Nebura part 2 霧に包まれる王都
イツキがいなくなった翌日、アイリスとスズは馬車の中にいた。外からはヘスティナが警護する。
「イツキさんとは、もう一度会いたかったのに」
アイリスはヘスティナからイツキがいないことを聞いて、なぜか意気消沈した。
もう一度ゆっくりと話をしたかったからだ。
「大丈夫ですよ。王都で会えると言っていましたから」
スズは慰める。スズも、またイツキが姿を消したと聞いて焦った。
こうした慰めの言葉は、自分を慰める意味もある。
アイリスと共に行軍する、近衛騎士隊は、大砲から小銃まで運んでいる。さらには、火薬から弾薬まで、その荷車だけで半分以上はあった。
「それにしてもすごい銃の数」
イツキの話題を終わりにしたいアイリスは、別の話題を振る。そうすると、スズもすぐに乗ってくる。
「これだけが王国軍の誇りですから」
スズは皮肉のように言う。
「どういう意味?」
「王国軍は、兵力は少ないですけど、その代りに小銃と大砲を多数持つことで、これを国力としているのです。実際に、王国の中で厳重に守られている場所は、王宮より火薬庫だと言われているぐらいです」
火薬庫、弾薬庫には、毎日百人規模の近衛騎士隊が警備している。周りには塀で囲まれており、さながら王都の中にある砦だった。
「火力が国の誇り」
「その通りです。大砲の数と、小銃の数が、国の誇りなのです。今回も反乱軍といっても農民相手にこれほどの火力は、余剰です。おそらく国力というものを見せたかったのでしょう」
スズにしては辛口な評価で王国軍のことを言う。それもアイリスを前にして。
「王国軍の誇りがそんなことだなんて」
「これは比喩です。あくまで、そんな考えがあるかなというだけです」
スズが慌てて誤魔化す。すでに時は遅いのだが、本人は必死だ。
「今の時代は、火器の時代なのね」
「そうですね。攻城戦なども火器によって作戦が行われます。そのせいで、防衛拠点の価値がなくなってきています」
それを言うなら、アレンスの城壁も意味をなさないものとなってきている。石の壁があっても、大砲を一発撃てば崩れ去る。
防衛拠点、城の価値はなくなりつつある時代であった。
「なぜ火器が発達したの?」
「それは、おそらくですけど、魔女に対抗するためでしょう」
「魔女に?」
「はい、いまから、50年前に三十年戦争があったように、いまの世界では魔女は恐怖の対象。また力の対象となっています。まだ千年以上前では、信仰の対象などで恐れられる要素はなかったのですが、駄目ですね。力を持つということは、それだけで化け物扱いです。それに特に最近では魔女にたたえるだけの、装備。これは銃火器なのですけど、これの発達によって、魔女と優勢とはいきませんが、五分五分ぐらいにまで持ってくることができるようになりました」
銃火器の威力は、先の三十年戦争で実証されている。兵力と作戦によっては、魔女に勝つことも可能となった。
それと共に、魔女狩りも盛んになる。魔女狩りの起源は、よくわかっていないが、かれこれ数百年もの間、魔女が迫害を受けていた時代があった。
それは、ミュレントレス教のせいでもある。これはミュレントレスという神を崇める宗教であり、一神教である。
この一神教は他の神を認めない、また他の神に等しい力を持つものを認めないのだ。
魔女は、信仰の対象。神として崇められていることが多い。これは女神信仰とも言っていいほどだ。魔女は女性にしかなれない。そのために、数多くの女神像が立てられる。
神話の時代において男性も魔法を使えたのだが、今の時代は女性のみが魔法を使える。
各地に残されている聖女の伝説も、この女性の魔法使いによって成されていたのだ。
排他的な一神教は、その魔女を厳しく罰した。力を持ちすぎるものを認めない。それほど、寛容ではないのだ。
この魔女狩りによって、死んでいったものが多かった。アイリスたちが生きている時代にも多い。ましてや、その未来においても魔女狩りは沈静化しているが、細々とおこなわれていた。
「皮肉ね。魔女のせいで、時代が変わりつつあるなんて」
アイリスは外が見えない窓を見つめた。
「時代は変わるものです」
ビフレスト王国は、もともと一人の女王により建国された。その女王は魔女であり、騎士たちと共に、独裁者を打倒し平和な王国を作ったという伝承が残っている。
そのために、ビフレスト王家は、代々魔女の家系である。もっとも、女性のみにしか魔女になれないのに加えて、魔女になる確率は低い。そのために、ごくまれに王家の中に魔女が現れるのだ。
「伝承の中の女王は、どんな魔法を使うんでしたっけ?」
「虹の魔法と言われていますね。なんでも、全てを繋げる架け橋だとも」
「不思議な魔法」
「不思議です。すべてを繋げる架け橋。この魔法は謎が多くて、伝承の中に記されていますが、どれも曖昧です」
「虹の魔法。どんな魔法なのでしょうか」
「私にはわかりません」
一応、スズも魔女であった。ただし、自分でも、どんな魔法を使えるのか解っていない。これはスズの父親とイツキが、お前は魔法が使える、でも今は解らなくていい、そのうちわかるようになる。とかなんとか言って教えてもらえないのだ。
「……虹の魔法」
アイリスは、魔法を理解していなかった。魔女はどんな存在か理解していなかった。




