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霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
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18.手探りなイントロ



真っ白な世界から現実へと引き戻されるのは、一瞬だ。


どこぞの城の中のような、石造りの大きな広間。

その中央にある魔法陣に転送されたキリ達は、目を瞬きながら辺りを見回した。


と、少し離れた場所から、一人の少女が近づいてきた。

十代半ばといった年頃だろうか、ヴィルより少し年上に見える。

転送されてきたキリ達一行と視線を合わせた彼女は、にぱ、と笑顔を浮かべる。


「こんにちは。竜人の里へようこそ!」


優雅さを尊ぶ貴族ばかりの城ではお目にかかれない、とても元気のいい挨拶だ。

侍女たちがぽかんとしているのが解って、キリは内心苦笑した。


「お部屋の方へご案内します。えっと、ティンドラ王国の皆さんでよろしいですか?」

「ああ、そうだよ」

「私はメイと申します。お祭りの間はお城にいますので、里やお城の案内とか、お茶が欲しいとか、お役に立てるようならお声をかけてくださいね!」


「じゃ、こっちです!」と広間の出口に進んでいく彼女の後を追いつつ、キリは周りを観察する。


石造りの壁に高い天井、深い真紅の絨毯と飾り気の無い通路。

フォミュラの住んでいた別荘を思い出す光景だったが、人の気配の多さは比べ物にならない。

外の様子はまだわからないものの、里自体の規模もキリの過ごしていた里とは段違いであることは想像がついた。


忙しそうに廊下を駆ける数名とすれ違いながら、キリ達は廊下を進む。



そうして案内された部屋は、二部屋続きになっていた。

入ってすぐの部屋にはソファと机があり、奥の部屋より少し広くなっている。

奥の部屋には簡素ながらも鏡台が設置してあったため、恐らくあちらが女性用だろう。

寝台の数はそれぞれの部屋に三台ずつと、少し余裕のある作りだ。


キリの暮らしていた里の水準から考えて、これは驚くべきことだ。

材木はそのへんから切り出せばいいにしろ、布でさえ里では手織り以外の方法がない。

シーツに毛布にと寝具を一式用意するだけでも、随分な大仕事だ。

キリだって、前の住人が残していった寝台をそのまま使っていたのだし。



まあ、それはともかく。

そんな状況からしても、恐らくこの寝台たちは外から手に入れたものだ。

そして、明らかに里の外から客人が来ることを想定して用意してある。

ついでに言えば、真新しいわけでもない。


ということは、祭りの際に公式に外から人を呼ぶことは以前からあった習慣なのだろうか?

祭りに人を呼ぶというのはフォミュラに聞いていたが、個人の伝手を辿る範囲だと思っていた。

最初の印象との違和感に首を傾げるキリの隣で、外交官がメイに問いかける。



「ところで、我々を招待してくださった竜人族の長の方は?迷惑でなければご挨拶申し上げたいが」

「あ、えーと……族長はお城にはいないんです。多分今は、お祭りの最後の準備を手伝っているんじゃないでしょうか」


自分で手伝いに行くとは、なかなかアクティブな族長さんだ。

お堅い印象は元々あまりなかったが、キリの中で段々と族長の威厳が薄れていく。

まあ、事前の説明通り、あまり上下関係が厳しくないことの表れだろう。


「では、夕食までご自由におくつろぎください!」

「あの、里には自由に出ていってもいいのでしょうか?」

「構いませんけど……お祭りは明日からなのでまだ準備中ですよ?まあ、それでもよければご案内しますので、その際はお城にいる者に是非お声をかけてください」



そうして部屋を出ていく彼女を見送り、キリ達はそれぞれ部屋に落ち着いた。

やれやれとばかりにソファに腰を下ろす王女と、机に資料を広げ出す外交官。

休む間もなく王女の荷物を広げにかかる侍女二人。

彼らを眺めて肩をすくめ、キリは部屋を出るため踵を返す。


「さて、荷物も置いたしちょっと散歩に出てくる。折角珍しい地に来られたんだし」

「いってらっしゃいませ。私は明日の会合に向けて資料の読み込みでもしておきますよ」


ひらりと手を振る外交官の返事を聞きながら、キリは扉を閉めた。

人気のあまりない廊下を歩きだしたキリは、窓の外に視線を移す。


窓からの風景だけではあるが、印象としては、規模の大きい村といったところだろうか。

キリの暮らしていた里を三回りくらい大きくして、物資がもう少し豊かになった感じだ。

今はお祭りの準備でてんてこまいなのか、外で働く人々の姿もちらほら見える。



里を見て回っておきたい気もするが、城内の把握もしておきたい。

どうしようかなー、と悩みながら廊下を進むキリの耳に、「あれっ」という声が聞こえてきた。


視線を移すと、茶器の乗ったお盆を持つメイの姿。

部屋に案内されて終わりかと思ったら、どうやらお茶を用意してくれていたらしい。


「もうどこか出かけられるんですか?」

「ああ、ちょっと城の中でも見て回ろうと思ったんだけど」

「それならご案内しますよ!ちょっと待ってくださいね、お部屋にこれだけお届けしてきます」


そう言うと、彼女はキリの返事も待たずに廊下の向こうへ消えていった。

その後ろ姿を見送りつつ、キリはぽりぽりとこめかみを掻く。


気合が入っているのか他に理由があるのか、どうも彼女は自分たちに構いたがるようだ。

下見に案内がつくのは好都合なのでキリとしては別に構わないのだが、少し引っかかる。


外からの客人は、引きこもっている竜人たちにとってみれば未知の存在だ。

招待客と竜人とのトラブルを懸念しているのなら、おかしくはないのかもしれないが…。

実は案内役という名目の監視役とか、そういうこともあるのだろうか。


そんな益体もない思考は、やがて戻ってきた彼女の「お待たせしました!」という声に中断される。


「じゃあ、ご案内しますね!……といっても、お城は普段あんまり使われていないんです。だから、あんまり面白いところもないんですけど」

「まあ、散歩でもしようかなと思っただけだから。というか、メイはいいのか?ほかのお客さんの出迎えとか、他に仕事があるんじゃないか?」

「あ、大丈夫です!実は到着されたのは皆さんが一番最後で、私この後はなんにもお仕事ないんです!」


好きなだけ連れ回していいんですよ、と気合を入れる彼女に、他意はなさそうだ。

例え監視役だったとしても、彼女自身にそのつもりがあるようには見えない。

何よりその純粋な笑顔につられて、キリも自然と笑みを零していた。


「そうか。じゃ、お願いするよ。折角だし、この里の話を聞かせてくれないか?」

「はい、お任せ下さい!」


じゃあこっちです、と廊下の向こうを差して張り切って歩き始めるメイの後ろを、キリがのんびりついていく。

出会って間もないとはいえ、他愛の無い会話をしながら歩く二人の姿は、もしかしたら兄妹のようにも見えたかもしれない。
























「……で、随分遅いお帰りだったんですね?」

「いや、はは……」


あの後。

ついメイとの話に夢中になってしまったキリは、危うく夕食を食いっぱぐれる所だった。

ギリギリ間に合ったものの、王女と外交官からの白い目を受けながら慌てて食べた食事は、味もよくわからなかった。残念極まりない。


彼女も慌てて家に帰っていったが、夕食は無事取れたのだろうか、と考えていると、共同浴場から帰ってきた王女と侍女二人が部屋を通り過ぎていく。

王女からちらりと視線を送られた気がしたが、顔を上げると同時にふいっと視線を逸らされてしまった。


締まる扉を怪訝そうに見つめるキリの反対側のソファで、資料を広げた外交官が口を開く。


「どこまで行ってきたか知りませんが、そんなに面白い場所がありました?」

「ああ、図書館なんかは予想してたより大きかったけどな……」


とはいえ印象としては、小さな学校の図書館が一番近いだろう。

まあ、それでもキリが予想していた資料室よりはだいぶ規模が大きかった。

流石に王都の図書館には見劣りするが、この規模の里であれだけの図書館があれば十分だろう。


「ま、でもそんくらいだろうな。建物の造りは独特で面白かったけど」

「そうですか。まあ、見た限り竜人族は質素に暮らしているようですしね」


余計な装飾のない室内を見回しながらの言葉に、キリは苦笑して肩を竦める。



まあ収穫はともかく、色々と面白い話は聞けた。

予想通り、この祭りはずっと昔からのもので、竜人たちにとっては外の人の話が聞けるまたとない機会なのだとか。

とはいえ、その人たちがお祭りの時に里に出てくることはあまりないから、祭りで世話役に選ばれでもしない限りはお話もあまりできないのだとか。

だから今年世話役に選ばれたことが、とても嬉しかったのだとか。


それと、年齢相応にくるくると変わる表情でそんな話をするメイは、相応に好奇心も強かった。

折角だからと外の世界の話を聞きたがる彼女への対応は、この世界での生活歴半年程度のキリでは明らかに力不足。

助けを求めるような気分で、何の気なしにキリは言葉を続ける。


「少し意外だったけど、外の世界に興味がある竜人も結構いるみたいだな。祭りの機会を楽しみにしている人も多いって話だし、外のことも色々聞かれたよ」

「へえ。まあ、生まれてからずっと里の中で暮らしているなら、そうなのかもしれませんね」

「お前だって、空き時間ずーっと資料とにらめっこじゃ息が詰まるだろ。時間があるなら外に出てって、誰かの話し相手にでもなってやったらどうだ?」

「……そう、ですね」


どうも歯切れの悪い返事が返ってきて、首を傾げる。

資料を読みながら話に相槌を打っていたはずの外交官は、いつの間にかキリを見ていた。

眩しいものでも見るかのように目を眇める彼に、キリは怪訝に表情を染めた。


「どうした?」

「いえ、貴方はやはり大物だなと思いまして」

「……なんだよいきなり」

「私のような者にしてみれば、当然のように一人で外に出ていける貴方の神経の図太さに感嘆を覚えざるをえませんので」

「それ褒めてないよな。……って、どうしてだよ?」


魔境にいるわけじゃあるまいし、と首を傾げるキリを、外交官は珍しいものを見るような目でまじまじと見つめて。


「貴方は、怖くはないのですか?」

「怖い?」

「部屋を出れば、世界有数の力を持つ亜人、竜人たちに囲まれることになるのですよ?……いえ、これから彼らに対して交渉を行う私が怖気づいている場合ではないのですが」



思いがけない言葉に、目を瞬く。


キリが竜人たちに対して恐怖を覚えたことは、誇張なしに全くない。

助けてもらったことやお世話になったことは数あれど、彼らがその高い魔力や身体能力で誰かを害することなど考えもしなかった。

里で暮らしていた時だって、生活に必要な分を必要なだけ使っているのを見るくらいだったのだから。


唯一それ以外を見たとすれば、ヴィルがキリに仕掛ける悪戯の一部くらいだろう。

それだって、ラフレローズの一件からはごく大人しいものになっていた。


「そんなに気にすることか?確かに竜人族は力も魔力も強いけど」

「ではお聞きしますが、お城を歩いていて竜人以外の者たちの姿は見られました?」

「……いたことは、いたけど」


ただ、キリのように一人で出歩いている人間は見なかった。

それを聞いた外交官は、当然とでも言いたげに頷く。


「一対一は当然として、三対一だって抵抗できるかどうか。そんな相手がわらわらいる見知らぬ土地で、一人で出歩こうと思う者はそういないと思いますよ」

「言葉が通じないわけじゃないんだぞ?」

「そういう問題じゃないんですよ。……まあ、キリ殿は腕も立ちますからね。そういう意味での不安はあまりないのかもしれませんが」

「……」


先ほどとは打って変わって、沈黙を返すのはキリの方。

眉根を寄せて考え込むキリの顔を見て、外交官は苦笑して付け足した。


「別に、取って食われるかもしれないと心配しているのではないのですよ?」

「……そりゃそうだ。馬車の中でも言ってたじゃないか」

「ええ。ただ、実際に彼らの姿を目の前にして、その力を意識しないことは難しいでしょう」


そうだろうか、と疑問に思うのは、キリが同様の身体能力を持っているからなのだろうか。

それとも、イシュやフォミュラを友人として知っているからなのだろうか。

黙り込むキリを諭すように、言葉は紡がれる。


「例えば、初めて会う人間が抜身のナイフ持って笑顔で立っていたら、その人と一対一で話をしようと思います?」

「……そりゃ怖いけど」

「怖いでしょう?例え相手にナイフを使う気がなくても、力なんて持っているだけで意味があるんですよ。印象で物を語っていることは否定しませんが、本能的な恐怖はどうしても先に立ってしまいます」


特に、と彼は付け加えた。


「今回、私たちはただの客ではなく、ティンドラという国家の代表として招かれています。彼らは隣人であって交渉相手。敵ではありませんが、味方でもありません」


そう考えるとどうも、積極的に友好を深めるという気にはなれないのですよね、と締めくくって。

真面目な話はこれでおしまいとばかりに、外交官はトントンと音を立てて机の上で資料を揃えた。



「まあ、私はともかく、王女や侍女のお二人は慣れない土地で不安も大きいでしょう。きちんと守って差し上げてくださいね」

「あ、ああ」



頷きを返しつつ、キリは何ともいえない深い溝を見た気分で視線を逸らした。


これでは、万が一協力体制を取り付けられたところで、うまくいくかどうか。


喜ぶべきか憂うべきか。

複雑な気分を持て余しながら、キリはこれからのことを思ってため息を吐いた。





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