Prologue part 2 ひとりぼっちのお姫様
「ティナは、どんな反乱の鎮圧に行っているの?」
「農村部の反乱です。税をなくせといって反乱がおきました。最初は国の高官たちが甘く見て、少数の軍しか派遣しなかったため、反乱軍に負けてしまい、事態を重く見た高官が、ようやく軍団と近衛騎士を派遣したという経緯です」
サンセル村が反乱のおきた場所だ。王国領内の北西に位置する村であり、この一帯は昔から小麦の生産地として有名なところであった。中規模の村が反乱を起こしたのである。
村に派遣された役人が重税を課し、農民たちが疲弊しきっていたとき、税を払わせるために役人が村人の妻を人質としたことが事の発端だ。
取り戻すように村人たちを扇動した首謀者らしき人物が指揮官となり反乱を起こした。
サンセル村の反乱軍は役人を追い出し、妻を救出したのみならず、税の軽減を要求してきたのだ。国も最初は交渉でどうにかして穏便にすませたかったのだが、五年間の税撤廃と、今後百年の税軽減を突き付けられたために、交渉が決裂した。
そこで王国は軍を派遣した。スズが言ったように、最初はたかだが一村の反乱であるため、甘く見ていたのだが、村人を扇動した首謀者の巧みな戦術にはまり、瞬く間に敗走してしまう。
その後、周辺の村まで、王国軍が負けたという噂が広まり、ついには反乱軍の軍勢が一気に膨らんだ。その数3千。それに対抗して、王国は2個軍団、数にして8千人の歩兵と約1千の騎兵を送り込んだ。2個軍団のうち、2個中隊は近衛騎士団の部隊である。
このような経緯はすべて話すことはできなかった。なぜなら、アイリスが行く予定の村にわずかながら近かったのだ。それこそ、1,2日で行ける距離である。
そのために、スズは詳細を言うのを避け、簡単な説明のみで思いとどまった。
「そんなことが……」
「大丈夫です。ヘスティナが行っているのです。すぐに鎮圧できるでしょう」
「ティナなら何とかしてくれる」
アイリスは、自分とは二歳しか年齢が離れていないヘスティナのことを信じた。若年ながら、一部隊の指揮を任せされて将来有望なヘスティナのことを凄いと思っている。
「アイリス様、明日は早いです。お眠りになってください」
「ごめんなさい。スズ」
アイリスは微笑みを浮かべるともに、寝床へ行く。その間、スズは灯りを一つずつ消していき、最後は扉の灯りのみとなる。
「それでは、アイリス様、お休みなさいませ」
「お休み、スズ」
最後の灯りも消され、スズは静かに扉を閉めた。
無音。月明かりが窓からのぞかせているだけ。アイリスは目を閉じる。
目の前は真っ暗。微かに街の音が聞こえてくる以外、何も音がない。月明かり以外、何も光がない。そんな場所で、アイリスは眠りについた。
翌朝、アイリスは旅の支度を整え、用意されている2台の馬車のうちの1つにアイリスとスズが乗り込む。もう1台は囮用の馬車である。2台あれば、狙われたときに襲撃者を惑わすことができる。警護として近衛騎士2個小隊がつく。近衛騎士は軍の中でもエリート部隊と名高く、士官学校出身のものと勲章受章者のみで構成されている。精鋭中の精鋭であった。
アイリスは馬車に揺れられる。窓は閉め切られており、外の景色も見えない。馬車が動く音と周りを警護していると思われる騎士たちの音しか聞こえなかった。
「スズ、あなたの昔について聞かせて」
「昔ですか?」
数十分ほどしたら、無言ではいられなかった。馬車は舗装されている道を通っているとはいえ、乗り心地は最悪だ。何回も揺れる。そんな状況では話をするほか、気をそらす方法はない。
「スズとは、一年の仲になるけど、なかなか昔について聞いたことがない」
スズが侍女をして一年は経つ。親しくは話すが、それは些細な世間話が中心だ。それと、座学的な話も、よくしていた。それ以上の身の上話は聞く機会がなかった。
アイリスは気になった。スズがなぜ軍人をして侍女をしているのか。
「昔ですか。そんなに楽しいことはありません」
スズは遠慮がちに言う。過去を語り難いのは、嫌な思い出があったせいなのか、アイリスは様々な想像を働かせる。そして、スズが過去に言った情報を集める。
「たしか、スズは王立士官学校の出身よね」
「そうです」
「王立士官学校と言えば、ヘスティナも同じでしょ」
「はい」
「年齢も近いから、同じ学期卒だったり?」
「その通りです。ヘスティナと私は同期です」
「そうだったの」
アイリスは驚きを隠せない、1年もスズとヘスティナと交流があったにもかかわらず、その情報は初耳だった。
「初めて聞いた」
「それは、姫に個人の情報を話さないようにいわれています」
「そうなの?」
「はい、姫個人と親交が深すぎると、任務に支障をきたす恐れがあるようです」
「それって……」
アイリスはまたもや新事実を受け驚く。周りの者が余所余所しい理由は、どうやらこのことが一番の要因らしい。
「それなら、どうしてスズは、そのことを姫である私に話したの?」
「それは以前からヘスティナは私との仲を隠していることが嫌だったらしく。これぐらいなら姫様に話しても大丈夫だろうということになりました。ですが、言う機会がなく、今までずるずる引っ張ってしまったわけです」
「そういうことね……でも、たしかヘスティナが士官学校を主席で卒業して、さらに、次席も女性だったという聞いたことがあるのだけど。もしかして、二番目がスズ?」
「恥ずかしながら……」
スズは帽子を深くかぶり直し、表情を見せなくする。それでも、黒い髪からはみ出ている耳は赤く染まっていた。
「私の周りに、そんなに凄い人がいたなんて」
「私はすごくありません。ただ、二番目を取れるようにしてもらっただけです」
スズは2年前の出来事を思い出す。王立士官学校に入学した当初は、女性であり、さらには魔女であったために、奇異な視線を受けていた。その中で、スズはヘスティナと出会う。まったく似たように、ヘスティナも魔女。同じ境遇のため、必然的に親しくなった。
「どういうこと?」
アイリスは疑問に思う。
「いえ、忘れてください。もう少し、ヘスティナと私のことをお話しましょう」
「お願い、スズの話を聞きたい」
スズは、戦場で戦っているヘスティナの姿を思い浮かべた。それと共に、もう1人忘れられない人物も頭の中に浮かび上がり離れなくなった。2人のことに思いはせながらスズはアイリスとの会話を楽しんだのだ。一向は宿泊地アレンスに向かった。