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未熟な子供

 葉澄は家に着くと食事の支度に取り掛かり、自分の分と仕事で忙しい父親の分も作って置いた。近頃は帰りが遅い父のために温めればすぐに食べられる軽食を用意していた。

もし帰って来られなかったとしても、明日の朝に自分で食べればいいし、朝の手間が省けるから問題はない。

 部屋干ししてある洗濯物を畳み終えて一息つくと、また千鳥祭で家を空けてしまうので明日は朝から掃除三昧だと思い、明日に備えて葉澄は早く眠ることにした。

 明かりを消して布団に入ると、思いのほか疲れていたのかすぐに眠りに着くことができた。

 案外ぐっすり眠れたと思う。微睡みの中、ぱっと目を覚ませたのは何か特別なものを感じたからに違いなく、その夜はいつもに比べれば少し涼しく感じて、布団も一枚多く掛けなければ風邪をひいてしまいそうで何より暖房は欠かせない。

 もう一度布団を深く被ろうとして、葉澄は窓辺から音がしたのに気がついた。何だろうと起き上がり、葉澄は素足のまま窓辺へ向かう。

 おおよその予測は出来ていたけれど、こういう展開ではやっぱり緊張してしまった。その所為で窓に伸ばす手が強張っている。

 窓を開けると、暗がりの中に綺麗な瞳が見えた。

「芭流。それにしても、やっぱりここから来るんだね」

 呆れたように微笑んでみせると、彼も安心したように微笑みを返す。

「この方が慣れてるから。それに他は閉めてあるだろう?」

 そう言って軽々と木から飛び降り、部屋に入る。二階のこの部屋の窓は彼にとって簡易の玄関のようなものだった。

 木登りなんてしたことがありません、みたいな雰囲気を醸し出している彼だけれど、実は運動神経抜群で、いえば実力主義者だ。

「もしかしてもう寝てた?」

 その問いに窓を閉めていた葉澄はビクッと振り向いた。

「あ……うん、寝てたけど。目が覚めちゃって」

 (わかってる)

 これは何気ないただの会話で、深い意味の無い言葉だってわかっているのに、なぜか気持ちが揺れる。

「そうか」

 静かにそう呟いた芭流は今、どう思っているのだろう。まさか自分だけがこんなにもそわそわしているのだろうか?それならば、何だかばかばかしかった。

 芭流は見た感じだと普段と変わらなかったけれど、きっと疲れているに違いなくて。こんなにも遅くなって訪れるなら今まで仕事をしていたって事だ。

「芭流、休んで。何か食べる?飲み物でも持ってこようか?」

 ついつい世話を焼いて、いつものごとく葉澄は手際よく寛げる環境を整える。

「いや、いい。大丈夫だから」

「そう?じゃあ、ソファにでも座ってて……」

 葉澄は年紀のいったぜんまい式のオルゴールに手を伸ばした。これは母のものだったもので、小ぶりなそれは陶器でできた動物の装飾が可愛らしく、ワルツでも踊っているのか楽しそうな表情をしている。そして音色が綺麗でとても気に入っていた。

「体調は良くなった?椿燐街から帰って来た時は驚いたけど不眠症でよかったよ。先生も療養すれば大丈夫だって言ってたし、しっかり休まないと」

 葉澄は手巻きのそれをいじりながら、彼の言葉に耳を傾ける。

「そうだね……。ねえ、芭流。私が帰って来た時って、私、どんな状態だったの?」

「連絡が来て、俺がいたから翡翠さんのところへ迎えに行った。それで丸一日眠り続けるから心配もした」

 という事は『あの後』、椿燐街に運ばれたのだろうか。あの時の王様はすごく必死に『事件』を見せないようにして、そして『入り込んでしまった私を』外に連れ出すように、今、私はここにいる。

「私、どこか変わったところある?」

「なに、どうしたの?少し綺麗になったかなって思うくらいで、その他は別に何とも」

「そ、そういう事を聞いたんじゃなくて……」

 芭流はソファで寛いで、振り向いた葉澄の手を引くなり腰に手を回す。自然な仕草で驚きもするし、耳もとで囁かれるならドキッとしてしまう展開だ。

「そうじゃないなら何?深夜に合わせた言葉がお望みなの?だったらお答えしてもいいけど」

「そんなこと望んでないから。……じゃあ、翠お姉さんは何て言ってた?」

「『千鳥祭には元気な顔を見せてね』だって」

「そっか。わかった……」

 わからない。わからないことが多すぎる――。

 (だってこれじゃ、『本当に椿燐街に行っていたみたい』だ……)

 何かわからない力がわからないところで働いて、わからないところで(うごめ)いている。

 それはまるで『子供は何も知らなくていいよ』と言われているようで、未熟な自分が情けなくて、さっきよりゆっくりと奏でられる音を聴きながら、葉澄は何故かもの悲しくなった。


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