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霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
38/92

14.どころか二難三難四難ってもういいよ!





ティンドラの城を、文字通りの波乱が襲ったのは翌日だった。


それは、会議で同盟相手のリストを見たアシュトルの一言。

リストを一瞥し、彼はまず外交官に対して「足りませんね」とのたまった。



「アルシータに断られたのは当然として、このような小国群ではグラジアの相手は難しいでしょう」

「しかし、背面を突くことができなければ奇襲はできぬだろう」

「地理的な問題はそうですが、それなら一国で十分です。そもそも内乱で小国へと分割された際に、この小国家群の軍はだいぶ縮小されているはず。不意をついてグラジアを撹乱させるには心もとない数です」

「国家群に手を組んでもらえば、」

「元々あの辺りは内乱で分割した国々ですよ?あと数十年も経てばともかく、今手を組ませるのは国民の感情的に至難だと思いますが」


そのあたりの指摘は確かに真っ当だ。

外交官たちもそこは懸念であったのだろう、指摘に対しては反論せず、意見を求めた。


「では、どうしろと?」

「助力を請うのであれば、他にも適当な者達がおりましょう。至急密使を飛ばすべきです」


次の一言は、多分、そこにいた誰も予想だにしていなかったはずだ。




「竜人たちの隠れ里へ」













パチッ、と、暖炉の薪が弾ける音が響いた。

天井の高い石造りの屋敷の一角、ここの唯一の住人がリビングとして使っている小広間。

赤く燃える暖炉の傍の椅子に腰掛けて、フォミュラは書類に目を通していた。


時折資料を捲る音が響く以外にはしんと静かな広間に、


「……一月、か」


ぽつりと呟いた一言が消え去っていく。




キリからの連絡が途絶えて――そして、キリ・ルーデンスが生還したという報があってから、一月。

静けさを取り戻した村は、今日も一部を除いていつものように回っている。


姿を消したキリについては、最初の頃はよく村の中でも話題になった。

村の人々がキリ・ルーデンスを知らない以上、少し長旅に出ることになったと説明する他なかったが、フォミュラ自身詳しいことは把握していない。

困り顔のフォミュラを見かねたか、最近はあまり話題にも上らなくなった。


……それでも一部、彼女に関してうるさく騒ぐ者もいるわけだが。


ふ、と彼にしては珍しい溜め息を吐いたところで、



「フォー!」



黄金の瞳を吊り上げてどすどすと広間に入ってきたのは、イシュだった。

彼こそが一部の例外のその一であり、キリの話題に唯一口を出す人間でもある。

この一月の間、彼は帰ってこないキリに怒り心頭になりつつも、彼女の代わりに畑の世話を続けていた。


まあ怒り心頭といっても、その大半は心配から来るものだとフォミュラは見ている。

帰ってこないことに怒ってはいるが、実際に帰ってくればそれだけですっ飛んでしまう程度のもの。


…ただ、今彼の瞳を吊り上げさせているのは、もっと別の理由だろうが。


「どうした?」

「キリからお前に手紙来たんだって?何で言ってくれないんだよ!」

「……誰にも言ってないはずなんだがな」



祭りの準備の合間を縫って、ルーデンスとして王都に帰ったならもしかしたら、という希望を持って見に行ったティンドラ王都近くの拠点。

そこで見つけた手紙に、フォミュラは全身の力を抜かざるを得なかった。


ルーデンス家の長女、カナートとは旧交があり、彼女はフォミュラとの連絡の取り方を知っている。

キリもそれを知っているし、連絡がくるならその筋からだろうと踏んだフォミュラの考えが功を奏した形だ。


とはいえ、その内容に頭を抱える羽目になったのは予想外だったが。



「ヴィルが言ってた。執務室で差出人がキリの手紙見つけたって」

「……執務室には入るなとあれほど言ったのに。まったくあいつは……」


見せろ見せろとプレッシャーをかけてくるイシュから視線を逸らしつつ、フォミュラは考える。


あの手紙に、具体的な言葉は入っていなかった。

多分、カナートに見られることを警戒してのことだろう。


それならば、見せてもさほど大きな問題はないし――イシュには多分、見る権利もある。



「…少し待っていろ」



溜め息を吐いたフォミュラは、渋々と立ち上がって広間を後にした。

ややあって戻ってきた彼は、手にしていた封筒をイシュに差し出す。


受け取ったイシュは、宛名が確かにキリからであることを確かめて、折り畳まれた便箋を引っ張り出す。

そして、開いたそれに視線を落とし――目を瞠った。


「……なんだよこれ」

「そういうことなんだろう」

「意味解んねーっつーの!!」


がなるイシュを宥めつつ、フォミュラはその手紙に視線を落とした。


キリから届いた封筒の中身は、一枚の羊皮紙。

そこにあったのは、たった一文だった。




『ありがとう。あと、ごめん。多分、そっちには帰れない』




数日前にフォミュラを絶句させたその言葉が、今度はイシュを憤慨させている。

つくづく波乱を呼ぶ奴だと内心呆れつつ、フォミュラは彼の動向を見守った。


「ていうか、帰れないって…」

「……まあ、キリは地図上のこの場所を知らないからな」

「そういう問題と違うだろ、これ?」


はぐらかそうとした意図を感じ取ったか、ジト目でフォミュラを睨むイシュ。

そこに明らかな不満を感じ取って、フォミュラは溜め息を吐いた。


「……私たちが何をしてやれる?」

「……」

「彼女に何があったか知らないが。私たちの手の届かないところへ行くことを選択したのは、キリだ」


聞き様によっては酷い言い方だが、フォミュラにしてみればこれ以外に言いようはない。

鳥篭の中なら保護もできようが、鳥篭を出た鳥を追いかける余裕まではないのだ。

戻ってくるならともかく、戻ってこられそうにない、という手紙が来た以上、キリは当分戻ってこない。

とするならば、フォミュラにできることはない。


「私に時間があれば別かもしれないが、祭りも近い。…あと二週間もないのだからな」

「……っ」


けど、とか、でも、とか。

そんな風に動こうとしたのだろう唇は、結局真一文字に引き結ばれて音を発する事はなかった。


そんなイシュの横顔を眺めながら、フォミュラは一つ溜め息を吐く。


「そう心配してやるな。別に戦争の真っ只中に放り込まれてるわけでもないんだ。またひょっこり顔を出すさ」

「……そう、かな」

「キリならば、『余計な心配する前に自分の心配しとけ』とでも言うんじゃないのか」


見慣れたキリの呆れ顔でも想像したのだろうか。

そうかもしんないな、と頬を緩めるイシュに、フォミュラは内心ほっとしながら席を立つ。


「茶でも入れよう。わざわざ走ってきたんだろう」

「ん」


少しは安心できたのか、素直に椅子に腰を下ろしたイシュを尻目に、フォミュラは広間を出た。

この場では決して口にできないそれを、ぽつりと胸中のみで付け加えながら。



――多分すぐに頭の痛い再会ができるだろうがな、と。







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