Ⅸ章:戦禍の七勇・後篇
真架は教会の屋根に立ち、周りを見渡していた。
西の方で斬撃が、東で光の柱、そして正門で轟音。様々な戦争の音が真架の耳に届いていた。
ロマリウスの中央に位置するこの教会は王宮ほどではないが立派な造りをしている。
真架はそこでシャミームの合図を待っていた。
シャミームは魔法の『扉』を使いロマリウス内を移動していた。
目的は二つある。
一つは街と戦の状況を見ること。
そして、最も重要なのが敵頭首を見つけ真架に伝えること。
その際の合図は魔法ではなく信号弾を使う。
シャミームは『イマージュ』を使えない。
その為、光希が一から材料を集め彩羽の魔法で銃と信号弾を作ったのだ。
「……………」
真架はシャミームのことを強い娘だと認識している。
彼女は自分のためよりも他人のために動く。
あの孤児院の子供や院長がいい例だ。
孤児院の人たちを助けるために彼女は戦争に出ている。
(それに、俺も助けようとしてるしな)
彼女の魔法なら戦死することはないだろう。
だが、だからこそシャミームのその優しさが隙となるだろう。
真架は自分の中の気持ちを整理しつつ敵の城を見つめた。
「必ず落としてやる」
そして、赤い煙が上がった。
*
「聞いてないのですが?彩羽さんは聞いてました?」
「全く……。ですが、相手は未来を見ることが出来るのです。こういう事が起きても不思議ではないでしょう」
「そうですね」
ジャックと彩羽は赤色の煙が上がると同時に壁に切り込みを入れ、都市内に侵入した。
が、そこで待っていたのは建物ではなく、数十名のロマリウス軍の兵隊だった。
人数比を見ると3:1で圧倒的に不利な状況である。
人数だけならばジャックと彩羽なら楽に切り抜けられるが、それだけではなかったから不利と言ったのだ。
「ふっふっふ……貴様らは袋の鼠。私たちの魔法によって滅ぶが運命なのだ!」
「ミディアちゃん、やめてください。恥ずかしいです」
「リディアはもう少しノリを覚えようよ!」
目の前の軍を率いていたのは彩羽と同じぐらいの背丈の双子の少女だった。
軍の先頭に出て来るほどだ、相当の実力だろう。ジャックと彩羽の後ろに居る兵では手も足も出ないだろう。
ジャックは微笑みながら質問をした。
「君たちがこの軍を率いているのですか?」
「当たり前だ」
「でなければ先頭に出ていません」
「そうですか、そうですよね。では…………死ね♪」
ジャックは敵の少女が反応するよりも速く動く。
右手に握られている『鉈』がミディアと呼ばれる少女の首を刎ねようと呻る。
が、ジャックの『鉈』が少女の首を刎ねることはなかった。
「やめてもらえないだろうか?」
「あぁ?」
オルガは振られるジャックの『鉈』を素手で掴んだ。
鉈の刃に触れないように峰の部分を的確に掴まれていた。
「り、リディアぁぁぁ……」
「……本当に殺されたかと思ったよ」
双子は生きていることを確かめ合うように抱きしめ合った。
「邪魔しないでほしいなぁ」
「部下を見捨てることは出来ないからな」
「これはアンタの軍か?」
「違うな。シャヒードの軍だ」
「へぇ~、引きこもりの王子さんも軍は持つんだなぁ?」
「サイードたちが捕まったんだ。情報は流れてるとは思っていた」
ジャックは『鉈』を消してオルガと距離を取る。
「貴方みたいなのがいるとは聞いていませんでしたがね」
「こちらは存じていたさ。シャヒードが見ていたからな」
ジャックは自分たちを取り囲んでいる軍勢を眺める。
彩羽も眺めて、二人で目を見合わせた。
「三番でしたね」
「そのようですね。まぁ、予想通り、といいましょうか。然程、驚きもありません」
ジャックは魔法を解除し、オルガに面を向ける。
「ボクはジャック・ザ・リッパーと言います。よろしく」
「オルガ・エクシオルだ。早速だが、シャヒードからの言伝を聞いてもらおう」
*
シャミームはロマリウスの街をひたすら走っていた。
扉は連続で出すことが出来ない。
ラグとして一分。
並行して、同時に扉を作り出すことは出来る。だが、垂直的に、連続で作り出すことが出来ない。
その為、シャミームは一度移動したら、ある程度街を散策して敵の頭首を探すのだ。
シャミームは建物の影に入って息を整える。
彼女は魔法発動・移動・散策をもう68回も繰り返している。
文字通り、端から端まで、隅々にまで走り回った。
「ハァ……ハァ……まだまだ。頑張らなくちゃ」
シャミームは体力は少ない方だ。
だが、彼女をやる気にさせるのは各地で戦っている仲間や勇者たちの姿であった。
自分が勝手に連れて来てしまっただけだと言うのに、味方になってくれた。
彼らのすることは普通ではない。
敵を仲間にしたり、会談に戦艦を持ちだしたり。
でも、彼らが来てからエルレランは変わった。
「異世界から来た皆が頑張ってるのに私が頑張らない訳にはいかないよね」
小声で呟く。
シャミームは路地裏を走り、大通りに抜ける前に顔を覗かせ誰かいないかを確認する。
人はいない。
シャミームは魔法陣を描く。
刹那――――――
「お待ちください!」
「ッ!?」
シャミームは魔法陣を消し、影に隠れる。
(見つかった?)
シャミームは壁に魔法陣を作り、扉の中に入り込む。
シャミームの魔法には二種類の能力がある。
一つは瞬間移動。そしてもう一つ、扉の向こう側、つまり異空間転移。
シャミームが創り出したもう一つの空間。
いや、元からあったと言うべきだろう。
この空間は街の空間の内側なのである。
この中に入り込めるのは扉を創る本人・シャミームと扉を潜った者のみ。
扉の向こう側はモノクロのような色付きである。
外側から向こう側を窺うことは出来ないため、ロマリウスの街を堂々と歩くことが出来る。
だが、この異空間には空気がない。気圧や重力はあるが、息をするために必要な空気がない。基本的に外側にあるモノはこちら側にはない。
例えが、外側では道にリンゴが落ちている、だがこちら側からはその落ちているリンゴに気付くことは出来るが触れることが出来ない。
シャミームがこちら側に居られる時間は大体一分。
シャミームはゆっくりと焦らず人の声が聞こえた場所へ向かう。
そして、十字路を右に曲がったあたりで二人の兵が揉めていた。
その中の一人はシャミームも名前を知っている。
(見つけた)
一人の名はエイリーク・デューク・フォン・ロマリウス。ロマリウスの頭首だ。
黒い髪に黄色の瞳。背は高くローランと同じぐらい。細身の割にがっしりとした体格。顔はシャープだが堀が深い。顎に残っている切り傷から百戦錬磨の強者の風格が見られる。
シャミームは壁に扉を創り外側に出る。出来るだけ気配を殺し、その様子を見守る。無論、自分の周囲も気を配りながら。
「もう一度考え直してください、エイリーク様!」
「考えを変える気はない。さっさと準備をしろ」
「無茶苦茶です!この街で魔導砲を撃つなんて!」
「―――――――――ッ!?」
魔導砲。それはロマリウスが開発した殲滅兵器。それひとつで都市を消滅させてしまう威力がある。ただし、膨大な国土魔力の消費やあまりの威力に自軍の兵にも犠牲者が出てしまう諸刃の剣。
「お願いいたします!街にはまだ逃げ遅れている者も居ります!」
シャミームもこの街を走って、逃げ遅れている民を見かけた。
「それに、門には仲間も居ります!」
そして、その台詞を聞いてその魔導砲の矛先がどこかを察する。
標準は都市の正門。あそこには光希と迦具夜、そして予定では戦闘を終えた晴代とローランもいる。
「些末な問題だ。兵など徴兵を引けばすぐに集まる。それに、逃げ遅れる者が悪い」
「ッ!?」
温厚なシャミームの心に確かな憤怒に念が生まれた。
――――――バンッ!
「………………!」
「―――――ッ!」
赤い煙が上がり、それに気が付いた敵二人がその煙の発生源に目を向ける。
そこには銃を天に向けているシャミームがエイリークを睨み付けていた。
「アナタは自分がしようとしていることを分かったているのですか!」
「敵か?情報が向こうに渡る前に消せ!」
エイリークはシャミームの問いを無視して傍にいる兵士に命令する。
兵士は奥歯を噛み締めるように苦い顔になる。
「アナタは本当にそんな事をするつもりですか!」
「愚問だ。敵を殲滅する。その為に我らの軍に死傷が出ようと名誉だと言うものだ」
「本気ですか?本気でそんなことを言っているのですか?」
シャミームは強く拳を握り締める。
「兵士は人間です!アナタの道具ではありません!」
「道具だ。私の命令通りに動く人形。私の眼入れに背くものは問答無用で殺す」
エイリークは横目で兵士を一瞥する。
「命令だ…………遣れ。腰の剣は飾りか?」
「…………は、はい」
兵士は剣を抜き、シャミームの眉間に突き付けた。
シャミームは鋭い眼で兵士を睨み付けた。
「アナタはあの人が言っていることに従うのですか?」
「……………」
「間違いだと、そう実感しているじゃないのですか!」
「―――――」
兵士は悔しそうな顔で歯ぎしりを立てる。
「………私だって、そう思ってますよ………!」
「何か言ったか?」
「私は……いえ、私たちはアナタの人形ではありません!」
「そうか。なら、死ね」
兵士の右胸を弾丸が貫く。
エイリークの左手の水色の指輪が輝く。
シャミームは突然の出来事に棒立ちになる。
倒れ伏す兵士の胸から赤黒い液体が広がり赤い水たまりをつくる。
それを見て、シャミームはエイリークに言葉を投げつけた。
「仲間を!住民を!全てを見捨てるアナタは、頭首じゃないッ!」
「私が頭首だ!」
エイリークが腕を構える。
「アナタは偽物です!本物の頭首は!仲間を!人を!見捨てたりなんてしませんッ!」
腕を振り、弾丸を飛ばした。
シャミームはそれでもずっとエイリークから目を離さなかった。
刹那、視界に壁が突き刺さり、弾丸を防いだ。
「『イマージュ』か。水色の指輪から察するに水か氷だろうな」
シャミームはその影を見るに腰を抜かす。
「死んだかと思ったよぉ」
涙目でその影に言った。
「悪いな。でっかい砲筒見えたから壊してきたんだよ」
「ッ!貴様ッ!」
エイリークは声を荒げて、ソイツを睨み付ける。
「何か重要なことをしてて遅れて登場する。こういうのって、正義の味方とか主人公みたいだよな。少し、憧れてたかも」
その男、百鬼真架は突き刺した剣を消してシャミームに手を差し伸べる。
「ありがとう。真架が壊したアレは正門に向けられたから」
「あぁ、なんとなく分かってた」
真架はシャミームを起こすと下がっているように指示を出す。
「正門には行くなよ。こっちよりも危ないから」
「舐めているのか、貴様」
「テメェも舐めたマネしてんじゃんか。仲間ごと遣ろうなんてさ」
「敵を滅ぼすのに多少の犠牲は付き物だ。死者の出ない戦争はない」
正論である。真架の犠牲者を出さない戦いは所詮は夢物語。
どんな戦争でも犠牲者はでるのだ。
「戦争に、勝利なんてねぇよ。どんなに金貰おうが、魔力をいただこうが、土地を奪おうが、死人が出た時点で負けてんだよ!」
「詭弁だ。ならば、貴様は犠牲者の出ない戦争でもしたいのか?そんなもの、出来るわけがないだろうが」
「出来ねぇよ。大体さ、戦争なんてしないに越したことないんだよ」
真架は左手を水平に挙げ、鎖を伸ばす。
「俺が平和な世界を創ってやるよ」
真架は不敵に微笑む。
その笑みにシャミームは見とれる。
その笑みにエイリークは怒る。
「貴様にそんなことは出来ない。ここで死ぬからだ」
「俺は人を殺さない。でも、大切なものを守るために必要なら殺すことも厭わない」
真架は親指に鎖を巻き付け、エイリークに投げつける。
エイリークはそれを楽々と避ける。
「シャミ、俺は何だ?」
「そんなの決まってるよ。エルレランの頭首で、勇者だよ」
真架の問いにシャミームは即答する。
「皆の前で言っただろ、俺は人間だ。でも、俺には皆を守れる力を持っている」
真架は振り向いて、シャミームに告げる。
「だから、俺たちは勇者だよ。ロマリウスも驚く、最強のな」
真架は魔法陣を描き、大剣を創り出した。
「落としてやるよ、テメェらの国を」
*
真架は剣を大きく横薙ぐ。
エイリークは後ろに飛び退くが、その剣風に脅威を覚える。
両の手で深く構える真架は苦い顔をする。
真架の攻撃は未だ一度もエイリークを捕らえていない。
エイリークは避けながら遠距離から氷の弾丸を飛ばす。
高速で迫る弾丸を真架は鎖で弾く。
エイリークは思考を真架の魔法を捕らえるのに使う。
(ヤツの『オリジナル』は具現化の剣だろう。そして、あの鎖は『イマージュ』といったところか?具現化系の『オリジナル』に具現化の『イマージュ』。出来なくはないが、どちらも形作るのに相当に思考を持っていかれる。戦闘しながら、二つを実行するのは難しい。なればあの鎖を含めて『オリジナル』か)
自分の中で結論出すエイリークは手を突き出し地面を凍らせる。
「『イマージュ』なのか、これ?呪術系と何ら変わらねぇぞ」
『イマージュ』は汎用性の聞く魔法陣を使わない魔法。魔力と媒体、それを構成する物質、そして想像力さえあればこれぐらいのことは出来てしまう。
『イマージュ』で氷を作り出すならば、寒色系の媒体と構成物質・水が不可欠となる。
反して呪術系はあらゆる物質・事象に干渉を与える。言ってしまえば無からも物質を創ってしまうことも可能なのである。
その点を考慮すれば、『イマージュ』と呪術系は全く別のものと言える。
「チッ!」
真架は凍る地面を避けるように跳躍すると、宙に鎖を伸ばし足場をつくる。
エイリークは宙に立つ真架を指さす。
真架はそれを見るやエイリークの足場から鎖を生やし、エイリークの腕を拘束する。
「クッ…………!」
照準が狂い氷の弾丸は僅かに外れる。
その間に真架は距離を詰め大剣を振り抜く。
エイリークは拘束されていない右手で右腰に下がっているブロードソードを下手で引き抜き、刃が重なる。
お互いの剣が弾く。
「一回…………」
その勢いでエイリークは後ろに押しやられる。
真架は再び構直し、上段から一閃。
エイリークは剣を上手に持ち替え振り上げる。
剣と剣がぶつかり、その衝撃が風を生んだ。
「二回!」
大剣の重量にエイリークの腕が軋む。
エイリークは剣を傾け真架の剣戟を受け流し、すぐさま態勢を整え真架の首を刈ろうと横一閃。
我禁ッ!と、その一閃は鎖が防ぐ。
大剣を持ち替え横薙ぐ。
エイリークはそれを予期していてか、既に後ろに飛び退いていた。
完璧にかわされた。
否――――――
「チイッ…………!」
エイリークの胴を守っていた鎧が砕け落ちる。
完璧に見切っていたはずの攻撃が当たったのは必然であろう。
なぜなら、先ほどとはリーチが違うのだから。
「何だその剣は?」
エイリークが睨み付けるのは、真架が片手で振り抜かれた大剣。
「この剣に重さはあってないようなもんだ。俺には軽く感じるし、アンタには重く感じる」
真架は大剣を持ち上げ肩に乗っける。
「俺の魔法【生命を繋ぐ者】は十一種の魔法陣を持つ神秘系の『オリジナル』だ」
「十一種………」
エイリークは別段驚きはしなかった。身内に神秘系の『オリジナル』を持つ者がいるのだから。エイリークが脅威に感じたのはその攻撃方法の多様性だ。
「ケテルは思考や創造を司る。マルクトは物質的世界を司る。要は二つの魔法陣は具現化系に属するものだ。マルクトで形を造り、ケテルで剣を創る。さらにこの剣の能力は《思考の固定》」
「《思考の固定》?」
「三段階」
真架は左手の人差し指と中指、薬指を立てる。
「アンタはこの剣を見て『重そう』と思ったはずだ」
「………………」
真架はその無言を肯定と受け取る。
「俺も相手に重たく見せるようにしてたんだけどな。《思考の固定》には三段階必要だ。剣を見せることで《思い込ませる》、一回この剣を受けることで《定着》させ、そして二回この剣を受けることで《固定》する」
思い込みは重さを生む。
真架はエイリークに『この剣は重たい』と思い込ませた。
例え話を上げるとしたら、何かにぶつかった時、痛くもないのに『イタッ!』と叫んでしまう。そんな感じだ。
「俺にはこの剣の重さが木刀程度に感じられる」
木刀と言っても光希が作った木の大剣だが。
これも《思考の固定》を使ったものだ。
「納得だ。だが、種を明かしてよかったのか?もう俺はその剣を重たいものだとは思っていないぞ」
「言ったはずだぜ、《思考の固定》って。アンタがいくら『この剣は軽い』と思ったとしても、思考に完全に固定された《重さ》は外れない」
真架はエイリークに迫り、左腰から大剣を振り上げた。
エイリークはそれは右手だけ持った剣で受ける。
――――――ズンッッッッッッ!
「――――――ッ!?」
エイリークは吹き飛び、背後の建物に突っ込み、衝撃で建物が崩れた。
「アンタって思った以上に思い込みが激しいようだな」
エイリークにとってこの剣の重さは相当のもののようだ。
それだけエイリークが思い込んだ重さが重いという事だ。
瓦礫の隙間から黒い粒子が毀れる。
刹那に瓦礫が細かく分解される。
「………………」
エイリークは静かに起き上がると真架を鋭く睨み付ける。
「わたしの言葉は火のようではないか。(Non verba mea sunt quasi ignis) また(Et )岩を打ち砕く(non sicut malleo )槌のようではないか(convellere petra)」
エイリークが何かを呟くと右手の甲に魔法陣が描かれる。
右手から黒い粒子が流れる。
「何だ、さっきの?」
「詠唱。これが私の魔法の発動条件だ」
「右手自体が粒子化しているわけじゃないから変化系ではないな。瓦礫が砂になったことを考えると呪術系か」
「【問を砕く神の手】。察しの通り呪術系だ。能力は単純だ。触れるものを破壊する」
「分かりやすいな。武器や具現化系は効かないってことか?」
「それだけではない。触れればその理も壊す。つまり――――――」
「魔法の破壊か。魔法を発動する前に叩く、ってことでいいんだな?」
「そう言うことにしておいてやる」
「忠告ありがとう」
真架は左手から鎖を伸ばし、剣と繋げた。
「剣を持ったら接近戦、なんて考えんなよ」
真架はエイリークに目掛けて大剣を放った。
エイリークは冷静に見切り避けると繋がっている鎖に右手を伸ばす。
それを見て真架は鎖を掴み、手首を捻る。
すると、それによって鎖が蛇のように撓り、エイリークの右手を交わす。
「ッ!?」
さらに、スナップを効かし剣を上に上げる。
そして、振り下ろす。
エイリークに向かって落ちる大剣。土煙を上げる。
エイリークは横に向かって土煙から出て来る。そして、そのまま真架に向かって距離を詰めた。
エイリークは左手に持った剣を構える。
「〔ネツァク→ホド(ペー:塔)〕〔ケテル→ビナー(ベート:魔術師)〕〔ビナー→ゲブラー(ヘット:戦車)〕」
真架は右手の人差し指と中指を揃え、魔法陣を三連続で連結する。
一つ目の連結魔法で剣を防ぐ障壁を張り、それを壊そうとする右手を二つ目の連結魔法で放たれた魔力弾で腕を弾き、三つ目の連結魔法で空気を圧縮しエイリークに放つ。
まともにヒットするとエイリークは後ろに吹き飛ぶ。
だが、今度は空中で態勢を整え、壁を蹴り真架に迫る。
真架が鎖を振り上げると、地面に突き刺さっていた大剣が持ち上がりエイリークを襲った。
それをエイリークは左手の剣で受け止め、止まった大剣を右手で触れようとする。
真架は鎖を振り回すと大剣が円を描き、空中のエイリークを振り落した。
地面に小さなクレーターをつくる。
真架は大剣を左手に戻す。
真架の技は剣術と言うにはあまりにも雑で、鎖術としてはあまりにも高度だった。
現在の真架の剣の腕は初心者に毛が生えた程度の心もとないものだ。だが、真架の使う鎖は長い間使ってきた、もはや自分の一部と言っていいものだ。
この世界で手に入れた魔法などなくても渡り歩いていけるほどの強力な能力。
その忌み嫌っていた能力が、あまりにも足りない戦闘経験を埋めたのだ。
鎖鎌術みたいだが、鎌ではないので鎖剣術とでも名付けようか。
(ほんと皮肉だよ。今はこの力があって良かったと思ってるんだから)
そんなことを考えていると、貪ッ!と地面に亀裂が走る。
エイリークが右手で地面に触れたのだ。
エイリークは起き上がると真架に剣先を向け右掌を盾のように翳す。
敵将であるエイリークの魔法【問を砕く神の手】は攻撃に使う事よりも防御に適した能力だ。
真架は口には出していなかったが、魔法を攻撃に使っていることに呆れていた。
そもそも戦闘で敵の体に触れようとすることは大きなリスクを生むのだ。
あえて自らリスクを冒しに来ることは愚の骨頂。
(てか、能力明かすこと自体がおかしいだろ)
真架は剣を構え、右手で魔法を連結する。
「〔ケセド→ゲブラー(テット:力)〕」
真架の左腕に二つの魔法陣が結ばれる。
それを見るや、エイリークは剣先から氷を無数に生成、一斉に放つ。
真架はそれは冷静に見切り、剣ですべてを払った。
エイリークはすぐに連結魔法の能力を看破した。
「強化系の能力だな。それもあの速度・あの数をすべて払うのだ。いくら剣が軽いと言っても出来ることではない。おそらく、強化は筋力だけでなく五感も強化しているはずだ」
「あぁ、そうだ。筋力・視力・聴力を人智を超えるほどに跳ね上げる。代わりに痛覚も数段に強化されてるけどな」
真架の考えでは接近戦で速攻で決める腹だったが、すぐに看破されてしまった。
そうなると、有利になって来るのはエイリークの方である。
遠距離からの攻撃が出来ることが唯一の理由だが、それだけで十分なのだ。
真架はただでさえ痛みを敏感に感じてしまうのに、それに加えこの連結を使っている時は他の魔法が使えないのだ。
真架は早々に連結を解除し、エイリークに迫った。
エイリークは剣を構え、冷気を発す。どんな攻撃が来ても対応できるようにした。
その万全の態勢を見て、真架は渋った顔で剣を投げる。
その攻撃にエイリークは虚を突かれたように目を丸くする。
(何だと!)
鎖が、付いていない。
エイリークは剣を避けると、接近してくる真架に向け剣を振り下ろす。
真架は急停止し後ろに飛び退く。
「〔ティファレト→ホド(アイン:悪魔)〕!」
魔法陣が重なり青白い炎が凝縮し、放たれる。
エイリークは右手で蒼炎を払い消す。
エイリークの魔法の能力が発動し、魔法陣が砕ける。
「これで終わりだ!」
エイリークは真架の首に向け剣を下す。
その真架の表情は、笑み。
「まだ終わらねぇよ!」
「………ッ!」
刹那
「―――――――――ガハッ!?」
投げたはずの剣のポンメル(柄頭)がエイリークの背を殴る。
その怯んだ隙に真架はエイリークの右腕に鎖を絡ませる。
そして、一本背負いのように持ち上げ、鎖を伸ばして宿舎の屋根に叩き付け、そのまま地面まで付き下ろした。
更に追撃。
「ハァァァッ!」
真架はエイリークに繋がれた鎖を横に振り回す。
エイリークは円を描きながら建物を壊し、交差点に投げつけられ慣性で地面を転がる。
「ッ!?」
不振に思う、彼は鎖を外していない。
真架はエイリークの腕に絡みついていた鎖の先端に目を移す。
それに更に驚愕。エイリークの腕は付いていた。斬り離された右腕が。
エイリークは口に剣を咥え、真架に襲い掛かる。
真架は鎖を空間の間から伸ばして防ぐ。
それを見るや否や口から剣を放した。
「わたしの言葉は火のようではないか。(Non verba mea sunt quasi ignis) また(Et )岩を打ち砕く(non sicut malleo )槌のようではないか(convellere petra)」
エイリークは詠唱し、左手から黒い粒子が流れる。
エイリークの指から水色の指輪が砕け落ちる。
「〔ビナー→ゲブラー(ヘット:戦車)〕」
重なる魔法陣から空気の圧縮砲が放たれる。
エイリークの魔法【問を砕く神の手】の弱点は物質は砕けないということだ。
みればわかるはずだ。魔法発動時、常に空気中に右手は触れている。だが、空気―詳しくは酸素や二酸化炭素―が破壊された反応を見せていない。
おそらくあの黒い粒子が物体の結合と結合の間に入り込み、膨張し、内から砕いているのだろう。
まさしく、名前の通りだ。『サクシフラージュ』……岩を砕く花。
空気の圧縮弾がエイリークの左腕を弾く。
至近距離で撃った反動で後ろに弾かれる真架。
エイリークは踏ん張り、左手で追撃を掛けた。
真架は眼を据えさせると、左手の人差し指でエイリークを指し、タクトを振るように下に指を向けた。
刹那、エイリークの左手が千切れ跳ぶ。
真架の大剣がエイリークの左手を切り裂いた。
それでもエイリークは一歩足を出し、顔を真架に近づける。そして―――
「《歪めろ(ディストールド)》ッ!」
エイリークの言葉が空間の歪みを生み、真架を襲う。
瞬時に左手に剣を戻し、盾とする。
だが、衝撃波は防げず後ろに吹き飛び、飯屋を突き抜けた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
エイリークはそれで力尽きたように膝をついた。
「イッテェ、油断した」
首をコキコキと鳴らし、通りに出て来る。
「あぁ、不覚だった。鎖を消すことが出来るとはな」
「フッ、ご明察」
左手で大剣を持ち上げると、ジャラリと垂れる鎖が現れた。
「〔ケセド→ティファレト(ヨッド:隠者)〕」
掌に二つの魔法陣が重なっていた。
「ちょっとした奥の手さ。鎖を見せて剣を操れば、見えてる鎖に意識が行く。よって、鎖を消せばアンタは警戒を薄め、こっちに仕掛けてくると思ったんだ」
「甘いな。私の思考にはまだ『鎖を消せる』と言う選択肢はあった」
「別に6:4でもいいんだ。『剣を消せない』に少しで傾いてくれれば」
大剣から鎖を取り外した。
「戦いとは刹那の判断が命運を左右する。小さい確率を考慮していたら、勝てる戦いにも勝てなくなるんだよ。アンタのさっきの行動がいい証明になってる」
エイリークは立ち上がると小さく息を吐く。
口から黒い粒子が舞う。
「言葉からでも出来たんだな」
「倒せたと、思ったんだがな」
「舐めんじゃねぇよ。詠唱でも言ってたじゃんか。『わたしの言葉は火のようではないか』って」
エイリークはは両腕から血を流しながら、真架を睨んだ。
「貴様の強さは分かった。最後に最大の魔力(詞)に乗せて貴様を葬ってやる」
吐く息から黒い粒子が舞い、地面を撫でる。
「最後、ね。じゃあ、俺も『冥土の土産』ってやつを見せてやるよ。
剣先を地面に差し、先端部に右手の指二本を持っていく。
「主なる全能の神よ、なんぢの審判は眞なるかな、義なるかな」
剣身についていた十の水晶に十色の魔法陣が描かれる。
剣が輝き、形状を変える。
分厚く身の丈ほどあった剣は、先よりの細くそして短くなった。
バスタードソード。形状は大剣からそれに変わったのだ。
「《善悪の知識により裁きを(イラエ・ダ・ヴィロス)》」
真架は剣を構えた。
「報いを受けろ」
真架はエイリークに向け駆ける。
「私の言葉は絶対だ。逆らう者は全て悪だ!《飲み込め(マルへーラ・オル・クレプースコ)》ッ!」
黒い粒子が空間を歪め、捻り、曲げて、大きな咢を創り出した。
戦いの残骸や瓦礫がその渦に飲み込まれる。
「テメェは消えろ」
真架の剣閃がエイリークの魔法を打ち砕いた。
決して真架の剣に魔法の無効化能力があったわけではない。ただ単純に、その剣に纏う魔力量がエイリークの魔法の魔力量を遥かに超えていただけのことだ。
「〔禁断の果実〕…【憤怒】ッ!」
一閃ッ!
エイリークは抵抗も無いまま切り裂かれる。
縦に裂かれた傷から血が吹き散る。
剣を振るい、血を払った。
「ロマリウス帝国 頭首エイリーク・デューク・フォン・ロマリウス、エルレラン王国 頭首百鬼真架が討ち取った!」
地面に倒れるエイリークに目を向けることなく、真架は剣を消した。
*
ロマリウス王城、王室。
二人の足音がそこに向かっていた。
「来たか」
シャヒードは小さく呟く。
王室の扉が押し開けられる。
「待ってたよ、エルレランの頭首さん」
シャヒードが薄ら笑みを向ける先には、エルレラン王国頭首百鬼真架とその側近シャミームがいた。
エイリークとの戦闘が終わるとすぐにシャミームと共に王城に移動したのだ。
真架は王室の中を見渡す。
「ロマリウス帝国 第一皇子シャヒード・イ・ロマリウスだな。国王ガリウス・ロマリウスは何処だ?」
「さぁね」
真架は玉座に足を組み肘を付いて座るシャヒードを睨み付けた。
「おぉ、怖い怖い。そんな睨むなよ。それじゃ、改めて、訂正を含めて自己紹介をさせてもらうよ。俺はロマリウス帝国 代理国王シャヒード・ロマリウスだ。よろしく」
「そう言う事か。エルレラン王国 頭首百鬼真架だ。この戦争は――――――」
「君たちの勝ちでいいよ」
シャヒードは真架の言葉を遮り告げる。
「ただし、この戦争は国王ガリウス・ロマリウスが独断で受けたもの。今回の戦争の最中、前国王ガリウスは行方を眩ました。よって、代理として第一皇子である俺が国王をなのることにした。もう一回、念のために、重要だから言っておくよ。俺は飽く迄代理だから、今回の戦争に関しては何も知らないし、国王が居ないため会談を開くことが適わない。だから、今回の戦争は君たちの勝利と言うだけで納めてくれないかな?」
「ふざけるなよ。代理であれ国王を名乗るなら会談を開く権利もあるだろ」
「あるよ。けど、俺はまだ国民の支持を受けたわけじゃない。よって会談は開く。しかし、それは時期を待ってもらおう。ひょっこり国王が帰ってくるかもしれないから」
「よくもまぁ、抜け抜けと」
真架はより鋭く睨み付ける。
シャヒードは笑みを浮かべたまま、堂々としていた。
真架はため息を吐いた。
「少しだけ待ってやる。何日欲しい」
「前国王の捜索、それに伴い選挙の準備、選挙期間、国王引継ぎの手続きを入れて一ヶ月」
「長い。この国は選挙制じゃない。そのことを知らないわけがないだろ。国王引継ぎの手続き一週間だ」
「前国王が生きてるかもしれないんだ、捜索機関も加えて三週間」
「黙れ、テメェが消したんだろ」
「何の証拠があって?」
シャヒードから笑みが消える。
静寂な間が続く。
真架の隣りでシャミームが息を呑む。
「二週間」
「三週間じゃダメかい?」
「二週間と二日」
「二週間と五日でどう?」
「……三日だ。二週間と三日」
シャヒードが笑みを浮かべた。
「分かった。それで行こう。今すぐ捜索隊を編成するよ」
シャヒードは玉座から立ち上がった。
「伝令!通信球を!戦争は終わりだ!」