Nebura part 1 霧に包まれる王都
「先日、籠城策などという愚策を献上してしまったアレンス周辺を王家から貰い受けているベストパルチッカです。アイリス様、此度の戦はすべてアイリス様のおかげでございます。我が方の被害は軽微、敵は散り散りの圧勝。さすが、ビフレスト王家の方……」
と始まり、この土地の領主を任されていたベストパルチッカ卿は賛辞を贈る。
時は会戦から3日経った後に、ベストパルチッカ卿が祝勝会を開いたのだ。
後始末はヘスティナとスズがほとんど終わらせ、さらにはサンセル村の暴動を鎮圧しに行ったという王国軍も大砲や鉄砲などの豊富な火器を見せつけながらアレンスに入城し、その司令官ともども祝勝会に参加していた。
アイリスは、姫として豪勢なドレスに着飾り前の席で、挨拶の返事を丁寧に返す。
スズは軍服から侍女の姿へと変え、後ろに控えていた。
「わたくしこの度ビフトレス王家からサンセル村の暴動を鎮圧しよと拝命を受けた総指揮官であるジョカタッフでございます。アイリス様、アレンスでの会戦、見事な戦術でございました。そこら辺にいる軍人とは比べものにならないほどの素晴らしい作戦でした」
「いえいえ、これもすべて部下の献策があってのこと」
サンセル村鎮圧に出向いた王国軍指揮官は、アイリスのことをほめたたえる。
すべてイツキたちの考えた作戦なので、アイリスは違うというのだが、それが逆に謙遜しているのだと思われてしまっていた。
その後も来る人来る人、アイリスを褒め称える。その返事で否定するのだが、全て謙遜だと思われた。
ここまでになると奇妙な感じがしてくる。違和感がするのだ。
挨拶は続く。誰もが最初に自分の名前を言う。それから、アイリスのことを褒める。これの繰り返しだ。一種の作業にすらなっている。
アイリスは疲れた表情を見せずに、にこやかに返事をしていく。
この作業にはなれない。いままでもパーティーに呼ばれたら、このようなことになるだが、今回は特に主役という事もあり、忙しかった。
後ろで楽団が弾いている音楽など、ゆっくりと聞く暇はなかった。
こんな風にアイリスは挨拶に追われ、スズは後ろから警護している間、この祝勝会に参加していない二人の人物は酒屋にいた。
「ティナ、生き残れたことに乾杯だな」
「イツキ、それを言うならアイリス様の勝利に乾杯でしょ」
二人は喧噪がある酒場のカウンターに座っている。
「見ない間にアイリスにゾッコンだな」
「アイリス様を、呼び捨てなんて失礼」
「いつものことだろ。それに、アイリスは気にしてない」
「それはアイリス様が寛容なだけであって」
「士官学校で独りぼっちだったティナが、今では姫の護衛だなんて」
「独りぼっちは余計」
「それを言うなら、俺もスズもひとりぼっちだったか。なにか、ひとりぼっちの集まりだな」
「ひとりぼっちが集まったら、ひとりじゃなくなるでしょ」
「それもそうか」
イツキは笑っている。ヘスティナは、毎度この空気にのまれてしまう。
アイリスは今、祝勝会に参加しており、本当なら護衛として行かないといけなかった。
それを、アイリスが「大丈夫です。スズがいるからゆっくりして」と言われてしまい、さらにはスズにも「任せてください。久々にイツキとお話しでもしておいてください」と後ろ指を指されながら言われ、ヘスティナは、こうしてイツキと酒場にいた。
「スズとゆっくり話したの?」
「いやまだだな」
「スズが一番心配していたから、イツキが突然いなくなったときに」
そうイツキがいなくなったのも突然だった。
王立士官学校を卒業して、士官先を決定したときにイツキは姿を消していた。
その後、スズは南に、ヘスティナは東の方の国境警備隊に配属され、そこで1年過ぎた段階で、たまたま年齢的に近いということと、それぞれの能力の向きを考慮して、アイリス専属の侍女と護衛に任命されたのだ。
これは偶然だった。スズとヘスティナが再会した時、互いに驚いた。それもそうだ。
離れ離れになったら普通配属が変わることはほとんどない。さらには、1年しか勤務していないにもかかわらず、姫の元に着いたのだ。
その役に選ばれた理由は二人とも知らない。
とにかく二人は再開に喜んだ。
ただし、イツキの所在は不明であった。
「イツキは何をしていたの?」
一番聞きたかったことだ。音沙汰もなく姿を消して何をしていたのか聞きたかった。
「俺はだな、ちょっとした旅をしてたんだ。いろんな国行った。帝国から王国、自治都市、いろいろな場所に行った。そんなティナは何をしてたんだ?」
「わたしは、ビフレスト王国の東部へ配属となって、1年赴いたのち、アイリス様の護衛の任について、こうして近衛の一小隊を率いるまでになったの」
「成長したな」
年功序列は軍隊において存在するが、ある程度は能力によって決まる。年功序列においても、経験が最重視される。戦争が多かったせいか、人材消耗も激しいのだ。
指揮官や小隊長などの士官学校出身の兵士は死んでいき、入れ替えが激しい。そのために、若手を次々と取り立てた。さらには、有能な士官は近衛騎士隊に配属されていた。
王都にいる近衛騎士隊は有能な人物が多数いた。そのせいか、国境沿いの部隊や、さらには守備隊にまで人材が回っていなかった。
攻められたら、国境警備隊および守備隊が持ちこたえて近衛騎士隊の到着を待つ戦術が、この王国において戦術の主流となっている。
「運が良かっただけ」
ヘスティナは、素直に首を振った。
二人の昇進には理由がある。
ヘスティナは東部での暴動を鎮圧した功績があった。
スズは北部での異民族反乱を鎮圧した功績があった。
それなりの理由があり、近衛騎士隊に配属されたのだ。
「運も重要な資質だな」
「そんなことより、イツキはこれからどうするの?」
「ん?」
「だって、私たちはこれから王都に戻らないといけないから、イツキはどうするの?」
ヘスティナとスズはアイリスについて王都に戻らなければならない。しかし、イツキはどうするのか、せっかくの再会したのにという気持ちと、またどこかに行ってしまいそうだという直感によって出た言葉だった。
「どうしようか?」
「私に聞かれても……」
「また旅にでるか、久々に王都にでも行くか」
「王都に?」
この発言を聞いた時にヘスティナの表情は疑っていたが、内心では心躍る。
「久々に行くのもいいだろう。そうだな王都にでも行くか」
「また会える?」
「会えるさ。そうだな、それじゃあ明日ぐらいに王都に行くか」
「先に行くの?」
アイリスが王都へ戻るのは、明後日と決まっていた。
暴動鎮圧のために編成された王国軍は解散となり、近衛騎士隊はアイリスと共に王都へ帰還する。
「俺はお尋ねものだ。軍と一緒にいたら駄目だろ」
イツキは王立士官学校を卒業した後、義務であった入隊を拒否して旅に出てしまったために、お尋ね者となっていた。
それは、ビフレスト王国の戦術が他国に漏れるなどといった理由なのだが、そんなものは、とっくの昔に漏れており、傭兵の中には王立士官学校出の者もいる。
それでも、イツキは王国の軍隊といることは好ましくないのは事実である。
「また俺の場所は知らせるから待ってろ」
「本当に?」
念を押す。
「本当だ。それじゃあ、アイリスとスズに、よろしくっていうことと、また会おうと伝えておいてくれ」
「伝えるけど、もう一度会うって約束して」
「約束だ。心配するな王都で会えるさ」
「それじゃあ王都で」
このように話は閉じ、それ以降もまだ酒場に2人はいたが、ヘスティナは何を話していたか思い出せない、とりとめのないことを話していた。




