9.はじまりのはじまり
何とか取り繕って部屋に戻ってきて、そのままベッドにダイブしたのは覚えている。
それからどれくらい時間が経ったのか。
カーテンも引かない窓の外からは、月光が燦々と降り注いでいる。
起き上がる気にもなれず、光から瞼を隠すように腕を乗せて。
「……ずっるいよな」
なんだそれ。
お帰り、なんて。
まるで、ここにいてもいいみたいな。
――まるで、仲間みたいな。
「……勘弁してよ……」
ぽつりと、自分に聞こえるかどうかさえ怪しい独り言。
他に誰が聞くこともないだろうそれは、少しの響きを残し、宙に溶けて消えた。
少女は、泣いていた。
雨で濡れたベンチの上に、膝を抱えて。
声も上げず、雨音に囲まれた静けさの中で。
誰も通らない公園の隅で、一人。
静寂を破るように、ぱしゃんと微かな音がした。
跳ねた雫が、少女の足元の草を揺らす。
濡れた草の上に、鮮やかな色の影が差す。
探したよ、と、響く声。
濡れてくすんだ茶色の髪に、そっと置かれる手。
『心配したよ。急に飛び出していくんだもの』
だって解ってくれないんだもん、と少女は言う。
私がどうしてもやりたいことを、あの人たちは解ってくれないんだもん、と。
知ってるよ、と声は応える。
お前がどれだけ今まで頑張ってきたか。
どれだけの想いをこめて、ここまでやってきたのか。
――だから、あんな心にもないこと、言ってしまったんだよね。
あの人たちもね、ほんとは解ってる。
お前がやりたいこと。
だけど、心配なんだよ。
お前がきちんとやっていけるかどうか、怖くて不安で仕方ないんだよ。
お前のこれからを心配しているから、あんな風に言うんだよ。
だから、お前の気持ちはきちんと伝えなきゃいけない。
でもそれは、言葉にしないと、伝わらない。
…お姉ちゃんは人事だからそんな風に言えるんだよ。
膝の間からの呻くような返事に、小さく笑う気配。
そうかもしれない。
だけどこんな時、後悔しない方法は知ってるよ。
顔を見てきちんと話すこと。
思ったことをちゃんと、伝えること。
ねえ、 。
本当は、
――謝りたいんでしょう?
沈黙。
微かに頷いた頭から、雨粒が滑り落ちた。
雨でけぶる公園を飾る、鮮やかな彩り。
寄り添う花のように二つ開いたそれが、雨音を生む。
『――ほら。帰ろう?』
お兄ちゃんも、あっちで待ってる。
そう差し伸べた手は。
遠い昔の、色褪せた記憶。
キリが眼を開けると、カーテンの閉まっていない窓から朝日が漏れこんでいた。
……なんだか懐かしい夢を見た気がする。
考え事をしながらそのまま眠ってしまったらしい、とぼんやり起き上がる。
ずるりと滑り落ちた毛布を直しながら、癖で時計に視線を走らせて、
「ってやっべ!!」
いつも起きる時間より半刻ほど針が進んでいることに気付いて、がばっとベッドを飛び降りる。
朝の当直でなかったことだけは救いだったが、朝の訓練の時間までは、もう時間がない。
慌ててシャワーだけ浴びて着替え、机の上の剣と剣帯を引っつかんで部屋を出る。
その時に、鍵さえかけていなかったことに気付いたが、もう気にしている余裕はなかった。




