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霧雨のまどろみ  作者: metti
第四章 魔法王国アルシータ
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9.馬鹿は風邪ひかないってか




しんと静まり返り、闇に沈む洞窟の通路。


空洞を後にして少し進んだあたりで、奥の方から人の話し声と複数の足音が聞こえてきた。

男と視線を交わし、キリは彼が抱えていた子どもを預かってジェドと一緒に壁に寄りかからせる。


完全に後方のお子守り状態であるが、文句はない。

両方が子供をかばいながら戦うよりは、一人が万全の状態で戦えたほうが楽だ。



暗がりからやってきたのは、白衣を着た男が一人と武装した男が数人。

こちらの姿を視認したと同時、傭兵だろう男たちが武器を構えた。

その後ろで、白衣の男は踵を返す。


応援を呼ぶつもりなら、放ってはおけない。

キリの連れもそう考えたらしく、長槍を携えて真っ先に飛び込む先は通路の奥だ。

妨害しようとした男たちを槍の一突きで散らし、相手にもせずに白衣の男へ飛び込んでいく。


その背中に追撃をかけようとした傭兵を背後から殴り飛ばしてやると、「何っ」と声が上がった。


「二人!?」

「聞いてねえぞ!」


どうやらキリの侵入には気づいていなかったようだ。

こりゃラッキー、と思いながら続けて一人の腹を蹴り飛ばし、洞窟の壁に叩きつけて気絶させる。

白衣の男を沈めたらしい亜人の男も、危なげなく残った傭兵を沈黙させていた。


思っていたよりもさくっと片がついて拍子抜けしつつ、キリはジェドたち二人を抱え上げる。

同時に「そのまま抱えておいてくれ」と声が降ってきて、軽く苦笑しながら頷いた。


長物を外套の下へ戻し、彼は軽く息を整えている。

質問をするなら今だろう。

気を失った白衣の男を示して、キリはこれ幸いと亜人の男に問いかける。


「にしても、ここは一体何なんだ?あんたなら何か知ってるだろ」

「本当に何も知らずに来たのか。……こいつらは亜人を専門とする奴隷商どもだ」

「奴隷商?」


まさかとキリは先ほどの光景を思い出す。

あの子どもたちはみんな、奴隷として売られていく所だったということか?


思わず言葉を失ったキリに、彼は当たり前のように頷いてみせる。


「世界中にいるぞ、こういう輩は。……特に、亜人との交流が盛んな場所には必ずと言っていいほどな」

「……買う奴もいるってことか」

「需要のないところに供給などないだろう」


意図せず低くなった声に返される、平坦な声。

彼らにとっては日常茶飯事なのかもしれないが、胸クソ悪い話に変わりはなかった。

まだ幼い子どもたちが誰にも助けてもらえずにこんな場所で死んでいくなんて、あっていいことではない。


それと同時、ひとつ気になったことがあった。

寝転がった相手を顔色一つ変えず通路の端に蹴り転がす男に、少し躊躇ってから問いかける。


「ってことは、言い方は悪いけどあの子どもたちは商品なんだよな?何であんな事になってたんだ」

「それは俺が聞きたいくらいだ。お前こそ、何か知らないのか」

「何か、って言われても……関係ありそうなのは、最近この辺で病気が流行ってる、くらいか」

「病気?確かに街もひどく活気がなかったが」


何だそれは、と男に問われるままに、キリはアルシータの現状を答える。

一週間と少し前から、奇妙な病気が流行って街の人間が倒れていること。

治療法は見つかっておらず、症状も様々であること。


一通り話を聞き終えた男は、僅かな間をおいてから「なるほど」と呟いた。

そして、キリが予想だにしなかった一言を放つ。


「もしかしたら、ここでその病気とやらを治す方法が見つかるかもしれないな」

「はあ?」


一体何を言い出すんだ、と目を丸くするキリに、男は続けた。

腕の中の子どもを見下ろしながら、淡々と告げる。


「病気が流行しているアルシータに、未だこの施設が残っていて、人がいること。傭兵を雇って、守りがあること。不自然だろう」

「……まあ、確かにな。世界中で活動してるなら、この場所に固執する必要ないもんな」

「先程、一番守りの堅い場所は触れずに来たと言ったな。俺は、ここの奥に研究施設があるのではないかと考えている」

「それが、今回アルシータを騒がせてる病気を研究する施設だって?」


だが、言われてみれば納得できる部分も多かった。


病気の研究には、病気の人間が必要だ。

時間がない中であるならば、人体実験は何よりの近道と考えていい。

元々アルシータを中心に活動していたのなら、経済活動が止まった今の状況は好ましくない筈だ。

商品たる子どもたちを治すためというのも含めて、病気を研究する理由は十分。


「それだけじゃない。こういう組織は、得てして裏で戦争屋どもと繋がっているものだ」

「……意図的に、自分たちだけ治療手段を持つ病気を流行らせる。戦争に利用するってことか」

「ああ。今回のような病気は俺も聞いたことがない。可能性としては、そもそもこの病気がここから発生していることもありえるな」


ああなるほど、繋がってきた、とキリは空を仰いだ。

病気と研究、実際どちらが先かは不明にしろ、奴隷商たちが病気と関わりを持つ可能性は高い。

子どもたちの状態や警備の状態を鑑みると、むしろ無関係とは言いづらいくらいだ。

そういう裏事情があるならば、男の推察はあながち間違っていないように思える。


「アルシータの軍の方でも、どうやらここを嗅ぎつけていたらしい。情報屋に奴隷商の情報も流してやったから、そう遠くない内にここへ来るだろう」

「……遠くないうちに調査するとは言ってたけど、そんなの待ってられるかよ」

「それには同意する」


キリの腕の中、男の子に視線を落としながらの台詞に、口の端を緩める。

親子、にしては子供が大きすぎる気もするが、どういった関係なのだろうか。

無事にここを出られたら聞いてみるか、なんて頭の片隅で考える。


「さて、そろそろ様子見に来る頃だろう。先に進んで数を減らすぞ」

「ああ」


早足で歩き出した彼の背は、何だか少し遠く見える。

多少違和感を覚えたものの、キリも黙って彼に続き歩き出した。

















その後も数名の傭兵を地に伏せ、キリたちは出口に向けて歩を進めていた。

幾つもの分岐があったが、迷いそうな道を躊躇いなく男は進んでいく。


そして、随分と上ってきて、そろそろ出口も近づいてきた頃

黙々と前だけを見て進み続けていた男が、ふと、分岐する一つの通路に視線を投げる。

何事かと目を瞬き、キリは首を傾げた。


「どうした?」

「……この奥だ」


言われて様子を伺ってみたが、気配もなければ人の声もしない。


ただ、近づいた途端に、あの空洞で感じた嫌な気配がぐっと濃くなって、眉を顰める。

彼もそれを感じ取ったらしく、僅かに目を眇めて扉に視線を投げた。


「さっき言ってたのはあの向こうか。何かあるな」

「ああ。行きがけに通った時は扉の前に数名護衛がいた」

「ふーん。様子見に出てきたのは結構倒してきたし、ここに来るまででだいぶ削ったかな」

「もしくは、各個撃破を恐れて部屋に引っ込んだか」


さて、無視するか、それとも叩くか。


子ども二人が一刻を争う状況なのは事実だ。

だが、無事連れ帰ったとして、病気を患っている彼らが快復するかどうかは分からない。

たとえ研究が途中だったとしても、覗いていくのは無駄にはならないはずだ。


「余裕があれば、研究成果とやらを確認して持ち帰りたいけど」

「……そうだな」

「どうする?」


キリとしては、連れができたことで少し余裕が出てきていた。

彼は中々の手練だし、ここまで戦ってきた中でそこまで手こずる相手はいなかった。

そもそもこの場所の守りはそこまで厚くない、と見ているキリとしては、ちょっと立ち寄って書類をかっぱらって帰ろうか、くらいの提案だ。


男は僅かな間をおいて、答えた。


「……そうだな。なるべく早く、もし時間が掛かりそうであれば途中で撤退も視野に入れる」

「了解。じゃ、十分で片がつかなかったら一旦退こう」


意見は一致。


ゆっくり静かに通路の奥へと進み、視線を交わし合って、キリが勢いよく扉を開く。

間髪おかず、男が長い獲物を構えて中へと飛び込んでいった。


途端に上がる、悲鳴と怒号。

子どもを抱えているキリは、入り口付近の制圧が終わってから様子を見て中に入った。


とりあえず、外から応援が来てはいけないと扉を閉め、子どもたちを下ろす。

それと共に男の動きを目で追っていたキリは、違和感を覚えて眉を顰めた。

怪我をしているわけではないのだろうが、どうも突きや薙ぎに鋭さがない。



傭兵たちが虚を突かれていたうちは良かったが、我に返ればあっという間だ。

相手をするに不足はないものの、彼らを戦闘不能にするペースは徐々に落ちてきた。


そうこうするうち、子ども連れのキリを狙って横から走り込んできた傭兵に目を奪われたらしい。

生じた一瞬の隙を見逃さず、対峙していた大剣使いに一撃を喰らうのが見えた。

何とか武器を盾にして防御したらしいが、大きく弾かれる。


砂埃を上げて目の前まで退いてきた男に、叫ぶ。


「おい、大丈夫か!?」

「……問題、ないっ!」


とは言いつつ、彼の動きは、先程より格段に鈍い。

何か毒でも撒かれていたのだろうか、と考えたが、キリは全く異変を感じていない。

怪我をした様子もないし、外的要因は考えづらかった。


考えられるとすれば、――病気だろうか。

にしては症状が出るのが早すぎるし、症状自体も重すぎる。


とにかく、この場を乗り切らなければならないのは確かだ。

一つ舌打ちを残し、キリは剣帯に挟んでいた棒を抜き取った。


「交代だ。子どもたちを頼む!」

「……分かった」


思ったより具合が悪いのか、大人しく後方へと下がる彼を横目で確認し、前へ出る。

反応して武器を構え直した傭兵たちも、随分と動きが鈍いように見えた。


理由は不明だが、キリにしてみれば単なる幸運でしかない。

これ幸いとばかりに、鳩尾に棒を叩き込み、武器を叩き落とし、無力化する。


それでも比較的守りの厚い中心部だけあって、そこそこ骨のある相手もいたようだ。

先ほどの大剣使いは、殴りかかったキリの持つ棒を剣の腹でいなし、返す刃でキリの首を狙う。


慌てて姿勢を落とし攻撃を回避したが、続けざまに繰り出される斬撃は避けるのがやっとだった。

数度の攻防の果てに、棒を叩き落とされる。


勝利を確信したかのように、大剣使いはにやりと笑った。

答えるように、キリも笑う。



止めとばかりに横に振り抜かれた斬撃を、上体を逸らし――後ろに倒れこむ勢いで、避ける。

そのまま後転の要領で一回転し、勢いのままに突っ込んだ。


「なっ!?」

「ガラ空き、っと!」


瞬時に懐に入り込み、顎の下から強烈な一撃を見舞ってやった。

そのまま回し蹴りで遠くに蹴り飛ばしてやる。


吹っ飛んだ大剣使いの男は、背後の壁に激突して動かなくなった。

かと思いきや、強かに強打した後頭部を摩りながら、ぎろりと鋭い瞳を光らせて立ち上がる。

思わず「うわ」と声が漏れた。


「しぶとい奴だな」

「このクソ野郎が……!」


怒りも顕に轟々と吠えた大剣使いの、その後ろで。

なぎ倒された傭兵たちを見て、奥に避難していた白衣の男が愕然とした様子で呟いた。



「馬鹿な……ここにいて全く影響を受けていないというのか?」



残念ながらピンピンしている。

とりあえず邪魔者をぶちのめしてから考えるかと結論付け、キリは地を蹴った。





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