余章:勇者達の名
「ヤッホー!お帰―――ヒデブッ!」
王宮の大広間に戻ってきた俺たちを出向いたのは『勇者』と称された七人で唯一戦場に足を降ろさなかった銃の奴だった。
まぁ、普通にムカついたんで殴りましたが。
「酷いじゃないか!殴るなんて!」
「黙れ!ムカついたから殴ったんだよ、代表で」
「え?まさか、全員がオレを殴りたいの?」
「はい……かなり……」
大人しめの無口がこう言うって以上だぞ。
「本当は細切れにしたいところだったが、まぁ良しとしよう」
「オレ、Mじゃないよ!」
「Mで済む問題か。あと、それ俺と無口しか通用しないぞ」
「あの~……皆さん?」
「「「「「「「ん?」」」」」」」
シャミームが俺らに向かっておずおずと質問してきた。
「そろそろ自己紹介しませんか?」
「そう言えば、誰が敵将倒したの?」
「無視しないでください!」
「俺だ」
やはりシャミームを無視して話が進んだ。
「へぇ~。てことは、鎖さんがこの【勇者隊】の頭首ってことだねぇ。じゃあ、鎖さんは大取ってことで、オレから自己紹介するねぇ。二十八 光希です。28で『ツヅヤ』って読むんで、光希って呼んでね。2137年から来た日本人、十七歳で、座右の銘は『広く浅く。でも結果的に深くなる』です」
厭味か!
銃の奴は光希と名乗った。何ともフレンドリーで馴れ馴れしい奴だ。
「アナタが……あの『ツヅヤ コウキ』さんですか?」
「アレ?オレって有名人になってるの?」
「はい……。二十二世紀の鬼才『ツヅヤ コウキ』。資金があれば有名なアニメだった秘密道具を作れたのではないかと言われたほどの頭脳と、やり方を知っていれば何でも熟すことが出来たと……記されていました」
「それほどでも」
「でも……写真が嫌いだったとも聞きます」
「撮るのは好きなんだけど、映るのはね……」
「何でなんだ?」
「だって怖いじゃん。写真を取られると魂も取られるって聞いて育ったから。だから、オレ自身の絵も鏡もダメなんだ。魂が移りそうで」
そんなことはあり得ないんだけどね、とおどけて言うが写真に写りたくないのは本当なのだろう。
「次は……ワタシです。ワタシは御初 彩羽と言います。西暦2783年……確か……十六です」
「「…………」」
俺と光希は揃って固唾を呑んだ。
「え?今二十八世紀って言わなかった?オレの苗字言ったわけじゃなくて?」
「そうだな」
「何それ!オレより未来人じゃん!てかこの中で断トツで未来人じゃん!」
他の奴らの来た年代を聞いていないのにもう決めつけてるよコイツ。まぁ、俺もそうだと思うけど。
「いいことなんて……ありませんよ。ワタシ以外……人間……いませんから」
「「え?」」
え?未来では人類滅亡してるのか?
「一体どういうことだ?」
武士が彩羽に質問する。
「ワタシ以外の人間だったヒトたちは……全員機械と融合して……不老不死です。歳を取らないものを人類とは呼べても人間とは呼べません」
「何で彩羽ちゃんは機械化しなかったんだい?」
「ワタシは試験管の中で生み出された最後の人間です。点検はワタシの役割だったのですが、大丈夫でしょうか?」
「点検って?」
「誰かが機械の整備しなければいけないのですが……それは寿命のある人間の役目で……ワタシがしていたのです。その点検がなければ……機械が……暴走してしまうんです。今頃……暴走して全滅していることでしょう」
そんな他人事みたいに。
「てことは……今持っている知識は何処で学んだんだい?そんな周りが全員成人なら授業なんて受けなかったんじゃないの?」
「脳内に……マイクロチップが埋め込まれてあります。そこから情報を得ることが出来ます。……ちなみに圏外はありません」
「オレと一緒に世界を作りましょう」
「アホか!」
行き成り彩羽に向けてプロポーズを決め込む光希の脳天を思いっきり殴ってやった。
「何で!」
「それはこっちのセリフだ!何プロポーズしてんだ!」
はぁ、とため息を吐くと光希は俺に説明をする。
「いや、オレのケータイ圏外だから」
「だから?」
「パソコンは必要だよね」
「で?」
「彩羽ちゃんが欲しい!」
「飛躍しすぎだ!」
「コウキさんのものにはなりたくありませんが……頼んでくれたら調ごとはします」
すっぱり拒否られてる。
「次は妾がするぞ?」
「ん?あぁ、どうぞ」
目の前の雅な着物少女は綺麗に姿勢を正す。
「妾は迦具夜比売命と申す。わっさりと迦具夜と呼んでくれて構わぬぞ」
「「……………」」
俺と光希は揃って顔を見合わせた。
「俺が名前を聞いて一番最初に思い浮かべたのは『竹取物語』なんだけど」
「気が合うねぇ、オレもだよ」
「おぬしら!」
「「……はい?」」
なぜか声を荒げた迦具夜を疑問に見る。
「何故、おぬしらが妾の記した物語の名を知っておるのじゃ!」
「「………………」」
竹取物語とは、日本最古の物語とされていて、あまりの古さに作者が解からないとされた『物語の祖』である。
「「作者ッ!?」」
「うぅ………。で、どうなのじゃ?」
「は?どうって?」
「面白かったか?直直しかったのか?どちらじゃ!」
「お、面白かったぞ」
「そうか……ほぅ」
迦具夜は静かに息を吐いた。
「本当に『竹取物語』の作者なのか?」
「そうじゃ。正しくは『日記』じゃ」
「日記なの、アレ!」
それにしてはフィクション性に溢れてるだろ。
「物語のようにしたのは妾が面白く記すためじゃ。それと、竹から出たのと月に戻るところは想像じゃ」
「物語だろ、それ」
「こちらに来る前に急いで書きしたのじゃ。その方が面白いからの」
コイツ結構図太いぞ。
「はぁ、次行くか。誰がするんだ?」
「指名したら?」
「ん?……銀髪」
「え?ボクですか?」
「どうせ後でもすることになるんだから、何時でもいいだろ?」
「いや、そうではなくてですね?本名は名乗れないんですよ」
「何で?」
「結構、いろいろしちゃいましたから?」
彼の不気味な笑みに不覚にも背筋を凍らせた。
「そうですね……都合上『ジャック・ザ・リッパー』とでも名乗っておきましょう」
「「はぁっ!?」」
やはり俺と光希は時代背景が近い分同じ反応を取った。
「どうかしましたか?」
「いや、だって……なぁ?」
「オレに振らないでよ……」
「二人ともどうした?顔色が悪そうだが」
悪くもなる。
「俺らの時代では『ジャック・ザ・リッパー』って名前は、1888年にイギリスのロンドンで起きた連続殺人犯の名称で、被害者は全員が売春婦で、鋭利な刃物で切り刻んで特定の臓器を取ると言う残忍かつ独特な殺人を行ったんだ」
「その殺し方からジャックの正体は医者だったんじゃないかって言われてるんだよね」
「あっ、それボクの事ですね」
「「………………」」
マジかぁ………。
「医者なのか?」
「違いますよ。ボクはただの精肉店の店員ですよ」
「え?もしかして『ユダヤ人』だったりします?」
光希はジャックに向けて質問する。
「?違いますけど、どうして?」
「いえいえ、もし『ユダヤ人』だったら名前の特定が出来たかもって話ですよぉ」
「何で、分かるんだ?」
「ジャック・ザ・リッパーの容疑者に『ジェイコブ・リービー』というユダヤ人の精肉業者の人が居てね。事件解決!って思ったけど、残念」
ホント、コイツの知識はバカにならない。
「セントラル・ニューズ社に手紙出してたりしました?」
「何のことだい?」
「アレは模倣犯か……」
光希はつぶやくように口にした。
「で、実際、何人殺したんだ?8人とか13人とかの説があるけど」
「6人かな?そんなに殺さなかったと思うよ?」
6人でも以上だ。
「メアリー・ジェイン・ケリーの殺害が一番最後ってことなんですか?」
「メアリー?誰だい?」
「十一月九日、金曜日の犯行されたと思われる女性です」
「十一月の九日。あぁ、彼女か。面白かったよ。とてもいい声で鳴くものだから、つい遣り過ぎちゃったんだよなぁ」
狂気に歪む静かな笑みに、俺は少し違和感を覚えた。
「なぁ?」
「何ですか?」
「アンタって多重人格なの?」
俺はジャックの表情と言動に、別の人格が眠ってるのではないかと言う錯覚をしたのだ。
「残念、違いますね。ボクって興奮すると言葉が汚くなるんで、せめて普段は丁寧にしておこうと思いまして。結構、これに騙されるゴミが多いんですよねぇ。あんな腐った奴らを掃除してるだけなのに、罰せられるのって凄くムカつくんだよなぁ」
こういうのが多重人格に思わせるんだな。
「じゃあ、次は武士さんいってみる?」
「私か?私は宮本武蔵藤原朝臣晴代という。歳は十八。よろしく頼む」
俺はあと何回驚くことになるんだ?
「宮本武蔵ってあのか?」
「違うと思うよ。オレたちが知ってるのは『玄信』方だし」
「玄信がどうかしたか?」
「偉人にタメだよ、スゴッ!」
「玄信が偉人だと?あのような軟弱者でも偉人と呼ばれるのだな」
偉人を軟弱者呼ばわり。
「でも、決闘では敵なしで十八歳で六十勝したって聞くけど」
「ほう、私の功績を横取りするか。なかなか、面白い事をしてくれるな」
「え?そうなの?」
「唯一、褒めることが出来るのは『二天一流』を作ったことぐらいだろうな」
結構こんがらがるな。
「へぇ、でも驚いたな。あの『無双』と呼ばれる武蔵が女だったなんて」
……………………は?
「私も驚いた。女性がそのような武装をしているからな」
………………え?
「女子なれば、もうちと花やかにせい」
え?
「女性が……剣を振るうのは……どうでしょうか?」
は。
「ですよね。でもボクとしてはこちらの方がいいですけど」
はぁ!
「ちょっと待った!何だ、俺だけか?気づいてなかったの?」
「あれ?気づいてなかったの?」
「逆に、何でお前らは気づいてたんだよ?」
「同じ匂いがしたからかの」
「骨格が女性のものでした」
「姿勢」
「メスの臭いがしました」
「胸の膨らみ的に」
俺からの質問に五人はあたかも、当然だろ?みたいな得意げになっている。
「アンタも何でそんな格好してんだよ」
「女性の体は動きにくいからな」
特に胸が邪魔だ、と付け加えるあたり武士らしい答えだ。
「まぁ、いいか。アンタのことは何て呼んだらいいんだ?武蔵か?晴代か?」
「晴代で構わない。武蔵と呼ばれるのは好きではない」
「そうか、よろしくな晴代」
「あぁ、よろしく頼む」
俺と晴代はお互いに固い握手を交わした。
「それよりも、何で伝承に出て来なかったんだろ?」
「私は父に疎まれているからな。あまり私の存在を表に出したくなかったのだろう」
「何で疎まれてたんだ?」
「六歳の娘に負ける父って威厳があると思うか?」
「新免無二もかなりの剣豪だって聞くけど!」
「私の足元にも及ばない雑魚だ」
とんでもない剣の才だな。
「伝承では玄信が美化されてるんだねぇ」
「じゃあ、次行くか」
「私か」
いつの間にか俺の後ろに立っていた騎士。
「フランク王国の騎士、十二勇将が一人、ローラン」
「そうか、よろしく」
「ちょっと、軽いよ!」
なぜか興奮している光希。
「ローランと言えば、大帝シャルルマーニュの甥で、武勇に優れ、信頼も厚い、勇敢で、様々な戦争で多くの功績を挙げた騎士!さらには【デュランダル】という聖剣伝説も残るほど有名な人物なんだよ!何で知らないんだよ!」
光希は身を乗り出して近寄り裏声気味で力説する。
「いや、外国史弱いから」
「今すぐ勉強しなさい!」
親か、お前は。何で怒られてんだ?
「別に構わない。私はそれほど大した人間ではない。私の判断で多くの友と戦友を殺してしまった。それが祟ってか、最後は父の裏切りによって戦地で孤立してしまい野垂れ死ぬ寸前だった」
「今生きてるのって……」
「死ぬ前にここに連れて来られたのだ。向こうでの私はもう死んだ。だから、私はこの国を守りたいのだ。今度こそ……私はこの地で新たな友と共に守り抜きたいと思っている」
「「「「「「……………………」」」」」」
「クサいだろうか?」
「「カッコいい……」」
俺と光希はローランを憧れの眼差しで眺める。
「そう言われてしまっては、私も乗らざるを得ないな」
「妾も感情を受けたぞ」
「やぶさかじゃないですね」
「協力し合う……素敵だと思う」
ローランの志を受け感動する一同。
「もう、俺自己紹介しなくていいよな?ローランが綺麗にまとめたし、もうこの状態で終わろうぜ」
「そう言わずにさぁ!ささ、大取の出番ですよ!」
「プレッシャーかけるな!」
俺は一歩前に出た。
「百鬼真架。真架でいい。多分この中で唯一有名人じゃないと思う。特質したところがない人間だ。で、まぁ……」
少し間を置き、言葉を探すが見当たらないので正直に行こうと思う。
「結構甘ちゃんなんで、ムカつくかと思いますが……俺がこの中の頭首だから。俺が頭首の限り、仲間を死なせたくない。そんな理想論だけを掲げて行くんで、フォローよろしくお願いするな」
心に思っていることを率直に告げた。
「一ついいか?」
ローランが手を挙げて、俺に質問してきた。
「真架は何のために戦いたいと思っているんだ?」
「……俺は向こうでは何もできなかった。だからここで何かを残したいんだ。それだけだ」
「……そうか」
「皆にはおいおい認めてもらうよ」
俺は苦笑いをして、全員を見た。
「この七人が仲間と言うわけだな」
「そうだね」
「さて、自己紹介が終わったことで……おい、シャミーム」
「は、はい!」
突然声を掛けられて、詰まりながら返事をする。
「案内頼むぞ」
「えっと……どこに行くんですか?」
俺らは揃ってこのフロアに一つしかない出入り口に足を向けていた。
そして、シャミームからの愚問に俺は振り向いて答えた。
「王女様に謁見しないとな」




