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霧雨のまどろみ  作者: metti
第三章 帝国グラジア
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17.白銀の英雄と




機械人の頑強な巨体が吹っ飛ぶのを目にした者たちが目を丸くしているのを横目に、コーネルはこれ幸いと相対していた兵士を蹴り倒した。

先程までの悲壮感と緊迫感は、あのフードマント野郎が全部持っていってくれたようだ。


あの副官らしき剣士は吹っ飛んだ王族の安否を確かめに走っていったし、周囲の兵士は暴れ足りないらしいフードマント、もといキリが王族を追おうとするのを止めるのに必死だ。



何より。

血生臭かったこの場所に、ふわりと花の香が漂っていた。



だんだんと強くなるその匂いに、周りも次第に気づいていく。

むせ返るような甘い香りの中、どこからかひらりと花弁が舞った。


雪のように舞い始めたそれはやがて段々と数を増やし、視界を覆っていく。



ざあ、と強い風が吹いた。

花吹雪が視界を遮り、天に舞い上がって。


やがて花弁は吸い込まれるかのように、一点に集まっていく。


そして、その先。



夕陽のせいだけではなく、赤く染まった荒野に。

何者にも染まらず鮮やかな白銀を翻して、立つ者があった。



強い意思の光を宿した空色の瞳が、戦場を睥睨する。





「――私の同胞に何をしている」





響く声は朗々と静かに。

そこに絶対の威圧感と鋭さを載せて。


魔剣を陽に煌めかせ、イージス・グラスフェルズが、そこに立っていた。






















約一名が手痛い被害を受けたグラジアの分隊は、イージスの登場を切欠に砦へと引っ込んでいった。

ひどく悔しそうに王子殿下を担いで帰っていった副官の顔は、親衛隊の中でしばらく笑いものにされるだろう。

元々捕虜の確保が目的であったティンドラ軍も一旦退き、荒野は一時的に平穏を取り戻した。

馬車も襲撃の跡を多少残してはいたものの、イージスの護衛を受け、何とか一昼夜の内にティンドラの駐屯地に辿りついていた。


そして、元はグラジアとの国境が存在していた場所に設置された駐屯地、簡素な天幕の一つ。

その中で、キリはコーネルと話をしていた。


夜もとっぷりと暮れた深夜、周囲は巡回の足音が聞こえるだけでしんと静まり返っている。

そんな静けさに満ちた空気の中、毛布に包まって温い茶を啜り、キリはほうと息を吐いた。


「はー……」

「お前は年寄りか」

「煩い。こっちはようやく一息ついた所なんだ」


身体の力を抜いて体を丸めると、コーネルが眉根を寄せた。


親衛隊の隊員と顔を合わせてはいけないし、実際ここでだって気を抜いている暇はない。

だが、目の前に大体の事情を知っている知り合いがいるし、懐にはヴィーだって一緒だ。

ついでに、ずっと殴りたかった奴相手にひと暴れした達成感と満足感も手伝っている。

うっかり肩の力が抜けるのも、ある程度は許して欲しかった。


「聞きたいことがあるというから、わざわざ来てやったんだぞ」


ただ、ここで二人きり話をしているのは、茶飲み話をするためではなかった。

コーネルの咎めるような視線を受けて、キリは渋々と座り直す。


「ごめん。……じゃあ、まずあの魔剣とかいう兵器について」


一体あれは何だ、と問うと、コーネルはやっぱりそれかと慣れた表情で頷いた。

俺の知る限り、と前置いて話し始める。



それによると、まずあの剣の出処はファリエンヌであるらしい。

先の戦いでイージスに下賜され、けれども強大な力ゆえ制御ができず、実戦投入はなかった。

だが、つい先日ティンドラに帰還した後の彼女は、訓練で不完全ながらも魔力を制御してみせた。

その為、今回の捕虜奪還作戦の囮として実戦投入された、と。


「実戦投入というよりは、魔剣の性能を図るための戦闘だったがな」

「ああ、それであんだけでかい騒ぎだったのか」

「囮としては少しやりすぎだろうな。まあ、初陣と考えれば上々だが」


なるほど、完璧に制御できているわけではないらしい。

しかし、よくそんな短期間でそこまで魔力が制御できたものだ。


素直に疑問を口に出すと、「ああ、幾つか理由があってな」とコーネルが頷いた。

そして、一番の理由として彼が言うことには。



――その魔剣は、意思を持ち、喋るらしい。



ああそういえば異世界だったよな、と遠い目になるキリを他所に、コーネルは話を続ける。


元々は封印され眠りについていた剣の意思が何らかの切欠で目覚め、イージスを使い手に選んだ。

そして魔剣と意思を通わせたことで、魔力の制御が可能になったのだと云う。

その威力については、わざわざ問う必要もないだろう。


「一応聞くけど、他にも魔剣ってあるのか?」

「世界のどこを探しても、あれ一本のみだろうな。意志の宿った剣など聞いたこともない」


世界の殺意が更に高まるのかと心配になっていたキリは、ほっと息を吐いた。

あんなのが量産されていたら、世界の終りが近いと言われても驚かない。


それにしても、重要なのは出処だ。


「で、いつからそんな恐ろしいモン持ってたんだ、姫さん……?」

「知らん。その辺は俺が聞きたいくらいだ」


コーネルは腕を組んで頭を振る。

だが、少しの間を置いて「ただ」と続けた。


「今考えてみれば、あの魔剣の魔力には心当たりがあるな」

「へえ?」

「お前が帰ってきてすぐの、夜中だったか。一瞬だが、強大で渦巻くような魔力の波を感じたんだ」

「……なんだそりゃ」


彼が言うには、一瞬だったため何かの勘違いかと思ってそのまま忘れていたらしい。

ただ、イージスが振るう魔剣の魔力を間近で見ている内に、知っている魔力だと気づいたとのことだ。



魔力を感じるなんて芸当はできないキリにしてみれば、寝耳に水の情報だった。

だが、コーネルが感じたというそれが気のせいではないとしたら。


王都に帰ってきてすぐの夜、大きな魔力。

そこからキリが連想するのは、異世界の扉を開く儀式だ。


それに魔剣の出処がファリエンヌだと言うならば、アシュトルが一枚噛んでいてもおかしくない。

強大な威力を持った、世界に唯一だろうと言われる魔剣。

それが、異世界から召喚されたものだったとしたら?


だが、二つの月が重なる晩、アシュトルは城にいなかったはずだ。

その晩は確かキリだって気を張っていたし、儀式が行われているなら気づけたはず。



どういうことだろう、と考え込むキリに向かって、コーネルが声を上げる。


「まあ、それはそれとしてだ」

「ん?」

「結局お前、なんであんな場所にいたんだ」


あ、そこ掘り返すのか。

説明に迷ったキリが言葉に詰まると、きゅっとコーネルの瞳が細まる。

一見詰問のようにも聞こえたが、口調は完全に面白がっていた。


「後ろめたいことでもしてたのか?」


慌てて否定しようとキリが口を開きかけた、その時。


バサ、と天幕の布が上がる音に、二人は振り返る。

入口を覆っていた布を持ち上げて、入ってくる影があった。


「ま、その辺はこちらで説明しましょうか」

「お前は……」

「アシュトル」


ティンドラに帰ってしっかり治療を受けたらしく、普段と変わらぬ様子のアシュトル。

そして、その後ろに続いて入ってきたのは。


「「隊長」」

「……キリ、お前は違うだろう」


噂の的であったイージス、その人だった。

呆れた声で、けれどもいつもの無表情で告げられたその言葉に、そうだったと肩をすくめる。

ただ名前で呼べとと言われてもできる気がしないので、多分これからも隊長のままだ。


言葉を続けようとして、キリは彼女が携えている物に気づく。



魔剣。



初めてしっかりと目にしたそれは、確かに、美しい剣だった。

一体どんな鉱石でできているのか、藤色の刀身と繊細な蔦細工は、見る者を魅了する不思議な輝きがある。

キリには感じ取れないが、これでいて膨大な魔力を秘めているというのだから、相当な逸品であることは間違いないだろう。

じっと見つめていると、たおやかな女性の声が鼓膜を揺らした。



『そう見つめるでないわ。穴が空いてしまうであろ』

「え、あ、ごめんなさい」



反射的に謝ってから、キリは周りの三人の意味ありげな視線に気づく。

そしてたっぷり十秒考えてから、


「あ、これ魔剣の声か!?」

『鈍いのうお主』


いやだってこんなに気軽に話しかけてくるとは思わなかったんだって。

誰にともなく言い訳をしながら、キリは改めて魔剣に視線を落としたが、


『ま、今は妾のことはよかろ。話を進めるがよい』

「ああ、そうさせてもらおう」


そんな会話が聞こえてきて、再び視線をアシュトルたちへと戻す。

正直気になって仕方ないが、今は優先すべきことがあった。


アシュトルに経緯の説明を任せ、キリは口を噤む。




彼がコーネルに説明したのは、簡潔に二点だ。

まず、先だってのアシュトルとイージスの奪還作戦にキリが関わっていたこと。

そして、その最中にキリがうっかりをやって捕まり、グラジアに置いてけぼりになっていたこと。


多少悪意が含まれた説明には色々と突っ込みたいところがあったが、始めると際限がない。

元々はイージスを助け出す予定もなかったことだし、詳しい内容に関しては語らぬが花だろう。


呆れた視線を向けてくるコーネルを敢えて無視していると、黙って説明を聞いていたイージスが口を開いた。


「キリ」

「あ、はい」

「コーネルに事情は聞いた。……それと、私を助けてくれたのがお前だということもな」


礼を言う、と頭を下げられ、キリは慌てて頭を振った。

元、とはいえ、上司にこうして改まって頭を下げられる事なんて滅多にない。

少なからず戸惑いとくすぐったさを覚えつつ、なんとか言葉を紡ぐ。


「いえ、私は多少手伝いをしたくらいですし、改めて礼を言われるようなことは」

「……そうか」


ではそういうことにしておこう、と小さく続いた言葉は、コーネルには届かなかったようだ。

……聞いていてもおかしくはないが、もしかして彼女は事情を詳しく知っているのだろうか。

目を瞬くキリの隣で、アシュトルが「さて」と話の流れを変えた。


「先程の会議で、ティンドラ軍は当面このまま膠着状態を続ける方針を固めました」

「ほう?魔剣の力を見てお偉方が暴走するかと思ったが、そうでもないのか」

「戦力差がまず圧倒的ですからね。暴走して魔剣を失うようなことでもあれば、ティンドラは今度こそ終わりです」


推測も脚色もなく淡々と告げられる事実。

イージスの肩に乗っている重圧は一体どれだけのものか、他人事ながら考えるのも嫌になるくらいだ。

コーネルも似たようなことを考えたのか、僅かに眉を顰めたが、「まあそれはいい」と緩く頭を振った。


「とりあえず、これで一旦戦線は元に戻った。グラジアもすぐに深追いしてはこないだろう」

「そりゃ、あんだけしっちゃかめっちゃかすればな……」

「敵の司令官を殴り飛ばした奴が何を言う」


それは言わない約束だ。

思わず視線を泳がせつつ、キリは言葉を探した。


「それにしたって、隊長と魔剣だけで一個旅団を無力化するって、相当だろ」

『妾にかかればこの程度は易きものじゃ』


ほほほ、と鈴を転がすような笑い声が聞こえて、キリは何とも言えない顔で視線を横にずらす。

姿がないのに声だけ聞こえる現象は、何だかやっぱり、慣れない。


魔剣に意識を移したキリには気づかず、イージスがやはり淡々と言葉を紡ぐ。


「だが、問題はこの後だ。実際問題、魔剣一本でどこまでグラジアを牽制できるか解らない」

「元々の物量が違いますからね。長引けば対策を立てられてしまうでしょう」

「その前にこの基地を死守して停戦まで持っていければ、ティンドラとしては御の字だろうな」

「時間との勝負ってことか」


魔剣使いの出現、それによる甚大な被害。

グラジアに停戦を決意させるだけの何かが、あともう一つでもあれば。


……まあ、それについてはティンドラの首脳陣の腕の見せどころだろう。



その後は、これからの防衛基点やら、巡回偵察の予定やらの相談。

加えて、人員配置なんかについて軽く話し合って。


部外者がここにいていいのだろうか、とキリが不安になってきた頃、アシュトルが話を切り上げた。


「さて、いい時間です。そろそろお開きにしましょうか」

「そうだな。この分だと明日以降も戦闘続きの可能性が高い」

「ああ、コーネルは今のうちに休んでおけ」


頷くイージスの口ぶりに、キリは軽く眉を顰めた。

なんとなく予想はしていたが、この人眠らないつもりだろうか。

こうして話をしていると、目の下にうっすらクマが浮かんでいるのが見えた。


「……隊長は」

「私はこの後も会議があるのでな。簡単な挨拶で悪いが、失礼する」

『人気者は辛いのう。……ではな。良い夜を』


短い言葉を残してさっさと出て行く背中を、キリは黙って見送らざるをえなかった。

キリが何か言える立場ではないが、無理をして身体を壊しては元も子もない。

……大事な局面なのだろう、それは痛いほどに分かっているが。


ぎゅっと奥歯を噛んだところで、コーネルが「ではな」と短い言葉を残して天幕を出ていく。

そこにアシュトルが続こうとしているのが見えた。


「あ、アシュトル!」


フォミュラと連絡を取らなければならない事を思い出し、呼び止める。

すると、アシュトルは「ああ」と思い出したように振り返った。



「彼なら明日こちらに来る手筈になっています。酷く心配していましたから覚悟するように」



覚悟ってなんだ。

思わず顔を引きつらせたキリを残して、無情にも天幕の布はばさりと下ろされた。


きゅあー、と今までキリの懐で黙っていたヴィーが鳴き声を上げる。

諦めろとばかりに力のないそれに、キリはため息とも笑いともつかない息を漏らした。




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