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霧雨のまどろみ  作者: metti
第三章 帝国グラジア
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18.共謀者の語らい



壮大なグラジア脱出行の翌日。

すっかり日が昇り、ティンドラの基地では大勢の兵士が忙しく動き回る音が響いていた。

大規模な戦闘は一段落したとはいえ、防衛線の設置や補給物資の荷下ろしなど、仕事は山ほどあるのだろう。

草原よりは荒野に近い気候の中、鎧を着ての作業はさぞかし暑いはずだ。


そんな中。

キリは涼しい天幕の中で正座をしたままながら、背を伝う冷や汗を感じていた。


からからに乾いた舌を何とか動かす。



「……あの」

「うん?」

「心配、かけて、本当にすみませんでした……」

「全くだ」



吐き出された溜息の後に浮かべられた、安堵と呆れが混ざったような苦笑。

ここへ来てからようやく浮かべられた表情らしい表情に、キリは全身の力が抜けていくのを感じた。


フォミュラが基地に到着したのは、つい先程だ。

万が一にも他の隊員に顔を見られないようにと、キリは天幕で待機を命じられていた。

昨日のアシュトルの一言もあって、覚悟を決めつつ彼の到着を待っていた、訳なのだが。


普段柔らかい表情の彼が、無表情で天幕に入ってきた時の恐ろしさと言ったらなかった。

その上無言でじっとこちらを見つめてくるものだから、予想外の事態に用意していた謝罪も出てこない有様。

やっとのことで紡いだ謝罪が、先の言葉だ。


彼を怒らせてはいけない。

深く心に刻み込み、キリは腰を下ろしたフォミュラとアシュトルに向かい合った。

敷物を調節しつつ、すっかり通常運転のアシュトルが憎まれ口を叩く。


「まあ、一暴れできるくらい元気だったようですし?心配するだけ損でしたね」

「ああ、敵国の将相手に大暴れしたそうじゃないか」

「……誰に聞いたんだ」

「グラスフェルズ殿とブライン殿に」


予想はついていたが、大暴れときたか。

隊長と副隊長に揃ってそんな事を言われては、キリとしても文句は言えない。

怒りに任せて、キリを止めようとした何人かをぶっ飛ばしたのは事実だ。

ただ、心残りが一つ。


「結局、あいつは一発しか殴れなかったからな」

「一発で十分でしょう。自分は無傷で生還したくせに何言ってるんですか」

「……まあ、後に残るような怪我がなかったようで何よりだ」


というか、傷跡が残らないくらいしっかり、ヴィーに治療してもらったわけだが。

無闇に心配させることもないので、それは黙っておくことにした。


無意識に傷があった場所を撫でつつ、キリはずっと気になっていたことを口にする。



「それはいいけど、フォミュラ。お前は基地に入ってきて大丈夫なのか?」



同盟破棄の手前、竜人が堂々とティンドラの軍事基地には入ってこられないんじゃないか、と。

幾分か申し訳なさが混じったキリの言葉に、二人は顔を見合わせた。

それから、徐にフォミュラが言葉を紡ぐ。


「キリ、同盟の顛末についてはどこかで話を聞いたか?」

「きちんとは聞いてないけど、ぶち壊しになったんじゃないのか?」

「ああ、やっぱりきちんとは聞いてないんですね。ま、機密ですから当然ですが」


どういうことだろうか。

眉根を寄せたキリの反応を見て、アシュトルが言葉を続けた。


「まあ、確かに同盟自体は破棄になりましたよ。貴女のおかげでね」

「ただし、それで終わりではない。キリ、竜人族がティンドラに密使を立てた理由は知っているな」


ティンドラ王国で起こった魔力騒ぎの件が原因だ。

そう告げると、フォミュラが「ああ」と頷いた。


「だが、魔力について調査したくても、あくまでティンドラは戦争中だ。劣勢に立たされている中、実害があったわけでもない魔力についての調査を行なう余裕はない。そもそも、正直に結果を報告する保証もない」

「というわけで同盟が破綻した後、その調査の為と称して竜人の里から数名の監視・調査役がティンドラに派遣されることになりました」


もちろん周囲には内密で、と付け加えられた言葉に、キリは目を瞬く。


「それってまさか」

「ま、ぶっちゃければ魔法研究要員ですよね。主に魔剣解析のための」


なんだそれ。

結局、魔法技術の提供という形で同盟が締結されたのと同じだ。

アシュトルがそれを狙って同盟の話を出したのであれば、同盟の破棄だの何だの以前に、そもそもの目的は達せられていたわけか。


そこまで考えたキリは、ふとある事に思い当たった。


この二人は、古くからの友人だという。

ティンドラに同盟の話を持ってきたのは、アシュトル。

竜人の里に魔力の情報をもたらしたのが誰かは知らないが、調査には外交役のフォミュラが一役買っていたことだろう。

そして今、結果的に、魔剣解析という名目で竜人がティンドラに協力している形になっている。


――まさか、同盟の話自体、こいつらのお膳立てなんじゃないだろうな。

嫌な予感に苛まれつつ、キリは予てよりの疑問の氷解の為に口を開く。


「……なあ、一つ確認したかったんだけど。竜人族の言ってた『大きな魔力反応』って、もしかしてお前がやった儀式に関係してるんじゃないのか?」

「ええ、一度目は召喚の儀式のものに間違いないでしょうね」

「それって、フォミュラは」


言いたいことが伝わったらしく、ああ、とフォミュラ自身が後を引き継いだ。

顔色一つ変えず、当然のように頷く。


「知っていた。その上で、黙っていたことになるな」

「……てことは、やっぱりお前ら共謀者か」

「まあ、狙って今の状況を作ったのは事実です」

「言っておくが、別に私的な感情でそうした訳じゃないぞ。きちんと理由はある」


理由って何だ、と首を傾げるキリに、フォミュラは一つ息を吐いて。



「忘れてないか。魔力反応は二回あった」



そうだった。

二回目の魔力反応、キリにとって重要なのはその正体だ。

昨夜のコーネルの話を聞いた限り、魔剣の召喚が原因の可能性も一応あるのだが。


「アシュトル、お前はあの夜城にいなかったよな?」

「ええ。というより、そもそも二回目は召喚の儀式によるものではありません」

「じゃあ一体――」


なんなんだ、と続けようとしたところで。

キリの言葉は、どこからともなく響いてきた声に遮られた。


『それは妾から話そうかの』

「えっ」


突然聞こえてきた声に一瞬呆気にとられ、次いでその正体に気づき、青ざめる。

持ち主であるイージスの姿を探して視線を彷徨わせるキリに、『妾しかおらぬよ』と声が掛けられた。

どこから聞こえてきたのかと二人を伺えば、アシュトルが外套の中から華奢な剣を取り出す。


どうやら、黙っていただけで最初からこの場にいたようだ。

イージスと四六時中一緒である必要はないらしい。


慌てて居住まいを正すキリに、ころころと鈴を転がすような笑い声が降ってくる。



『昨夜はろくに挨拶もできなんだ。――なるほど、やはりお主が渡り人か』



渡り人。

耳慣れない言葉に目を瞬かせるキリに構わず、声は続く。


『妾は藤姫。魔剣を鍛えし者より吹き込まれし、剣の意思じゃ』

「あ、ええと、キリだ。渡り人って?」

『妾と同じく、世界の狭間を渡ってきたのじゃろ。そこの男の手によって』


なるほど、召喚されてきた人間という意味か。

しかし、ということは。


「やっぱり、あんたもアシュトルに召喚されてきたのか?」

『そうなるの。それに関してはそこの元凶が説明するじゃろう』

「ご自分で話されるんじゃなかったんですか」

『妾が起きる前のことは、お主が説明したほうが解りやすかろ?』

「……いいでしょう。まずはこの魔剣の話をしましょうか」


溜息と共に、アシュトルの話したところによると。


キリをこの世界に召喚するよりずっと前、まだ異世界への扉を開く研究をしていた頃に、彼は偶然あの魔剣を召喚したのだという。

実験の際にそうして異世界から物が召喚されることは珍しくなく、またそうして召喚されたものは用途もよくわからないガラクタばかりだった。

魔剣は当時も剣の形をしていたものの、魔力は感じ取れず、またひどく華奢で、実戦に耐えうるようにも見えなかった。

そこで、他のガラクタと共にアシュトルの手元に保管されていたのだそうだ。



『こちらに召喚されてより、妾はずっと眠りについておった。目覚めに足る魔力もなく、ただの剣と化しておったわけじゃな』


そういえば魔剣は封印されてたって言ってたな、と昨夜のコーネルの言葉を思い出す。

ついでに、目覚めと共にイージスを使い手に選んだとも。


『ところが、目覚めの切欠となる夜が訪れた。それが、今から一番近い奏月の夜』

「そうげ……?」

「二つの月が重なる日のことだ」

『そうじゃ。目覚めに足るほど多くの魔力を吸収できたのは、あの時が初めてじゃった』

「今までは私たちが召喚の儀式を行っていましたからね。月が生み出す魔力が儀式によって消費されていたからでしょう」


ということは、アシュトルたちが儀式を行わなかった為に魔剣が目覚めたということか。

そして魔剣が言うには、目覚めの為には多くの魔力が必要とされていたらしい。

どれくらいかは解らないが、あれだけの力を持つ魔剣が「多い」と言うのだから、相当だろう。


「ってことは、二回目の魔力反応ってのは」

『妾の目覚めによるものじゃな。久方ぶりに目が覚めて、ちょっと力が暴発してしもうての』


さらっと告げられたが、暴発と言ったかこの魔剣。

コーネルの言っていた、王都中に広がった魔力波とやらはこのことか。

範囲の広さにぞっとして顔を引きつらせたキリの隣で、淡々とアシュトルが腕を組む。


「偶然通りがかったイージスがいなければ、少なくない被害が出ていた可能性もありました」

「ってことは、隊長がなんとかしたのか」

『うむ。そのまま契約を結んだがゆえ、イージスは妾の使い手となっておるということじゃ』


ま、それでもその時は使いこなすには至らんかったがの、と続く言葉。

それを聞きながら、キリはふむと口元に手を当てた。


話を聞く前は謎解きでもしている気分だったが、彼らの話で大体の概要は解ってきた。



以前にアシュトルが召喚した魔剣が、二つの月の魔力を吸って目覚め、暴走。

それを抑えてくれたイージスと契約を結んだが、制御は不完全だった。


召喚した張本人のアシュトルとしては、このまま放ってはおけない。

解析を進め、今後の魔剣の暴発を抑えるために制御する必要があった。

ついでに戦争に利用できれば、グラジアに対抗しうる可能性もあった。

フォミュラとしても、里の結界を揺るがす力を秘めた魔剣を放っておきたくはない。

解析に手を貸すことで、対抗策を見つける必要があった。


そういう訳で、キリが召喚された際の魔力までこれ幸いとこじつけて、同盟まで持っていった、と。

魔剣の存在を他に漏らさない為に、わざわざ遠回りをして。

その後は竜人の力を借りて、魔剣を何とか操れるまでになったのだろう。


つまりは、こういう事か。

キリはその同盟を結ぶ動きに、最悪のタイミングで巻き込まれる形になっていた訳だ。




だいぶ自業自得ではあるが、本当に何てタイミングだと呆れてしまう。

やっぱりあいつ、もうニ、三発殴っておくべきだった。


キリが腕を組んで後悔していると、魔剣が徐に声を発した。


『話はこれでひと段落じゃな。……して、先から気になっておったのじゃが』

「どうしました?」

『キリ。お主、懐に何を飼っておる?』


一斉に集まる視線。

マントの下で、もぞ、とヴィーが動いたのがわかった。

無意識にそれを押さえつけながら、キリは頬を掻く。



「えー、と」



これはアシュトルや魔剣にお披露目してもいいものなのか。

ちらりとフォミュラを伺うが、彼は視線に気付いても不思議そうに首を傾げるだけだった。

そのことに、キリは逆に戸惑う。


ヴィーを送り込んできたのがフォミュラなら、予想くらいは付いていいはずだ。


『先から妙な魔力の気配がしおってな。何かおるのじゃろ?』

「そういえば、あの副隊長が言ってましたね。魔法を使えないはずの貴女が炎を操っただとか」


ここまでバレているなら、もうどうやったって誤魔化せないだろう。

最悪フォミュラに何とかしてもらうしかない。

覚悟を決め、キリはヴィーに呼びかけた。


「出ておいで」


声に反応して、ごそ、と動く気配。

だが、いつまで経っても出てくる気配はない。


「ヴィー?」

「ヴィー!?」


眉を顰めたキリの呼びかけに反応したのは、ヴィーではなくフォミュラだった。

大きな声に、キリの方が目を丸くして顔を上げる。


フォミュラの声が聞こえたか、のそのそとではあったが、ヴィーがマントの中から顔を出した。

そのヴィーを容赦なく摘み出し、フォミュラは一喝する。


「お前、こんな所で何をしてるんだ!」


きゅー、と一鳴き。

首根っこを掴まれてぶら下げられたヴィーは、されるがままにぷらぷら揺れている。

僅か目を瞠っているアシュトルと共に二人を眺めながら、キリは何とか声を絞り出した。


「……フォミュラがヴィーを送り込んでくれたんじゃないのか?」

「違う。ああ、視線はそういう意味か……おい。留守番を頼んだはずだが?」


じとっとした視線でヴィーを睨むフォミュラと、弱々しく鳴き声をあげるヴィー。

目を丸くして瞬きつつ、キリはそんな一人と一匹を交互に見やる。

アシュトルはというと隣で腕を組み、その光景を眺めながら、


「何ですか、あれは。トカゲ?」

『に見える何か、じゃろうな。あの首輪から別の魔力を感じる故、姿を変えていると見える』

「なるほど、訳ありですか。で、どういう訳です?」

「……聞かないでくれると心底ありがたいんだがな」


頭の痛そうな表情で米神を抑えるフォミュラを見て、アシュトルは今度はキリに視線を向けた。

フォミュラに話す気はないと悟ってのことだろうが、こちらに聞かれても困る。


「私もよく解らない。ただ、すごく頭良くて、ちょっとした魔法くらいなら使えるんだってさ」

「ああ、それで炎を」


魔法生物の一種といったところか、と冷静に分析する声を聞きながら、キリは一人と一匹に視線を移す。

フォミュラの顔は相変わらず険しいままで、キリは言葉を口の中で転がしてから恐る恐る口を開く。


「あの、フォミュラも、あんま怒らないでやってくれないか。……ヴィーが来てくれて、本当に助かったし」

「キリ」

「いろいろ助けてもらったんだよ、ほんと」


きゅあ、と小さな鳴き声。

フォミュラは摘んだままのヴィーとキリを交互に眺めて、小さくため息を吐いた。


そして、



「気持ちは解るがそれとこれとは別だ」



彼の手の中で、ひどく哀れな鳴き声が上がった。

……がんばれ、ヴィー。




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