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あの街の〝珍しい蝶〟

「椿燐街の蝶に鳥籠の姫……そして、人々を虜にする魅惑の花。この国には美しい女性が多いからそういった俗語がつくられるけれど、総じて彼女たちを偶像させるだけの言葉だよね、雅茜。……彼女たちは、本当は何にも求めていないのにね」

「なに訳のわからないことを言ってるんだ?俺はそう言ったことに関しては管轄外だから答えられることは何もない」

「それは知ってるよ~。でも、私は『友達』が少ないから君に聞いてほしいんだよ。だって、ゆっくりこうして誰かの仕事場に居座るなんて、他で私はしないからね」

 本を片手に、王の職場にいるように仕事もせずに彼は口達者に言葉を連ねる。雅茜から見れば、彼の言っていることの半分は信用できる話ではないけれど――彼のように天才肌の人間には、常人では理解のできない悩みが存在しているのかもしれないと思うようにしている。そう、鶯蕾という人物は稀にみる天才で、頭は人並み外れたものを持っているのにも関わらず使う事すらなく、桁外れの身体能力は彼の振舞いによって土の中に埋もれてしまう。梨鶯蕾という男は目立つことも好かなければ、自慢げに見せびらかすということをするような男でも無かった。

「それで、今言ったことはどういう意味なんだ?」

「あれ?興味を持ってくれるなんて珍しいね。また無視されると思っていたのに」

「無視したって、独りでしゃべっているなら同じ事だと思っただけだ。それで?」

「何か夢のない会話だけど仕方ない。雅茜は昔からそうだよね……」

 机に積まれた紙の束に目を通しながら雅茜は「悪かったな」と素っ気なく返事をし、その様子を見た鶯蕾は、その書類の内容以下の自分に少し自嘲気味に笑った。

 雅茜という男は仕事熱心な上に浮世話に興味を示すことも少ない性質で、生真面目と言っても過言は無かった。だから面白がって彼をからかうために、鶯蕾はこの場に居続けているのかもしれない。

 忘れていた何かを思い出させるような沈黙を作った鶯蕾は、首が凝ったのか肩を揉みほぐしながら風流な装いを見せるように大きく欠伸をすると眠たそうな声で話を始めた。

「椿燐街の蝶々たちの中に〝選ばれた蝶〟がいるのは、雅茜も知っているだろう?その選ばれた蝶の中から更に見出された蝶が〝鳥籠の姫〟になって。世間を虜にした〝魅惑の花〟は稀に『胡蝶』に選ばれる……この繰り返しだね」

「そうだったかな」

「でも、これは違うよ。〝もしかしたら外に出られる蝶が現れる〟かもしれないらしい。世間()に出られる……前代未聞の〝珍しい蝶〟がね。面白いと思わない?」

「そんな事は認められていないだろう?彼女達はいずれ〝あの街〟に丁重に迎えられ――何とも言える立場じゃないが、〝運命(みち)〟は決まっているはずだ。例外は無い」

「でも出回っているんだよ。おかしな噂だけどね。世間話の話題にはなるでしょう?」

「どこで仕入れて来るんだ?大抵、椿燐街に流れる噂なんてでたらめ……」

 そこで雅茜は言葉を詰まらせ、手を止めた。さらっと目を通せば理解のできる資料を読んでいた彼にとっては珍しいことで、鶯蕾は何だろうと、背表紙に美しい蝶の姿が描かれた大きな本を閉じる。

「雅茜、どうかした?」

 けれど彼は鶯蕾を眉間に皺を寄せて見返すだけで、何も言葉を発さない。

「どうしたの?何かあった?」

 鶯蕾は訳がわからず笑みを浮かべた。近寄って内容を見たいけれど、他者が知ることは絶対にあってはならないことだ。

「その〝椿燐街の蝶〟の話。……『胡蝶らは街に閉じこめられる』って、どういうことだ」

「どうって、そのままの意味じゃないの?現に昔からその状態が続いている訳だしね。特例がない限り、〝彼女たち〟が出られることはないよ。もしかして悪戯が混じっていた?」

「いや、これは違う。この手紙は、『あの街』からだ……」

 鶯蕾は「え?」と驚いた顔をして真顔になると、少し考えるような仕草をした。

「まさかそれって……『椿燐街が封鎖される』って事……?」

 その疑問に満ちる声が掠れて消えていった。


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