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Ⅸ章:戦渦の七勇・前篇

 ロマリウス帝国の第一皇子シャヒード・イ・ロマリウスの魔法を知って直、ユルティル大国とニルドエイロ大国に軍を分散したのにはしっかりとした理由が三つある。

 それはアルハイユから得た情報をもとに推察して出した答えだ。

 一つは、単純に他の二国、フィレツェ大国とフィオウル大国が援軍に向かわせる理由をつくる為である。両端の二国に攻めたとなれば中の二国は端の二国に援軍に向かわせるべきと思い動かす。そうすることで中の二国を大きな道として使うことが出来るのである

 一つは、シャヒードの『未来視』の魔法は広範囲に見るため細かい人の行動を見ることが出来ないこと。それと『動画』を使うのならともかく、『画像』として見るのなら彼はこの動きを予期することは出来ない。故に、シャミームの魔法を使ってフィレツェとフィオウルに繋がっている扉を堂々と潜ることが出来る。

 もう一つ。これは単なる予想なのだが、シャヒードはこの未来を見ていても国王に報告しないと思う。理由の2割は、エルレランの軍はロマリウスとは違うところに軍を動かしているから。3割は、確定事項ではないから。残り5割は、興味がないから。この結果は、魔法を聞いて光希が勝手に思い描いたシャヒードの人物像に照らして考察されたものである。

『未来視』の魔法を手に入れた人間の性格は光希が考えるに三種類。用意周到で姑息な人間、真面目で先の未来を変えようとする正義感の人間、そして、陰湿で未来を知ってなお動こうとはせず高みの見物を行う根の腐った人間。

 シャヒードは三番目の典型であると思われる。未来が映像ではなく画像によって現れるこれは確実性に欠ける。周期がバラバラで見える画像も自分の欲しい未来ではないことも、それは未来を知ってそれと同じ状況が起きることを面白がっている。また、知った未来を壊すことを楽しんでいる。

 そう言う奴だと思ったからこそ、真っ直ぐロマリウスに向かおうとも思ったが、2割と3割も捨てきれないため二手から行き、そして真ん中で合流と言う回りくどい作戦を立てたのだ。


  *


「しっかり掴まってろよ!」

 真架はそう叫ぶ。

「ちょっと真架くん雑じゃない?」

「妾の牛じゃぞ!もうちと丁重に扱わんか!」

「でも、急いだ方がいいですから、このままでいいと思いますよ」

「うっぷ……酔った……」

「シャミちゃん、吐いたらダメだからね!」

 真架たちは戦車で目的地まで駆けていた。

 この戦車は砲台のついた鉄の塊の戦車ではない。二頭の牛が台車を引っ張り進む戦車の方である。

 この牛は迦具夜の魔法で召喚した動物で、台車は城に有ったものを使っている。手綱はなかったので真架が鎖を出し代用している。

 この戦車に乗っているのは真架、光希、迦具夜、ジャック、シャミームの五人。

 ローラン、晴代、彩羽は別のルートで向かっている。

「ちょっと難しいな、これ」

「だったら、オレに変わって!」

「ヤダ」

「じゃないから!ホント雑だよ、真架くん!」

 手綱―――手鎖を使うのはこれが初めての経験であり、雑になるのは仕方がない事である。

「もうすぐ『扉』だ!もう少し速度上げるから!」

「ちょっと!」

「冷静になるのじゃ!」

「どうぞ、こちらにはお構いなく!」

「何言ってるんですか、ジャックさん!」

「うう……気持ち悪いよぉ……」

「扉消えないよね!」

 真架は後ろでなにか騒いでいる光希を無視して、後ろについてきている兵士にに向けて叫んだ。

「潜るぞ!全兵、俺に続け!」

「「「オォォォォォォォォォ!」」」

「突撃!」

 真架たちは扉を潜った。

 これからが本当の戦いだ。


  *


「何だとッ!」

 ガリウスは伝令の報告に驚愕の嗚呼をあげる。

「エルレランの軍が我が領地に潜入しただと!」

「ハッ!エルレラン軍は領土に潜入し、そのまま首都、つまりこの城をめざし進軍している模様!」

「クソッ!今すぐに軍を招集し首都を守らせろ!」

「ハッ!」

「それからシャヒードを呼べ!」

 伝令の男は姿を消した。

 そして、数分後に薄ら笑みを浮かべたシャヒードが現れた。

「どうしたんですか、父さん?そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもあるかッ!貴様、知ってて黙っていたのか?」

 ガリウスは傍に寄ったシャヒードの胸ぐらを掴み上げる。

「なんのことですか?俺にはさっぱりですよ。ちゃんと説明してください」

「エルレランの軍が我が首都に向けて軍を進めておるのだ!そのこと、貴様は知っていたのだろうが!」

「何とっ!そんなことが起きていたのですか!?俺も知りませんでしたよ。俺の見れる未来は万能ではないですから。なんてたって、未だ来ずと書いて『未来』なんです。未来は日々変わるのが道理なのですから」

 口ではそう言うもシャヒードの顔は焦りなど微塵も感じられない。

「減らず口を!」

「そんなこと言っている場合なんですか?早く、兄さんに知らせた方がいいんじゃないですか?」

 シャヒードはロマリウス国王の息子であり第一皇子であるが、彼が長男だという事ではないのだ。

 シャヒードは三人兄弟の末子として生まれた。故に、正当な方法では彼は王になることは出来ない。だから、父親に未来の情報を話すことを条件にして、シャヒードが『第一皇子』の座を奪ったのだ。

「すでに軍は動かしているわッ!貴様はワシとともに居れ!分かったか!」

「分かりましたよ」

 ガリウスは投げ捨てるように放した。そして、連絡を取ろうと通信球を取り出した。

 シャヒードは襟を正しながら口元を三日月のように持ち上げた。

(さてさて、面白くなってきた)

 シャヒードは左眼に魔法陣が浮かび、左手の砂時計を逆さに返した。


  *


 真架たちエルレラン軍はロマリウス帝国の都市を目の前にしていた。

 都市の内部からカランカランと大きな鐘の音が聞こえる。

 避難勧告なのだろう。

 真架たちが見当たりの良い荒野を走っていたためすぐに気付いたのだろう。

 だが、これでいい。

「光希、迦具夜はロマリウスの軍が来る前に陣を整えておけ!ローランは右、晴代は左から攻めろ!ジャックと彩羽は所定の位置に移動しろ!」

 真架の指示にそれぞれが返事をする。

「シャミ、ロマリウスの地図は覚えてるな?」

「もちろんだよ」

「なら、予定通りに魔法で中の様子を調べろ!敵の頭首を見つけたら通信球で知らせてくれ!」

「分かったよ!」

「光希、手綱を変わってくれ」

「OK」

 真架は光希と戦車の操作を変わる。

「よし!散開!」

 真架の合図にそれぞれの軍が行動を開始する。


  *


 ロマリウスの都市は少し特殊である。

 それは周りが荒野であることと、都市の周りを大きな壁で覆っているとこだ。

 敵からの侵入を阻むために壁を作り、周りが荒野なのは軍を広く展開し兵力の差で敵を鎮圧するためだと考えられる。

 防御と攻撃が平等に取られた文句の良いようがない要塞だ。

 だが、完璧とは言えない。

 この要塞には弱点がある。

まず門が一つしかない。元々、奇襲を受けるとは読んでいなかったことが原因だろう。

エルレランにはシャミームの『瞬間転移』魔法がある。その為、この弱点を簡単に突くことが出来た。

そして、最大の弱点は壁の高さと厚さである。

高さは50m、厚さは25mほどだろう。普通ならこれを突破することは出来ないだろう。だが、真架たちにしたら、低く・薄い。


  *


 住民の避難もある程度が済み、ロマリウスの軍が都市と荒野の境に到着する。

「な、何だこれは!」

 敵軍の隊長が荒野を見て、第一声を吐く。

 目の前に広く、長く、門を覆うように深い堀が出来ている。

 その向こう側には隙間の空いた塀が建っている。

『敵が来たのじゃ』

「よし!竜騎隊構え!」

 迦具夜が通信球で光希に向けて告げると光希は銃を持ち並ぶ兵隊に号令をかける。

 塀の隙間から魔導銃の筒が伸びる。

「撃てぇ!」

 ドドドドドドドドドドドドドドッ!

 一斉に銃が火を吹く。

 向こう側にいる敵兵を打ち倒す。

 魔導銃には弾が込められていない。

 これに用いられているのは汎用魔法、この世界では『イマージュ』と呼ばれている。誰でも比較的簡単に扱える魔法である。

 汎用魔法『イマージュ』は文字通り『思い描いたものを生み出す』魔法のこと。

 例えば『炎』を思い浮かべると炎を生み出すことが出来る。ただし、『炎』を生み出そうとすれば、それを連想させる『色』や『モノ』を必要とする。例の『炎』なら『赤』色の媒体を用意しなければならない。

この魔法は日常生活にも用いられる一般的な魔法でもある。

この説明で分かったと思うが、銃によって連想されるのは『弾』。つまり、『弾』を生み出し、放つと言うものだ。

「防御隊、前ッ!障壁!」

 ロマリウス軍はバリアのようなモノを展開し弾丸を弾き返す―――はずだった。

「な、何ッ!」

 エルレランの弾丸は障壁を貫き、敵兵を襲い掛かる。

「何故だッ!?」

 取り乱す隊長。

 それを塀の向こうで確認する光希は得意げに呟く。

「ライフルって知ってる?」

 それは銃身内に螺旋状の浅い溝を掘ることで弾に回転運動を付けさせる銃だ。

 回転運動が加わることで弾軸が安定し直線性が上がる。要は、貫通力が上がるのだ。

 そうなると、敵の出方として考えられるのは―――――

「障壁を厚くするか、撤退。8:2で障壁を厚くすんだろうけどね」

 敵が弾丸を弾き出した。

 ロマリウス軍は障壁を厚くしたのだ。

「はい、当たり!発砲、止めッ!」

 発砲をやめさせた。

 光希は指を鳴らす。

 刹那に、塀の下に魔法陣が浮かび上がる。

「《砲台(キャノンズ・フォール)》」

 塀を持ち上げるように魔導砲が具現化される。

一騎万竜(ワンマン・アーミー)

 光希の魔法は銃を具現化するものである。

 具現化できる銃は多種多様だが、本体は光希自身が持つレールガンを応用した銃。

 具現化する銃や大砲はすべて彼が持つ本体の銃と連動しており、彼が銃の引き金を引くと同時に――――――

「FIRE」

  ―――豪ォォォォォォォォォォォォォォォ!

 一斉掃射。

 欠点を上げるとすると、『イマージュ』によって電流を流しているため、強い電流を流すためには光希の魔力量では魔力の溜めに時間がかかるという事だ。それも相まって、連発が出来ない弱点がある。

 光希が放った砲撃が敵軍の障壁をものともせず破壊し、爆炎が立ち上った。

「全兵!堀に逃げ込め!そこから敵に進撃するのだ!」

 ロマリウス軍は爆炎を潜り、堀を下った。

「下に行ったか。壁を盾にしていれば良かったのに……。迦具夜ちゃん、行ったよ」

『わかったのじゃ』

 光希は通信球を使い迦具夜に伝えた。

 

 堀を降りた敵の隊長は同じく降りて来た自兵に指示を出す。

「陣を整え、ここを抜けるぞ」

 一気に士気が高まり、陣が出来上がる。

「やる気だけはよく伝わってくるのう」

「誰だッ!」

 隊長が前を向くと、扇で顔を隠したダボダボの服を着た少女が居た。

「何者だ、貴様!」

「敵には名をなのらぬ。ここをとおすことも許さぬ。ぬしらにはここにいてもらうぞ」

「馬鹿をぬかせ!全隊、進めッ!」

 全兵が雄叫びを上げ前進する。

「至りて愚かよの」

 迦具夜は扇に魔法陣を描く。

「火鼠の裘」

 魔法陣が輝き出し、魔法陣の中から火の粉が舞い散る。

 そして、迦具夜の背後に炎に包まれた巨大な鼠が現れる。

「あへなしじゃ」

 火鼠はロマリウス軍に襲い掛かる。

 獰猛な火鼠に襲われたロマリウス軍は二手に逃げる。

「かひなしじゃの。燕の子安貝」

 扇の裏にもう一つ魔法陣を描き、そこから大量の燕を召喚する。

 燕は逃げる敵兵を正確に襲い、爆発した。

「呪術系魔法使いは術者を狙うんだ!術者本人の戦闘力は皆無だ!」

 敵隊長を含め数名の戦士が迦具夜を襲う。

 それを迦具夜は冷静に構えていた。

 火鼠の魔法陣を消して、新たな魔法陣を描く。

「ハァァァ!」

 敵隊長が剣を振り下ろす。

 確実に切り裂かれたと思われた。

「何ッ!ヤツは何処に行った!」

 完璧に捕らえていた迦具夜が姿を消したのだ。

「滑稽よのう」

「ッ!?」

 背後から声が響き振り向くと、迦具夜が地面から―――いや、影からその姿を現したのだ。

「どうやって!」

「ぬしらのほうがよほどくわしいじゃろうに」

 呪術系魔法の根本は自然や生物への干渉。

 召喚魔法では生物への干渉である。召喚した生物に魔力を付与することで力を与える。迦具夜の場合、牛には浮遊の力、鼠には巨大化や炎の力を与えている。

 燕の子安貝は、召喚しているのは燕ではなく子安貝。子安貝を燕の形にした魔力で覆い、飛行能力を与えているのだ。

 先ほどの回避に使ったのは、自然干渉で影に干渉し、影の中に入り移動したのだ。

 迦具夜はこの魔法を使い分けているが、これら魔法陣はすべて迦具夜の持つ扇に描かれるため、同時に使えるのは最大でも二種類までである。

「われながら珍妙じゃの」

「クソッ!」

「やめておくのじゃ」

 再び仕掛けようとする隊長を静止させる。

「ぬしら、ここが影の中じゃというのを忘れとるな」

「?――――――ッ!まさか!」

「仏の御石の鉢」

 ロマリウスの兵士全員が影に呑まれる。

「く、くそっ……」

「案ずるでない。手には掛けんのじゃ」

 全員を首まで沈めると魔法陣を消した。

「珍妙じゃ」

 迦具夜は通信球を取り出す。

「終わったぞ」

『そっちは終わったのかもしれないけど、こっちは大変なんだから!こっちも手伝って!』

「分かったのじゃ」

 通信球をしまうと、牛を召喚する。

「お、おい待ってくれ!」

「なんじゃ?」

「助けてくれ、手は出さないからここから出してくれ!」

「敵に助けを求めるとはの。はじを捨てる……じゃな」

 迦具夜は敵を助けることはせず、上に登って行った。


  *


 光希が考えた戦い方には『戦略』と『戦術』がある。

 光希が立てた戦略は『ランチェスター戦略』をもとに考えている。

 巨大な国との戦闘を前提として、兵力では確実に劣るエルレランが勝つには二つ方法がある。一つは兵力を増やす、もう一つは戦闘力(武器の性能や兵士の実力)をあげること。光希は後者を取った。

 そして、エルレランを弱者として置いたとき、弱者の戦略として考えられれるのが『一騎打ち』と『陽動』。

 光希と迦具夜はこれの『陽動』に当たる。

 門が一つしかないのだからそこに最も兵力が集中するのは必然。

 ゆえに広域に戦闘が可能な光希と迦具夜がこの役を担ったのだ。

 もう一つの戦略『一騎打ち』は晴代とローラン、そして真架が受け持つこととなる。

 これをもとに立てられた『戦術』は、至極単純だ。

 陽動(光希・迦具夜)により敵兵力を一点に集め、二手(ローラン・晴代)に

分かれ壁を破壊し侵入し敵将と一騎打ちに持ち込む。

 ジャック・彩羽は別働隊で門のあるところとは反対から壁を破壊し侵入、途中まで真架もその隊に同行し半分に来た辺りから鎖を使い壁を越える。

 シャミームは自身の魔法を使い先に敵国内に潜入、敵頭首の居場所を真架に知らせる。

 これがエルレランの作戦の一部である。


  *


「到着です」

 彩羽は自身の魔法で一足先に反対側に着いた。

 彩羽の魔法は【多才な伝令者(ヘルメス)】。

 多彩な具現化系魔法で様々な能力がある。

『天を駆ける(タラリア)』は文字通り大気中を駆けることが出来る。

千里鏡(アルゲイポンテース)』はどんなに離れていたところでも覗くことが出来る。

他にもまだあと三つほども具現化できる。

「『千里鏡(アルゲイポンテース)』」

 彩羽はモノクルで反対側の光希と迦具夜の様子を窺った。

 その間にジャックが部下の兵士の馬に乗せてもらいやってきた。

「もうはじめてますか?」

「うん。真架は?」

「作戦通り、ローランが壁を破壊したのと同時に侵入するみたいです」

 ローランと晴代は敵に見つからないために大きく回り込んで動いている。

「作戦はシャミの合図を待つ」

「その後にボクの魔法で壁を破壊する」

 彩羽とジャックは部隊の陣形を整えて待つことにした。


  *


「そうですか……」

 ハスザ・アブレイユ。ロマリウス軍の将軍の一人で戦績も優秀な女性騎士。

 彼女は伝令の報告を聞くと自軍の兵を集める。

「全兵、門に向けて進軍する。サハリ隊から進軍せよ」

 指示を出しただけで統率の取れた動きを開始する兵士。

 ハスザはその様子を見て、随時指示を出している。

 彼女は真面目だ。

 戦い方も型にはまったものが多い。

 故に、予想外の事態には弱い。

 

  斬――――――――――――――――――!


「……?」

 何かが斬れる高い音が響く。

 刹那―――


 恕瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦瓦ッ!


 壁が斬り崩された。

「初めましてと言っておこう、敵の将」

「…………」

 ハスザは壁を斬り崩した侵入者を見据える。

「随分と軽装ですね」 

「驚かないのだな。まぁな。魔法の戦いにはいくら鎧を厚くしようと意味がないものがあるからな」

「同感です。アナタの攻撃は受けたくありません」

 ハスザは剣を抜き、剣先を晴代へと向ける。

「アナタたちは援軍に向かってください。すぐに片付けます」

「手出し無用。武士との勝負はこうでなくてはな」

 晴代は腰から二振りの刀を抜き構えた。

「拙者は二天一流剣士、名を宮本武蔵藤原朝臣晴代。歳を十八にして述べ六十の剣を交え、負けなし。貴殿を名のある将と見受け一騎打ちを挑みとう申しまする」

「私はロマリウス帝国軍将軍、ハスザ・アブレイユ。その一騎打ちお受けいたしましょう」

「うれしいぞ」

 そう呟くと、晴代の姿が消える。

「…………」

 ハスザの腕を魔法陣が通り抜ける。

 ハスザは背後に回っていた晴代の斬撃を腕で受ける。

 完全に衝撃は殺され晴代は剣を引き戻す。

 それと同時にハスザは剣を突き出すが、晴代は後ろに大きく跳び退けた。

「成程、具現化系魔法か。鎧の具現化か」

「そう言うアナタは強化系みたいですね。能力は、腕力と脚力の強化と言ったところでしょうか。単純な能力ですね」

 たった一回のコンタクトだけで晴代の魔法を看破するハスザ。晴代の魔法は単純であるが、彼女にとってこれ以上の能力は必要ないのだ。

「貴殿は聡明だが、一つ見落としている」

「?」

「我が刀も強化されていることも忘れてはならんぞ?」

 晴代が持つ刀は魔法によって形状を変わっており、強化および魔法が付与しやすい形になっている。

「何が言いたいのですか?」

「剣士の戦いが接近のみだと思ってもらっては困るな」

 晴代は二振りの刀を左肩に乗せ、腰を少し落とした。

「――――――ッ!?」

 ハスザは晴代の行動を理解し、間合いをさらに広げ魔法陣を展開し鎧を全身に装着する。

「斬×翔」

 晴代は刀を振り下ろすと、その斬撃から五羽の鳥が生まれハスザを襲う。

 ハスザはその斬撃を一つは腕で受け、後の四羽を剣で切り裂いた。

 晴代はハスザの背後を再び取る。

「ハァ!」

「――――ッ!」

 今度の斬撃を胴の鎧で受け、衝撃を殺した。

 ハスザは晴代の剣を弾き、距離を取り鎧を解除する。

「成程」

 晴代はハスザの魔法を理解した。

「では……之はどうだ!」

 晴代は十字の構を取り、ハスザに向けて正面に入り込む。

 ハスザは剣を振り下ろす。

 晴代はその動きを見て、すぐさに左脇の構を取る。

 右手の剣先が後ろを指し、左手の【蜘蛛切丸】でハスザの剣閃を完璧に受け流した。

 そして、空いた胴に――――――

「斬×壊!」

 晴代は【鬼切丸】を振りかぶった。

 ハスザは瞬時に胴に鎧を纏った。


 ――――慟業ッ!


凄まじい衝撃がハスザの胴を抜け、吹き飛ばす。

ハスザ隊の宿舎に突っ込み、宿舎が崩れ落ちる。

「出てこい。その程度では終わってないだろう?」

 ハスザは瓦礫を退けて起き上がる。

腹部を抑えているところを見て、晴代は答え合わせをするように問いかける。

「ハスザ、貴殿の魔法は具現化した鎧で衝撃を吸収すると言ったところだろう。私の剣が鎧とぶつかった時に衝撃が全く伝わってこないことに気が付き、もしかしたらと思っていた。貴殿の魔法で吸収出来るものは衝撃だが、斬撃といった斬る力を吸収することは出来ない。『斬×翔』がその証拠だ。貴殿が吸収できる衝撃は物と物がぶつかった時の『運動力』だろう。そして、吸収できる衝撃には限度がある。……違うか?」

「ご名答です」

 ハスザは腹部を抑えながらも起き上がり、晴代に視線を送る。

「私の【借り受ける衝撃(ショック・イン・カタフラクト)】は相手の攻撃を吸収し、溜めた衝撃を剣に乗せて吐き出す。

 ほとんどはアナタの推察通り。ただ、鎧は局部的に展開することもできる。腕なら腕に、胴なら胴にとね」

 ハスザは再び剣を構える。

「さっきのは驚いたわ。私の鎧がキャパシティ・オーバーするなんて、久しぶり過ぎたからね。今度は溜めた衝撃を――――――一気に返す」

 ハスザの構えた剣に今まで吸収した『衝撃』が魔力に変わり纏う。

「これで最後です」

「あぁ、最後だ」

 晴代は上段の構を取る。

 そして、ハスザの中心を取る。

 剣の、体の、気の中心を正確に取る。

 二天一流の二天とは二つの空、即ち月の支配する『夜の空』と日が支配する『昼の空』を指す。そして、この二つの空が切り替わる『寅の刻』、そこに生まれる一つの中心。

 それこそ『寅の一点』。

 二つの刀が一つになった時に生まれる『寅の一点』。

 それを見極めることこそ剣士の最も必要とされる技術である。

「うれしいぞ」

「何がですか?」

「私のこの世界での栄えある第一勝目が、貴殿のような強者で良かった」

「クッ!」

 今まで感情が希薄だったハスザが晴代の表情に怒りの業を煮やした。

「何を!わけの分からぬことを言ってるんだ!」

 ハスザの全身全霊の一撃が振り下ろされた。

 その斬撃が、衝撃波を作り出し晴代を飲み込もうと襲う。

「待の先」

 上段で二つの刀を重ねる。

「斬×斬」

 刀を振り下ろした。


 晴代のこの技は『イマージュ』を掛け合わせた連結の一つ。

 斬る力に更に別の力を合わせるもの。斬る力を飛ばすことも、斬る力に砕く力を咥えることもできる。

 ただし、これらはすべて足し算の法則である。斬る力に新たな力を咥えるだけのもの。

 だが、『斬×斬』だけは違う。斬る力に更に斬る力を合わせる。言うなれば二乗の法則。斬る力が十であれば、それは百となる。


 ――――――――――――

  ―――――――――

  ――――――

  ―――

  ――――――

  ―――――――――

  ――――――――――――ッ!


 その斬撃は、空気を、衝撃を、地面を、少女を、壁を、荒野を、空間を、そして天をも


 妨げるものをすべてを――――――斬り裂いた!


 ―――――――濠ッ!


 衝撃波が消し去りハスザを斬る。それでも止まらない斬撃は地面と壁と向こう側にある荒野を両断した。

彼女は鮮血が吹き、倒れ伏す。

ハスザはその薄れる意識の中で見上げた空の雲が裂けていることに気が付いた。

「なんという……ことですか。……私は……」

 自惚れていた。

「心配することはない。頭首の意向でな、私は貴殿を殺さない」

 ハスザは晴代を見上げた。

「まぁ、それがなくとも、磨けば光る者を殺すのは、私の武士道に反するのでな」

 晴代は剣を鞘に納めた。


  *


 一方、東。ローランは――――――

「全体に広がり敵を包囲するんだ!」

 ローランは自軍の兵に指示を出し、自身も馬を走らす。

 光希と迦具夜の誘導には二つの役割がある。

 一つは混乱を誘うこと。

 そしてもう一つが、将軍とその隊との分離。

 将軍が自軍の兵に門への援軍に行かせれば、将軍の守りが手薄になる。

 そこを突き、一騎打ちに持ち込むはずだった。

 だが、ローランが当たった軍は違った。

「全軍、守りに徹しろ!オレを守るんだよ!」

 ランドルフ・アウ・ロマリウス。ロマリウス帝国の第三皇子。シャヒードの兄に当たり、三兄弟の次男。

 皇子だが魔法の実力も戦績も優れている。

 だが、この三兄弟全員に言えることだが自己を中心とした考えを持っている。

「しかし、門の方で戦っている隊に援軍を…………」

「そんなもの放っておけ!あんな、雑魚共など、徴兵令を出せばいくらでも集まる!それに、ハスザが向かわせてるだろ!」

「し、しかし!」

「諄いッ!貴様、反逆罪でこの場で死罪にでもしてやろうか?いいか!私さえ、無事ならばそれでいいのだ!分かったら、さっさと掛からんか、愚図共!」

 それを敵を倒しながら進むローランの耳にも入った。

 ローランは剣を鞘に納める。

「隙あり!」

「ハァッ!」

 襲い掛かってきた敵兵を剣を鞘に納めたまま振り、弾き飛ばす。

「貴様らはそれでいいのかッ!」

 ローランは敵軍に向けて大喝する。

 それを聞いた敵味方両兵が動きを止めた。

「貴様らは何のために戦っているんだ!国や民や友を守るために戦っているのではないのか!」

 ロマリウス側の兵はローランの話に耳を傾けていた。

「貴様らは、そんな将を守っていることで国が守れると思っているのか!自分の信念を貫けないものは戦う資格などないッ!今すぐ武器を捨て、ここから去れ!それが出来ぬのなら、我の信念を貫け!」

 ロマリウスの兵から武器が零れ落ちる。

「信念に従って私と戦うと言うのなら私は剣を抜く。だが、そのような覚悟で私は剣を抜くことはない!ただ、我が剣を汚すだけだ!」

 ローランは剣を鞘から抜き地面に突き立てた。

「戦うものはかかって来い!されど、それ以外のものは退けッ!」

 ロマリウスの兵はローランに屈した。

 誰もローランの前には出て来なかった。

 だが、一人。それを聞いていた者が憤怒の業を見せていた。

「何様のつもりだッ!貴様らも、敵の言葉に乗せられおって!」

 ランドルフは馬から降り、魔法陣を描いた。

「貴様らなど、もう用無しだ!全員まとめて殺してくれるわぁ!」

 ランドルフの体が徐々に獣へと変化していく。

 体毛が逆立つように長く伸び、爪や牙も鋭く刃のように尖り、その眼は細く金に輝きを持ち、その眼光がローランを見据える。

「変化系魔法、か。初めて見る」

 周りに変化系の魔法を使うものが居ないので詳しく想像が出来なかったが、ランドルフの変身にローランは納得する。

 体の細胞を別のものに変化させる魔法。

 ランドルフは自身の細胞を獣の細胞に変えたのだ。

「【荒い狂う大神(ルー=ガルー)】」

 ランドルフの容貌はまさしく狼。

 ローランは眼を据えて睨み付ける。

 刹那、ランドルフの姿が消える。

「ハハハ!目で追えまい!今、俺の筋肉は獣のそれに変化している。獣の筋肉が人間大になれば強化系をも超えるパワーを身に着けることとなる」

 ランドルフは周りにある家や壁や地面を蹴り、高速で動く。

 そして――――――

「ギャアアアアア!」

 ランドルフの爪に手を掛けられ鮮血が飛び散った……ロマリウス軍に。

「な、何をしているんだ!」

 エルレラン側の兵士が驚愕の叫びを洩らす。

「オレの魔法【荒れ狂う大神(ルー=ガルー)】は、血を浴びれば浴びるほど、力を倍増させるのだ!」

 ランドルフは雄叫びを上げながら嬉々として味方を切り裂く。

「…………………」

 ローランはその惨状をただ見つめるだけだった。

「撤退、撤退だ!」

 エルレラン軍の誰かがローランの代わりに指示を出す。それに従い、全兵が壁の外に出て行く。

 ローランは残った。

「ハハハ、有難く思え!オレが手柄を立てる糧になれたのだからなぁ!」

 ロマリウス軍の兵士がローランの目の前に虫の息で倒れている。

「……………………」

「さてぇ、テメェの番だぜ!楽に逝かせてやるぜ!」

 ランドルフが縦横に跳ねる。

 その速さに所々に残像が置いて行かれる。

「……………………」

 ローランは微動だにしない。

「死ねェっ!」

 右からランドルフが爪を揃えてローランの顔面に突きを入れる。

「―――――――――」

「何ッ!」

 ローランは顔を動かすことなくその攻撃を右手一つで掴み止める。

「貴様は命を何だと思っているんだ?」

「あぁ?そんなもんはオレが強くなるための餌でしかねぇんだよ!」

「その命(餌)を喰らって得た力とやらは、この程度のものなのだな?」

 ゴキッ!

 ローランはランドルフの腕を握り折った。

「駕嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッ!」

 ランドルフの疼痛の咆哮が空気を震わす。

「痛い!痛い!放せ!放せぇッ!クソがァァァァァァァァァ!」

 ランドルフは開いていた右手でローランを襲う。

「望み通り」

 ローランは腕を放し、ランドルフの単調な攻撃を避ける。

「ハアッ!」

 ローランの左拳がランドルフの鳩尾を突き上げ、吹き飛ばした。

 2mを超す巨体が宙に浮き、壁に叩き付けられる。

「ガフッ!ガ、グガァァァ………!」

 ランドルフは腹を押さえ、口から胃液を吐き出す。

「貴様がどれだけ血肉を喰らおうと私は貴様を超える力を持つ」

 強化系魔法【デュランダル】は、敵の力を必ず超える。

 敵が強化系で力や速さを上げようが、変化系で獣の筋力を得ようが関係ない。

 敵が強ければ強いほど自身の力はそれを越すほどに力を増す。

「最後に何か言い残すことはあるか?」

「ヒッ!命は……!命だけは取らないでくれ!」

 ローランは剣を高く掲げる。

 そして、冷酷な瞳はランドルフを見下す。

「貴様は、自分の仲間である兵士の命を奪った。貴様は殺した者の声に耳を傾けたか?」

 デュランダルに魔力を込める。

「貴様に送る歌などない」

 振り下ろした。

「消えろ(ディスパフェート)」

 黄金に輝く剣から放たれる神々しき御柱がランドルフを呑み込んだ。

 柱が消えるとランドルフの姿が跡形もなく消え失せていた。

「……………」

 ローランは倒れる敵兵に寄った。

 微かに息を吐いているが、長くはないだろう。

「祈れ。ただ天に召されることを。汝らに安らかなる眠りを」

 ローランは十字を切った。

「息子が…………いるんです…………。他の兵も……家族が……いるんです」

「そうか……」

「敵に、このようなことを、頼むのは……惨めだが……彼らや……私の家族を……」

 伸びる手をローランは強く握りしめた。

「任せろ。お前たちの勇姿……しかと伝える!」

 握っていた手に熱が、魔力が消えた。

「私は歌おう……最後まで守り抜いた覚悟の歌を」

 ローランは握っていた手を胸に置いた。

 立ち上がり、味方の兵に告げた。

「医療班を呼べ!負傷した兵を治療するのだ!敵だろうが味方だろうが関係ない!全員、助けろ!」

 自分の隊の兵が慌ただしく動くのを見ながら、ローランは自身の心境の変化に思い老けていた。

(甘くなったものだ)

 今までなら、敵を捨て置いたはずだ。

 真架に吊られて、自身の考えすら変わってしまった。

「だからか」

 奴が作りたい世界を見てみたい。そう思ったから、真架に付いて行きたいと思ってしまったのだろう。

 ローランは正門に向けて足を進めた。

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