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霧雨のまどろみ  作者: metti
第三章 帝国グラジア
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5.墓穴を掘るだけの簡単なお仕事




その後試したどの剣も、キリの記憶にあるような軽さは持ち合わせていなかった。


仕方なく重さは諦めて一番最初に手にした長剣を選び、部屋に戻って。

冷えた身体を暖めるように丸くなって目を瞑れば、少しは身体の感覚が戻ってきた気がした。




翌朝、眩しいくらいの朝日で目覚めた頃には、あの冷たい感覚はなりを潜めていた。

手を開いて握って、感触を確かめてから寝台を降りる。


机の上には、昨日持ち出してきた長剣が一本。


旅をする上で、使えない武器ほど荷物になるものはない。

持ってはきたものの、振れもしないならば最悪置いていく覚悟はしなければならないだろう。


ひとつ深呼吸。

ほんの少し躊躇ってから、柄を握りこむ。


ぞくりと走る怖気。

ぎゅっと奥歯を噛んで、ゆっくりと深呼吸をする。

そして鞘から抜き放ち、こみ上げる感覚を誤魔化すかのように、剣を振った。



一回。

二回、――三回。



ゆっくりとした、普段よりずっと硬い動き。

教わった型をなぞるように剣を振って、キリは動きを止めた。


喉の奥からこみ上げてくるものを飲み下し、一つ息を吐く。


剣を振り回すには、この部屋は少々狭い。

幸い、窓の外はそれなりの広さの庭が広がっていた。




















駆け抜ける悪寒を誤魔化し誤魔化し――途中からは無心で剣を振り、身体を動かして。

親衛隊にいた時よりも少し多めの訓練を終えた頃には、あの感覚は随分と薄れていた。

朝日の恩恵もあってだろうか、冷えていた身体も多少暑いくらいには暖まっている。


強張っていた右手も、なんとか普段通りに動きそうだ。

そのことにほっとして、キリは剣をそっと鞘に収めた。



部屋に戻って返却された自前の服に着替え、たいして重くもない荷物袋を肩に引っ掛ける。

剣帯はとりあえず今まで使っていたものを付けたが、砦を出たら新調する必要があるだろう。

発信機も盗聴器も、もう願い下げだ。


最後に腰に剣を下げて、キリは部屋を出た。

向かうのは、ディアノスの執務室だ。



本来ならこのまま顔も見ずに出発したいところだが、昨日出された条件があるのでそうもいかない。

身分証も部屋には届いていないので、恐らく取りに来いということだろう。

正直あれの相手をする気分ではなかったが、避けては通れない。


重い右手を持ち上げて扉を叩くと、ややあって返答があった。

部屋の中には書類の山と、何やら端末を弄っているディアノスの姿。


キリが扉を閉める音に顔を上げ、彼は口元を吊り上げる。


「来たか」

「……来てやったよ。さっさと済ませろ」

「そう急かすな」


じろっと睨んでやるとディアノスは肩を竦め、筒状のものを放って寄越した。

丸められたそれを広げると、キリをグラジアの軍属であると証明する内容が記載されている。


一通り確認して顔を上げると、軽く手招きされた。

ため息を吐いて机に歩み寄ったキリは、そこに見慣れない物体が鎮座していることに気づく。


「これが通信機?ティンドラで見たのとは違うみたいだけど」

「そうだ。お前は機械人でもなければ魔力もない。となると、これしか選択肢がなかった」


一見したところ、片手のひらに収まる程度の丸い形をした物体だ。

ティンドラで見た、水鏡と機械の融合体みたいな大掛かりなものとは似ても似つかない。


が、キリとしてはこちらの姿の方が馴染み深かった。

ずいぶん前に握りつぶした携帯電話のことを思い出して遠い目になるキリをよそに、ディアノスは機械の説明を始める。


「魔導機に属する代物なんだが、周囲から魔力を集める性質がある魔石を伝導回路に使用していてな。魔力を外から補充せずとも使用できるという特徴がある」

「へえ」


ちなみに魔導機とは、機械の中でも魔力を原動力として動くものを指すらしい。

件の水鏡通信機も魔導機に属しているという。


「残念ながら効率が悪く実用には至らなかったが、月二回、十五分程度ならこれで何とか賄えるはずだ」

「てことは、試作品か」

「そうだ。他の通信機器と違って、対になっている機械相手にしか交信できん。機能的には一世代前の機械だが、今回は充分だろう」


なるほど無線機に近いのか、としげしげ通信機を見つめるキリに、ディアノスが簡単な操作方法を教えてくれる。

とはいえ、一つだけあるボタンを押せば相手と通信できて、相手から通信があれば音が鳴る、程度のものだが。

正にシンプルイズベストを体現している。


せめて着信履歴の機能くらいあっても、と思わないでもないが、望むべくもないだろう。

そもそも、魔力さえ持たないキリにも使える通信機が残っていたことを喜ぶべきだ。

普通の機械は、どうやら機械人以外には弄れないようだし。


そう思うと、手の中にある重みがひどく懐かしくなった。

つい余計な口を開く。


「……なあ、気になってたんだけど」

「ん?」

「機械が機械人にしか扱えないのって、なんでだよ?原動力って色々あるだろ?魔力もそうだけど、電気とか」

「デンキ?」


聞き返され、逆にキリは面食らった。

マジか、ないのか電気――いや、もしかしたら名称が違うだけかもしれない。


「ええと、ほら。雷の力のことだよ、静電気とか」


と言いつつ、キリはプラスチック製品(主に下敷き)を探して辺りを見回し、


「って、あるわけねーか」

「雷?」

「ちょっと待て。……借りるぞ」


と、手に取ったのは、机の上に置いてあった羊皮紙と封蝋。

それを軽く数度擦り合わせてから、封蝋を床に近づける。


持ち上げたそれにふわふわと埃が纏わっている光景を見て、ディアノスが目を瞬かせた。


「ほら。詳しい説明省くけど、これってすごく弱い雷の力でくっついてるんだよ」

「……ほう」

「私たちの世界じゃ一番身近に利用できる力だったんだけど、この力を使ってるんじゃないのか?」


答えは返ってこなかった。

不審に思って顔を上げると、思いのほか険しい顔をしたディアノスが視界に飛び込んでくる。


一瞬その意味がわからず狼狽えたが、少しの間を置いて理解する。

よく解らないけど何か失言したっぽい、と。


「キリ、一つ残念な知らせだ」

「……なんだよ」


猛烈な後悔に襲われて顔を引きつらせたキリは、いつでも逃げられるようにと椅子から腰を浮かせる。

ディアノスはそれには触れず、珍しいことに、一つ大きな溜め息を吐いて。


「多分な。お前にとっては常識なんだろう。だが、俺達にとっては違う」


まず、最初のお前の疑問に対して返答しよう。

そう言って彼は、机に頬を突いた体勢のままで近くにあったランプを手に取った。


「俺達が作った機械の動力は、俺達自身の生命力だ」

「……生命?って、え、何、命削ってんの?」

「そこまで大仰なものではないな。だが、他の種族がするように、食物を摂取することで得られる力を外部に出力している」


こうやってな、と、彼は手の甲に埋め込まれている結晶体をランプの裏の窪みに押し当てた。

時間としてはほんの数秒だが、あっという間に明かりが灯る。

再び机の上に置かれたそれは、すぐに消えてしまうこともなく、灯りを灯し続けていた。


物によっては、こうして一度の出力で長時間使用することもできるのだろう。

電池と似たような役割をするものもあるのかもしれない。


「まあ、基本的に使いすぎれば腹は減るし、最悪餓死する」

「……お前達がよく食う理由がよく解った気がする」

「だろう」


それはともかく、と。

多少歪んだ話の筋を元に戻すように、咳払い。


「そういう理由で、これらの機械は俺達機械人にしか扱えない道具とされてきた」

「まあ、そうなるよな」

「しかし、だ」


そこで向けられる、鋭い目。


「お前が今、雷の力と称した……デンキだったか?お前の世界の機械はそれを利用していると言ったな」

「ああ」

「そして、その力とやらがこの世界にも存在することを証明した」


いったん言葉を切り、ディアノスは一つ息を吐く。

そこで自分が椅子に座り直していたことに気付き、キリは再び身構えながら次の言葉を待った。


「その力は、使いようによっては俺達の作った機械にも利用できる可能性がある。それはつまり、誰でも機械を使えるようになる、ということだろう」

「まあ……うちでは皆が使ってたし」

「それでは困るんだ」


よくわからない顔をしていたのだろうか。

なんの反応もないキリに大きなため息を吐いて、ディアノスは目を据わらせた。


「あのな。何故グラジアが軍事帝国と呼ばれるまでに成長したと思ってる」


それは当然、強力な武器を作る科学力とか、そのための豊富な資源とか。

ついでに、それを独占できるって強みがあったからで――


独占?


「……あ。大陸の勢力図塗り変わる」

「それどころじゃないな。機械人という種族の盛衰にも関わる大事件だ」

「い、いやでもほら、大袈裟だろ?そもそも電気の概念がわかったところで、機械の仕組みがうちと同じとは限らないじゃないか。実際それを運用する所まで持ってくには随分時間が掛かるはず」

「時間は掛かるが、それだけだろう。仕組みそのものが大きく変わるわけではないのだからな」


現に、機械と魔導機の仕組みはそう大差ない。

そもそも魔導機は、グラジアではなく魔法大国アルシータで発展した技術だ。

魔導機の存在によって機械人の立場が揺らがない理由は、単に魔導機に欠かせない資源が希少であったからに過ぎない。


そこまで聞けば、流石のキリも自分の失言に気づかざるを得なかった。

内心冷や汗ダラダラだ。

椅子の肘掛を掴む手が濡れて気持ち悪い。


「念のために聞くが、誰かに漏らしたり」

「するか!!そもそも元の世界の話なんてできる奴自体が限られてるわ!」

「そうか。安心した」


ついでにこのまま殺してしまえばもっと安全なんだがな、と真顔で続いた言葉に、身を強ばらせる。

どこまで本気なのか解らないのが本当に恐ろしい。


再びじりじりと腰を上げ始めたキリを見て、ディアノスがふっと笑った。


「……まあよかろう。自分がいかに危険な知識を持っているか解ったか」

「わかったよ!下手なこと言うなって事だろ!」

「くれぐれも気をつけることだな」


どうやら冗談で済ませてくれるらしい。

こいつの気が変わらないうちにさっさと退散しよう、とキリは荷物を引っつかんで立ち上がる。

そして、多少嫌々ながら通信機も手に取ると、思い出したようにディアノスが付け加えた。


「最初の連絡は今日から一週間後だ。その後は二週間間隔で寄越してくれればいい」

「……分かったよ」

「途中でのたれ死なんよう精々気をつけろ」

「余計なお世話だ!」



そんな捨て台詞と共に扉を閉めた後。

とりあえずあの部屋から離れたい一心で廊下を歩き続け、だいぶ離れたところでキリは立ち止まった。


……ああああもう。

本当にもう。


迂闊すぎる……!!!



もうこちらの世界で元の世界のことは話すまい、と決意しながら、思わず柱に寄りかかって額に手を当てる。

そのまま座り込んで動かなくなったキリを、巡回中の兵士が怪訝そうに眺めながら去っていった。





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