終章:労いの一言
「納得いかないんだけど」
光希は真架に向けて愚痴を溢す。
今、彼らは魔導船内の会議室に集まっていた。部屋の中には真架、光希、ローラン、迦具夜の四人が居る。
「仕方ないだろ。ロマリウス国王が居なかったんだから」
「しかし、代理であれ会談を開くことは出来るだろ?」
真架の後ろからローランが声を掛ける。
「出来るけど、国民の支持を得てない状況での会談は国を潰しかねない、って時期をもうけさせてくれだとさ。それから、国王が戻って来るかもって」
「「戻らんだろ」」
光希とローランが揃って答える。
「何故なのじゃ?」
迦具夜が光希に向けて質問を飛ばす。
「確実に殺されてるぜ、国王」
「そうなのか?じゃが、実の父を遣るかの?」
「俺が見て、多分別の奴がやったんじゃないか?」
「それは違う」
扉を開けて部屋に入ってきたのは彩羽、ジャック、晴代、そして迎えに行っていたシャミームだ。
彩羽の続きをジャックが話す。
「第一皇子シャヒード・イ・ロマリウスには未来視以外にもう一つ魔法を持っています」
「ん?誰からの情報?」
「シャヒードの側近でオルガと言う人です。それについては後で話します。それで、シャヒードのもう一つの魔法は体感時間の操作だそうです」
「体感時間?」
「人にはそれぞれ時間の流れを感じることが出来る、それが体感時間です。シャヒードは自分自身から他人までその体感時間を操ることが出来るそうです。ただし、範囲は狭く、自分か周囲の人のどちらかしか操作できないみたいです」
「彩羽ちゃん、信用度は?」
「百%です。ウソは言ってませんでした」
彩羽の魔法で具現化された『モノクル』は千里を見るだけでなく相手の感情も見ることが出来る。
「ワタシの考えでは、シンカと話をしていた時点では殺していない。別の場所で時間を止められていたのでしょう。シャミ、シャヒードの近くに時計のようなものはありませんでしたか?」
「えっと、椅子の肘置きに砂時計があったよ」
「それが魔法なのでしょう」
真架は苦い顔をする。
「それで、オルガって人と取引したんでしょ?結構重要な情報だったんだ、それ相応の情報を渡したのかな?」
「いえ、条件提示だけでしたよ。『そちらの知りたい情報を一つ渡すから、会談での条約でこちらの意見を一つ通させてほしい』だったかな」
「はぁ~、遣られた。オレがそっちに行っていたら……」
「ダメでしたか?」
「いや、別に良い。おそらくだけど、そんな無理な条約は持ってこないだろうし」
「来たら来ただ。その時になってから考えるしかないだろ」
晴代がキレイに纏めた。
兎にも角にもロマリウス帝国との戦争、加え真架たち新制エルレラン軍の戦いは終わったのだ。
今回の結果は――――――
「向こうの第一皇子の方が一枚上手だった」
『戦争に勝って、戦いに負ける』、真架の心情はまさにその言葉で収まるものだった。
真架たちは会議室を出た。
*
「どうかしたの、シャヒード?」
ミディアは玉座に座るシャヒードに向けて問う。
「ミディアちゃん、失礼よ。すいません、シャヒード様」
「あぁ、別にいいさ。ミディア、リディア。これから大変になるけど頼りにしてるからね」
「うん、任せてよ!」
「恐れ多いです」
「ミディア、リディア」
王室にオルガがやって来る。
ミディアとリディアに向けてオルガは指示を出す。
「街の瓦礫の片付けを手伝って来い。壁の修復にもすぐに取り掛かるように言ってきてくれ」
「分かった」
メディアはそれを聞くとすぐさま王室を出て行った。
「分かりました。では、失礼いたします。ミディアちゃん、待って」
その後をリディアが追いかけ、王室にシャヒードとオルガの二人だけになる。
「何を考えているのかは知らんが、もう貴様が王なんだ。しっかりしろ」
「………変わったんだ」
「ん?何か言ったか?」
「いいや。オルガも街の片付け行っておいで」
「………はぁ、分かった」
オルガは王室を出て行った。
「…………」
シャヒードは思いつめたような顔に戻る。
(未来が変わった)
未来とは変わってしかるべき。だが、シャヒードの魔法【時の番人】によって見えるのは『確定した未来』なのである。
確定した未来は変わることがない。決定された未来なのである。
このことはシャヒードしか知らない。
だから、未来を意図的に変えることが出来るシャヒードは神にも等しい。そう思っていた。
(けど、ナキリは変えた。偶然なんだろうけど)
真架との話し合いの内容は99%がシャヒードの見た未来の動画と同じだった。無論、彼は未来を変えてはいない。純粋な時間の流れで、順当に進んでいた。
『二週間と三日』。
シャヒードの見た未来では『二週間と四日』だったのだ。
たかが一日。些末な誤差だ。
だが、されど一日。日が昇り、沈むまでのその時間はとても長いものだ。
「面白いじゃないか」
シャヒードは立ち上がり、外に出た。
彼が視線を向ける先はエルレラン王国。
「今度は貰うからな、ナキリ」
*
「此度の戦、誠にありがとうございました」
魔導船の司令室。
椅子に座っているのはエルレラン王国 国王シャローム・デ・エルレラン。
その横にはロフェル、後ろにイーリスとサイードが並んでいた。
「礼なんて……」
真架は口ごもると後ろから次々と声を並べて来た。
「王が礼を言うものではない。私たちは騎士だ。国防のために戦うのは義務だ」
「ローランの言う通りだ。だが、私は自分のために戦っただけに過ぎないがな」
「シャロームちゃんは王様なんだから、毅然に構えていればいいんだよ」
ローラン、晴代、光希の意見。
「こんなに戦ったんだ。礼だけでは足りないですよね?」
「頼まれたから助けた。礼を言ってもらうのは当然」
「妾も柄にもなく戦ったのじゃ。礼を尽くしてもらうのは尤もなのじゃ」
ジャック、彩羽、迦具夜の意見。
何とも反発する意見が内部で揃ってしまった。
「貴様ら、それでも騎士か。それとジャック貴様はそれほど戦ってはないだろ」
「ローランさん。将を取ったからと言って戦ったことにはならないのですよ?功績としてはボクと彩羽さんの方が上だと思うのですが」
「仲間内で争うなよ!てか、功績では俺の方が上だ!だって、頭首倒したんだし!」
「「「「「「その後は駄目だった」」」」」のじゃ」
言い返すことが出来ず真架は眼をそっぽ向ける。
「シャロ、確かにここで礼を言うのは違うと思う」
「俺もそう思う。王とは威厳を持たなければならない」
「シャローム様、言葉の訂正を」
「しかし――――――」
イーリス、サイード、そしてロフェルが注意する。
シャロームはそれにも意見を言おうとする。
が、真架が間に入った。
「シャロ、勘違いするな。俺たちが異世界の人間だからだとか考えてるなら、今すぐ訂正しろ。俺たちは俺たちの役目を全うしただけだ。俺たちはただ、今の俺たちの居場所を守っただけなんだ。だから、さっきの言葉は、戦いを終えた俺たちにかける言葉としては間違いだろ」
それを聞いてシャロームは笑みを浮かべ、椅子に深く腰を掛けた。
「はい。頭首 百鬼真架、その部下七名、二十八光希、ローラン、御初彩羽、ジャック・ザ・リッパー、宮本晴代、迦具夜、シャミーム・アウ・ディレット。此度の戦、誠に大儀であった。十分に休息を取ってください」
シャロームの微笑みに、彼ら勇者部隊は短い返事で答えた。
*
真架たちは魔導船の各個人の部屋に戻った。
その途中に真架はシャミームと待ち合わせをした。
「どうかしたの、真架」
「なぁ、シャミ。少しお願いがあるんだ」
「お願い?何?」
「少しだけ、向こうと繋げてくれないか?」