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霧雨のまどろみ  作者: metti
第四章 魔法王国アルシータ
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2.ちびっこ盗賊、再び




当初向かった宿からは少し離れた、街の大通り。

営業中の札を下げていた宿の扉を潜ると、そこかしこから視線が集まるのを感じた。


一階は食堂兼酒場を併設しているらしく、食事を取っている者の姿も見える。

ただ、昼時にも関わらず、その数は格段に少ないように思えた。



珍しげに向けられる視線に多少驚きつつ、受付に向かう。

受付では孫の一人二人もいそうな年齢の女性が一人、キリを出迎えてくれた。

一部屋借りたい旨を告げて宿帳を記入しながら、さり気なく問いかけてみる。


「随分街が静かに見えるけど、旅人も減ってるのか?」

「そうですね……。特に貴方のような若い方は、この辺りでは軒並み倒れていますから」


言われてみれば、確かにここにいるのは壮年を通り越しているであろう者たちばかりだ。

若い人間が発症しやすい病気なのだろうか。

普通なら免疫力が高いはずの若者に罹患者が多いのだとすれば、キリも他人事ではない。


ここに留まり続けるのは難しいだろうか、と思案するも、アルシータが一番魔法に関する情報の入る場所なのは間違いない。

少し考えて、キリはとりあえず一週間と期間を区切ることにした。

その間に何も見つからなければ、自衛の為にも一旦この国を離れるべきだろう。


「今日から一週間。部屋が空いてれば連泊したいんだけど」

「かしこまりました。二階の角部屋が空いておりますので、そちらにどうぞ」



少しの躊躇も挟まずに渡された鍵を受け取り、示された部屋へと向かう。

さっさと荷物を置いて寝台に座り、街の地図を開きつつ、キリはうーんと腕を組んだ。


「思ったより深刻っぽいんだよなあ……」


ポケットの中から這い出したヴィーが、同意するように鳴く。


幸い人の往来に関しては今のところ制限されていないようだが、街の出入りを制限されるのは困る。

最悪、人の集まる場所が封鎖され、図書館も利用できなくなる可能性がある。

国の動きに注意しながら、自由に動けるうちに情報をかき集めるべきだろう。

こんな状況じゃ協力者を見つけることまでは不可能かもしれないが、仕方ない。


フォミュラにも後で手紙を書いておかないとならないだろう。

予定変更の件もそうだが、アルシータの状況が及ぼす影響は計り知れない。

早めに報告しておくに限る。



とりあえずは昼食がてら食堂の人々に話を聞こうと決め、キリは簡単な荷物だけを手に部屋を出た。

そして階段を降りていく途中、食堂がやけに騒がしいことに気づいて目を瞬く。


様子を伺いつつ降りてみると、数人の客が言い争いをしている姿が視界に飛び込んできた。

この葬式みたいな雰囲気の中で揉め事とは、随分な厄介事だろう。

あの様子では聞きたい情報も聞けないだろうし、関わらないのが一番だ。


さり気なく食堂を横切り、隅の席を陣取ろうとしたところで、



「だーかーらー!ちゃんと報酬は出すし正式な依頼だって言ってるじゃん!?」

「だから言ってるだろうが、こっちもそれ所じゃねぇんだって!他へ行け他へ!」

「他にも頼みに行ったよ!皆してそれどころじゃないって門前払いだったけどさ!」



あれどこかで聞いたような声、と思う間があったかどうか。

反射的に視線を投げたその先には、見覚えのある帽子とツインテール。

いつぞやに散々面倒を見た、盗賊魔法少女の背中がそこにあった。


言い合いの端々を聞く限り、どうやらなかなか依頼を受けてもらえずに焦れているらしい。

気の毒に思うより先に、また何か騒ぎを起こしてるのか、と遠い目になってしまう。

騒々しいのは相変わらずのようだ。


そうこうしているうち、痺れを切らしたらしい冒険者の方が椅子から立ち上がった。


「あっちょっと」

「悪いが子供のままごとに付き合ってる暇はねぇんだよ。さっさと家へ帰れ!」

「なっ……」


言葉に詰まった少女の手は簡単に振り払われ、冒険者はそのまま踵を返して二階へ上がっていってしまう。

盛大に舌を出して冒険者の背中を見送った少女は、ひどく憤慨した様子で言葉を続けていた。


「しっつれーな奴!頼まなくて良かったよ、この冷血漢!」


いやいやあんたも十分に失礼だけど。

という心の声が聞こえたはずもないが、彼女は他に頼めそうな人がいないかを探して店内を見回し始めた。

隅の方で突っ立っていたキリは、必然的に彼女の視界に入り、


「あ」


ぱっと振り返った彼女と、ばちっと視線が合った。

目を丸くして固まる少女の視線を受けながら、キリは頬を掻いて。

とりあえず、片手を上げてみる。


「……よう」

「あああああっ!?!!?」


きーん、と耳鳴りがするほどの大声を出してくれやがった少女は、キリの顔を三度見してから、がばっとキリにしがみついてきた。


「会いたかった会いたかった会いたかった!!!ずっと探してたんだからー!!!」

「は、はは……相変わらずのようで何よりだ」


振り払うこともできず、引きつった自覚のある笑顔を作る。

正直言うと面倒事は避けたかったが、彼女には「頼れ」と言った前科があった。

約束を破って見過ごすこともできないだろう。


きゃんきゃんと騒ぐ彼女に、キリは一つため息を吐いて。


「解ったから少し落ち着け。周りに迷惑だろうが」

「落ち着いてなんてらんないってば!本当に良かったぁ、もう諦めかけてたもん」


先ほどの不機嫌は何処へやら、少女は満面の笑みを惜しげもなく振りまいている。

一体何をそんなに苦労していたのか知らないが、頼りにされて悪い気はしない。


この間のように少し付き合うくらいなら――と考えた所で酷く剣呑な視線を感じて、キリは顔を上げた。


出処である少女の背後を見て、おやと目を瞬く。

少し離れた壁際、ハンチング帽を目深にかぶった、少女と同じくらいの年に見える少年。


……どうやら、今日は連れがいるらしい。

キリの視線に気付いたのか、少女は「ああ」と背後を振り返る。


「こっちはボクの幼馴染でね、ジェドっていうの」

「……」

「で、ジェド、この人がこの間話したお兄さん!」


警戒心も顕にこちらを睨む少年をよそに、少女は「そういえば」と言葉を続けた。


「ボク、お兄さんの名前結局聞いてなかったよね?」

「ああ、私もお前の名前を知らない」

「あれだけお世話になったのに、名乗らないなんて失礼だったよね」


ごめんね、とぺろっと舌を出して、少女は乗り出していた身を引っ込め、姿勢を正した。

帽子に隠れたツインテールがぴょこんと揺れる。


「改めまして、ボクはアルム。こっちはさっきも言った通り、ジェド」

「私はキリだ。……こっちはヴィー」


と、タイミングよくポケットからぴょこりと顔を出したトカゲを見せると、アルムは目を丸くした。

そして、興味深げにしげしげとヴィーを見つめて。


「すごい、ボク生きてるトカゲ初めて見た」

「……死んでるのはあるのか?」

「干物なら師匠の部屋の棚に一杯。ねえ?」


ジェド少年の返事はない。

まあ、逃げられたり悲鳴を上げられないだけ良かったのかもしれない。












とりあえず場所を変えよう、という提案に、否やは唱えられなかった。

昼食はお預けになってしまったが、注目されながら味のしない食事を取るよりマシだ。

少年は多少不服そうだったが、何も言わなかった。


そのままキリが取った部屋に移動し、びっしばしに突き刺さるジェド少年の視線の中で事情を聞いたところ。

どうやら二人は、以前キリと行った森へ花を採りに行きたかったらしい。



「けど、二人で行くのは危ないから、ちゃんと依頼って形でお金も用意して、一緒に行ってくれる人を探してたんだ」

「なるほどな。ちゃんと約束守れて偉いじゃないか」

「えへへ。……それで、傭兵や冒険者を探して宿屋を回ってたんだけど、今はどこ行ってもこんな感じで」


と言いながら彼女がちらりと視線をやるのは、部屋の扉――正確には階下の食堂、先ほどの出来事を指しているのだろう。

多少乱暴な大人に当たってしまったのも運が悪かったが、確かに今は他人のことなど構っていられる状況ではない。

特に傭兵などは身体が資本だろうし、自分の身を守るので精一杯なのが本音だろう。


「この間言ってた師匠って人の具合はまだ悪いのか?」


前に花を採りに行ったのが、確か半月ほど前だ。

もしまだ具合が悪いようなら、薬よりも医者が必要な可能性もある。


だが、アルムはその言葉に首を横に振った。


「ううん、師匠は元気になったよ。ただ、お仕事が忙しくて、どうしても一緒には来られなくて」

「じゃあ、どうして花なんて必要なんだ?」

「んーと、それがね、実はジェドのお姉さんが病気に」


言い終わる前に、隣に座っていたジェドからアルムに見事なアイアンクローがかまされた。

唐突なことにぽかんとするキリの目の前で、ふぐー!!と不明瞭な悲鳴と共にアルムの言葉にならない抗議が始まる。

そんな彼女の顔面をぎりぎりと締めつつ、視線をじっと逸らさずに、彼は一言一句を言い聞かせるように言葉を発した。


「そいつに頼むくらいなら、一人で行く」

「ふぐ……っぷは、何言ってんの無理だよ!絶対無理!」


無理矢理に手を引き剥がし、アルムは吠えた。

絶対、の言葉でジェドの眉間の皺が深まったことにも気づかず、言い募る。


「師匠だって言ってたじゃん、最近あの森の様子もおかしいし、行くのはやめとけって!だからお小遣い出して大人を連れてこうって話になったんでしょ!?」

「異変って言ったって、獣の数が減った程度のものじゃないか。警戒なんて必要ない」


ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた二人を眺めつつ、キリは腕を組んだ。


森の様子は、どうやら以前と違っているらしい。

凶暴化、なんて話であれば彼らも近づくのを躊躇うだろうに、間の悪いことだ。


それにしても。

このタイミングでの異変、街での異変と何かしら繋がりがあるのではないだろうか。

街からの人の減少、森からの獣の減少。

原因が同じであると断言はできないが、偶然のようにも思えない。

だとするならば、尚更二人だけで行かせるのは気が引ける。


考え込むキリの前で言い合いを続けていた二人が、ぐるりとキリの方を向いた。

どうやら、平行線の話し合いに痺れを切らしたらしい。


「おい、あんたには悪いけど、この話は聞かなかったことにしてくれ。依頼はしない」

「何言ってるの、無理だって!ねえ、来てくれるよね、キリ!?」


縋るような目と睨みつける目を交互に見やり、キリは苦笑した。

まあ当然だが、放っておく選択肢はない。

少年の反感を買うかもしれないとは思いつつ、とりあえず、最も安全な形を提案してみる。


「依頼という形なら、いっそ私が一人で行ってこようか?」

「えっ」


ぱあっと顔を輝かせるアルムとは対照的に、ジェドの視線は更に鋭さを増した。

とうとう剣呑な響きを隠さず、苛立ちの言葉がぶつけられる。


「要らないって言ってるだろ!それくらいなら俺が一人で行く!」

「いや、それは論外だぞ。こいつはお前が一人で森に行ったって知って、大人しくしてるようなタマか?」


そんな事になれば、アルムとキリがジェドを探して森をうろつく構図の出来上がりだ。

だったら最初から三人一緒に行った方がマシに決まっている。

ちなみに、アルムを置いて二人で行っても、後から付いてくる可能性が否めない。

置いていければ一番いいのだろうが、一人で迷子になられる方が恐ろしかった。


「……それでも、全部任せて頼めるほど俺はあんたを信用できない」

「それなら、三人で行こう。最後尾を付いてくし、なるべく口は挟まないからさ」

「そもそも二人だけで行ったのバレたら師匠に怒られちゃうよ!ね、大人しくついてきてもらお?」



そして、キリとアルム、二人の言葉を受けて。

ジェドは最終的に、不承不承といった形ではあったがキリが付いてくることを承諾した。


ほっとしたのも束の間、アルムの喜びようを見て突き刺さる視線が険を増したのは、また別の話である。



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