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霧雨のまどろみ  作者: metti
第四章 魔法王国アルシータ
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11.ぴーりかぴりらら




一歩一歩確認しながら暗闇を進んだキリは、難なく先ほどの分岐へと辿りついた。

どうやら、洞窟全体に崩落が起こったわけではないようだ。

崩れたのが入口だけなら、キリだけでも何とかなるだろう。


そういえば、最後に立ち寄ったあの部屋には幾つもの研究道具が置いてあった。

あそこなら何かあるかもしれないな、と考えて、キリは立ち寄ってみることにする。

中には傭兵たちもいるが、襲われたらその時はその時だ。

他にも出入り口があるかもしれないし、お話(物理)して聞き出すという手も使える。


そっと研究室の扉を開けると、中は酷い惨状だった。

先程気絶させた傭兵たちはまだ目を覚ましていないようで、地面に転がったまま。

そこに研究道具が散乱していて、先程までの部屋の状態は見る影もない。

幸い明かりは灯ったままだったので、光源だけ確保してキリは部屋に入った。


ひっくり返った椅子と割れた硝子片の間を通り抜け、何か使えそうなものがないかと辺りを見回す。

そして、本棚に隠れるようにして扉があることに気づいた。


先程は気づかなかったが、どうやら奥にも部屋があったらしい。

物置かな、なんて軽い気持ちで近づき、扉に手をかける。



まず目に入ってきたのは、檻。

ぎょっとして一度動きを止めたが、その中に人影を見つけて、キリは躊躇わず扉を押し開けた。


明かりを向けると、僅かに身じろぎする。

どうやら意識があるようだと一つ息を吐き、キリは檻の中で蹲る少女に声をかけた。


「おい、聞こえるか?」

「……」


明確な返事は返ってこない。

だが、少女の瞳がキリの姿を捉えた瞬間、そこには確かな光が宿った。

物言いたげに唇が開かれるが、声は出てこない。


恐らく、研究のために下の空洞から連れてこられたのだろう。

下の空洞にいた子ども達よりは比較的元気に見えるが、それでも熱があるのか息が荒い。


力技で檻をこじあけ、キリは少女を檻の外へと連れ出した。

意識はあっても一人で立てるほど体力はなさそうだし、背負っていく他ない。

仕方ないか、と彼女を背負おうと肩に手をかけたとき、



ぐら、と地面が揺れた。



先程叩きのめした研究者がまた魔法を使ったのだろうか。だが、理由がない。

彼ら自身閉じ込められている今、洞窟を崩すようなことをするのは自殺行為だ。

ならば、先ほどの地震で地盤そのものが脆くなっていたのか――


なんて、考えている余裕もなかった。


部屋の奥、檻の向こうの天井にヒビが入る。

見る見るうちにヒビが広がって岩が割れ落ち、崩れ始め――その瞬間、キリは咄嗟に彼女を突き飛ばしていた。


だが、続けて地を蹴った足は、どうやら少し遅かったらしい。

体全てが部屋の外に出る前に、崩れ落ちた土砂は唸りを上げて部屋を飲み込んだ。


腰から下に、鈍い衝撃が走る。



「……っか、は」



息が詰まる。

さあっと全身から血の気が引き、身体が冷たくなっていく。


痛い。

違う、痛いなんてもんじゃない。熱い。

それから冷たくて、感覚がぼやけている。

ひどく息苦しい。


幸い腹から上は無事だが、完全に岩と土砂に潰されているだろう下半身に視線を向けるのは怖かった。

……見たら諦めてしまう気がする、やめよう。


歯を食いしばって朦朧としかけた意識を呼び戻し、キリは辺りを見回す。

どうやら、研究室の方は崩れずにすんだらしい。

天井が板で補強されていたのと、崩れた土砂がそう多くなかったのが幸いした。


咄嗟に突き飛ばした少女は、無事に土砂から逃れられたようだ。

なんとか動かせる右腕を伸ばし、震える指先で彼女の手を叩く。

呆然としていた彼女は、ややあって状況を飲み込んだらしく、さっと顔色を変えた。


「うご、けるか」

「あ、」


肺に空気を入れるのが億劫だ。

喋るのってこんなに力を使ったっけ、と思いながら、言葉を続ける。


「いいか、聞いて。今いる部屋を出て、すぐ左をまっすぐだ。土、何とかして、退けて」

「あ……あなた、は」

「いつ崩れるか、解らない。まずは、ここを出て、助けを呼んで」


できるだけ冷静な声を作ろうとはするのだが、身体はいうことを聞いてはくれない。

掠れ、震えた声は届いているのだろうが、少女は動こうとしなかった。



そうこうしているうちに、再び洞窟が揺れ始める。

今回の揺れは大きくはないが、長い。

先ほどの恐怖が遅れてやってきたのか、少女は完全に腰が抜けてしまったらしい。

へたりこんでしまった少女を前に、必死に絞り出そうとした声を、遠くからの地鳴りがかき消す。


これではどうしようもない。

何とかならないか、と辺りを見回すも、パラパラと小石が落ちていくだけだ。

小石が土砂に変わるのも時間の問題だった。



そんな中。

低い地鳴りに混じって、ばさりと羽音が響いた気がした。

一瞬気のせいかと思って聞き流してしまったが、段々と近づいてくる。


目を丸くしてその羽音の源を探すキリの耳に、今度はしっかり鳴き声が飛び込んできた。


「きゅあー!」


本棚の向こうから翼を羽ばたかせて現れたのは、仔猫ほどの大きさの竜だった。

角と翼を持つその姿は、ここ最近あまり目にしなかったものだ。


「ヴィー!?」


驚いて声を上げると、ヴィーはちらりとこちらを向き、小さく鳴いた。

視線の先は、少し奥――キリを押しつぶす土砂の塊。


背中の方にうっすらと明かりが灯り、下半身にかかる重圧が僅かに軽くなる。

どうやら、続く揺れで崩れてしまわないよう、手前の土を魔法で固定したらしい。

すぐに大きく崩れる心配はなくなったが、揺れ自体はまだ続いている。


そして、追い打ちをかけるかのように、扉を隠すように設置されていた本棚が、ぐらりと傾いだ。

このまま倒れれば、キリは勿論、ヴィーや少女も本棚の下敷きだ。



「逃げろ!」



頭上を覆う影に気づいて叫ぶが、このままではどうしようもない。

ヴィーは頼りになるが、今は魔法を使っている暇もなければ、彼には支えるべき手もないのだ。

とりあえずヴィーだけでも庇えないかと手を伸ばしたが、僅かに届かない。


思わず目をつむって衝撃に備えたキリだったが、覚悟した衝撃はいつまで経っても襲ってこない。

まさか魔法が間に合ったのだろうか、と思いながら、恐る恐る目を開けた先。




思いもしなかった光景を目にして、キリは絶句した。




斜めになった本棚は、突然現れた赤い髪の男によって腕一本で支えられていた。

キリが声を上げる間もなく、彼はとんっと軽い調子で本棚を押し返す。


ずしーん、と重い音を立てて反対側に倒れる本棚を、キリはぽかんとしたまま見やった。

その衝撃で背中からコロリと小石が落ちたが、そんなことまで気にしている余裕はキリにはない。


なんせ、誰もいなかった場所に突然人が出現したのだ。

しかも、背を向けているため顔は見えないが、彼のことはよく知っているというか、イシュだ。

よく似た別人かとも思ったが、こんなことができるのは竜人族くらいだろう。

竜人の里にいるはずの彼が、何故。

ていうか、ヴィーの姿が見えないが、どこ行った?


どうして、いや、どうやって。どうなって?



「って、はあ!?お前、ヴィーか!?」



急展開に思わず叫んだキリの前で、片手で本棚を受け止めた張本人は、蹲ったまま動かない少女の傍にしゃがみこんでいた。

恐怖からか少女が気を失っていることを確認して立ち上がり、イシュはキリを振り返る。


その視線に刺さるものを感じ、キリはぎくりを身をこわばらせた。

あ、これ、怒ってる?と思ったのも束の間、彼は無言でキリの隣に膝を突く。



そっと様子を伺うと、非常に険しく、かつ面倒くさそうな表情でキリを――正確にはその後ろの土砂を眺めていた。

声をかけようとしたが、よくよく聞くと、どうやら何かぶつぶつと独り言を呟いているようだ。


「このまま固めたらまずいよな……だいぶ上から崩れてるし、柱で固定してから穴掘るか?」


もう一度見上げたイシュは、やっぱり真剣な表情で土砂と睨めっこを続けている。

このままでは埒が明かないと気合を振り絞ってみたが、気の抜けた声を出すのが精一杯だった。


「い、イシュ?」

「……っだあもう!面倒くせえ手ぇ貸せ!」

「へ」


ぽかんとしている間にぐいっと伸ばしていた右手を掴まれ、後ろでぱあっと光が散った。

途端に、感覚が消えかけていた両足がかっと熱くなり――同時にぶわっと上がった土煙に咳き込む。

それとほぼ同時にぐいっと引っ張られ、土砂から引っこ抜かれたキリは地面へと下ろされた。


血が巡り始めたからだろう、戻ってきた感覚と共に何とも言えない痺れに襲われて、キリは声にならない悲鳴を上げる。


「立てるか?」


試みるまでもなく、無理だ。

ずっと圧迫されていたのだから当然だが、足全体が長時間正座していたかのようになっている。

ぱっと見たところ目立った外傷がないのは運がよかったが、すぐに歩くのは難しそうだ。


「ご、ごめん、無理」


力が入らず、完全に地面にへたりこんで訴えると、イシュはがりがりと頭を掻いて。

ひょいと無造作にキリの腹に腕を回し、小脇に抱えた。

同じように、気を失った少女も反対側に抱える。


……あまりに自然な動作で抵抗する間もなかったわけだが、これは。


いや、二人いるのだから当たり前なのだけれど。

これ以上ここに留まるのが危険なのも、わかってはいるのだけれど。



「降ろせ!魔法でなんかぱっと治せるだろ!」

「できるか我慢しろ!……お前な、言いたいことは山ほどあるから後で覚えとけよ」



あ、やっぱり怒ってた。


正直言うと、心当たりはありすぎて困るくらいだ。

言葉に詰まったキリは、バツの悪さと羞恥に視線を泳がせ、大人しく身を任せることにした。






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