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Ⅵ章:戦の引き金

「ハァッ!」

「クッ……!」

 室内の訓練場で剣を合わせる晴代と真架。剣と言っても木刀であるのだが。稽古なら木刀で事足りるため、と晴代が説得するので木刀で試合稽古を付けてもらっている。

「少し休むとようか」

「ふぅ……そうだな」

 稽古を始めて一時間ほど経つ。講師となるのは晴代とローラン交互だが、真架はこの一時間ずっと剣を振っている。さすがに疲れも見えて来る。

「はぁ、疲れた」

「一時間も剣を振れば腕も疲れて来る。適度に休むのも稽古には欠かせないぞ」

「そうだな」

 晴代の言葉を聞くと、この稽古がスポーツクラブの延長に思えて来る。

「だが、真架。本当にその剣でいいのか?」

 その言葉の主は晴代ではなく、先に休憩に入っていたローランだった。

「戻ったのか?」

「あぁ、そろそろ交代だと思ってな。それで真架」

「ん?あぁ、俺はこれでいいんだよ」

 光希は器用だ。要望に応じた木刀を造れるのだから。

 晴代が持っているのは刀型の木刀。ローランは諸刃の木刀。この木刀は二人が持っている剣の形を模して造られている。

 だが、真架の木刀は二人とは少し違う。

 大剣型の木刀。重量的にも使いやすいとは言えない代物だ。

 真架は光希に大剣の木刀を造ってほしいと頼んだのだ。

「お前がいいならそれでいいが、扱いずらいだろ?」

「そうだな、扱いずらい。でも、これを使えなきゃいけないんだよ」

「「……………」」

 真架の眼に晴代とローランは何も言わなかった。

「そうか。ならば始めるぞ。木で扱えなくて本物で扱えるわけがない」

「あぁ、頼む」

 部屋の真ん中に揃って立ち、互いに木剣を構える。

「では、行くぞ!」

「あぁ!」

 


「疲れたぁ……」

「まぁ、私たちより倍も動いていたのだ。仕方あるまい」

「それ以前に大剣を使っているんだ。動きには気を付けた方がいい」

「ありがとう」

 木刀とは言え大剣を振るっていた真架の腕にはかなりの負担が掛かっている。

「戻ったらしっかり休めるのだぞ」

「分かってるって」

「休むのは大事だ。だが、お前は筋力を付けろ。お前の腕はまだ大剣を振れる腕ではない」

「あぁ、そうする」

 ローランからのアドバイスを聞き入れると同時に、生活部屋に到着した。

「ただいま」

「ただいま戻った」

「帰った」

「お帰りなさい、三人とも」

 出迎えたのはジャックのみ、真架と晴代の二人が周りを見渡すが他の者の姿がなかった。

「ジャック。他の皆はどうしたのだ?」

「イーリスとシャミは夕食の準備に、光希と彩羽は策を練っています。迦具夜は城で保護している子供たちの世話に行きました」

「へぇ、ここでも子供を保護してるんだな」

「みたいですね」

「戦争孤児だよ」

 奥から現れた光希がそう答え、彩羽が補足を加えた。

「この前の戦争で戦死した人の子供らしいです」

「そうか。この国では戦士の子供を預かっているのか」

 ローランは激しい戦争を経験しているため、このことに関する心情は分かるものがあるのだろう。

「戦争が増えると国は発展します。ですが、戦争で家族を失う人も増えるのですよね」

「それは仕方ないではないか。戦には必ず生と死が関わって来る。避けられない定めなのだ」

「ボクもこの前が初めての体験でしたが、確かに生死は避けられません」

「…………………………」

 真架は黙り込み考え込む。

「真架くん、どうかした?」

「いや……その通りだなって。俺たちが殺した奴にも大切にしていた奴がいるんだよな」

 戦争だから仕方がない。真架にはどうしてもそう割り切れないものがあった。

 『恨み』とは連鎖するもの。いつかそう聞いた記憶がある。

 『復讐法』がいい例だ。目には目を歯には歯を。誰かを殺せばだれかに殺される。

 そう言った連鎖は消えないかもしれない。けど、断ち切ることは出来るはずだ。

 真架は声には出さず心でそう呟く。

「帰ったのじゃ!」

 暗い空気になりかけていたところに明るい声の主が帰ってきた。

「ん?なにか話とったのかえ?」

「いや、大したことじゃない。それにしてもお前、子供が好きだな。街でも遊んでいただろ?」

「そうじゃな。じゃが、妾は子供が好きなわけではないのじゃ」

「どういうことだ?」

「妾は幼いころから寝殿から出してもらえなくての、外で楽し気に笑う子供が羨ましかったのじゃ。だからの、妾が子供と遊ぶのは泣いている子供を笑わせたいからなのじゃ。子供は楽しく遊ぶことが業なのじゃ」

 そう言ってほほ笑む迦具夜。

 それを見ると不思議とこちらも心が安らぐ気になって来る。

「そうか」

 迦具夜には人を安心させる才能があるのかもしれない。

「しゃみといぃりすが居ないようじゃが?」

「飯作ってるんだってさ」

「もうすぐだとおも………」

「みんな~!ご飯だよ~!」

 せめて最後まで言わせてやれよ、と心の中だけで留めておくことにした。

 呼びに来たシャミームに付いて行くと、テーブルの上に豪勢な夕食が並んでいた。

「うわぁ~!スッゴ!レストランのメニューじゃね?」

「デザートもあるんだよ♪」

「本格的だ!」

 目の前の食事に興奮気味の光希。ジャックはとくに驚いた表情は見せなかったが、他の四人は目を丸くして言葉が出ていなかった。

 それほどまでに素晴らしいものだったのだ。

「すごく美味そうだ。料理上手いんだな、イーリス」

「なぜイーリスだけなの!」

「シャミにこんな器用さがあるのだろうか?いやない」

「反復!?そこまで強調したいの!私だって手伝ったよ!」

「じゃあ、何を手伝ったんだよ?」

「料理運んだ!」

「「「「「「「それ手伝った内に入らない」」」」」」のじゃ」

 全員から異口同音でツッコミを入れられたシャミは部屋の隅で体育座りをしていじけだした。

「いいですよ~だ。どうせ私はダメな子ですよ~だ」

「あぁ、そうだな」

「否定してよ!」

「メンドくせぇ」

「揉めてないで早く食べよう。冷めるぞ」

 キッチンから戻ってきたイーリスに宥められて真架とシャミームは大人しくなる。

「やっぱりその格好気に入ってるだろ?」

 その格好とはもちろん『メイド服』のことだ。

「仕方ないだろ……全員から『脱ぐな』と言われたら」

「俺言ったことないぞ」

「私もだ」

「ボクも記憶にないな。似合ってるとは言ったけど」

 真架とローラン、ジャックは互いに目を見合わせる。そして、後ろを振り向く。

「ピュ~~~……♪」

「わ、妾は知らんのじゃ……」

「わ、私がそんなこと言う訳がないだろ……」

「イーリスに迷惑かけるなんて、許せない」

「わわわ私もちちち違うよ!」

「うん。言い訳するにしても、まず俺の目を見ようか?」

 腕組みをして白々しい五人を睨み付ける真架。

「仕方ないじゃん!だってメイドなんだもん!メイドはメイド服を着ることは法律で定められたことなんだもん!」

「そんな法律あるわけないだろ」

「そんなこともあろうかと、真架くんがシャミちゃんとデート行ってる間に作っておいたよ!」

「破棄!」

「何で!署名だってほら!五人も集めたよ!」

「五人で通るわけないだろ。国民……百歩譲って城内の人の五十分の一の署名は集めてこい。条例に入れてやってもいい」

「ふん!簡単だよ!名前を借りればいいだけじゃ……」

「本当に立てたいなら、しっかり集めてこい。ちなみに城内には大体五千人ぐらいいるから、最低百人は集めろ」

 残り九十五人。その数字に光希は早くも膝を折った。

「コミュ障のオレにその数字はもはや拷問だよ」

「諦めろ。さっさと食うぞ」

 真架たちはそれぞれ席について、何事もなく食事をとり始めた。


  *


 テーブルの上には空になった食器が重ねて置いてある。

 真架たちはそのテーブルを囲い椅子に座っていた。

「それで、食事が終わったばっかりなんだけど話し合いでもするか」

「だね」

 真架の言葉に全員が頷き真剣な表情がつくられる。

「光希、策の目途は立っているのか?」

「そうだね……現状は膠着だね。向こうが動かないと、ってことが正直なところだよ」

「会議の時も思ったのじゃが……妾らから攻めるのは駄目なのかえ?」

「別にいいよ。けど、リスクが高いけどね」

「どういうことだ?」

 光希は質問者ローランに顔を向け説明を加える。

「ロマリウスはエルレランの倍の国土に兵力を誇っている。それにこっちは一国だ。向こうは四か国も手駒にしてるからね。さらに軍事で差が開くよ」

「確かにな」

「それは不利としか言えませんね」

「ならば、四か国が動く前に向こうに攻めればよいのじゃ」

「それはそれでダメだね。向こうに着くや否や囲まれるのがオチだよ」

 あの国の配置はそれすらも予期したような配置なのだ。

 と、光希は付け加える。

 あの配置にはエルレランに対して様々な対応策が講じられている。

 攻めの際には援軍。守りの際には国と言う名の城壁。仮にロマリウスに攻め込めたとしても後ろから四か国に囲まれてしまう。

 他にも、経済や政治の面でもいろいろな攻撃の仕方がある。

 これをすべて把握した上でこの配置にしたのなら――――――

「向こうの軍師、かなりキレるよ」

「だろうな。けど、それぐらい、お前ならなんとかできるだろ?」

「愚問だね。皆の力を借りれば何とか出来るよ。もっとも、真架くんの本当の力も貸してくれるなら、だけど」

「「?」」

 光希の言葉を理解できていないシャミとイーリス。

「彩羽か?」

「ううん。オレたち六人は言われなくても気づくよ。分かりやすいし」

「ねぇ、光希。どういうことなの?」

「真架の『鎖』は魔法とは違うんだよ」

「「えっ!?」」

「シャミ、お前はここの世界の人なのだろ?ならばなぜ分からないんだ?」

「晴代ちゃん、ちょっと手厳しいよ。真架の『鎖』には魔法の特徴が見られないんだ」

「魔法の特徴?」

 反復するシャミーム。イーリスは顎に手を当て考えている。

「魔法の特徴…………そうか、魔法陣」

「ご明察♪」

「でも、魔法じゃないなら、あの『鎖』は何なのだ?」

 イーリスは聞き返すように真架の顔を見つめた。

「どう言ったらいいのか」

「超能力とかそんな感じ?」

「傍から見たらそうかもしれないが、俺個人としてその表現は『違う』って思うんだ」

 口を隠し「そうだな……」と呟く。

「『呪い』……それの方が俺としてはしっくりくる」

「呪い……ねぇ?」

「昔は左腕に痣があったんだ。鎖を巻き付けたような、そんな痣」

 真架は袖を捲って全員に左腕を見せる。もちろん、痣なんてない。

「五、六年ほど前に突然痣が消えて、消えたと思ったら今度は掌から鎖が出て来てな。今では慣れて、何もない空間からも鎖が出せる」

 そう言って真架は人差し指を何もない空間を差し、そしてその何もない空間から鎖を少し伸ばした。

「他にも拘束・ダウンジングその他もろもろ……いろんなことが出来る。俺からしたら『呪い』だけど、お前らからしたら本当に超能力みたいなものだな」

 真架は肩を竦め、薄っすらと笑んだ。

「じゃあ、何で真架は魔法を使わなかったの?」

「いや、今更言うのもなんだけどさ……使わないんじゃなくて、使えないんだ」

「真架くん、全く魔法が使えないの?それだと作戦をもう少し練る必要になるんだけど?」

「『全く』って訳じゃない。正確には20%ほど使えるんだけどな」

「なるほど……。真架くん、今なら見せられる?」

 光希は含みを持った笑みで真架を指さした。

「分かった」

 真架は席を立ちテーブルから離れ、皆と向き合った。

「じゃあ、行くぞ」

「OK!」

 光希の返事と共に真架は眼を閉じ、掌を上に向けて構える。

「……。……。」

 真架は何かを呟く、この声はテーブルに居る皆には聞き取れなかった。

 すると、両掌に二種類の魔法陣が描かれる。

「「――――――ッ!?」」

 左手には白い魔法陣、右手には様々な色が混じった魔法陣。

 真架は手を合わせると同時に魔法陣を重ねる。

 少し放し、右手で何かを掴んだ。

 そして、一気に引き抜いた。

 その手には白き剣身の(つるぎ)が握られていた。

 長さは、剣先から柄頭までで真架の胸の高さにある。

 だが異様なのは剣身の部分だ。

 幅が広く分厚い。その白い剣身の中には十の水晶が埋め込まれている。

 真架はそれを片手で軽く持ち、剣先を床に擦り付けていた。

「これが今の段階で使える魔法だ」

 真架はこれを見ていた皆にそう告げる。

「?」

 光希は剣の刀身の水晶を見て、何やら記憶を擽られる嫌な感覚を覚えた。

(あの配置……どっかで見たことあるんだよね。何だっけ。ど忘れだ)

 光希は頭を捻らし考えるが出て来なかった。

「真架、それは重いのではないか?」

「そうだな。でも、辛うじて持てるって感じだ」

「戦闘にはまだ向かないな。光希。真架の魔法はまだ使えない。そのことを視野に作戦を立ててくれ」

「分かったよ。さすがローさん。使えないなら使わない、よくわかってるぅ!」

「真架の『鎖』だけでも十分すぎる戦力だからな。使えないなら無理して使わなくていい」

「ありがとう」

 厳しいように聞こえるがローランの言葉に真架は礼をする。

「そうか。その魔法が大剣だから真架は大剣で稽古を受けていたのだな」

「まぁな。少しでもうまく使いこなしたいからな」

「うむ。良い心がけだ。精進しろ」

「晴代、上からだな」

「仮とは言え師だからな。威厳と言うものがある」

 「ふん」と鼻を鳴らし、得意げになる晴代。

 意外な一面があったのだな、と真架は笑む。

「とりあえず、真架くんの魔法は作戦から外しておくね」

「あぁ、よろしく」

「そう言えば、魔力探知には何の意味があるんですか?」

 話の話題を変えるジャック。真架はその問いに苦なく答える。

「敵からの偵察を警戒してな。フィレツェのように侵入されてた、じゃ話になんねぇだろ」

 なぜこれを彩羽に任せたのかと言うと、真架を含めた彩羽以外の勇者六人は魔力探知が出来ない。

 そもそも『魔力探知』とは、対象の魔力を感知し探り当てる魔法技術のこと。

 光希も出来るらしいが彩羽ほど広範囲に展開することは出来ないらしい。

「彩羽、どのくらいまで魔力探知広げてるんだ?」

「ん……エルレラン全土……」

「「「「「「「「ハァッ!?」」」」」」」」

「正確には、首都全域。でもほとんど全土と言っていい」

 シレッととんでもないことを告げる彩羽。

「イーリス、普通なら魔力探知はどの位までが限度なんだ?」

「達人でも半径50mほどだ」

「じゃあ、彩羽は?」

「超人や化け物を通り越して、もはや異常だ」

 その場にいた全員が彩羽から数歩距離を取る。

 彩羽はまったく気にしなかった。

「とりあえず、彩羽ちゃんの『千里鏡』で伝えられるようにしてもらってるけど」

「おい、『千里鏡』って何だ?」

「ワタシの魔法。このモノクル」

 彩羽は眼窩にはめ込まれた片眼鏡を指さす。

「魔力探知で反応した者をモノクルで見て、皆に見た映像を送ることが出来る。映像球より精度は下がる。断片的な映像。けど、敵の居場所や力を感じることが出来る」

 彩羽の魔法の説明を聞き、真架は口元を釣り上げていた。

 これほど頼もしい魔法はない、と。

「今は反応がないけど、敵が侵入してくると情報が伝達され―――――――――」

「「「「「「「「「―――――――――ッ!」」」」」」」」」

 光希の言葉を遮り、断片的な映像が脳裏に描かれた。

 映像よりも画像が連続再生された途切れ途切れの映像だ。

「こんな風に映像が流れるんだよ」

 これは紛れもなく敵の偵察。数は二人だ。

「シンカとジャックは?」

「もう行ったぞ」

「反応が速いな」

「そう言うフラグが立ってたからね」

「あの二人に任せるのじゃ」

 素早く行動に移した真架とジャック。

 他の五人も鋭い気を漂わせる。

 その勇者の反応についていけていないシャミームとイーリスは、ただただ彼らの異常性に旋律するだけだった。


  *


 ロマリウスからだと思わしき侵入者は二手に分かれた。

 北と東。

 そのことを感じ取った真架とジャックは一旦立ち止まる。

「俺は東の奴を追う。ジャックはこのままこっちに向かってきている奴を仕留めてくれ」

「生死は?」

「生かして捕まえろ」

「了解♪」

 真架とジャックもまた侵入者を追って二手に分かれる。

 ジャックは分かれると同時に右手に『ナイフ』を装備する。

 彩羽の魔法により敵の現在位置が把握できることが幸いし、ジャックはすぐに敵の気配を捕らえる。

 その気配との間隔は20mほど。

 気配を捕らえれば気配を追って追跡できる。

 侵入者は人気のない路地を移動している。

 足運びや移動速度からかなりの熟練した偵察者と取れる。

 20m離れとるとは言え、建物で反響するであろう音が全く聞こえない。

ジャックすらも気配を捕らえているのだ、相手も気づいている。

ジャックは隠れもせず侵入者の進行方向上にただ立ち、相手が来るのを待つ。

向こうはジャックの存在に速度を落とす。が、進路を変えることはしていない。

向こうも迎え撃つ気でいるようだ。

偵察のはずでこちらに赴いただろうに、速攻で見つかったのだ。向こうの計画は早い段階で頓挫している。

ならば少しでも情報と敵の戦力を奪う。

 そう言いたげに鋭い殺気をジャックに向けていた。

 その殺気を浴び、ジャックは狂奇に口元を歪める。

 ジャックが放つ気は殺気ではない、狂気だ。

(来い…………)

 ジャックと敵の侵入者がともにその姿を認識する。

 敵は少女だった。

 敵も臨戦態勢に入る。

 魔法陣を描き具現化される『グラディウス』。

 鞘から抜かれた刃は闇に溶け込むように黒い。

(来い…………)

 敵がさらに速度を上げてジャックに迫る。

 この速度で行くと残り十数秒ですれ違う。

 少女のの狙いはすれ違いざまにジャックの喉を裂くことだ。

 ジャックと少女の距離が数歩になる。

 少女はグラディウスを構えた。

(来い!)

 

 ――――――怨ッ!


「――――――――――――ッ!?」

 少女とジャックはすれ違わなかった。

 否、少女は進路を急転換したのだ。

(殺される………ッ!)

 ジャックと距離を取る少女が彼に抱いた唯一の感覚は『恐怖』だった。

 ジャックが取っていた行動はただ立っているだけだった。

 だが、そのジャックの放つ禍々しい気が、少女の心を一瞬間にへし折った。

 彼女の体を取り巻く気持ちの悪い負の気が、彼女の動きを鈍らせていた。

 故に――――――

「遅いねぇ♪」

 回り込まれる。

 ジャックは一本だけ、親指と人差し指、中指で挟むように持ったメスで空間を裂いた。

「ッ!?」

「ようこそ♪」

 裂かれた空間が口を開けるように開く。

少女は動きを止めることが出来ず、そのまま空間の裂け目に足を踏み入れた。

 行き着いた先は明るく広い部屋だ。

「ここはッ!?」

 困惑し、足を止めた少女が顔を上げた瞬間――――――


 ――――――殺ッ!


 首が斬られた。

 そう錯覚するほどの鋭い刃が前と後ろに、早く斬りたいと唸っていた。

「動くなよ。前にいる者とは違い、私の剣には峰がないからな」

「勘違いしているぞ、ローラン。私は元から峰を使う気はないぞ」

 先の気持ちの悪い狂気ではない。あれは様々な負の中の負を強引に混ぜ合わせたようなもので、『畏れ』の恐怖。

 だが、この二人は違う。何も混ざっていない、純粋な殺気。ただ目の前にいる敵を殺す。それだけのために生まれた、無慈悲な殺気。『怖れ』の恐怖。

「案ずるな。殺しはしない。いや、違うな。殺す気はない」

 この表記の違いには意味がある。

「ただ、貴様の心がけ次第だがな」

 侵入者の少女は焦心したが、すぐに判断した。

「分かった……大人しくしておく」

 彼らからは逃げられないと。


「でも、どうやってここに……?」

 シャミームは突然現れた少女に疑心を覚えていた。

「それはボクの魔法ですよ」

 部屋の扉からジャックが帰って来る。

 そのジャックに向けてシャミームは加えて質問する。

「ジャックの魔法?」

「ボクの魔法は具現化系の魔法。具現化された武具には特殊な能力付与されている。そうですよね?」

 ジャックはイーリスに向けて聞き、イーリスはその質疑に首を縦に振って答える。

「ボクの『ナイフ』は空間を裂く力があります。もっぱら敵を両断するために使いますが、裂いた空間と空間を移動することも出来るんですよ」

「それは便利だね」

 光希がそう答えると、ジャックは横に首を振る。

「いいえ、そうでもありません。移動のために裂く空間は固定されます。さらには人が通るとその空間は閉じます。加えて、移動に使える裂いた空間は二か所、入口と出口のみです。それに一回に二人までしか通れないですし、通れば閉じる一回こっきりの移動です。確実にシャミさんの方が空間移動としては優れていますよ」

 元が敵を切り裂くための空間断裂能力。移動に適していないのは頷ける。むしろ少しでも空間移動が出来ることが驚きなのだ。

「さて、侵入者ちゃんも縛れたことだし、あとは真架くんだけだね」

「そうのようですね」

「シンカはどうでしょうか?ワタシの届く範囲外まで追ってしまいましたので、様子をうかがうことが出来ません」

「まぁ、奴に任せておけばよいのじゃ」

「真架のことだ。大丈夫だろう」

「そうだといいがな」

 六人は全く心配の色を見せていなかった。

「真架………」

 シャミームは窓から外の様子をうかがう。

 見えるはずのない真架を見つめるように。


  *


 おかしい。

 侵入者である男はエルレランの首都から離脱してすぐにそう感じた。

 首都内の偵察に訪れた侵入者は首都に入ると同時に動き出した強大な魔力に危機感を感じ二手に分かれ首都から離れることにした。

 おそらく相手は首都に侵入したことに気付き、撃退に来たのだと判断した。

 首都の護衛で済むであろう段階での撤退。敵もそれは分かっているはず。

 なのに、なおも強大な魔力は男を付けて移動している。

 それだけではない。首都から出る前に敵はもう追いついていた。だが、それにもかかわらず男を首都の外に出るまで仕掛けて来なかった。今もまだ仕掛けてくる気配がない。

 その行動に男は動揺を覚える。

 が、今はそんなことを考えている暇ではない。

(仕掛けて来ないのなら、このまま国外に逃げるまで!)

 男が速度を上げようとした瞬間――――――動いた。

「ッ!?」

 男の目の前から鎖が植物のように出てきて、男の進路を阻んだ。

「全力で国外に逃げなくてもいいだろ」

 男は声を掛けられると同時に構える。

「どういうつもりだ」

「何がだ?」

「なぜ今の今まで仕掛けて来なかったんだと聞いているんだが」

「決まってるだろ。街の中だと被害が出るかもしれない。それは避けたいんだよ。俺、一応頭首だからな」

 男は直感した。ウソではないが嘘をついている。

 彼の話には何か蟠りがあった。詳しく説明は出来ない、何か。

「お前、名前は?」

「敵に名乗る名はない」

「そうか。ちなみに俺は名乗らせてもらうぜ。百鬼真架だ」

「名を名乗って何か変わるのか?」

「何も変わらねぇよ。強いて言えば、モチベーションが上がるってだけだ」

「それが変われば、もう十分なのではないか?」

「だな」

 真架と男はしっかりと向き合う。そして、真架が告げる。

「遺言はあるか?」

「あるわけないだろ!」

 男は魔法陣を描き黒い魔力の塊を放つ。

 目には捕らえられないが、真架はそれを感覚で避ける。

「放出系の魔法だな」

「そう言うお前は具現化系か?」

「さぁな」

 真架の左手から植物のような鎖が五本生える。

 その五本の鎖を指に絡ませ、鉤爪のように振るう。

 男は足元に魔法陣を描く。そして、黒い魔力を放出し、鎖を弾き返す。

「やるな」

「その程度で頭首が務まるはずがない。さっさと本気を出したらどうだ?」

「そうだな。実験台には打って付けだ」

 真架は鎖を消して、両掌に魔法陣を浮かべ合わせる。

 そして、その魔法陣から大剣を取り出す。

「スピードを捨てたか」

「油断すんなよ?あっさり遣られてもらうのもつまらないんだ」

「ほざけぇ!」

 男は大きく魔法陣を展開した。

「消し飛べ!」

 巨大な黒い魔力弾が真架を襲う。

「ちょうどいいぜ」

 真架は右手の大剣を片手で待ち上げた。

「ナッ!?」

 驚愕する男。

 真架は大剣を振り下ろした。

 その一閃は魔力弾を切り裂き、剣先から軌跡に沿って放たれた魔力の斬撃は侵入者に迫り、

―――豪!

と男を飲み込んだ。

 真架と男の対峙はあまりにもあっさりと終局した。


  *

 

男が目を覚ますとそこには見覚えのない天井が広がっていた。

「起きたか?」

 声が掛かり男が横に顔を向けると、真架が椅子の上で胡坐をかいていた。

「ここは?」

「俺らの城」

「そうか」

 男は一瞬で状況を判断した。

敵の本拠地。そして、縛られた両手足。

捕まったと表記する以外の言葉は見つかりそうにない。

「じゃあ、俺の質問に答えてくれるか?」

「答えると思うか?」

「そうだな。だったら、もう一人に聞くかな?」

「そうすればいい」

「驚かねぇんだな?」

「俺たちが感じた魔力は二つだった。どちらも巨大だった。逃げ切れるとは考えなかった。ただ可能性に掛けただけだったからな」

 真架は少し驚いていた。

男は捕まった。仲間も捕まった。それなのに男は焦りを見せず、むしろ冷静だった。偵察は日夜『死』と隣り合わせ。覚悟のない者に『偵察』の仕事は務まらない。

「殺せ。たとえ拷問されたとしても、情報を吐くわけにはいかない」

「………………」

 覚悟。

 様々な修羅場を潜り抜けて来た強者の眼をしていた。

 だからこそ、真架の取る行動に驚愕したのだ。

「分かった。じゃあ鎖解くから、さっさと自分の国に帰れ」

「なっ!」

 真架は本当に男の鎖を解いた。

「な、何をっ!」

「出来るだけ遠回りしろ、全力で走れ。じゃないと、こっちの追跡を振り切れないぜ」

「貴様ッ!?」

「何だ、帰らねぇのか?あぁ、俺が手を出すとか考えてんの?大丈夫だぜ。大人しく帰るんだったら何もしないから」

「ふざけているのか!」

「ふざけてねぇよ」

 取り乱す男に真架は言い切った。

「拷問しても話さない、それは本当だろう。むしろ、拷問受けて情報吐く奴は偵察失格だよ」

「だから――――――!」

「話さないと分かってるのに、いたぶって殺す趣味は俺にはない。だから、俺が頭首の内はどんなことがあろうと人は殺させない」

「―――――――――ッ!?」

 男が驚いたのは、真架が本気の眼でそんなことを言ったからだ。

 今まで幾度となく敵を見て来た。その中で真架は一番甘く、ぬるく、優しく、そしてそれを実現させるほどの力を有したものだ。

 男の意思が揺り動かされた。

「だから、さっさと逃げれよ。俺は追わねぇから」

「………負けだ」

「あぁ?」

「俺の負けだ。どうせ逃げ帰ったら殺されるんだ。どうせなら、一秒でも長く生きたいからな」

「そうか。なら、長い付き合いになりそうだな」

「そうだろうな」

「名前は?」

「サイード・デュカキス」

「分かった、サイード。よろしくな。お~い、お前ら!」

「?」

 真架は奥の扉に向けて言葉を放った。

 そして、扉から数人の男女が入ってきた。その中には両手が縛られた男の仲間もいた。

「俺の勝ちだな」

「ちぇ!オレの負けかよ!」

「ほら、その子も解放した」

「暴れたらもう一回捕まえるからな」

「いっそ斬るか?」

「それは駄目ですよ、負けたんですから」

「潔くゆうこと聞くのじゃ」

「はい、どうぞ」

 彩羽は少女の手を縛っていた縄を切り解放した。

「………」

「警戒する必要はないぞ、アルハイユ」

「しかし!」

「彼は殺さない。そうだろ?」

「あぁ。まぁけど、サイードが逃げてたら、あの子は確実に拷問だったぜ。そう言う賭けだから」

「そうだろうな。お前は俺を逃がすとは言ったがアルハイユを逃がすとは言っていなかったしな」

「それから、俺は逃がす、とも言った。他の奴は追ってた」

「常識に考えればそうだな。お前がイカレテいただけだな」

 サイードは苦笑して言った。

「お前ら二人、俺の下に着けよ」

「いいだろう。ただし、裏切るかもしれないという事を忘れるなよ」

「そん時は、俺の仲間が仇討してくれるよ」

「誰が仇討なんてするか!勝手に死んでろ~!」

「自業自得だからな」

「お前ら、ひでぇな!」

「私は取るよ!」

「お前じゃ無理だ」

 真架は仲間たちの元により談笑していた。

「良かったの?」

「あぁ、俺はアイツに着く。お前はどうする?」

「私はサイードさんの部下ですし、サイードさんに着いて行きます。それにまだ死にたくないです」

「そうか」

 サイードは覚悟を決めた。

 元自国を裏切る覚悟を。

「おい、話していいか?」

「ん?あぁ、悪い」

「じゃあ、オレが質問するよ」

 光希は紙とペンを持って椅子に座る。

「さぁ、大人しく吐け!」

「ふざけるな」

 警察事情聴取みたく問い詰める光希の頭を殴る真架。

「いやぁ、警察の事情聴取ってこんな感じかなって」

「それはいいが、そのスタンドライトどうやって作ったんだ?」

「機材と照明球を使ってね」

「あっそ。とにかくふざけるなよ」

 光希は「は~い」と間延びした返事をする。

「じゃあ、真面目に聞くよ。君たちは何処の国の偵察なのかな?」

 今のエルレランに取ってもっとも重要な問を最初に選びとる。

 そして、サイードは詰まることもなく、率直に正しい事柄を回答した。

「俺たちはロマリウス帝国の偵察だ」

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