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霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
44/92

20.手の届かないBメロ




太陽が落ちて篝火が里を照らし出す。

祭りの間は夜中も炎を絶やすことはないそうで、夜も里の中は賑やかだ。


――そうなると当然、夜を明かすために必要なものがあるわけで。



「がっはっはっはっは!いい飲みっぷりじゃのう!!」

「……どーも」



祭りには酒。

その不文律は、どこでも共通のようだった。



城の中庭で行われる宴席は、キリの考えていたよりずっと少人数だった。

それもそのはず、大多数の竜人は城の外、里の真ん中の広場で酒宴をしているらしい。

ここにいるのは、祭りにやってきた竜人の中でも、人間に比較的好意的な竜人たち。


竜人と人間の比率は半々くらいのあたり、意外と人間に興味を持つ竜人も多いようだ。



というか、竜人族は酒には酔わないんじゃなかったのか。

明らかに出来上がっているおっさん竜人に肩を叩かれつつ、キリは乾いた笑いを漏らした。


確かにフォミュラは、竜人は毒素に強い、って言ってただけだ。

全く効かないわけではないなら、強い酒をたくさん飲めば酔えるってことだろうか。

単にフォミュラがザルだった可能性もあるし、真偽は今のところ定かではない。


しかし、夜は酒宴だというから付き合いで出てきてはみたものの、これは酷い。

ここまで酷いのはここら一帯で騒いでいる者だけだが、他も他で絡み酒をしている者たちの姿が見える。

外交官や王女も先に戻ってしまったし、あまり長居せず、早々に退散するべきだろう。



近くの人間を捕まえて昔の自慢話を始めるおっさん竜人の隣からこっそり抜け出して、比較的和やかに話をしている辺りへと避難する。

なみなみと注がれていた杯を空にして一息ついたところで、横合いから酒瓶が生えてきた。


顔を上げると、見たことのある顔。


「いい夜を過ごしているか?」

「あ、ああ。お陰様で。貴方は…」

「アゲートだ。君は、ティンドラの一団に混じっていたな」

「キリ・ルーデンスです」


待ち合わせ場所で、キリたちの出迎えをしてくれた竜人だ。

キリが佇まいを直したのを見て取ったか、彼はひらひらと手を振った。


「酒の席だ、話しやすいように話してくれて構わぬ。出迎えの場では敬語も使ったが、堅苦しいのは苦手でな」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


注がれる酒を有り難く受けて、盃をぶつけ合う。

どちらかというとビールに近い発泡酒を舐めながら、キリは隣に立つ竜人を見上げた。


外見年齢から察するに、相当な長生きだろう。

フォミュラの倍くらいは生きているんじゃなかろうか。


知らず緊張するキリをよそに、離れた場所の騒ぎを眺めながら、彼がぽつりと言葉を漏らす。


「しかし、ティンドラからか。交渉は難儀しているだろう」

「……」


数秒、思考を巡らせる。

ああして出迎えに来てくれていたことからして、アゲートも族長の側近のようなものだろう。

とするなら、今回外から人を迎え入れた件については、大方の事情を知っているはずだ。


言葉を選びつつ、キリは「そうみたいだな」と首肯した。


「ただ、実際に交渉の卓に就いているのはディメスタ外交官のみなんだ。私とファリエンヌ王女はティンドラの顔役としてここにいるだけでな」

「ほう。確かにティンドラは随分な大所帯だったな」

「やっぱりうちは大所帯なんだな。……舞踏会があるから、という話を上から聞いてきたんだが、どうやら顔も姿も関係ないもののようだし」


舞踏会、という単語を聞いて、アゲートが吹き出した。

村の広場で炎を囲んで踊るようなそれを舞踏会と称したことが、どうやらおかしかったらしい。


「はっはっは!なるほど、それで顔役か。それでは退屈しているだろう?」

「実際、付いてこなければ良かったんじゃないかと思っている所さ。大人数の受け入れは竜人族にとっても負担だろう?」

「否定はせんが。今更という話だろう」

「まあな。折角滅多に来られない場所に来られたんだ、楽しませてもらってるよ」


軽くなったグラスを傾けると、人好きのする笑みと共に杯が満たされた。


暫く二人の会話を占めるのは、他愛ない日常の話。

その合間を縫って、アゲートが「しかし」と話を変えた。


「交渉役と顔役が分かれていると言ったな。竜人の里では外交官が顔役を兼ねているが、外の国々ではそれが普通か?」

「まあ、その方が多い。外交官が顔役を兼ねることも当然あるが、特に重要な外交で出向く際には王族に連なるものが同行するのが一般的かな」


ふむ、と口元に手を当て、思考するアゲート。


「とすると、外の国では、外交官は身分として高い位置にいるのか?」

「いや?まあ高官ではあるが、身分という点では普通の貴族と同じか少し下くらいだな」

「……よほどでなければ、情報の伝達に不都合がありそうなものだが?」

「ああ、それはその通りだ。特に、変に猜疑心の強い奴やプライドの高い奴が一人でもいると、情報の共有をしたがらない」


そこで言葉を切り、ひとつため息。


「今回だって、どうしてティンドラの代表が竜人族の祭りに招待されているのか、その理由さえ教えられないの一点張りだったからな」

「ほう?」

「外交官の方も、この件については酷く頑なでな。逆に、何か都合の悪いことを隠してるんじゃないかという気にもなるってもんだ」


多少わざとらしく、やれやれとばかりに肩を竦める。

これで少しだけでも事情を話してくれるなら儲け物、というやつだ。


キリの言葉を黙って聞いていた彼は、最後の言葉辺りで片眉を上げ、腕を組んだ。



「……ふむ。まあ、一部とはいえ、これは恐らくそのうちに公になるはずだ。こちらに足を運ぶほどの関係者であれば、話して問題のあることではなかろう」



よし。

内心ガッツポーズを決めるキリの横で、アゲートは静かな声で語りだす。

周囲の騒ぎに溶けて消えてしまいそうな声だったが、キリにははっきりと聞き取れた。


「我ら竜人族は、基本的に外からの干渉を受けない。隠れて暮らしているからな」

「みたいだな」

「だが、たまにそうと知らず竜人族に干渉してしまう者がいる。理由は様々だが、最も多いのは魔力による干渉だな」

「魔力?」


魔力が及ぼす影響とやらが想像できずに首を傾げると、アゲートは「ここに来るとき、魔法陣を使っただろう?」と問うた。


「あれは里の位置を悟られない為という名目だが、実際は里に入る手段がそれ一つだけだからだ」

「え?地続きになってるなら手段なんていくらでも……」

「ない。なぜなら、ほとんどの竜人族の里は魔法によって空間的に隔離されているからだ」

「……ほー」

「詳しい原理は省くが、つまりは物理的に迷いこむ事は不可能だということだ」


お世話になっていたあの里も、実はそうだったのだろうか。

でもその割には、普通にフォミュラに掴まって飛んで出入りしていた。

そもそも人が近づけないような高山だから、わざわざ魔法を張る必要もなかった可能性はあるが。


考え込むキリをよそに、アゲートは続ける。


「だがその分、魔法や魔力による干渉にはあまり強くない。当然安全措置は様々に取られているが、強大な魔力ともなれば空間を維持している魔法そのものに影響するからな」

「なるほど。確かにそれは魔力の影響が一番怖いな」

「だろう」


その上で、と彼は続ける。


「ここ一年の間に、二回。暴力的に大きな魔力反応がティンドラ国内で確認された」

「……」

「半年ほど前と、つい最近だ。時期からして計画的、人為的な意図が見える。世界魔法級の大きな儀式が行なわれたことは間違いない」



……え。

それってまさか。



目を瞠るキリの反応をどう捉えたかは定かではないが、彼は語り続ける。


「ティンドラの周辺にも、我らの里は存在している。うっかり暴走でもして何らかの弾みで里を隔離している魔法に干渉を及ぼせば、大惨事は免れない」


魔法が解けてしまっては大問題だし、悪くすると異空間で里が迷子になる可能性すらある。

そうなってしまえば、待つのは永遠の孤独と緩慢な死だ。


「よって、ティンドラに対する情報収集、説明と対策が必要となったわけだ」

「は、ははあ…なるほど」

「そもそもがグラジアと戦争中だ。何をやらかすにせよ、最後っ屁にでも巻き込まれては適わない」


あ、ティンドラ敗北を疑ってない。

やっぱり客観的に見るとそうなんだよなあ、と思いつつ、キリは曖昧に笑った。



まあ、仕方ない事ではあるのだ。

そもそも、他国と比べてもティンドラの軍事事情はあんまりよろしくない。

ありていに言うと、よわっちい。その上で人手不足。


そもそも大国ではない、というのもあるが、これには事情がある。


元々ティンドラとグラジアは山を挟んで隣接していた。

食糧資源的に恵まれたティンドラは、荒地の多いグラジアにとって格好の餌だったのだ。

だから、ティンドラはグラジアを挟んで反対側に接していた大国、アルシリアと同盟を結んでいた。

アルシリアに食糧を輸出し、代わりにグラジアへの牽制を行なってもらっていたのだ。


だから、自国の軍事力を強化することを怠ってきた。



だが、二年ほど前にアルシリアは王位継承権を巡る争いによる内乱で消滅し、幾つもの小国家へと分裂。

内乱で疲弊した軍事力は更に分割され、同盟の結びなおしを図らざるを得なくなった。

だが、ティンドラだって資源には限界がある。

その上、以前ほどの牽制力を持たない小国家と以前のような同盟を結ぶ意味も失せた。


そこで初めてティンドラは自国の軍事力の強化を始めたのだが、二年程度でそう上手くいくわけもない。

その期をグラジアが逃すわけもなかった。



――とまあ、現在の状況はそんな歴史に起因しているらしい。

召喚されて一年も経たないキリにしてみれば、現実味も感慨もない。



閑話休題。



「そういうことだったのか。……ということは、こちらでもその強大な魔力の原因について調査を行わなければならないな」

「ああ。今回の交渉内容にもその要請が含まれているはずだ」

「当然だな。確かにこれは、場合によっては国民に公表して情報を集める必要がある案件だ」


その内公になるだろう、という言葉を思い出してそう続けると、彼は満足げに頷いた。

交渉的に問題あるかなとも一瞬思ったが、これは飲まざるを得ない条件の一つだろうし、構わないだろう。



さて、今ので大体の背景はわかった。

竜人側の狙いは、魔力騒ぎ……異世界からの召喚の件について詳しい情報を得ること。

ついでと言っては何だが、戦場をできるだけ里から遠ざけて欲しい旨も含まれるだろう。

これに対するティンドラ側の要求は、戦争への参加だ。


……参加の方法にもよるが、ここまで状況が進んだ今、これは現実味のない話ではない。


誰の目にも明らかな同盟を結び、一つの隊として竜人族の戦力を借りる、という話であればそれは土台無理な話だ。

だが、秘密裏にされた同盟の中で、牽制のためその名前を用いる、といった話ならどうか?

もしくは、魔法技術の提供や物資の都合などであれば?


自給自足である竜人族に物資を都合することは難しいだろうが、魔法知識の提供や魔法の共同開発などはあり得る話だ。

そういえば、魔法知識は竜人族が比較的得意とする分野だとフォミュラが前に言っていた。

付け加えるなら、この話を持ち出してきたのは宮廷魔術師であるアシュトルだ。


その線が濃いと読んでもいいかもな、と顎に手を当てる。


しかし、となると。

……ここまで解っていれば、竜人族側に揺さぶりをかけられないか?


少し考えた末、さりげなく言葉を続けてみる。



「しかし、大きな魔力反応か。私には魔力がないからよく解らないが、一体どれくらいのものなんだ?」

「……魔力がない?」

「あ、いや。あー、正しくは『ほぼない』だな。……ま、それにしても微々たるもんなんだけど」

「言われてみれば、魔力を感じられぬな。それこそないと言ってもいいくらい」

「あ、あんまり突っ込むなよ。結構コンプレックスなんだ。悲しくなるだろ」


と少し焦りを見せながら言いつつ、裏ではアゲートの懐疑的な表情にガッツポーズだ。

食いついた――というには弱いかもしれないが、『失言』と捉えてくれたと見ていい。



この世界の生物は、多かれ少なかれ、必ず魔力を持つ。

そんな中で今のキリの失言は、そして実際に魔力を持たないキリの存在は、国の内部で魔力に関する異変が起きていると言っているようなものだ。

話題の的である『強大な魔力』と結びつけるのは容易い。


嘘は吐いていないにしろ、疑惑の種には十分のはずだ。

都合よく「他人の魔力を奪う禁呪を開発してる」とか考えてくれれば儲け物。

そこまで考えが至れば、技術供与だの何だのの名目だって、竜人族を騙して強い魔力を手に入れようとしているのでは、という考えに至るのだってすぐだろう。



何事か思案しながら、アゲートは「そうか」と呟いた。

キリの言葉を素直に受けたか、それ以上突っ込んでも無駄と悟ったか、追求はない。

そしてそのまま酒を継ぎ足そうとし、酒瓶が空になっているのに気づいて肩を竦める。


そろそろ宴も闌だ。

周囲の騒ぎも少しずつ収まりだしたのを見て取ったのか、彼は軽く頭を振った。


「さて、頭の痛い話をしてしまったな。酒の席だというのに申し訳ない」

「いや、こちらこそ。長々と引き止めて悪かったな」

「交渉がお互いに有益なものになることを祈っている。……では、そろそろ失礼する」

「ああ、おやすみ。いい夜を」



喧騒から離れて建物へ戻っていく彼の背を見送って、キリは小さく息を吐いた。



さて、とりあえずやれることはやってみた。

この状況から、最初の交渉の五分という数字がどう響くか。


考えただけで、人前だというのにうっかり溜息の一つも出そうだ。



それだけではない。

というか、キリ的にはそれと同じくらいに重要なことが二つほど。



彼は、魔力反応が二回と言った。

一回目がキリの召喚だとして、もう一回はなんだ?


まさか、知らない間にもう一人誰かが召喚されていたのか?

時系列的に、一番最近の二つの月が重なる晩は、アシュトルは前線に出ていたはず。

一体いつの間に?



……あとなんか、何が世界級の魔法なんだって?

アシュトルの奴そんな凄い術者だったのか?

これ、協力者は簡単に見つけられるのか?


いやそもそも、これ、自力で帰れるのか……?




人知れず途方に暮れるキリの溜息は、遠くからの豪快な笑い声に飲み込まれて消えた。






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