表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
34/92

10.ああ勘違い





実際に副隊長任命の知らせが出されたのは、イージスが前線に戻ってから一週間ほど後のことだった。

他の隊員たちは当然ながら寝耳に水、ちょっとした大騒ぎだ。


また、補佐としてキリが選ばれたことも公にはなったが、これに対する反応は様々だった。

反発する者、納得する者、無関心な者。

コーネル自身はさすがに事前に連絡があったらしく、普通に受け入れていた。


とはいえ、反発している者の殆どは、コーネルに対して好意的な者が殆どだ。

そのコーネルが普通に受け入れていたからか、そう表立って何か言われるということはなかった。

隊長の根回しに感謝だ。



さて、そうして副隊長とその補佐が任命されて更に一週間が経つわけだが。

相変わらず、コーネルとキリがまともな会話を交わすことはなかった。


…いや、キリだって努力はしたのだ。

以前ほどまでとはいかないが、自らコーネルに絡んでみたり、無視できない場で話しかけたり。

プライベートでも、偶然を装って会ってみようかと、彼の行きつけの店に顔を出してみたり。


その結果は、事務的な対応はするが、それだけ。

避けられているのも相変わらずで、以前は行きつけだった店にも姿を見せなくなったと聞いた。

その癖に、最近では、ふと気付くと観察でもされているかのように視線を向けられているのだ。

キリと視線が合うとぱっと視線を逸らしてしまうため、それが会話に発展したことはないが。

意味が解らない。


正直、補佐するどころの話ではない。

隊長に頼まれているから、という理由だけで頑張ってはみたが、相手はあれではやる気も失せる。

とはいえ、諦めるのも負けた気がして嫌だった。



ついでに、前回の報告の時期的に、そろそろグラジアへの報告もしなければならない。

その晩、考える事の多さに頭を抱えてとうとう煮詰まったキリは、散歩でもするか、と寮の部屋を出た。






廊下の窓から見える空には、大きな二つの月と瞬く星々。

深夜でまともな明かりがないゆえか、星の輝きが酷く明るく感じた。

その下で満開に咲き誇る白い花に眼を奪われて、キリはなんとなく中庭へ向かう。



――その途中、聞き覚えのある声に呼び止められた。



月に照らされて青く浮かぶ、静かな廊下。

闇に紛れて顔は見えなかったが、足音と共に近づいてくる声に、キリは目を瞬いた。



「……コーネル?」



最近避けられていたこともあって、何よりも戸惑いが先に立つ。

顔が見える距離まで近づいたところで立ち止まったコーネルは、そのまま何か言い出す気配もない。

仕方なく、キリはとりあえず疑問に思っていたことを口にする。


「お前、今日当直じゃなかったのか?」

「変わってもらった。お前と話すためにな」


ますます首を傾げたキリから数メートルの位置で、コーネルはじっとキリを睨みつけた。

そう睨まれる理由も思いつかず困惑するキリに、視線が刺さる。


「どこへ行く気だ?」

「散歩だけど?」

「どこへ、と聞いている」

「……中庭」


進行方向を指差すと、コーネルは僅かの間黙り込んで。

キリがやってきた方を指差した。


「…中庭だと目立つ。裏庭に行くぞ」

「え、何だ?ここじゃ駄目なのか?」

「他の誰かに聞かれていい話じゃないだろう」


いや、そんなこと言われても知らん。


そもそも話ってなんだ、とキリは首を傾げる。

あそこまで避けておいて、まさか親衛隊のこれからについて、なんて平和な話題ではないだろう。


グラジアとの繋がりを疑われているのだろうか。

その懸念がないわけではないが、コーネルの態度が変わった時期に疑われるような行動はしていない。

報告に行ったのだって、随分前に一度きりだ。



とりあえず言われるがままにコーネルの後を付いて、裏庭へと出る。

こちらは綺麗に整えられた中庭と違って、物干し竿やら洗濯桶やら、生活臭のするものが置いてある。

当然人の目の入りにくい場所だし、こんな夜中にこんな場所に来る物好きはいないはずだ。



「――で。話って?」



答えはなかった。


代わりに、しゃりん、と涼やかな音。

軽く眉を上げ、キリは向けられた切っ先を見やった。


「何のつもりだ?」

「…応えろ。何が目的でこの城に入り込んだ」


月以外に光源のない暗闇の中、届く声音は剣呑。

決して歓迎はされていないだろうと思ってはいたが、ここまで大っぴらに敵意を向けられるのも予想外。

両手をひらひら振って敵意がないことをアピールしつつ、キリは首を傾げる。


「なんだよ、どういうことだ?」

「お前は、キリ・ルーデンスじゃない」

「…へえ?」


疑惑ではない、断定だ。

何か偽者っぽい事やらかしたっけな、と内心首を傾げつつ、キリは目を眇めた。

いくらでも本物である事実を証明できる以上、危機感はない。


キリの余裕をどう取ったのか、コーネルは突きつけた剣先をぶらさぬままに言葉を続ける。


「…キリ・ルーデンスは養子だ。それくらい、この親衛隊の者なら誰でも知っている」

「そりゃそうだろ。ちょっと調べれば解ることだ」

「だが、彼の本当の家族については、幾ら調べても出身地すら出てこない」


探るような眼光。

当然だ、異世界から来た人間に、本当の家族がいるわけがない。


追求でもあるかと思ったが、コーネルは「まあそれは別にいい」とさらりと流した。


「秘匿された一族だろうが、関係ない。問題はお前が誰なのかってことだ」

「ほう。で、お前の予想は?」


淀みなく聞き返せば、コーネルは多少口ごもった。

だが、続きを促すようなキリの視線に、意を決したように口を開く。



「お前は、彼の…血が繋がった、妹じゃないのか?」



なんだそれ。

思わず笑い出しそうになり、慌てて頬の内側を噛んで堪える。

一体何がどうなってそんな面白い展開に発展したんだろうか。


キリの難しい表情を別方向に解釈したのか、コーネルは勘違いしたまま言葉を続ける。


「キリ・ルーデンスの死には、明らかに不審な点が多い。お前はキリの死の本当の理由を知るために、本人に成り済まして王宮に入り込んだんだろう」

「へえ?」

「現に、俺はお前によく似た傭兵を名乗る女がここへ来たのを知っている。……乗り込む場所の下見か何かに来たんじゃないかと考えているがな」

「…ほう」

「このタイミングで王都に戻ってきたのも、戦争の混乱に乗じて姿をくらますつもりだからじゃないのか?」


なるほど、そういう推理になったか。

得点にすれば100点満点の20点といったところだが、なかなかできた推理だ。

とりあえず面白そうなので、キリは続きを促してやる。



「面白い推理だな。……で、もし、そうだとしたら?」

「だとしたら…俺は」




次に紡がれた台詞に、キリは言葉を失った。





「俺は、お前に謝らなくちゃいけない」





明日は槍が降るかもしれない。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ