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虹屑の戦鏡譚  作者: 山鴎 柊水
序章 出会いと再開の地、姫様御一行の旅は始まってない!?
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Amanter part 1 鈴の優しい音色

 アレンスとは、ビフトレス王国の中西部に位置する都市である。王都ビフトレスからは徒歩で3日もかからず行ける距離。王都に行く道筋の交易路として栄えている宿場街である。

 西を行けば海が広がり、海上交易路から入ってきた貿易品の流通ルートのひとつになっていた。

 アレンスは城壁に囲まれた中規模の都市であり、その中には石造りの街並みが広がる。

 城壁の外には小麦畑が広がり、その先には丘陵地と野原が広がる。アレンスの近くには川が海に向かって流れる。小さい川で、主に農業用水と街の上下水道に使う。

 そんな昔からある都市である。


 アイリスはアレンスの街の中の華やかな市場模様を見ることすらできない。アイリスたちの馬車は貴族を装い街に入る。そのまま、街唯一の迎賓館で宿泊する予定だ。

 この地を任せられている貴族、ベストパルッチカ卿は素晴らしい肉付きの持ち主で動くたびに、どこかの肉が動く。見るからに裕福な貴族だった。ベストパルチッカ卿は国から任命された領主で、もう赴任して4年は経つ。

 ベストパルチッカ卿は、迎賓館で出迎えをした。

「ようこそ、わが領地においでなさいました」

 とはじまり、簡単な自己紹介は終わる。その後も、気の使いようが細かく、こちらも疲れてしまうほどだ。

 アイリスは、その一つ一つに対応し、微笑みを浮かべる。その後ろではスズが侍女として立ち振る舞いながら、警護も行っていた。スズは表情を一切変えず、姫の後ろにいる置物のごとくふるまいだ。

 迎賓館での歓迎は夜にまで及ぶ、大げさな晩餐会が開かれる。貴族が来たことになっているはずなのに、この盛大さは少々場違いだ。

 アイリスは様々な人に話しかけられ対応する。

 その後ろをスズが付き従う。

 こんな夜も必ず終わりがくる。

 晩餐会は、ベストパルチッカ卿の中では大成功に終わったのだ。彼の笑いを見れば誰でもわかる。


 迎賓館の一室に案内されたアイリスとスズは、ようやく堅苦しい空間から解放された。

「アイリス様、お疲れ様です」

「スズこそ、ごめんなさい、後ろにずっとついてもらっていて。感謝するわ」

「アイリス様、晩餐会での口調のままです」

「そうだった」

 アイリスは椅子に座り手を上にあげながら背筋を伸ばす。他の貴族が見たら驚く光景だ。

「久々の晩餐会で緊張するのも当然です。最近では、まったく表に顔を出していないのですから」

「私はあんな場は嫌い。でも、姫だから出ないと」

「アイリス様は、立派にお役目を果たしています。今日はゆっくり休んで、旅の疲れを取ってください。明日からが本番です」

「そうね。馬車の中の会話ありがとう楽しかった」

「そんな、私のつまらない話をしただけです。楽しいことなどひとつもありません」

 スズは勢いよく否定する。その様子は可愛らしい。

「スズのお兄さんみたいな人がいたなんて知らなかった」

「私が勝手に兄と呼んでいただけです」

 最初はスズとヘスティナについて話していただけなのだが、アイリスが楽しそうに聞いてくれるために、スズは調子に乗って喋りすぎた。

「一度会ってみたい。あなたのお兄さんに」

「いえ、会えないと思います。いつもふらふらして、気の向くままに行動する人です。私も王立士官学校を卒業してから会っていません」

「そんな人がスズのお兄さんなんて、想像ができない」

「よく言われます」

 照れるスズ。アイリスは突然こんなことを言った。

「改めて思うけど、本当に今回の旅は、いい旅になりそう」

「どうしてですか?」

 馬車の乗り心地は最悪で、貴族に盛大な晩餐会を開かれたアイリスは今回の旅はそんなに良いものじゃないというかと思いきや、おもわぬことを言ったためにスズは聞き返してしまう。

「あなたの過去が聞けたから。あなたとおしゃべりしても、最近のことや、勉強的なことが多くて、あなたのことを聞いたことがなかった。だから、馬車の中で話してくれて嬉しかった」

「……ありがとうございます」

 スズは、なぜやら感謝をした。そして、アイリスの過去を知らない自分を今知った。

「明日は午前にアレンスの行政視察。その後は自由時間です。どうなさいます?」

 誤魔化すために、明日の予定を言う。

「午後は自由なの?」

「そうです。アイリス様は何がしたいのかを聞きたいです」

「市内を見て回ることはできる?」

「それは……」

 姫が市内を動いたら、それこそ軍から貴族まで全てが動き、見て回る所の騒ぎではない。

「それは、難しいです」

「姫は、このアレンスに来たということにはなっていなくて、貴族でしょ?」

「はい、貴族が来訪をしていることになっています」

「なら大丈夫。変装していけば大丈夫」

 アイリスは自分の長い髪を見ながら言った。

「でも……」

「それに、私は民衆への露出が少ないから、わからない。それこそ、貴族階級の人たちぐらいしかわからないから」

 この時代は、カメラなんていうものはなく、民衆が王族について知ろうとしたら、たいていは絵か噂である。絵も、この当時は自画像を描く人は少ない。それこそ王になったら、1枚ぐらいは描くだろうが、アイリスは姫である。噂についても、ほとんど外に出ないアイリスは有名になっていない。

「ですが」

「大丈夫」

「心配です」

「大丈夫」

「もしものことがあったら」

「大丈夫」

 …………………

 …………

 ……

 その後も、スズの心配をすべて大丈夫で押し切ってしまい、ついには根負けした。

「わかりました。私が警護するので、勝手な行動をしないでください」

「ありがとう。スズ」

「アイリス様、くれぐれも勝手な行動に出ないでください」

「わかってる。それにスズがいるから、安心」

「わかりました。お任せください」

 スズは明日の午後をどうするか頭の中で考える。まずは服装である。それに加えて警護をする必要もあり、計画が練られていく。

 アイリスのわがままに付き合うスズだったが、息抜きも必要だと思った。城の中にいる日々が長すぎるのだ。城の中だけでは鬱憤うっぷんもたまってしまう。

 それにスズも市内を見て回りたかったという思いがないと言われれば嘘であった。

 スズも心の内では楽しみだったのだ。


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