19.蹴躓きそうなAメロ
さて、翌日。
今度こそしっかり味わって朝食を摂ったキリは、懲りもせずに城の中を歩き回っていた。
別にサボっている訳ではなく、暇で仕方ないわけでもない。
フォミュラに会えたりしないかな、というしがない希望の元の行動だ。
祭りの初日である今日は、開催式のあと、里の中央広場で楽器演奏などの演目が行われている。
その裏で交渉が始まるわけだが、他からも招待客がいる以上、順番がある。
ティンドラは午後から呼ばれているとのこと。
キリも最初は外交官と共に交渉の席に着こうと思っていたのだが、断られてしまった。
機密も含まれているし必要ないから、とのことだ。
職務に忠実でいいこった、と思わず皮肉の一つも出そうになる。
そんなわけで交渉の場に同席できない以上、キリにできることは少ない。
同盟の妨害――といっても、悪印象を与える言動をする、くらいしか思い当たらない。
情報を集めようと思ったのだが、意外と外交官のガードが固く、ろくな情報を引き出せていない。
せめて竜人族側の思惑さえ分かればなあ、というのが本音だ。
フォミュラと情報交換の一つもできれば、状況は大きく変わってくるのだが。
「……ま、そうそう上手くいくはずもなく」
そもそも彼がここにいるかどうかすらも怪しいのだから、当然なのだけれど。
ちなみに他のメンバーはというと、外交官は当然として、王女たちも今日は部屋で大人しくしているとのことだった。
演目でも見に行けばいいのに、と勧めてみたが、どうやら女性三人で外に出る気にはなれないよう。
キリは一緒に来ないのかと逆に聞かれ、焦りながらどうにか誤魔化して部屋を出てきた次第だ。
こりゃ里に降りていったほうが収穫もあるかもなあ、と思いながら一旦部屋に戻ろうとしたキリは、廊下の角から布の塊がぬっと出てくるのを目にした。
とはいえ流石の異世界でも布が勝手に動くわけがなく、その後ろにそれを抱えている人影。
それが見知った竜人――メイであることに気づいて、キリは声を上げる。
「メイ。前見えないだろう、それ」
「あっ、キリさん」
手の中の布の塊を持ち上げて半分ほどにしてやると、えへへと恥ずかしそうに照れ笑いが返ってきた。
「ありがとうございます!実はちょっと難儀してまして」
「はは、だろうなあ。手伝うよ」
メイの隣を歩きながら、手の中の布の塊を見下ろす。
どれも似たような色の布、大きさの服のようだけれど。
「で、この大量の……マントか?これ。どうするんだ?」
「あ、これはお客様用のマントです!お祭りの最後の踊りでは、皆これを着て仮面を付けるんですよ!」
「へ、へえ……?」
そう、祭りの本番は最後の夜に広場で行う踊りなのだとか。
火を焚いて周りで踊ったり飲み食いするだけ、とのことだったが、多分これがキリと王女の参加する『舞踏会』だろう。
彼女が手にしていたのは、フード付きの色とりどりな模様のマント。
竜人特有の織り布のため民族衣装のようでおしゃれだが、王都で流行の華奢なフリルがふんだんに使われたドレスには合いそうもない。
侍女二人の気合が泡と消えたな、と思いつつ、キリはしげしげとマントを眺める。
「この模様は?」
「これは竜ですよ。竜人は竜を崇めていますから、そんな模様が織ってあるんです」
「ほー」
言われてみれば、確かに翼を広げた竜っぽく見えないこともない。
キリの反応に気をよくしたのか、メイはさらに言葉を続け始めた。
「このお祭りも、竜を讃えて祀るためのお祭りなんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。最後の踊りも、元々は竜に捧げる舞が変化したものなんだそうです。仮面とマントも、昔の儀式で舞手が身につけていたものなんだとか」
なるほど、昔はもっときちんと儀式めいた事をしていたらしい。
この里の歴史がどれほどのものかは知らないが、長年経てば簡略化もするだろう。
と、納得するキリの隣で、メイがぺろりと舌を出す。
「……まあ、今となってはそんなの建前みたいなものなんですけど」
「え?」
思わず彼女を見下ろすと、彼女は周囲に他人がいないことを確認して。
それから、声を潜めて続けた。
「あの、お気を悪くなさらないで下さると嬉しいんですが。竜人族は、外の人と関わる機会がほとんどないんです」
「ああ、それは聞いているよ」
「だから、外の人間のことを怖がる人もいるんです。マントのフードかぶって仮面をしていれば、竜人か人間かなんて解りませんから……」
なるほど、人種を気にせず気兼ねなく交流できるってわけか。
こちらが竜人を怖がるように、竜人だって外から来た知らない人間を怖がっている。
元々が閉鎖的な種族だというのだから、考えてみれば当然のことだ。
「こちらに来た方々も、別に禁止されているわけではないのに、進んでお城から出ようとはしませんし」
「……そうだな。多分こっちもどう接していいか解らないんだよ」
「そうなんでしょうね。私とこうやってお話してくれる方も、実際あんまりいませんし」
キリさんってそういう意味では結構変わってらっしゃいますよね、と続いた言葉には、苦笑をこぼすしかなかった。
褒められているのだろうが、うっかり目立っているんじゃないかとひやひやする。
「お祭りの間中仮面とマントでもいいんでしょうけど、それはそれで普通の交流を邪魔しちゃうんじゃないか、って族長が頭抱えてました」
「ああ、そうかもな……そうだ」
ふと思いついて言葉を続ける。
「メイもよかったら、うちの姫様を誘って外に行ってみてくれないか」
「ファリエンヌ様、でしたっけ?とっても綺麗な方ですよね!」
「はは、そうだな。大陸に二つとなしと謳われた美少女なんだぞ」
あれでもな、と口の中で小さく呟く。
それには気づかないメイは、「あれ、でも」と首を傾げた。
「キリさんが一緒に行かれればいいのでは?」
「あー……明日は私は用事があってな。それにほら、女性同士でないとできない話なんかもあるだろう?」
王女付きの侍女たちもいるにはいるが、彼女たちとてお勤めに来ているだけの貴族の子女だ。
会話も堅苦しいものに終始しがちで息が詰まっているようだからと説明すると、メイも解らないなりに納得したようだった。
「わかりました!せっかくの機会ですもんね、お姫様とお話できるなんて!」
ぐっとガッツポーズで請け負ってくれたメイを微笑ましく見やりながら、キリは内心ほっとしていた。
明日辺り、退屈したファリエンヌがキリを無理やり引っ張って里へ行きたがる可能性が否定できなかったからだ。
お守りを押し付けるような真似をして申し訳ないとは思うが、キリには時間もない。
これで明日一日分の時間は確保できたかな、と明日の予定を考えつつ、キリは先を行くメイの後をついていった。
さて、そんなこんなでそろそろ夕食にも差し掛かろうという時間。
部屋に戻ってきたキリは、外交官と情報交換をしていた。
王女様は夕食に備えてお色直しの最中とのことで、侍女たちと共に準備に忙しいようだ。
隣の部屋を騒がせないように気をつけながら、ぽそぽそと小声が響く。
「キリ殿は今日は何を?」
「午前中はメイの手伝いしながら話を聞いてた。午後は図書館だな」
竜人族は他との交流がほぼないがゆえに、文化的にも独特の発展をしてきた種族だ。
折角だから調べてみようと思って、と告げれば、「勉強熱心ですね」と肩をすくめて苦笑された。
ま、実際は図書館だけでなく城の中を色々調べて回ってみたのだが。
多分今日で城内の構造はほぼ把握できた。
身を隠せそうな場所、人通りの多い場所少ない場所、あたりの目星もついた。
フォミュラの姿は、やっぱり一日探しても見当たらなかったけれど。
今日の成果はといえば、そんなものだ。
さて、ここからが本題。
「で、肝心の交渉の方はどうだったんだ?」
「……五分、といったところでしょうか。論点をまとめ直して、二度目の交渉に臨んでみます」
五分。
予想より高い、と嫌な予感に内心で冷や汗を流しつつ、キリは重ねて問う。
「その言い方だと、もう一度交渉の場を設けてくれるのか?」
「ええ。どうやら他国の招待者にも何人か、こうした交渉を行っている様子がありまして。とりあえずは彼らとの話を一度行ってからでないと返事はできない、と」
まあ、ほかの交渉の場面でうっかり矛盾する要求を突きつけられた場合、一回で返事をするのは愚策だろう。
とりあえず一度交渉の場を設けて話を聞くだけ聞いて、まとめ直したあとで再度詳細な交渉に移る、といったところか。
「……で、一回目の交渉が五分か。そう考えると、微妙な感じだな」
「ああ、流石に長命なだけあって、随分なやり手でした。フォミュラと名乗っていましたね」
思わず飲んでいたお茶を噴出したキリに、外交官はぎょっとした顔を隠さなかった。
戸惑いつつも差し出された手布をありがたく使わせてもらって、キリは表面上は冷静を装いながら椅子に座りなおす。
「……何かございました?」
「いや。すまない。うん。……知り合いでな。姉の」
そりゃいくら探した所で会えないわけだ。
キリが自由に動ける間は、外交官と交渉に当たっていたのだから。
キリの言葉を聞いた外交官が、ぱちぱちと目を瞬く。
「竜人の方と、お知り合いですか」
「個人的な、と仰っていた。……私もまさか、こんな場所で会うとは思っていなかったけれど」
ていうか、フォミュラの奴外交官だったのか。
確かに宮仕えだし、その割に頻繁に外に出かけていた理由も納得いく。
でもって恐らく、祭りの間はてんてこまいだろう。
訪ねていっても大丈夫だろうか、と考え込むキリに、外交官が声をかけてくる。
「それは残念でしたね。賄賂や秘密会談なんかを防ぐために、外交官との定められた時間以外の接触は禁じられているとの事ですので」
「……へえ、そうなのか」
「昼食や朝食にも姿がなかったでしょう。祭りの間だけという話ではありますが、随分大変そうでした」
多分夕食にも出てこないと思いますよ、とご丁寧に付け加えてくれる外交官。
「そりゃ残念だ」と相槌を打ちながら、キリは顔が引き攣りそうになるのを頑張って抑えていた。
この場に外交官さえ居なければ、隣部屋に王女たちがいなければ、きっと全力で叫んでいただろう。
――神様のばかやろう、と。




