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序章:扉を潜る

「皆、手を繋いで」

 全員が手を繋ぐ。この行為に何の意味があるのか不思議でならなかったが手を繋いだ。いや、繋ぐことには意味はあるが、それを受け入れることは出来なかった。

「もうすぐ十二時だぞ」

「ようやく、この呪いともおさらばね」

「やったね、真架くん」

 となりで手を繋いでいた少女が声をかけてくる。

「あぁ」とあまり実感がわかないこともあり短く答えた。

 天井には巨大な天体模型が飾られてあり、その下に手を繋いで並ぶ男女が七人。まぁ、男は2人で他は全員女子だったが、この事にはあまり関係ない。

「十二時だ。では、儀式を始めよう」

 リーダー格である少女がそう告げると、全員は目を閉じた。儀式とは言ったが、ただ目を閉じる、それだけの儀式だ。

 目を閉じていればすぐ終わる。そう思っていた。

(何で俺はこんなことをしているんだ?大体、何で俺らが呪われるんだよ?おかしいだろ)

 目を閉じることで内にある感情が浮き上がってくる。

(俺らが何をした?何もしていないだろ!こんなの理不尽だ!)

 どんどん膨れ上がり――――――そして。

(こんな世界……クソくらいだ)

 その瞬間だった。眩い光が七人を包んだ。否、一人を包んでいた。

「え?」

 思わず目を開けると、見たこともない奇怪な模様が足元に浮かんでいた。

 そして、その扉が光を放ち、百鬼 真架を呑みこんだ。


  *


「もはやここまでなのか?」

 巨大な大樹にもたれ掛り座る。体力ももう残ってはいない。今も敵軍の追手に狙はれている。見つかり、殺されるのも時間の問題だ。

「フッ、滑稽だな。義父上に裏切られ、追手から逃げ、もはや立ち上がる気力もない」

 剣を鞘に戻し腰から抜き取り前に置く。

「助けたまえ、マリア様、銘剣デュランダルよ。命が果てようとする私は、アナタを守ることはもう出来ない」

 情けない。情けなくて涙が出てくる。何故、こうも世界は醜いのか、争いが終わらないのか。

「主よ。申し訳ございません。私は。……ッ!?」

 すると、目の前に奇怪な模様が浮かび上がる。

「これを潜れと申しますか、神よ」

 そして、ローランはその扉へ歩み寄った。


  *


 機械やコンピューターの精密機器に囲まれて、一人の少女が横になっていた。

 少し、訂正が入る。この世界で唯一の人間が今まさに眠ろうとしていた。

「もう……いいですよね……」

 誰に話す訳でもなく、ただ呟く。か細く、弱々しく。

「誰も居ない……親も、友も……いや……それ以前、人が居ない」

 ふと、少女の頬に涙が零れる。

「これが……『寂しい』という感情……孤独で、独りで、寂しい」

 うつ伏せになり、機械に飲み込まれるのを待つ。

「この世界に……ワタシの居場所は……ないです」

 すると、強い光が少女を照らす。ふと、目を向けるとそこにはいつの間にか奇怪な模様が浮かび上がっていた。

「どうせなら……何かした方がいいですよね?」

 自分に言い聞かせる。

 そして、御初 彩羽はその扉の上に座った。


  *


「あぁ…………つまんないなぁ」

 自室のパソコンの前で独りごちる。

 パソコンの画面には英文で書かれた論文が書き賭けで終わっていた。タイトルは『Riemann Hypothesis』と書かれてあった。

「これでミレニアム懸賞問題は全部しちゃったなぁ。600万ドルかぁ、何に使おう?日本円だろ……今は六億ぐらいか」

 天井を見上げて、何かないかと自分の思考をめぐらす。

 数学の未解決問題は全部片付けた。科学の研究はもう飽きた。スポーツは、相手がいないし、居たとして相手にならない。また、パソコンを分解して組み立てようか?いや、もう何度し過ぎて構造はもう理解してしまった。家にあって面白そうなものには全部手を出したし、六法全書でも丸暗記しようかな。いや、ダメだな。速読ですぐに読み終わるから、時間がかからない。何か、本当に……

「つまんない」

 この世界には面白いものなんてない。退屈なものだらけだ。こんな世界から出て行けるならどこにでも行ってみたいものだ。だって、未発見なものなのだから!

 すると、後ろの方から光を照りつけられる。そこには何やら奇怪な模様が浮かんでいた。

「これは…………面白い。ちょっと待てよ、準備しなくちゃな」

 キャリーバックを用意して、そこに必要なものをすべて入れる。

 そして、二十八 光希は期待を胸に飛び込んだ。


   *

 

 船の上、小波に揺られ、ゆらゆらと海面を漂っていた。

 腰には二振り刀。船の上に立ち、唯々夜空を眺めていた。季節は文月。夜空の星々が輝いていた。だが、心に重く掛かるものがあった。

「はぁ……六十勝か。誰も私を倒せないのか」

 先ほど海岸沿いで佐々(ささき)巌流(がんりゅう)と言うものと決闘し、そしてまたしても勝利してしまった。

「もはや、この世には私に刀で敵うものが居ないのか?」

 また、深いため息を吐く。このため息は、自分の強さの憂いと、心躍る相手の居ない世界への落胆も含まれていた。

「もうこの世に未練はない。ここには強者が居ない。敗北と言うのはどのようなものなのだろうか?」

 すると、前方の海面が強く怪しい光りを放つ。

 月明かりではない。

「な、何事!」

 進行方向に突如として現れた奇怪模様に吸い寄せられるように近づき、そしてその上に船が乗ってしまった。

 そして、宮本 武蔵は光の中へ取り込まれた。


  *


「はぁ、はぁ……!クソッ!」

 満月が照らし、不吉な霧が辺りを包む真夜中。

 飛び散った血が付いたフードを被り、路地裏を駆ける。

『待てェ!……チッ!どこに行きやがった!』

『そう遠くには行ってない!』

『路地裏に逃げ込んだのを目撃しました!』

『よし、向かうぞ!』

「チッ、クソが!」

 陰で警官の話声を聞き終えると再び走り出す。

 こんなところで捕まってたまるか。

 彼はひどく潔癖症だ。と言っても、スラムに住んでいるので汚いのを気にはしない。彼が嫌いなのは、汚い人間だ。外見ではない、心が腐っている人間。特に売春婦は嫌悪感を抱く。同じ空気を吸うだけでも吐き気がする。

 ゴミの掃き溜めみたいなところなんだ。人が死んでも気にしないだろ。何故、殺してはいけないんだ?

「こんな世界で、何で生きていかなきゃいけないんだ!」

 すると、目の前が強く光る。

「なんだ?」

 目の前に奇怪な模様が浮かび上がっており、不思議とその意味が分かった。

「好都合だ。どうか、綺麗なところにお願いしますよ」

 そして、ジャック・ザ・リッパーはその中に駆け込んだ。


  *


「退屈じゃ」

 御簾によって隔てられた個室に一人、ただ退屈に過ごしていた。

 生まれてもう十五年、この部屋から出さしてもらえない毎日。たまに抜け出すもののすぐに捕まってしまう。この着物、重い。動きずらくて参る。

「はぁ……。何か面白い事は起きぬのかの?」

 この話のように不思議なことでも起きればいいのに。

「この世は退屈じゃ」

 すると、自分の座る畳が強く光りだす。

「なんじゃ!?」

 そこには何やら面妖な模様が浮かび上がっており、すぐにこの模様の意味を理解した。

「なるほどのぉ。いやはやこれは珍妙な」

 珍妙これは彼女が作った『不思議・神変』の意味を持つ言葉だ。

 『珍し』と『妙』を合わせた言葉だ。

 置いてあった巻物に急いで筆を走らせる。

「何事なのじゃ」

 このことを嗅ぎ付けた翁が襖を開ける。

「お爺様、妾は」

 光が一層強くなる。

「月に帰るのじゃ」

 そして、迦具夜は光に包まれた。


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