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霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
39/92

15.ほんと勘弁してください。



アシュトルが同盟相手に竜人族を持ち出してきた、という話がキリたち親衛隊の元へ流れてきたのは、翌日だった。



昼ごろに流れてきたそんな噂を聞いて、は?と上げそうになった声を、キリは慌てて押さえ込んだ。

いや、キリが押さえ込むまでもなく、周囲からは盛大にそんな声が上がっていたのだが。


「正気か?」

「いや冗談でそんなこと言う奴か」

「いやいや正気なら尚更達が悪いだろ」

「そもそも戦況はそんなに悪いのか?」

「今のところそこまでの被害は出ていないはずだ、そこまでの助けが必要か?」


いやそうなる前に根回しは必要だ、それにしても荒唐無稽な話だ、その他諸々。

わいのわいのと周囲を飛び交う言葉の矢の中、キリは一人ぽかんと突っ立っていた。


頭を巡るのは、アシュトルが発したという言葉、その真意。



つまり、アレか。

ティンドラは、竜人族を、この戦争に引っ張り込むつもりなのか?



竜人族は基本的に、他の種族と交流しない。

外交?何それ美味しいの?とばかりに、自分達一族だけでマイペースを貫いている。

公式に族長や外交官が他国を訪問することはないし、また他国からの訪問も受け入れていない。


つまり、戦争に関与する事もしないし、また自ら戦争を起こすこともない。

いわば中立の立場なのだ。


それを可能としているのは、圧倒的な力の差と、里の情報の徹底的な秘匿。

他の種族の追随を許さない身体能力と高い魔力、空を翔る翼は、畏怖と憧憬こそ集めるものの、喧嘩を売ろうと考える者はほとんどいなかった。

ついでにどこに住んでいるのかも解らなければ、喧嘩をしかけることもできない。

つまり、戦争の相手としては視界の外に等しかった。



だが、そこに何がしかの理由をつけて、味方として戦争に参加させる事ができれば。

それはもう、勝利と言ってもおかしくない快挙だろう。


だが、これだけ長い間外界に沈黙を保ってきた竜人族を、そう簡単に引き込めるか。

そう問われれば、答えは間髪入れずにノーだ。

性悪魔法使いが鼻で笑うレベルである。



…だが。

今回は、その性悪魔法使いアシュトル、本人こそが発案者。


気に食わないが、奴は相当の食わせ物だ。

彼がそう言うということは、そこに勝算があるということ。

例え、同盟を組むことそれ自体が目的でなかったとしても、だ。



それを鑑みると、この状況における彼の発言は単なる妄言というわけでもない。

だからこそ、周囲も困惑している。




まず、時期が時期だ。


基本的に竜人族は、里に他者を招き入れない。

里の場所が漏れるのを防ぐためと、単純に外との交流がないからだ。


ただ、例外がある。


それが、年に一度行なわれる、竜人族たちの祭りだ。

この時だけは、限られた者だけではあるが、竜人族以外の者たちも里に招かれる。


竜人族は確かに、ひっそりと隠れて暮らしている。

キリの世界で言う永世中立の立場なのだが、だからといって外界との関わりが皆無なわけではない。

むしろ彼らは自分達を守る為に、情報収集を欠かせないのだ。


どこが戦火に飲まれているのか、どの国が軍備を増強しているのか。

世界各地に点々と隠れ里を持つ竜人族たちは、だからこそ仲間を守る為に情報を欲している。


だから、表向きにではなく、こっそりと外界の伝手を辿るのだ。



そういうわけで、この時期に限れば、竜人族と接触しようと思えばできるはずなのだ。

うまいこと祭りに潜り込めさえすれば、の話だが。



そしてこんな提案をしてくる以上、アシュトルにはその算段がついているんじゃないかという予感がひしひしとする。

どんな手段を使ってくるかはわからないが、奴の事だからそこそこぶっとんだ方法で。



……頭が痛い。

考える事が多すぎる。



内心頭を抱えて座り込みたくなったキリだが、その奇行には及ばずにすんだ。

唐突に、ズバンといい音を立てて背中を叩かれたからだ。


「ぐえっ」

「キリ、聞いてるのか貴様」

「何だ急に!人が考え事してんのに!」

「のんきに考え事してる場合か!午後の当直だろう、とっとと行ってこい!」


どうやら、いつの間にか昼休憩の時間は終わっていたらしい。

まだ食堂に残っているのは、腕を組んで睨むコーネルとその後ろで待機している当直のメンバーくらいだ。


「あ、もうそんな時間?」

「ぼーっとしすぎだ。付き合いきれんな」


目を瞬いて頬をかくキリに溜め息を吐いて、コーネルはさっさと踵を返した。

その後姿を見送って、キリは待たせていたメンバーに詫びを入れつつ食堂を後にする。


とりあえず目下に迫ったグラジアへの報告内容をどうするか、頭を悩ませながら。













――そして、翌日。

欠伸をしつつ午前中の訓練に出てきたキリは、その途中でコーネルに呼び出された。

確か奴は今日は休日だったはずだが、と首を捻りつつ寮に戻ると、何故か応接室に通される。


誰か尋ねてでもきたのかと胡乱げな表情で入室したキリを待っていたのは、コーネルとティンドラ王国の宰相だった。

この国の宰相は御歳60近くになるお爺ちゃんだが、いつでも背筋がピンと伸びて堂々とした立ち居振る舞いを崩さない、元気なお爺ちゃんだ。

そろそろ後継者を探せという声も聞こえてくるが、まだまだ現役を譲るつもりはないようだ。


珍しい訪問者に目を瞬くキリに座るよう指示し、宰相は一つ咳払いをして話を始めた。


「突然訪ねてすまなかったの。実は先日話題になった竜人族との同盟について、話があっての」

「ああ、アシュトル第三特務隊長が言い出したとかいう」

「うむ。まあ外交室は偉い騒ぎじゃったが、昨日の夜にようやく一段落ついたと報告があった」

「……ということは、やはり」


眼光鋭いコーネルの言葉に、宰相は重々しく頷いた。


「詳しい経緯は省くが、同盟要請のための目処はついたのじゃ。問題はその為の人選なのじゃが」


人選?

外交官だけじゃ駄目なのか、と首を傾げるコーネルとキリをとりあえず無視して、宰相は言葉を続ける。



「相談の結果、竜人族に対する同盟要請には、ファリエンヌ王女と外交官が出向く事となった。それに伴って、第二親衛隊より一人護衛を付けたいとのことなのじゃ」



沈黙。

なんだそりゃ、と言いたげな表情ではあったものの、コーネルが何とか答えを返した。


「……どのようなお話かは解りました。任務と仰るなら選抜しましょう」

「うむ、それについてはもう少し後で説明しよう。……その前にキリ、聞きたいことがあれば答えられる範囲で答えようかの」


どうやらコーネル以上に納得いかない顔をしていたらしい。

平常心平常心、と心の中で唱えながら、キリはお言葉に甘えて口を開く。


「恐れながら、まず一つ。何故ファリエンヌ様が同行されるのでしょうか」

「やはりそこじゃろうな。……多少機密事項が含まれるゆえ詳しいことは言えないが、今回竜人の里を訪問する機会を得られたのは、竜人族の里で祭事が行なわれるからなのじゃ」

「祭事……ですか」


おうむ返しにするコーネルの声音は、多分に戸惑いと疑問を含んでいた。

当然ながら、竜人族に関する情報はほとんどが秘匿されている。

外部の人間を招くとはいえ、祭りのことはこの世界に生きる人々のほとんどが知りもしないはずだ。


「その祭事に、ファリエンヌ様が関係するという事ですか」

「祭事に限らず、式典といえば舞踏会は付き物じゃろ。竜人族の里でも、例外ではないようでの」

「……なるほど。そうなるとファリエンヌ様以外にはいらっしゃいませんね」


苦々しげに頷くコーネルの隣で、キリも今更ながら納得していた。



つまり、式典そのものではなく、その後行なわれる舞踏会に出席してもらうパートナーとして同行するということか。

この世界では、例えどのような経緯で開かれるものであっても、舞踏会に出席するにあたっては異性のパートナーを連れて行くのがマナーだ。

今回の場合、外交官が男性なので女性のパートナーが必要となる。


そして、今回は目的が目的だ。

外交官が国の代表として赴く以上、パートナーもそれに相応しい身分のものでなければならない。

ついでに、未婚であることが絶対条件だ。


第一王女は既に、彼女の親衛隊である第一親衛隊の隊長と正式に婚約を交わし、結婚式を挙げている。

現在のティンドラ国王には息子が一人、娘が二人いるだけなので、そうなると選ばれるのはファリエンヌしかいないというわけだ。



――と、言っても。



複雑な表情のキリに変わり、コーネルが代弁してくれた。


「……あの、一応ファリエンヌ様にも婚約者はいるのですが」

「ああ、キリ。君を呼んだのもそれが理由なのじゃよ」

「は、はあ」

「キリ、今回は君も護衛兼代表として同行し、ファリエンヌ王女と共に舞踏会に出席してもらう」


…ん?


「ファリエンヌ様は、外交官殿のパートナーとして赴かれるのではないのですか?」

「外交官は舞踏会には参加せん。あくまで実際の交渉役じゃ」


つまり、実際の交渉役と、表舞台に立つ為の顔役を分担しようという話か。

まあ確かに、それは別段マナー違反でもない。

顔役として王女という立場の者が赴くならば、その選択が自然でもある。


ただ、


「それならメリアナ王女殿下とユリウス第一親衛隊隊長殿でも構わないのでは?」

「ユリウスは現在、最前線で指揮官の任に就いておる。前線から呼び戻すのも、のう」


なるほど、そういう理由か。

確かに、指揮官を前線から連れ戻すわけにはいかない。


ちなみに、第一王子殿下にも正妃はいないが、王位継承権第一位ゆえの正妃争いがある。

今回、数多いる側室から一人を選んで後宮を騒がせることは避けたいはずだ。


難しい顔で黙り込んだキリに、宰相は「何、そう難しい話ではない」と続けた。


「舞踏会は祭事の最後の催しとして行なわれるのが通例じゃ。同盟に関する交渉は舞踏会の前に決着がつくじゃろう。おぬし達はただ、ティンドラ王国の代表として舞踏会に出席して帰ってくればよい」


……簡単に言ってくれますけど、結構責任重大ですよね?

と言いたい気持ちを押さえ込んで、キリは「解りました」と頷いた。


「任務了解しました。出発はいつ頃になりますか」

「四日後の朝となった。それまでに準備をしておくように。……コーネル、そういうわけで選抜の必要はない。キリを連れて行くが問題ないな?」

「ええ、全く問題ありません」


椅子から腰を上げて臣下の礼を取るコーネルに習って、キリも片膝をついて頭を垂れる。

満足したように頷いて、宰相は「よろしく頼むぞい」と一言残して部屋を去っていった。



足音が遠ざかっていくのを聞きながら、キリは礼を解いて最寄のソファに沈み込んだ。

眉間に皺を寄せて自分を見下ろすコーネルの視線を感じながら、ぼそりと呟く。


「……正直もう勘弁してほしい」

「……ファリエンヌ様を貴様なんぞに任せねばならんとは……」

「お前行って来いよ。私副隊長代理で留守番してるから」

「ぬかせ」


隊長が不在の間のまとめ役として抜擢されたのだから、副隊長が留守にするわけにはいかない。

非常に悔しい思いをしているだろうコーネルを慮って行なった提案は、即座に却下された。


本当に譲り渡してやれればいいのに、と現実逃避をしながら、キリはでっかい溜め息を吐いた。





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