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虹屑の戦鏡譚  作者: 山鴎 柊水
1章 王都の霧を斬り、姫様御一行の旅が始まる!?
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Fenestra part2 城の窓辺から


 自分の部屋に戻る。

今後の予定では、昼過ぎからは何も予定が入っていないために、部屋の中で本を広げるか、窓の外を眺める。

 この二つの選択肢しかないのだ。部屋にいる場合。

 今日は、なんとなく窓の外を眺める。

 天気が良く、雲が流れている。

 雲を追いかけることすらできない。ただ、流れて消えていく。

 城の窓から、空の他に下の方を見ると人の生活が垣間見える。はっきりと詳しく見えるわけではないが、その空気は感じる。

 アイリスの趣味である。窓からの景色を見ることは楽しみだった。

 いつから、そんな習慣というより癖がついたのは定かではないのだが、ふと窓の外を見ることが多い。

 どんな天気なのかと気になるときもあれば、木々が生い茂る遠い景色を眺めてみたり、少し下に広がる街を眺めてみたり、目的なく眺めていた。

 ただし、いつも遠いすぎるのだ。近くで見えない。

 たとえば、人の表情まで見ることが出来ない。動きは見ることができても、表情をみることができないのだ。

 それがどうしようもなくわずわしかった。

「アイリス様は、何をしているのですか?」

 声を掛けられて、振り向くと、そこにはミスティがいた。

「ミスティ、いたの。ごめんなさい。気付かなかった」

「すいません。入室される前からいたのですが……声を掛けられなくて、すいません」

 ミスティは謝っていた。

「そうなの。全然気づかなかった」

「すいません」

「謝ってほしくって言っているわけではなくて、ただ凄いなと思ったの」

「すごいですか?」

「だって、多少の護身術や気配を感じる方法なんかを教わっていても、まったく気付かなかった。私の練習不足というのもあるかもしれないけど」

「気配を消すのが癖で」

「くせ?」

 アイリスは窓辺の椅子に座っていた。ミスティは扉の前で立ちすくんでいる。

「それは裏通りのお店で働いていたからです」

「それなら、裏通りの人はあなたのように気配を消せるの?」

「そういうわけでも……私は目立ちたくなかったので」

「それで、気配が消せるようになったと」

「はい、今回もそのせいで、うっかり聞いてしまい」

「何を聞いてしまったの?」

 ここでミスティが口を滑らせたことに気付く。アイリスには内緒なのだ。このことはイツキに強く言われている。

「いえ、誰もいないと思って他人が話すのを、たまに聞いてしまうので」

「なるほど、今みたいに? 私の様子を見ていたわけね」

 アイリスは笑いながら言った。

「すいません。すいません。そんなつもりはなくて」

「冗談よ。ごめんなさい」

 冗談にもかかわらず、謝ってきてしまっために、なぜやらアイリスも謝ってしまう。

「こちらこそ、すいません」

「終わり、これぐらいにして、あなたの話を聞かせてよ。ミスティ」

「私のお話をですか?」

「そう、あなたの話を、今の気配を消すのがなぜかという話が面白かったから、他にないの?」

「他にですか……」

 ミスティの話は続く。それは、地政学者の話より現実味があり面白かった。

 ただし、アイリスは窓辺に座り、ミスティは一歩も動かず立ったまま話していた。

 時間が過ぎるのが早かった。それは、ヘスティナやスズと一緒に会話するときと同じぐらい楽しく、興味深いものだった。

「裏通りは、想像以上なところね」

 裏通りの知識はあった。それでも、ミスティから聞く知識というのは、また違った角度のものだった。

「何か対策を練ろうにも、どうしようもないのが現状」

 アイリスには、そんな権限は一つもない。聞くだけで現状を打破する力は何もないのだ。

 ミスティとの会話は、数時間した後、アイリスが呼ばれたために中断された。

「アイリス様、公爵様がお呼びです」

 スズが扉を叩いてから入ってきた。

「ありがとう、スズ。それでは行きましょうか」

「はい、ミスティさんも」

「えっ、は、はい」

 アイリスの後ろをついてミスティとスズが付き従う。

 お姫様という身分に偽りはなく、堂々としてかつ威厳が溢れていた。その後ろから、気配を殺しながら歩くミスティに、気にもしないまま歩くスズであった。

 城内というのは静かだった。それこそ、遠くの方で声が聞こえるだけで、静寂が続く。誰もが城に集まるわけではなく、必要に応じて集まる。

「マルカロトロス公爵様、姫様をお連れ参りました」

「おぉ、これは姫様、わざわざ御足労いただき恐悦至極でございます」

 マルカロトロス公爵という貴族がいた。服には装飾類がふんだんに使われている。

 スズはアイリスの横にいるが、ミスティは扉の近くで下の方を見ていた。

 イツキが言っていた話が気になり、もしと思うと誰の顔も見ることができなくなってしまう。

「本日はどのようなご用件で?」

「それは……」

 ミスティはその後アイリスと公爵が話した内容は耳に入らなかった。それよりも、緊張感が勝ったのだ。体が震えていた。

 その様子に気づいたのは、スズだけであった。



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