を軽々しく持ち上げられる。

 何も抵抗できないまま、連れ去られた。


 この2人は、はたして何者なのか? ただひとつ、愚かな行為をしたと言えば、トイレの出口が一つだけだったということだろう。

 こんな怪しい男が、女性トイレから袋を持って逃げたら、怪しまれるのも当然だ。

 袋から足が出てしまっている。靴を見ただけで、スズは誰だかわかった。

「そこの二人、止まれ!!」

 スズにしては、珍しいほど声を上げた。

「やなこった」

「話してる場合じゃない、逃げるぞ」

「すいやせん、兄貴」

「兄貴ってよぶんじゃない」

 調理場を抜けて走り去っていく。スズが立ち上がり、追いかけようとするが、客が邪魔され、慌てたせいかもあり追いつくことができなかった。そのまま二人組は外に出ていく。


 二人の運の良さが如何なく発揮された。人の渦に巻き込まれてスズは見失う。ほんの心の隙を突かれてしまった。二人組は、うまく逃げることができたのだ。

「兄貴、まけましたぜ」

「運がいいな俺たち」

 薄汚れた麻袋からは足と靴が微かにみえるだけで、微かに見ただけでは気づかない。

 ましてや誰が考えるだろうか、麻袋の中に誘拐された少女(姫)がいることなど。


 二人組は大通りを進むのは悪いと思い、路地裏を通って、人通りの少ない道を通ってしまったために、運から見放されてしまった。

 かといって、誘拐に成功してしまったら、最悪殺されていたのだから、今回の運がなかったというよりかは、運が良かったと取ったほうがいいだろう。ただし、今の彼らには、そんな結末も知る由がない。

 とにかく、二人組は運から見放された。


「これは美少女の生足!」


 この声の持ち主のせいだ。麻袋から、わずかに出ていた靴と足の一部分を見て、女ということ、さらには年齢が10代後半だということ、それとなかなかの美人だということを、足だけで見抜いてしまった。


 この男は麻袋から出ている生足にいち早く反応した。


「な、なんだ!」

「うおぉ!」

 二人組は、男の声を聴いた次の瞬間、地面とキスをしていた。

「ぐふっ!」

「ぎょえ!」


 アイリスは突然の出来事に驚く。麻袋から出ていて、目隠しも取れていた。

「えっ? えっ?」


 事態を飲み込めないアイリス。


 そして、今自分が誰かにお姫様抱っこされているということに気付くのに時間がかかった。

「やっぱり美少女だ。いやー、人を救うのって気持ちがいいな」

 へらへらと笑っている男の顔がすぐ近くにあった。


「えぇぇ!」


 驚く。


「あ、あなた誰ですか!」


 驚く。


「どうして?」


 やはり驚いた。


 アイリスは姫の身分も忘れて驚いた。


「可愛い子が驚く顔は、やっぱり可愛い」

 このへらへら男は呟いている。アイリスは逃げようとするが、どうも体が動かない。

「可愛いお嬢さん、どちらさまですか?」

 そんなアイリスの気持ちも知れずに名前をたずねる。

「えっと」

「怖がらなくても大丈夫だ。悪い人は追っ払ったから」

 男は急に話しかける。周りを見たら先ほどの二人組はどこかに行ってしまっていた。

 アイリスは口をパクパクさせる。

 開閉を繰りかす。

 顔が近い。彼の瞳の奥に自分が映っている。頬が赤い自分だった。

 一瞬の時間。されど長く感じた。

 そんなひと時も、一言で壊される。


「イツキ! なに女の子を誘拐してるの!!!」


 遠くから女の声が聞こえる。それ共に、風を切る音がした。

「お、おまえなにを!」

 イツキが驚いて飛び退く。足元には剣が刺さっていた。一応言っておく、道は石で敷き詰められている。剣が石に突き刺さっている。


「離しなさーーい!」

 第二声。

 いや、第二投。

 次は槍が飛んできた。

 これもまた風を切りながら、道に突き刺さる。

「俺を殺すきか!」

「女性を誘拐するやつは、死刑!」

 次に飛んできたのは、桶が飛んできた。特大サイズだ。

「お前! 魔法はなしだろ!」

「問答無用!」

 熾烈しれつを増す。桶というのが可愛いと思えるぐらい。様々なものが飛んできた。魔法の力が加わっているために威力は通常の倍以上だったりする。

「おまえ! 石を飛ばすな!」


 もう何でもありだった。


「馬鹿か! 馬車飛ばすな!」

 馬の鳴き声と共に近づいてくる。

「こっちは人抱えているんだからな!」

 お姫様抱っこしながら、器用に馬車を交わす。

「まだまだ!」

「お前、絶対に楽しんでるだろ!」


 樽から、桶から、馬車から、石から、花瓶から、その近くにあるものすべてが、風の魔法でイツキのほうに向かう

 それを時には跳び、時には屈み、時には避けた。


「最後!」

「おい!」

 イツキの気付かないうちに、風の魔法の使用者ヘスティナが目の前に近づいてきていた。

「……っ! アイリス様!」

 ヘスティナが、イツキの顔面めがけ、パイを投げようとした矢先、アイリスと目が合う。

「ティナ!」

「アイリス様!」

「知り合いかお前たち、それな……」

 言葉が言い終わる前に、ヘスティナが剣を抜き去り、喉元に剣先をあてる。早業だ。パイは道路の上に丁寧に置かれている。形は崩れていない。


「アイリス様を離せ」

「落ち着け」

「はやく」

「はい、わかった」

 その返事を聞くと剣を下す。すぐさま、イツキはアイリスを解放した。


「アイリス様、この変な男に変なことされませんでしたか」

 アイリスの近くに駆け寄る。

「大丈夫。この人が助けてくれたから」

「この変な男が」

「さんざんな言われようだな」

 ヘスティナの睨みを利かせたせいか、イツキは黙った。

「はい、ティナ。粗相のないように、私が誘拐されていたところを助けてくださったのですから」

「誘拐されていたのですか!? そういえばスズは?」

「スズとは……」

 喧嘩別れして、誘拐されるという失態を演じたアイリスは、スズのことを言い出しにくかった。

「一瞬の間だったので、スズも追いかけれれなく」

「怪我ないのが幸いです。それではスズを探しましょう」

「そうですね。心配です」

 アイリスとヘスティナは歩き出す。


「俺は無視かよ」


 二人の後ろについていく。


 徐々に足の速度を緩めて、路地を曲がったら、

「それで、スズ。どうして隠れてる」

 スズの姿があった。毛先の揃った綺麗な黒髪は暗闇の中に消えてしまいそうなほど弱弱しい。

「それはその……」

 スズは、久々の兄との再会にも関わらず表情が暗い。

「ちょっとは成長したかと思えば、人はそんなに変われるもんでもないか」

「お兄ち、イツキこそ何にも変わりません……」

 お兄ちゃんと言いそうになったところを訂正して名前で呼ぶ。

「そりゃ、俺は俺だからな」

 いつものように、へらへらと笑う。その笑顔を見たら安心したスズ。

「それでも……あの時にあんなことを言っていなければ」

 急に説教じみたことを言ってしまった自分に後悔する。

「また、説教臭いことでも言ったんだろ。それも、スズが言うと、的に当たりすぎて、相手からしてみると、心臓えぐられる気持ちだろうな」

「そんなつもりは」

「お前に、そんな気持ちがなくても、お前はいつも相手の核心部を付いてくるからな。どうせ今回も、そうだったんだろ」

「なんで、あんなことを言ってしまったのでしょう。つい、口から出てしまって」

「後悔しまくればいい。後悔して後悔して、後悔すれば、勝手に割り切れる」

「割り切ったら」

「割り切ることは悪くない。一番駄目なのは、割り切ることもせず、後悔を残し続けるか、後悔を糧に次に進めないことだ。後悔したのなら、次はどうしないといけないか、わかるよな?」

「はい」

 拳を握りしめる。ふとした一言がきっかけで齟齬そごが生じてしまう。言葉

が、それほど重みがあるものだと再確認したスズだった。


「まったく、これじゃあ説教してるみたいじゃないか。とにかくだ。あれだな。適当にだ」

「何も解決してません」

「俺の中で解決したからいいんだよ」

 スズは苦笑いを浮かべる。

「さて、合流するか」

 イツキを無視してスズを探している二人のところに行く。

「はい」

 この一言で、すべて片が付いたようだ。何で悩んでいたかも忘れてしまう。



「……ひとつ言い忘れていました」



 イツキは立ち止りスズのほうに振り返ると、


「おかえりなさい」


 スズは懐かしげに微笑んだ。



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