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Ⅲ章:アンダーベリア条約

「ほえぇ~、これが王の間?スッゲー広いねぇ!何だか、興奮してきたぁ!そう言えば王女様なんだっけ!声聞いた限りだとスゴイ美少女の予感がするんだけど!」

「黙れ!」

 感嘆の声を洩らす光希を冷たくあしらう真架。

「今からこの国の王様に合うんだぞ。はしゃぐな」

「ゴメンごめん」

「女王……緊張してきた」

「女性の殿か……女性の武士よりもあり得ぬことだな」

「力量があれば誰も文句は言わんだろ。力量があれば」

「女子の朝廷も居ったのじゃ。何もおかしなことはないのう」

「ボクって王様すごく嫌いなんですよ。あの上から目線、いかにもゴミじゃないですか」

「み、皆さん!姫様の御前ですよ!」

 シャミームがかなり失礼な七人を諫める。

「御前?どこにいるんだ?」

「玉座にも座ってないね?もしかして、敵国をつぶした俺ら七人に怖気づいたとか?」

「コウキは何もしていない……」

「したよ!頑張ったよ!それにオレは参謀的な立場だし」

「いつ決めたのだ?」

「黙れ、うるさい。まぁ、行き成り来たんだ、忙しくてこんなところで座ってる暇すらないんだろう」

 やはりうるさい光希を冷たくあしらう。

 するとややあって、ガチャリと真架たちが入ってきた扉とは別のドアが開く。

 七人全員が先ほどとは態度を変え、気を引き締めた。

「来ていらしたのですか?すいません。戦争の後処理がひと段落つくのに時間がかかってしまいました」

「コイツが……女王?」

「マジで……?」

「本当ですか?」

「何とも言えないな」

「……………」

「どうなのじゃ?」

「へぇ~……」

 真架たちが懐疑するのは、目の前に現れた少女についてだ。

 真架たちが各それぞれ思い描いていた女王図とはかけ離れていた。

 それこそ、シャミームの言う通りお姫様の方が言って正しい者だった。

「我が国を助けていただき誠にありがとうございます。国を代表し謝辞を申します。そして、改めて、初めまして。エルレラン王国王位継承権第一位、シャローム・デ・エルレランです。よろしくお願いします、勇者様方」


  *


「何だよ、コレ?今から飯でも食うのか?」

 シャロームに連れられてやってきたのは会談などで使われそうな部屋。

 横に見て順番はジャック・迦具夜・晴代・シャミーム・真架・光希・ローラン・彩羽、その向かい側にシャロームが座っていた。

「いえ、皆さんと一緒に話がしたいので、こういう形で座ってもらいました。食事ではなく、お茶ぐらいしか出せませんが」

「あっそ……で、何が目的なんだ?」

 真架は疑心の眼差しで姫を睨み付ける。

「目的とは?」

「とぼけるなよ。俺らが王の間に行ったのは気紛れだぜ。なのにあんなタイミングよく出てこれれたら、疑いたくなくても疑うしか出来ないだろ」

「そんな、誤解です!」

「隠さなくていいぜ。監視してたんだろ?シャミームじゃない。そう、例えば……今後ろから殺気ガンガンに飛ばしてる奴とかさ」

 刹那、真架が言葉を言い終えたと同時に後ろに男が現れ、剣を振り下ろした。

 真架はそれを振り返りもせずに、左手から伸ばした鎖の端を右手で握り強く張って、剣戟を受け切った。

「…………ッ!」

「手を出すな!」

 真架のその言葉に男は剣を鞘に納め、数歩下がった。

「離れて正解だ。俺だから殺さなかったんだぜ」

「酷いなぁ。オレらだって殺しはしないよ」

「だったら武器を終え。それと殺気をたてるな。気付いてるからな」

 真架以外の六人はそれぞれ魔法陣を浮かべて武器を取り出していた。

 それから彼らは気付かれないほど微弱なものだが確かに殺気を後ろに立っている青年に向けていた。

「はぁ~い」

全員、真架の指示に従い武器を終う。

「で、お兄さん?何て説明してくれるんだ?」

「「「っ!?」」」

「真架くん、殺気、殺気。オレらに言っておいて出してるよ。すっごい量だよ。前と隣と後ろすごいビビってるよ」

「悪い」

 光希に指摘され真架はすぐに気持ちを落ち着かせる。

「はい、説明どうぞ」

「……女王直属近衛兵、隊長のロフェル・アル・マリアーノです。襲ったことについては素直に謝罪いたします。申し訳ありません」

「何で襲たんだ?」

「あまりにも姫様に対して無礼でしたからです」

「まぁ、確かにアレじゃあ襲われても文句言えないよねぇ?」

「まったく、問い詰めるにも少しやり方と言うものがあるじゃろうに」

「あぁ……悪かったな」

 真架はシャロームに対して頭を下げて謝った。

「えぇ~、そこは『ごめんなさい』じゃないのぉ?」

 茶化す光希の前に左手から鎖を伸ばす。

「絞めるぞ」

「ゴメンなさい、ごめんなさい!」

「まぁ、彼らのことは置いといてくれ。で、実際に監視をしていたのか?」

 晴代が爽やかにシャロームに問いかける。

「…………はい、すいません。監視をしていたわけではないのですが」

「ほら見ろ」

「真架くん、後ろ後ろ!」

 真架の後ろではロフェルが殺気を飛ばしていた。

「この映像球を飛ばしてあなた方のことを見ていたのです。やっぱり、異界人と言うのは珍しいので好奇心を持ってしまって」

 シャロームの掌の上に映像球と呼ばれるサッカーボールくらいの水晶玉が浮遊していた。これを飛ばして真架たちのことを見ていたのだろう。

「不可解だな」

「何がですか、ローさん」

 「何だ、ローさんって」「愛称♪」と真架と光希は小言で問と解を話す。

「そのくらい大きければ気付かないことはないはずなのだが」

「わたしの魔法は触れたものを一時間ほど姿を消すことが出来るのです。わたし自身を透明に出来ないのが欠点ですが」

「その魔法を使って映像球を消していたという事ですね」

「便利な魔法だな」

「ホント便利だよぉ。その魔法があれば女湯覗き放題じゃないか!」

「自分自身を消せねぇぞ」

「クッソー!」

「ハレンチ……」

「まったくじゃ」

「光希さん、そんな風に魔法を使うのはやめてください!」

「いいじゃん、男だもの!そういう考え持ってたっていいじゃん!夢描いたっていいじゃん!」

「頭痛い……」

「ボクはそんな考え持ってないですよ」

「私もだ」

「裏切り者!」

「静かにしてください……童貞さん?」

「ど、童貞ちゃうわ!」

「図星かよ」

 何でシャロームの魔法の話からここまで脱線してしまったのか、と再び真架は頭を押さえた。

 その向かい川では愉快そうに微笑んでいるシャロームがいた。

「ふぅ……では、真面目な話に移りましょう」

 真剣な口調と顔に変えたシャロームに七人は身を引き締める。

「只今、尋問室でイーリス・エリアスさんを尋問しています。敵の国はフィレツェ大国です。ですが、これ以外の大した情報を得ることは出来ていません」

「ぬるいな。拷問くらいしたらいい」

「それは俺がさせねぇよ」

「はい、わたしも拷問は避けたいです。ですが、このままでは会談でうまく誤魔化されてしまいます」

「ハイハァ~イ!」

 光希が挙手をしてシャロームに質問する。

「会談って何ですか?」

「戦争に勝つと、勝った国の領土内で敵国と会談するのが決まりなんです。その会談の中で様々な条約を結ぶことができます」

「なるほどね。うまく立ち回るといろんなもの手に入るけど、逆に情報が少ないと全然手に入らなくなるってことだねぇ」

「どういうことじゃ?」

「敵国の内情や外交、経済状況ありとあらゆる情報を集め、分析すれば、今敵国に対してて様々な準備が出来るし、相手の状況をある程度まで推理できる。そして、その推理に基づいて、今置かれた状況を観察・見極めて、互いの心理状態や力量を探り、今敵国が突かれたくないとを突くとウチが有利に話を持っていくことが出来るんだ」

「なるほど…………」

「でも、情報が入らないのですよねぇ?それって、今の状況は『こちら側が不利』という事なのですか?」

 ジャックが先の話から今の状況を告げた。

たしかに、そうだ。今の状況はこちらの不利、勝ったとは言え敵の状況がつかめないとなれば、話の主導権は握れない。

「え?なんで?」

 光希はその解釈に疑問を抱いたようだった。

「は?お前がそう言ったんだろ?」

「確かに情報はあるに越したことはないけど、別に今の状況ならあってもなくても、微々たる問題だよ。要は、こっちが圧倒的に有利ってことだね」

「策があるのか?」

 ローランが光希に向けて問うと、光希はそれににやけながら答えた。

「そういう質問、愚問って言うんだよぉ」

「ですが、一体どうやって……?」

 シャロームは光希の自信気な表情に説明を求めた。

「オレが仕切っちゃっていいの、ボス?」

「は?何で?むしろこれはお前の仕事だろ?なぁ、参謀」

「はは、じゃあ任されるね。ねぇ、シャロームちゃん」

「はい?」

「ここで一番見晴らしの良い会議室ってどこかな?」


  *


「ここか?」

 真架たちはシャロームに連れられて王宮の一番高い塔に来ていた。

 今はその塔の一室で会議室にいる。

 塔の一番端にあるため真架たちから見て窓が左手と正面にあり、中から押し開く形になっている。

 光希はその窓を開けて外の風景を確かめる。

 そして机の位置を見て「これなら大丈夫だね」とつぶやく。

「ねぇ、シャロームちゃん。確か空中艇が四隻あったよね?」

「空中艇?何だそれは?」

「簡単に言ったら、空を飛ぶ艦だよ。昔の黒船みたいなやつだよ」

 光希がなぜそのことを知っているかよりも、そんなものが空中に浮かぶ事がにわかに信じられなかった。

「はい、四隻存在しますが……なぜそのことを?」

「シャミームちゃんから聞いたんだ」

「シャミーム!軍事機密事項ですよ!」

「だって、すごくしつこかったんだもん!」

 ロフェルに怒鳴られるシャミームを横目に真架は光希に尋ねた。

「で?それを使ってどうするんだ?」

「まぁ、それは当日の楽しみってことで。でもこれでおそらく七〇%まで確率を上げられたかな」

「まだ足りないのではないか?」

「確かにそうだね。だから、当日のこちら側の会談代表者をジャックさん一人に任せたいんだ」

「ボクに?」

 その場に居た全員が光希の言葉の意図を理解できなかった。

「いや、単純に今回の作戦では、ジャックさん一人の方が成功率が高いんだ。ジャックさんのあの笑ってるのにすごく寒気を感じるあの感じが必要なんだよ」

「ねぇ、ボクって光希を殴る資格あるのですか?」

「許可する」

「ちょ、ちょっと待ってよ。ジャックさんに会談の流れを説明します。結構きちがいなんで、よく聞いてね」

 光希の口から今回の作戦の概要が説明される。

「なかなか大胆な作戦だな」

「面白い」

「珍妙じゃ」

「いい作戦だと……思います」

「ははは、良いですね。このぐらいがちょうどいいですよ」

 五人からは絶賛の声が上がるが真架は逆に心配の意見をたてる。

「でもリスクが高くないか?失敗したら大変だぜ」

「こんなのリスク背負わなきゃやってられないよ」

 強気な光希。

 それをみて真架も折れることにした。

「よろしいのですか、姫様?」

「前代未聞ですが、構いません」

「あっ、シャロームちゃん。コレ、条約の内容だけど見てくれる?」

 光希が渡したのはこの世界の文字で書かれた紙だった。

「いつ覚えたんだ?」

「言ったでしょ?頑張ったって」

 光希は真架たちが戦っている間にこの世界についてのあらゆる情報を覚えたのだ。それは言語から地理、経済に通貨単位、暦、宗教、歴史など様々なものをシャミームから聞いたり書物を読み漁ったりとしていたのだ。

 光希の渡した内容を読んだシャロームとロフェルは狼狽する。

「こ、これは!」

「少し横暴ではありませんか?あまりにむちゃくちゃだ!」

「こんぐらいしないと割に合わないっしょ!言っただろ?『きちがい』だって」

 光希は強気な姿勢を崩さなかった。

「あ!そうだ。やっぱり条約には名前とか必要だよね?」

 顎に手を当て考えるしぐさを見せ、数秒後にワザとらしく思いついたような素振りで命名した。

「アンダーベリア条約と名付けようか」

 フィレツェ大国との会談は二日後。

 光希の立てた作戦の準備は整いつつある。


  *


 会談当日。

 フィレツェ大国の国王と秘書、大臣と三名がエルレラン王国側の使者に連れられて例の会議室に赴く。

 それぞれが席に着き、険しい顔つきでエルレラン王国の代表者を待っている。

 そして、数分後。

「どうもすいません。遅れてしまいました」

 ジャックが会議室に到着した。

「遅い!」

「そちら側で会談を開いているのですよ」

「遅れるとはどういう了見ですかな?」

「本当にすいません。今、国は大変な状態でして……今回はわたくし一人で会談を進めさせてもらいます」

「ふん、構わん。さっさと座れ!」

 フィレツェ大国の国王は顎で促す。

「まぁ、そう苛ただずに落ち着きましょう。この会議室から見える風景は綺麗なのですよ。わたくしのお気に入りの場所でして……窓をお開けします。そちらからだと空の模様が美しく見えるでしょう」

 ジャックは西側の窓を開けて、その窓に背を向けて座った。

「改めまして。今回エルレラン王国の代表、ジャックと申します」

「フィレツェ大国国王アーロン・ド・フィレツェだ。右は秘書のロイ、左は交渉大臣ガロンだ」

 国王から紹介されたロイとガロンは会釈し、ジャックもそれに小さくお辞儀をした。

「では早速、会談を始めましょう。まず、こちら側の要求を紙にまとめさせてもらいました。読んだ後にサインをしてください」

 ジャックは持っていた契約書をアーロンの前に置き、それをアーロンは大臣であるガロンに渡した。

「ところで、イーリスは元気ですかな?」

「はい、それはもう。牢の中で飲まず食わずでもう二日になりますよ」

「我々の情報は手に入りましたかな?」

「いいえ。思った以上に口が頑丈なものでして、情報など手に入りませんでした」

「それはそうだ、彼女はもう国民ではないのだからな」

「それはどういう?」

 アーロンは椅子にもたれ掛り腕を組んで得意げに告げた。

「彼女を頭首にする契約の際に『戦で負けたとき国民としての権利を剥奪する』と『捕虜とされた際、国の情報を他言しない』としてな。彼女もそのことは了承している。だからこそ、エルレラン王国の要求を受けることの理由も見当たらないな」

 他国の情報がなければ相手を脅すことも追い込むこともできない。会談中に武器を持ち込むことが出来ないとなれば、他国を追い詰めるには相手の痛いところを突くしかないのだ。

「そちらもまさか負けるとは思わなかったのではないですか?」

「………………」

 アーロンは顔を引き締める。

「それに我々にはそのようなことは関係ないのですよ?」

「それはどういう…………?どうした、ガロン?」

 ジャックの言葉に疑惑を抱くと同時に、アーロンは隣でガロンの肩が震えていることに気付く。

「な、何なのですか、この要求はッ!」

 ガロンは書類を机に叩き付ける。

 ロイは叩き付けられた書類を拾い内容を流して確認した。

 そしてロイの顔にも困惑の色が浮かぶ。

「こ、これはあまりにも横暴な!こんな要求飲むわけありません!」

 アーロンも内容を確認すると、憤慨した。

「話にならん!こんなもの破棄だ、破棄!」

「まぁまぁ、座ってください」

「うるさい!会談など―――――――――!」

 刹那!


 ――――――怒豪ッッッッッッ!


 耳を劈く砲撃音が響く。

「雷でしょうか?さっきまで晴れていたのに……。いま外に出るのはよした方がいいですね。さぁ、座ってください」

 微笑みながら手を指すジャック。

 だが、アーロンらが見ていたのはジャックではなく、彼の後ろの窓から見える四隻の空中艇だった。


 ―――――――――――――――――――――


「始まったな」

「だねぇ」

 艦隊の一隻で映像球の映像を確認している真架と光希。

 会議室に設置された映像球はシャロームによって見えなくしてもらっている。

 そして、ジャックの耳には通信球を小型化したものを付けてもらっている。向こうの音声を拾うのと、ここから指示を出すために着けてもらっている。

「この作戦……うまく……いきますか?」

「どうだろうねぇ」

「そこはジャックに任せるしかないだろ。それに何かあったらここからでも指示は出せる」

「そうだね」

 この艦隊を浮かばせているのは、相手への威嚇を込めている。

 会談の際に部屋の中に武器を持ち込むは出来ないをされているが、外からの威圧については明記されていない。

 光希はこれに漬け込みこの作戦を立てた。

 要求の内容が無謀だったのはこの威圧をより効果的にするためのものだ。

「そう言えば、あの要求の内容ってなんて書いてたんだ?俺たちも見せてもらったけど全然読めなくてな」

「ん?条約の内容?結構書いたよ。えっと……」

 条約の内容はこうだ。



 第一条:フィレツェ大国の軍事資金および兵器の三分の二をエルレラン王国に献上すること。

 第二条:フィレツェ大国はスラーヴァ山脈、ティシャーナ平野、オフェロス鉱山の所有権をエルレラン王国に譲渡すること。

 第三条:フィレツェ大国は賠償金十億テェールを支払うこと。

 第四条:フィレツェ大国の国土魔力の三分の二を捧げること。

 第五条:フィレツェ大国の首都レイチェンの一時占領を認めること。賠償金および国土魔力の受け渡しに不備があれば軍は撤退しない。

 第六条:フィレツェ大国に捕らえられているエルレラン王国の捕虜の返還、また、エルレラン王国で捕らえているフィレツェ大国の捕虜を解放する。

 第七条:フィレツェ大国は今後一切エルレラン王国に宣戦布告することを禁ずる。また、エルレラン王国もフィレツェ大国に宣戦布告は行わないこととする。

 第八条:上記の内容を十日以内に行うこと。



「コレって、どう無謀なんだ?」

 真架は光希に説明を要求した。

「うん…………まず第一条について、軍事兵器には武器も入るしこういう空中艇も入る。相手がどれだけ持っているかは知らないけど、三分の二も渡したらおそらく戦争はもう仕掛けられない。それに軍事資金も取られるんだ、武器すら作れない」

 なるほど、と真架は頷いた。

「戦争に勝ったのだ。国土と賠償金を貰うのはわかる。だが、『国土魔力』とは何だ?」

 晴代が光希に質問をする。

「国土魔力ってのは、国自体に蓄えられる魔力のこと。国を覆うような結界を張るときなど戦時に使うことが多い。オレ達の召喚にも国土魔力を使ったらしくて、かなり消費したらしい」

「国土魔力ってどのくらいあるものなんだ?」

「人の魔力量を一とした時、国土魔力量はその千倍ほどあるって考えた方がいいね」

 光希は次々に説明していく。

「五条は人質みたいな役割があるし、六条は向こうの話を聞いた限りこっちにしかもうメリットがないね。十日以内にしたのはできるだけ早く確かめたいことがあるからなんだよね。以上」

「かなり無茶苦茶な条約ってのは分かった。1テェールって日本円換算だとどの位の価値があるんだ」

「日本円とあんまし変わんないよ。1テェール=1円って考えていいよ」

 再び映像球に顔を向けるとフィレツェ大国側の顔が青ざめていた。


 ―――――――――――――――――――――


「貴様ら!会談に武器を持ち込むとはどういうことだ!」

「何をおっしゃいますか。わたくしは武器など所持しておりません。調べてみますか?」

「茶化すなッ!あそこに見え――――――――」

 怒厳ッッッッッッ!

「雷も近いですね?この塔は高いですからね。落ちて来るかもしれませんね?」

「グ………………」

 アーロンらは顔を青く染め、苦虫を噛み潰したような表情をしていた

「さぁ、早く終わらせましょう。座ってください」

 今度のジャックの言葉に渋々ながら応じる。

「ではこちらにサインを」

「だから、こんなものにサインなど――――――!」

「はい?」

「ッ!?」

 ジャックの表情をみたガロンが畏怖の念を覚え、言葉を噤んだ。

「はぁ……確かに、条約には双方の合意が必要です。そちらの言い分も聞きましょう」

「「「ッ!」」」

 アーロンらは疑念を覚える。

 なぜならそうだ。彼らの不利となる情報をこちらが持っているからだ。

 エルレラン王国側が突いてほしくないところ、それは『現在、国王がいない』という事だ。

 今は暫定的に前国王の一人娘であるシャロームが王権を持ってはいるが、エルレラン王国の国王選定は選挙によるもので、すぐに決めることは不可能。

 国王不在の政治不安定を突けば相手の動揺も得られる。

 そんなことはエルレラン王国側―――もとい光希にとっても調べがついている事実。穴をそのまま放っておくほど光希は甘い性格はしていない。

 だから――――――

「そう言えば、これは世間話なのですが。つい昨日、我々の国の国王が選定されました」

「何だとっ!だが、そちら側の国王の選定は選挙!しかも戦時中には国王は立っていなかった!一日二日で国王が決まるものか!」

「事実ですよ。昨日選挙を行い、そして昨日選挙の結果が決まり、そうして国王が立てられたのですよ」

「馬鹿な!」

「本当です。そういう魔法を持った者がいるので」

 実際は魔法ではない。彩羽の持つ未来の処理能力が発揮した結果だ。

 式典は行っていないがもうシャロームが国王なのは国内では周知の事実だ。

「それで?そちらは何を追及するのでしょうか?」

「……………!」

 アーロンは強く歯ぎしりをたてた。


 ―――――――――――――――――――――


映像球と通信球を確認する真架たち。

「膠着状態だな」

 晴代は映像を見てそう受け取った。

 実際、だんまりの状態が三十分近く続いている。

 アーロンらは焦燥した表情で椅子にへばり付いている。

 ジャックも映像から見るに、表情には出してはいないが疲れが見える。

「それはそうだろうね。あんな条約だから普通はサインなんてしたくないだろうね」

「じゃあ、なんでそんな内容にしたんだよ」

「それはカモフラージュを兼ねてだよ」

「カモフラージュ?」

 光希の説明に首を傾げる真架。

それを見て光希は詳しく解説することにした。

「条約や会談って言ってるけど、オレにとってはねこれも戦争の一部だと考えてるんだよね。相手の情報を手に入れて・作戦を立てて・相手を追い詰め・相手に署名させる。いわば情報戦だね。チェスや将棋みたいなものだと思うよ」

「それで?」

「一から五までの内容は確かに無茶苦茶な内容だと思うけど、でもこんなのまだ序の口だよ。相手の国の情報を手に入れてたら、オレだってもっと跳ね上げたのに。けど情報が入らなかったんだ、仕方ないよね。だから、オレはこの戦争に勝つと確信し、シャミームちゃんから会談のことを聞いたときに、捕虜を取ることを考えたんだ」

「捕虜から情報を取るためか?」

「それもあったけど、けど情報なんて取れないと思ってたよ。けど、それも時間の問題だよ。精神的にダメージを受けたら、自分自身を守る行動を自然に取ってしまうものなんだ。たとえ、話さないって心に誓っててもね」

「なるほど。そういう事か」

「ローラン、分かったのか?」

 座っていたローランがフッと笑みを浮かべて、回答を答えた。

「光希の目的は第六条の『捕虜の解放』だろ」

「大正解ッ♪ローさん流石♪」

「どういうことだ?」

「真架、お前は捕虜として連れ去るとしてどのような人物を連れて来る?」

 ローランに質問をされ、真架は顎に手を当てて考える仕草を取ってから答えた。

「やっぱり多く情報を持ってる奴…………まさか」

「そうだ。多く情報を持っている者をずっと捕虜とされるのは、今はやり過ごせたとしても長い目で見ると危険因子だ。まして敵将や頭首となると持っている情報量はどのようなものか。だから、向こう側としてもはやっ回収したいところ。だが……」

「向こうはイーリスちゃんを見捨てたし、一切の情報を話さないことを規約されている。つまり、こっちの切り札はもうないってことなんだよ。こうなったら少し軽くしてでも条約をこぎ着けるか」

 甲板の上に静けさが取り巻いた。

 相手と条約をこぎ着ける唯一の切り札が封じられたこととなる。

 気が沈むのも無理はない。

 だが、その空気を払う一言が飛んできた。

「じゃが解せんのぉ」

「ん?何がだ?」

「何故、ふぃれつぇ大国はこちらの情報を知っておったんじゃ?」

「?何が言いたい?」

「そうだねぇ。オレと真架くんはグローバル社会の中で育ったんだ。世界の情報は手に入って当然の生活をしてたけど、ここでは違う。国と国とのホットラインもまともに繋がってないこの世界で他国の情報を手に入れることはとても難しいことだ」

「確かに………」

「情報を手に入れる方法はおそらく三つ。『交流』『捕虜』……そして『密偵』『忍』『スパイ』だ!」

『……!』

 映像球の中でジャックの指がピクッと跳ねた。


「少し、こちらの状況を話しましょう」

「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」

 アーロンらと真架たちはジャックの行動に驚愕した。

「何考えてるんだ、アイツ!」

「でもこのままじゃいけないんだ。ここは任せよう」

 ジャックは立ち上がり静かに出入り口に傍に歩み寄った。

「実はこの国には最近、『連続殺人』が多発しているのです」

「何ッ!?」

 映像球と通信球を通して聞いていた真架たち。

「ホント、何考えてるんだ?」

「さ、さぁ?」

 さらにジャックは続けた。

「被害者はとても無残にそして残酷に殺されました。彼女らの無念を考えると胸が痛みます。そう、この戦争が始まる数か月前でしたでしょうか?」

 もちろん、数か月前はまだ元の時代に居たため、そんな事実は知らない。それ以前に国内で殺人事件なんて起きた記録はない。

 つまり、これは虚偽という事だ。

「被害者は全員、内臓を取られ、全身にまんべんなく刻み込まれた刺し傷。とても痛々しい」

 ジャックはあたかも事実であるように語った。

「国内はその事件の捜査で大変な状態でした。その上、フィレツェ大国からの宣戦布告、そして戦争。とても混乱したため、一時劣勢に追い込まれ、多くの民を死なせてしまいました」

 白々しい。通信球で見ていた仲間の真架たち全員がそう思った。

「アァ……そう言えば………タイミング良すぎだと思いませんか?」

「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」

 ジャックのその目に全員が息をするのを忘れた。

「『連続殺人』で混乱している中に宣戦布告。どうもわたくしには出来すぎな気がしまして……飽く迄憶測ですが、全てアナタ方が仕組んだのではないのではないですか?」

「な、何を馬鹿なことを!」

「ならどう説明するんですか?ただの偶然とは、言わせませんよ」

「ま、まさか、アルフィスが――――――!」

「ば、馬鹿者!」

「「「「「「「ッ!」」」」」」」

 ガロンの溢した人名を七人は逃さなかった。

「彩羽ッ!」

「行って……来る!」

 彩羽はすぐさま魔法でブーツを纏い、城下に向けて天を駆けていった。彼女の目にはモノクルも装備されていたから、もう居場所は割れているだろう。

「す、少し急用を思い出した!連絡が取りたい!外に出させてくれ!」

 外に出ようと扉に寄って来たガロン。

 それをジャックは通せんぼするように、足を扉の縁に掛けた。

「急用ならここで連絡とればいいじゃないですか?」

 先ほどの爽やかな笑みとは打って変わり、例の不気味な笑みを浮かべた。

 その笑みにガロンは足を巣食われ動かなくなった。

 そして――――――

「伝令だ」

 扉の向こうから聞こえたのは真架の声だった。

「どうかしましたか?」

「さっき、城下でアルフィス・セラーノを確保した。尋問の結果、フィレツェ大国の密偵という事が分かった」

「そう………分かったよ」

「素を出すなよ」

「分かっていますよ」

 扉の向こうにいた真架の気配が消え、ジャックはアーロンらに顔を向けて笑顔で告げた。

「どうすればいいか…………わかりますよね?」

 三人の表情が青く染まる。

「今からアルフィスさんに拷問でもして、フィレツェ大国の弱みでも握ってもいいんですよ?そうなれば、もちろん会談は後日に延期。そうなれば、こんな内容では済まなくなりますね?」

 大量の汗を額に浮かべるアーロン。ジャックはその焦燥の顔に一本の糸を垂らしこんだ。

「けど、アナタ方にはまだ希望があります。この条約の第六条を見てください。捕虜の解放。条約にサインすれば、アナタ方は弱みを握られることもなくなります。さぁ、手遅れになる前に、決断してください。サイン……しますか?それとも、しませんか?」

 アーロンは絶望に打ちひしがれながら両手を強く握りしめ血を垂らせた。

「サイン…………………………………します……………!」

 通信球の向こうでその声を聞いた光希は小さくガッツポーズを取った。

「なるほどな」

「ん?戻ってたんだぁ。いやぁ、ホント焦ったよぉ。うまく言って良かったよ」

「本当だな。お前が何で『アンダーベリア条約』って付けたか、今理解した」

「へぇ~、じゃあ真架くんの答え聞かせてもらおうかな?」

「『アンダーベリアー』、直訳すると『下の関所』になるが、お前がつけたかったのは単語の意味の漢字。『下』と関所の『関』。つまり、『下関条約』と言いたかったんだろ?」

「ピンポーン!正解だよ~!」

 かつて、ウソかホントか。日本と清との会談中に、清側に日本の艦隊を下関上に浮かばせ大砲で威嚇したと聞く。

 光希はそれを今回の会談で実践したのだ。

 もっとも、本当の下関条約と比べて違うところを挙げるとしたら、海を使ったか空を使ったの違いだろう。

 真架は作戦の成功に光希を拳を合わせた。


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