Prologue part 3 ひとりぼっちのお姫様
そのころ、ヘスティナは反乱がおきた村、サンセル村にいた。
サンセル村は小麦畑が周りに広がり、ブドウ畑から野菜の畑まで緑豊かな土地である。
ヘスティナは胸当てをしているだけの軽装に剣を持ち、長い髪を後ろで束ねている。一部隊を率いる身として表情は凛々しい。まったく隙がない。
ヘスティナは数人の部下と共に、反乱軍の指揮官がいると思われる屋敷に突入した。
その前も何回も戦闘が行われたが、そのつど撃退し猛進を続ける。向かうところ敵なしであった。
「2人1組で離れずに突破。首謀者の捕縛」
ヘスティナの透き通った声が部下たちに届く。屋敷の一室から、反乱兵らしき人が現れる。武器は両手剣である。ヘスティナは剣を抜く。
華麗な剣さばきにより反乱兵は気絶した。殺したわけではない。
「ヘスティナ隊長。敵は銃を使ってきません」
「室内だと銃は使えないのかも」
抵抗する反乱兵は皆剣を使う。報告では銃を大量に使うために注意しろとのことだった。
「好都合。このまま押し切る」
ヘスティナは数人の部下と首謀者がいるらしき場所に目星をつけて進む。後方からは軍が支援し、さらには近衛騎士が戦線を維持していた。
外では凄まじい銃撃音がする。王国軍は大砲からマスケット銃まで、火器にものをいわせて鎮圧に乗り出している。ヘスティナからしてみれば、ずいぶん大人気ないことだと感じた。
「ここ」
ヘスティナは豪勢な扉の前で止まる。計8人の部下と突入の準備をする。何が起きてもいいように、剣を構え、4人は持ってきたマスケット銃に銃弾を装填し戦闘態勢を整える。
「…………」
ハンドサインで突入の合図を出す。
扉が壊され、剣を持った切り込み隊が突入、ヘスティナもついていき、そのあとマスケット銃を持った者が突入し射撃の構えをした。
「……あ、あなた」
ヘスティナは危うく剣を落としそうになった。一緒に入ってきた部下も攻撃していいのか迷う。なぜなら、
「ティナじゃないか、ひさしぶりだな!」
そこには3人の美女に囲まれた男がいたからだ。
「な、なんで……」
ヘスティナの今までの表情が一気に崩れ去り、唖然としていた。凛々しい姿ながらも、困惑している様子が見て取れる。
執務室の一角、椅子に座っている男がいた。その周りを3人ドレス姿の女が寄り添う。
「やっぱり、だめじゃない。死んじゃう」
「姉さん、言ったじゃない。この人信用したらダメだって」
「この男にだまされた」
3人の女は何やら嘆いていた。もう、意味不明であった。
ヘスティナは理解に苦しみ、その部下たちも立ちすくむ。
「いいじゃないか、一時でもいい夢見れたんだから」
男は優しい声で話しかける。
「あんたになんて興味ない。野垂れ死いいの」
「知らない。あなたは最低。死ねばいい」
「もうダメだ。もうダメだ。もうダメだ」
罵倒罵声が男に浴びせられる。それにもかかわらず、男はニヤニヤ顔を崩さない。
「いいね。お駄賃あげよう。ほれ」
男が机の中から取り出した金貨3枚を一人ずつ渡す。
「やっぱり、いい男ね」
「姉さん、お金、お金」
「これで、生きていける」
女たちは金貨を大事にポケットにしまうと、今度は歓声が上げた。
「だろだろ、そうだろ」
「本当に最高よ」
「お金をくれる人、いい人」
「当分楽な生活ができる」
金を払ってもみたくない劇が始まった。こんな滑稽な劇は見たことない。
ヘスティナは我慢できず口を開く。
「イツキ! どういうこと」
女に囲まれ緩みきった笑みを見せているイツキに向かって怒鳴る。
「ティナ、そうカリカリするな」
呑気な声で怒声に応じた。ヘスティナの部下も対応に困る。それ以上に、ヘスティナは動くことすらできない。ヘスティナを愛称で呼んだ人物に困惑していた。
「イツキ、あなたがこの反乱軍の指揮官なの?」
「そういうことになるな」
イツキは間髪入れずに答えた。この部屋だけが、時が遅く流れているように感じる。
「ねぇねぇどういうこと、その女と知り合い?」
「わたしたち捨てられるの?」
「見捨てられる!?」
3人の女はマスケット銃を突きつけられても動揺した様子はない。
「知り合いだ。それに、大丈夫だ。お前たちを見捨てるわけないだろ」
「さすが、話がわかる男ね」
「金さえあれば、大丈夫」
「見捨てないの。よかった」
3人の女はイツキの言葉に素直に反応した。3人とも、順番に発言しているところが作為的なのか、本当にやっているのかの区別がつかない。
「それで、イツキ。これはどういうこと!」
ヘスティナはイツキに問いただす。久々の再会が思わぬ形で成されたことも大きいだろう。イツキは椅子に深く座っている。
「どういうこともなにも、この村の人たちが困っているから助けただけだよ。第一、この国の軍隊が弱すぎなだけだろ」
「それは……」
「傲慢な顔をして、意気揚々と来て、さんざんに負けて、いいところなかったな」
イツキは先日行われた会戦を思い出しながら笑う。
「今は状況が違う。実際にあなたは追い詰められている」
ヘスティナは剣を抜き、剣先をイツキに合わせる。それでもイツキは頬すら動いていなかった。どっちが追い込まれたのかわからない。
「あぁ、追い詰められているな。困ったもんだ。まったく勝てる戦をわざわざ負けにしたんだから、どうしようもないよな」
「あなた、何を言って……」
イツキの意味深な言葉の意味を聞こうとしたら、突然扉が開く。
「みつけたぜ! 大将! おとなしく棺桶に入ってもらうぜ」
扉からは数人の男が剣を手に持ちながら入ってきて、薄汚い服装の男が叫ぶ。いかにも怖い顔で、殺気が凄まじかった。
ヘスティナの部下は慌てて後ろに振り向き、剣を抜き構え、銃の狙いをつける。
「イツキ、本当にどういうこと!?」
「見たまんまさ、逃げるぞ。銃を撃って、威嚇しろ」
イツキは俊敏な動きを見せ、窓を開ける。
「私の部下に命令するな。発射用意。各自威嚇射撃後、逃げる」
ヘスティナが命令を下すと、部下はマスケット銃の引き金を引く。轟音と共に部屋の中が硝煙に包まれた。
「ティナ、こっちだ!」
イツキは窓から飛び降りた。ヘスティナもそれに続く。
「全員、飛び降りろ」
ヘスティナは2階から飛び降りた衝撃に備えたが、何もなかった。逆にバウンドしたのだ。イツキが手を差し伸べる。
「これは?」
「用意しておいたんだよ。窓から飛び降りたとき用に」
ヘスティナは何の疑いもなしに手を取り立ち上がる。
部下たちも決死の覚悟で飛び込み受け身を取ろうとしたが、すべて無駄に終わった。何かの頑丈な布が一面に広がっていた。そこで衝撃はすべて吸収され、怪我一つなく飛び降りることができた。
「相変わらず用意周到。ということは、このこともわかってた?」
「まさか、ティナが来るとは思ってなかったよ。ティナじゃなかったら、見捨てただけだ。お前の部下も運がいいよな。ティナがいたから助かったんだ」
この容赦ないところも、まさしくヘスティナの知るイツキだった。イツキは武器は何も持ってない。ヘスティナは剣を抜き、敵に警戒する。その間、部下が全員集合し、各自剣を構えた。
「それじゃあ、今から逃げるわけだが、ティナの部下は近衛だよな」
「選りすぐりの近衛」
イツキは部下の顔を見渡す。まだ若い顔から歴戦の古傷がある者まで様々だった。
「よし、俺に続け」
イツキが命令したが、だれも動かない。
「どういうことだ」
「俺たちは、ヘスティナ隊長の命令しか聞かない。誰が、どこの馬の骨か知れないやつの命令を聞かなければならない」
古傷がある筋肉質の男が言う。
「ティナ、頼む」
「今からなら、あなたを殺すことだってできる」
「おいおい、冗談をよせ」
イツキが笑っているが、ヘスティナ含め部下が剣を抜き切りかかろうとする。
「というのは冗談だけど、もし嘘が分かったら、殺す。案内して」
ヘスティナはそう言い捨てて走り出す。
「怖い怖い」
イツキも走りだし、部下も走り出した。