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鳥籠の『茶燗』という女人(ひと)

「琵琶の音色は飽きてしまわれましたか?やはり二胡の方が陛下はよろしいのでしょうか?」

 手を止めてにこりと笑う彼女は久々にその音色を聴かせてくれたけれど、どこか懐かしむようにそう述べた。

 二胡を弾く少女は先日までこの『鳥籠』にいて、耳を澄ませば優しい二胡の音色も聴こえてきたけれど。彼女がいなくなってからというもの、この鳥籠の中は前に戻っただけなのに『閑散とした』という言葉が当てはまるようで鸚染は心地が悪かった。

 どうやら彼女がもたらす影響力は凄まじいもので、知らないうちにそれが『普通』になっていたのだろうと思う。

「いいや、どちらも好きだ。比べられない。あの音色は彼女にしかつくれないもので。茶燗、そなたの琵琶もそなたにしか奏でられないものだ」

「それは嬉しく思います。陛下は彼女がいなくなってしまってから落ち込んでいるように感じていたので、思い過ごしだったようですね」

 揺れる灯で作られるぼやけた影を眺めながら、茶燗はほっとしたような表情をつくった。そしてその方向から息を吐く音が聞こえた気がする。

「彼女はそなたの姪だろう?朱那殿は怒っているようだった」

 鸚染が問いかけると、帳の外にいる茶燗は少しの間答えなかった。その間が何を意味するかは察することができないけれど、会話をしなければ通じ合えないこともある。

「……知っていたのですね。言わずに終わればそれでいいと私も思っていたのですけれど、そうはいきませんよね。頭の冴えるあなたですから……」

「それは買い被りだ。私は酷い人間で、彼女は何も知らなかった。何もかも知らないのだ。だが本当はそれが最善だ。知らなくてよい事も中にはあるだろう?そして……『何も知らない彼女でいてほしい』と、私は思った……酷い男だ」

「いいえ」

 優しいのに、けれどはっきりと諭されているような茶燗の声は心地のいい響きだった。そしてそう言った後、茶燗が椅子の上に琵琶を置いた。静かなこの中では、目で見なくても手に取るように音で察知ができた。

「きっと私もそう思います。目を惹く〝何か〟を見つけたら、きっと誰しもそう思って、『守りたい』と利己的に考えてしまうものでしょう。けれどそれが悪い事なのかどうなのかは私たちには決められません」

 肘をついて少し起き上がると、姿の見えない茶燗に対して鸚染は問いかけた。

「では、そなたならどうする?悪い人間になるか?」

「鸚染様。私はそこまで強い人ではありませんから、酷い事も相手に言ってしまうでしょう。善人とも何とも言えない落ちこぼれです。そんな勇気のない私だけれど、その人の幸せを一番に考えているからこそ、そうしてしまうのです」

 茶燗という女性は不思議な人だった。彼女は何もかもを『無罪』にしてしまえる不思議な力を持っている。彼女が口を開けば〝誰でも優しい人物〟になれ、〝誰もが思いやりの精神を持った人間〟にもなれる。〝価値観〟を彼女は変更する、昔からそうだった。

「おかしな気分だ……まるで、茶燗(そなた)がここへ来た時と似ている」

「そうですね……」

 それだけ小さく囁いた茶燗は話を締めくくるように、また可憐な琵琶を奏で始めた。


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