12.なんとか丸く収めましょう
話を聞き終えたコーネルは、腕を組んで渋面のままキリを見返していた。
話の最中は赤くなったり青くなったりと忙しかったが、説明が終わった時にはだいぶいつもの冷静さが戻っていた。
突拍子もなさすぎてリアクションできなくなったのか、あるいは常識を期待することを諦めたのか。
前者であることを期待したいが、後者でもまあ仕方ないだろうなと、キリでさえ思う。
まあ、それはともかく。
「…まとめると、つまり」
口を開いたコーネルは、なんとも言えない表情で言葉を続ける。
「お前は、ファリエンヌ様の婚約者役をさせるために連れてこられた、一般人の冒険者だと」
「そう。女性を選んだのは、どう転んでも間違いが起こらないように、って話だった」
「で、お前が協力してたのは、行方不明の家族を探す助力をしてくれるって約束があったから」
とまあ、したのは大体そんな説明だ。
ここを出て行くまでは、そういうことにしておく。
ちなみに、異世界とか召喚云々の話は全力で伏せさせてもらった。
ややこしくなる上に、王女と魔法使いが秘密裏に国家機密級の研究をしていたことまでばれてしまう。
キリ個人としては別にそれでもいいのだが、うっかり話の出所が公になったりしたら全力で国に殺される。
コーネルはといえば、そんな説明でも一応納得はしたらしい。
説明を聞いてなにやら考え込んだ後、ぽつりと呟く。
「…その話が本当だとしたら」
キリに向けられる視線は、未だに戸惑いを含んだもの。
けれども、どこか今までの険は取れているような、そんな感じがした。
「お前、どうして戻ってきたんだ?一度死に掛けたんだ、必ずしもここにいる必要なんかない。人探しくらい、他でだってできるだろう」
ほらきた。
こいつ、妙なところで鋭いんだ。
ミストとして会った時もそうだったけど、観察力とか頭の回転は悪くないんだよな…。
と、内心遠い目をしつつ。
キリは、わざとらしく一つ大きな溜め息を吐いてみせる。
「忘れ物したんだよ」
急だったからな、と。
ちらりと煽るように視線を投げてやれば、気まずそうに目が逸らされた。
それに乗っかるようにして、キリは言葉を続ける。
「替えが利くようなもんじゃなかったから、取りに来ざるを得なかったんだ」
「ということは、やはり近いうちにここを去るつもりか」
「まあな。戦争に乗じて行方を眩ますつもりだった、ってのは、お前が考えたとおりだ」
一つ溜め息を吐いて。
「ほんとは、こんな騒ぎにせずに、静かに取りに来られれば良かったんだけどな。一回失敗して、諦めたんだ」
「失敗?……じゃあ、あの時のミストという冒険者は――」
「私だよ。ちょっと迷ったフリして入り込めば、忘れ物の一つや二つどうにかなると思ったんだけどな。その頃にはもう、私の荷物は引き上げられてただろう?」
人の出入りが多いこの城より、ルーデンスの屋敷に潜入する方がよっぽど難しい。
それで諦めて『キリ』として帰ってくるつもりになったのだと言えば、コーネルは腕を組んで黙り込んだ。
部屋に沈黙の帳が落ちる。
納得したのか思案しているのかわからないが、コーネルが疑問を差し挟むといった事はない。
とりあえずこのまま有耶無耶にできれば一番と、キリは再び口を開いた。
「……で。だな。ここまで話したんだ。一応言っておくが、他の誰かには――」
「……ふん。黙ってろって話だろう」
「是非そうしてくれ。これは貸しでいいからさ」
「……」
掌を合わせて懇願してみると、なんとも言えない渋面で見返された。
まあ確かに、借りなんて作ったところで返す宛てもないわけだけど。
「それとも、話すか?まーお前にとっちゃ、その方が邪魔者も少なくなるんだろうけど」
「するか。……そもそも、ファリエンヌ様が望んだことなんだろうが」
「まあ、そうだな」
「だったら俺が文句言えることじゃない」
まんまと騙されたことには、腹が立たないわけではないが。
そう溜め息を吐くコーネルからは、今までのキリへの敵意がすっかり抜け落ちているように見えた。
張り詰めていた空気も霧散して、どことなく脱力した雰囲気が漂っている。
…まあ、恋敵だと思ってたら相手にもならないような相手だったとなれば、そうもなるか。
「ま、安心しろよ。王女に同性趣味はないし、私だって女相手はゴメンだ」
「当然だろう。……偽装というなら、同性であるのも納得できる」
お陰で心底驚いたがな、と据わった目を向けるコーネルに、キリは肩を竦める。
元はといえば自分の危機管理の拙さが原因なので、その辺りについては触れるまい。
「そもそもお前、秘密で動くならもっと気をつけろ。暗い場所で顔など見えん。偽装するなら仕草や歩き方、声から変えるべきだ」
「ああ、声は考えなかったな。…しかしあの時は焦ったなー。気付かれたかと思って」
「……警戒心が足りない。あれでは怪しまれたって仕方ないぞ」
「にしてもあれはないだろ。初対面の相手にいきなりナンパかと焦ったぞ」
にやにやと笑うキリを、コーネルは忌々しげに睨んだ。
そりゃ黒歴史だろうなあ、大事なところで噛みやがったし。
「お前はもう少し女性に対する免疫を付けるべきじゃないのか?」
「うるさい黙れ。言っておくが、俺は貴様のような馬鹿力を女性とは認めない」
「うっわ、横暴」
竜人族の女性たちに袋叩きにされるぞ。
――とは流石に言わなかったものの、全世界の力持ちさんを敵に回したのは間違いない。
まあコーネルたち貴族にしてみれば、女性とは貴族のお嬢様方のようなか弱く美しい人の事を指すのだろうけれど。
世の中には色々な女性がいるという、いい勉強にはなったに違いない。
……今回の事を教訓に、あの王女の二面性にも気付いてくれると楽しいんだけど。
さて、そんなこんなで。
とりあえず話に一段落つけたキリたちは、先ほどよりは大分崩れた姿勢でだらだらと話をしていた。
とっとと帰れと追い出されるかと思ったが、コーネルの方もさっきの会話でだいぶ疲れたらしい。
ソファの肘掛に頬杖を付いたまま、出て行けとも言わないままぐったりしている。
背もたれに体重を預けながら、キリはふと気になったことを思い出す。
「そういや、もうだいぶ前のことにはなるけど。尋ねてきたってことは私に用があったんだよな?」
「…ああ、お前が寝こけていた晩か。用というほどの用でもなかったが…」
「そうなのか?」
「一応ながら、隊長が選んだ補佐だからな。挨拶と、今後の方針について少し話そうと思っただけだ」
一応、という部分を強調しつつそう話す彼の顔は、どうも気まずそうだ。
実際乗り気ではなかったのだろうが、そういう部分の筋は通さないと気がすまなかったのだろう。
「じゃあついでにその辺の事も話しとくか。何か考えてたのか?」
「……戦時中は街の治安悪化にも気を配らねばならんだろう。戦力の大部分が前線に集まっている今、残った近衛だけで街の見回りをするのは難しい」
「あー、なるほどな。ってことは、当直に街の見回りも追加?」
頷くコーネルに、キリは腕を組んで考え込む。
見回りとなれば、恐らくペアか三人組程度が望ましいだろう。
ついでに、見回りを行うというのなら、人出のある昼間もその時間がほしい。
「昼間に行くとするなら、訓練の時間はどうする?」
「午前と午後と夜で分けようと思っている。流石に一日訓練免除は身体が鈍るだろう」
なるほど。
ちなみに親衛隊の基本スケジュールは、朝から昼まで訓練、昼食後再度訓練、日が沈む頃に解散。
夜中に城の見回りを持ち回りで、といった感じだ。
休日もシフト制なので、親衛隊の誰かしらは城で訓練している形。
王女の外出や式典、任務など特殊な場合以外は、基本的にこれで回っている。
そこに街の見回りを追加するとなると。
「てーことは、午前の当直の奴は午後、午後の当直の奴は午前訓練。今までみたいに、夜の当直後の午前訓練はなしって感じか」
「午前訓練の参加人数が少なめになるだろうが、仕方ないな」
うん、そこまでは特に問題ないだろう。
ただ、
「そうするなら、私とお前は当直の時間帯を完全に分けた方がいいな。訓練には必ずどちらかがいるようにするべきだろう」
「……ああ、そうか。不測の事態があったとき、頭がいないのは困るな」
「ま、隊長と同じようにお前を当直から外して、常に城にいるようにしてもいいとも思うけど」
それは好きにしろよ、と投げかければ、彼は少しの沈黙を挟んで頭を横に振った。
「いや、俺も街の様子は把握しておきたい。当直は組ませてもらう」
「そ。……ま、気になるのはそんくらいじゃないか?後は問題ないと思う」
キリとしても、頻繁に街に出る口実ができるのはありがたい事だ。
仲間の眼を盗むのは難しいかもしれないが、だからこその隙というのもできるもの。
前線でのぶつかりあいも激しいと聞くし、グラジアとの接触を図らなければならない場面も増えるはずだ。
キリの言葉に、「そうか」と頷いたコーネルは、少し驚いているようだった。
「なんだよ?変な顔して」
「いや、随分素直に賛同するなと思っただけだ。以前ならもっと絡んできただろう」
「……それ私の台詞なんだが」
全力で呆れた視線を向けてやると、さすがに心当たりはあるようだ。
視線をちょっぴり泳がせながら「否定はしないが」と苦しげに言い返す。
それでもなんだか物言いたげなので、キリは軽く首を傾げる。
「ま、なかったとは言わないけどさ。度々絡まれてイラッとすることもあったから、お返しに絡んだ事もあった」
「……まるで俺が悪いかのような言い方をするな」
「はっは。それは失礼しました、ブライン侯爵子息」
わざと下手に出るような言い方をしてみると、コーネルはむっとしたような顔を見せた。
努力家だからか、彼は家柄を理由に下手に出られるのを酷く嫌っている。
キリとしてはちょっとした挑発のつもりだったが、コーネルは結局何も言わず、鼻を鳴らしただけだった。
大人になったなと意地の悪い笑みを浮かべているキリの前で、コーネルは複雑そうに明後日の方向を見ている。
と、彼の視界に時計が入ってきたらしく、表情が変わった。
「……もうこんな時間か。日が変わるぞ」
「おー。流石にそろそろ帰って寝ないとまずいな」
欠伸をしつつ、キリはソファから立ち上がる。
扉へ向かいつつ振り返ると、コーネルはなんとも言えない顔でこちらを見ていた。
「邪魔したな。ま、明日からまた宜しく」
「…………」
「……何だよ、言いたいことあるなら言えよ」
沈黙を保ったままのコーネルにキリが半眼で問うと、ふい、と彼は視線を逸らす。
その頬が僅かながら朱に染まっているのを見て、キリは首を傾げ。
「……あ、もしかして部屋まで送ってこうとか一瞬考えた?」
「なっ……!」
「あ、何図星?うわー、コーネルってば送り狼ー」
「貴様……っ」
からかわれていると思ったのか(いや実際からかっているのだが)、コーネルが眦を吊り上げた。
もう少し突付けば物でも投げ出しそうな勢いで立ち上がり、びっと扉を指差す。
「思いあがるな!とっとと帰れ!!」
「はいはいー。心配ありがとな、おやすみー」
けらけらと笑いながら、キリは素直に忠告に従って部屋を出た。
当然ながら、キリを心配してくれたのであろうことへの感謝を忘れずに。
扉を締める前のコーネルのなんとも言えない表情は、カメラでもあれば残しておきたいくらいだった。
ちなみに。
親衛隊の面々がキリにどうも近寄りがたそうにしていた理由は、崖の事件のせいだけではなかったようだ。
コーネルのキリへの態度が急変したため戸惑っていた、というのも、少なからずあったらしい。
翌日から再び些細な喧嘩をするようになった二人を見て安堵したのか、キリに対しても以前のように接してくれる隊員が増えた。
中には、崖から落ちた時のことを心配して声をかけてくれる者さえいたのだから、驚きだ。
あの時キリを見捨てた他の隊員含め、数名はキリのことをよく思わない者もいるようだったが、それはもうどうしようもない。
全員に好かれるだなんてのは、土台無理な話なのだから。
まあ、色々あったものの。
そうしてキリは再び、以前とは少し変わった親衛隊の日常に溶け込んでいくことになった。




