Prologue closed ひとりぼっちのお姫様
「ここはどこ?」
「ここはだな、ちょうどお前たちが押し寄せた正門の反対側だ。そして、もう少し行ったら中庭があるから、そこから迂回して屋敷を抜け出す。無駄にでかい屋敷だからな。まったくこの村の役人はどんだけ豪華な生活をしてたんだ」
イツキが毒づくのも無理ない。ちっぽけな村にしては豪勢すぎる建造物。そこに役人が住んでいたのだ。ヘスティナも初め見てた際は驚いた。本当に無駄に広い屋敷なのだ。
そうこう言っているうちに、建物の中から反乱兵が出てきた。全員が剣を持っている。銃は持っていない。
「各自散会、戦闘をしてもいいが、逃げること優先」
ヘスティナの明瞭な声により、部下たちが応える。
部下は2人1組を崩さず、反乱兵と会いまみえながら、一撃与えると、すぐさま走る、を繰り返した。
「優秀な部下だな」
「近衛は優秀」
ヘスティナとイツキが走っていると、3人の反乱兵が現れ切りかかろうとした。
「ティナ!」
「わかってる」
切りかかろうとしたら、ティナが剣で受け止める。その隙にイツキは、素手で相手に殴りかかり、腹部を強打。泡を吹いて倒れた。ついでにイツキは剣を拝借した。
「さすがティナ」
もう一人の男が切りかかるところを、寸前でイツキはかわす。
同時にヘスティナが剣の柄頭で男を殴る。
ヘスティナに向かって切り込んできた反乱兵をイツキが剣の腹で叩く。
反乱兵は後ろに倒れた。
「ありがと」
「腕が鈍ってないようね」
2人は中庭に向かって走る。整備された庭園は複雑な道になっている。迷子にならないように気を付けた。その間にも、部下はバラバラになりながらも、中庭を抜けるため奮闘している。
「なんで追われているの?」
少し余裕が出てきたのか、ヘスティナが話しかける。
「それはおいおいわかる」
言葉を言ったと同時に、急に剣を切りつけられた。
それを剣で受け止める。
「おっと危ない危ない」
相手の剣を軽く流すと、前のめりになった。その瞬間ヘスティナが剣で叩き気絶させた。
「話してる場合じゃないな」
「まずは逃げる」
「さて、逃げますか」
反乱兵が4人現れた。そのうちの1人が銃を持っている。
「おい、伏せろ!」
イツキの声が合図に銃声が鳴る。2人は伏せる。なんとか避けたが、その隙に3人が剣を振り回す。
「銃は卑怯だよな」
イツキは銃を持っている兵に向かって走る。距離は離れていた。3人が立ちふさがる。邪魔だった。
「ティナ、任せた!」
「言われるまでもなく」
ヘスティナが先行して2人同時に倒してしまう。一瞬の剣さばき。それに驚いた1人が切りかかろうとしたら、ティナは後ろに跳んだ。
待ち構えていたイツキと手をつなぎ回る勢いで剣を避け、そのまま回転しながら蹴り飛ばす。こうして、3人を倒したのだが、銃の装填を終えた兵が、こちらに照準を構えて発砲しようとした。
「もうそろそろ秘密兵器を」
「秘密でもなんでもない。でも、あんまり使いたくない」
そう言いながら剣を横に構え、言葉をつぶやく。
「風の精霊。契約の主として命じる。揺れ動く風。精霊の舞。風の精霊よ、激しく舞え!」
この言葉と共に、そよ風が流れた。
銃声が鳴り響く。銃弾が飛んでくる。
風が強くなる。ヘスティナの前に突風が吹き荒れた。
「お前、魔女か!」
その言葉を最後に、突風に吹き飛ばされて木に激突し気を失う。
風の魔法により簡単に銃弾も吹き飛ばす。
「かっこいい」
「茶化さないで。あんまり使いたくないのだから」
「あれか、詠唱がはずかしいからだろ」
「言葉にしないと、精霊を動かすことはできないから、仕方なく」
「精霊も困ったもんだよな。女の子の声しか聞き入れないんだから。俺もそうだけな」
笑いながらイツキが言うので、ヘスティナはなぜか恥ずかしい気持ちになった。
本当は魔女と言われることが嫌なだけなのだが、そんなことを言えない。
また走り出すと。
「ティナ右」
「言われなくてもわかっている」
右から切りかかった本人は奇襲したつもりだったが、ヘスティナは即座に反応し一歩速かった剣が敵を気絶させた。
「イツキ後ろ」
「おいおい」
イツキの後ろから突進してくるやつの剣をかわす。剣が地面に突き刺さり、抜こうとする間にイツキは強烈な打撃を加える。そのまま剣を持ったまま失神した。
「ティナ前」
「見えている。イツキ右」
「はいはい」
2人同時に動き出し、息の付く暇もないぐらい鮮やかな連携。相手をことごとく倒す。
「ティナ後ろから2人」
「イツキは前の」
「右のやつ」
「後ろお願い」
「右から」
「左奥弓」
「右後ろ」
互いに声を出し合うだけで、緻密な動きを可能としていた。
たかだが数文字の言葉を使い、意思疎通を完璧にしていた。来る敵来る敵を薙ぎ払う。
まるで踊るように2人は進む。ワルツの音楽でも聞こえてきそうだ。中庭では血が一切飛び散っていない。赤く染まっていない緑綺麗な庭園は、いま薄汚い男があちこちで倒れていた。
「さてもうそろそろゴールだ」
あと少しで出口の見えるところにたどり着くと思っていたのだが、
「まだゴールまで長い」
ヘスティナが呟く。目の前に広がる景色確認した2人は同時に頷いた。
中庭から外に抜け出す唯一のところに反乱兵が50人程度集まっていた。
「おいおい、ゆか喜びも大概にしてほしいな」
「あなた、人気者ね」
「仕方ないな」
ため息をつくヘスティナ横目にイツキは笑った。
「隊長! 全員無傷です」
立ち止っていたら、その後ろから部下がぞろぞろと現れた。見た限りでは手傷を負っていない。
「しかし、これは……」
部下は目の前の光景に驚く。完全に囲まれていた。
「ティナ、魔法使ったら倒せるか?」
「厳しい。連発できるものでもない。それに精霊の気分によるから、今は風が少ない」
ヘスティナが手を上げたが、わずかに風が当たるだけだった。ほぼ無風に近い。
「万事休す?」
何もできない状況だった。その時、後ろから馬の鳴き声が聞こえた。
「はぁ~い」
「到着」
「大丈夫ですか? 死んでいませんか?」
先ほどの3人の女だった。
「三姉妹。馬車なんかどうした?」
三姉妹が乗っていたのは、馬が四頭つながった馬車だった。それも2台ある。
「乗るなら、たかくつくわよ」
三姉妹のうち2人は1台、もう1台を1人で操っていた。
「いくらでも払ってやるよ。なんていっても近衛騎士様だからな! 逃げるぞ」
「私が払うの?」
「もちろんだ。命に比べたら安いだろ。とにかく乗れ」
「わかった。分乗して」
笑っているイツキと渋々ながら頷いたヘスティナと部下2人が乗り、他6人も馬車に乗車する。
「逃げるわよ!」
三者三様の反応をして馬車が動き出す。
「そういえば、あそこだけでしょ出口は、どうするの?」
ヘスティナが三姉妹の2人に質問した。
「塀が薄いところがあるから、そこを倒せば大丈夫。お嬢さんは魔女でしょ。それぐらい余裕よ」
「薄いから心配なし」
少し走ると目の前に木の塀がある。見るからに薄そうだ。
「ティナ、最後の仕事だ。一発ぶちかませ」
「なんで、よりにもよって塀なの」
「兵も塀も一緒だろ」
「一緒じゃない」
ヘスティナは馬車の上に行き、体をイツキに支えてもらう。
馬車が動いているおかげで風を一身に受けている。
「これぐらいの堀なら大丈夫」
「へぇ~」
「面白くない」
イツキ渾身のギャグを軽くスルーして詠唱をした。先ほどとは比べ物にならない突風が吹く。木の塀は吹き飛んだ。
「ほらね。簡単」
馬車の中に戻る。中には部下が二人マスケット銃を構えていた。
「反乱軍に騎兵はいなかったと思うから、大丈夫だろう」
二台の馬車は走りながら屋敷を離れて行った。
ほっと束の間の休息を経る。
その安心も数分で打ち崩された。
三姉妹の長女エリザラが衝撃的な事実を言ったのだ。
「そういえば、あなたを見限った反乱軍は近くの街、アレンスに向かったんだって。昨日から2千人ほど連れて向かったわ。なんでも、お姫様がくるとかどうとかで」
「それ本当!?」
ヘスティナが驚き前のめりで長女エリザラに問いただした。
「本当、本当ね。ヴィアーナ」
「はい、昨日言ってました。俺たちはどうせだめなら、姫を捕虜にして徹底抗戦をするって、確かにこの耳で」
三女ヴィアーナは昨日の出来事を思い出しながら頷いた。
「馬車は、このままアレンスに、もう一つの馬車はこれを軍に知らせて」
「あらあら、高くつきますわよ。近衛のお嬢さん」
「いくらでも払いますから」
「まいどあり~。やっぱりイツキの友達は払いがいいね」
ニヤニヤ顔の妖艶な長女エリザラは馬車をいったん止めた。
「それならローレイアに知らせないと。ローレイア!! その馬車を近衛にあげなさい! こっちに乗って!」
「わかった」
次女ローレイアは馬車を乗り換える。
「さて、それではいざアレンスへ!」
長女エリザラの言葉と共に馬車が動き出す。
「アイリス様!」
ヘスティナはアイリスのことを心配していた。
馬車はアレンスへと急いだ。
この数奇なめぐり合わせによって、アレンス会戦が始まったのだ。
それにより、この4人の運命は交差し大きく揺れ動く。
これが後の歴史に大きな変化をもたらしたことなど、本人を含めて誰も知らなかった。