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霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
30/92

6.実家へ帰らせていただきます




さて。

キリ・ルーデンスとして王都へと戻ってきた以上、やっておかねばならないことがもう一つある。

家族への生存報告だ。


正直言って隠し通せる気がしないので避けて通りたいのだが、後ろ盾を貰っている立場でそれが不可能なことは重々自覚している。

特に、フォミュラと繋がりがあるらしい姉。

諸々の事情がばれている可能性があるのが一番怖い。


――そういえば、フォミュラにはあれから連絡を入れていない。

正確には、連絡手段がなく連絡を入れられない、だが。

仕方ないとはいえ、あちらからすれば約束を違えていなくなった恩知らずだろう。

……謗りを受ける覚悟はあれど、湧き上がる罪悪感は拭えない。



閑話休題。



そんなわけで、キリは現在ルーデンス家の屋敷を訪問中だ。

形だけでも実家なのに訪問という言い方もおかしいが、現在暮らしているのが親衛隊の寮なので、どうしてもそういう意識が拭えない。


赤を貴重として統一された居間には、自分を含めて六つの人影。

普段は仕事だなんだで家を空けている家族が揃うのは、また壮観だった。


ルーデンスの両親、姉、弟。ついでに筆頭執事さん。


寮に入っていたこともあってか、こうして会うのは数ヶ月ぶりだ。

ちなみに執事さんは、血の繋がった家族ではないものの、一族代々ルーデンスに使えているというベテランの初老の男性だ。

ルーデンスの家の者達が最も信頼しているのが誰かといえば、この人物だろう。


キリも短期間とはいえ、呼ばれたばかりの頃、貴族の常識や立ち居振る舞いの教師になってもらっていた。

命令されていた事とはいえ、あのスパルタっぷりは後世に語り継がれるレベルだ。

正直、今でも名前を呼ばれると背筋が伸びる気がする。



それはともかくとして。


(特に姉から)茶々が入らないかと冷や冷やしつつ、なんとか家族への挨拶と説明を無事に済ませ。

両親の「昼食ぐらい摂っていきなさい」という言葉に甘えることにして。

それまでの時間を敷地内の散歩で潰そうと考え、キリが中庭に出ようとした瞬間。


ぐいっと後ろから服の裾を引っ張られた。



「おわっ!?」

「どこへ行かれるんですか?」



この声は。

内心驚きながら、キリは体勢を立て直して振り返った。


そこには、明るい茶色の髪と聡明な色を宿すハシバミ色の目を持つ、この家の長男。


「く、クレイズ?」

「突然すみません。お聞きしたいことがあるんです」

「……なんだ?」



「最近、僕に手紙をくれませんでした?」



見上げる瞳に映るは確信。

…姉はともかく、これは予想外だった。


というわけで現在、可愛い可愛い弟、クレイズに詰問を受けております。



「いや、だからな?」と。

キリはキリで、一応弁明を試みる。


「お前が何者かの手紙を読んで王都に戻ってきたのは解ったよ。けど、なんでそれに私が関係するんだ?」

「だって手紙に付いてたの、シュクレでした。僕があの花好きだって教えたの、兄上だけなんですよ」

「偶然じゃないのか?」

「相手の好みでもないのに送るほど定番の花じゃないですよ。地味ですし、枯れやすいですし」


…久々に手紙なんか書くからと調子に乗ったツケが回ってきたようです。

よく見てるなほんと!!

我が弟ながら感服するわ。


ちなみにシュクレは、うちの世界で言うスミレに似た花。

貴族への贈り物に向いているとは言えないそれを添えたのは、手に入れやすかったからだ。

急いでいたし、たいして大きくもない町で花屋になんて寄ろうものなら一発で買った人間を突き止められてしまう。

だからこそ、野に咲いていて誰でも手に入れられるような花を選んだ。


……、裏目に出るとは思いもしなかったけれど。



とりあえず、ここで説得に成功しておかなければ、糸が解れるようにボロを出しかねない。

慎重に言葉を選ぶ。


「悪いけど、本当に私には覚えがないんだよ」


諭すように。

言い聞かせるように。



「そもそも、その手紙は貴族の手紙に偽装されて届いたんだろ?その手紙が来たっていう時期に、私がユルレドにはいなきゃ無理な話じゃないか?」

「ユルレドだって国境に近いです。こちらへ戻ってくる途中で連絡をくれたんじゃないかって」

「だったらそのまま屋敷に立ち寄ればいい話だろ。なんでわざわざ偽装して手紙にするんだよ」

「それは……」


言葉に詰まり、クレイズは視線をさまよわせる。


そりゃそうだ。

本当はクレイズにだって確信があるわけじゃないのだろう。


送られてきた手紙の内容自体が、まずきな臭い。

襲撃予定そのものが、まずもって敵軍の上部しか知らぬはずの情報だ。

国境沿いにいたとはいえ、記憶喪失の民間人として暮らしていたはずのキリが知っていれば、それ自体が、まず異常だ。


だからこそ、キリは手紙に宛名を書かなかった。

自分に対して贈られたものだと確信があれば、クレイズは相手をキリだと確信したかもしれない。

けれどそうでなければ、送った相手など見当も付かないだろう。


カマかけるのも上手くなったもんだ、と内心苦笑しつつ、キリはクレイズの頭にぽんと手を乗せた。



「というか、私こそ記憶が戻った時点で手紙の一つも送ればよかったんだよな。いきなり帰ってきて驚いただろ」

「それは、まあ…そうですけど、そうじゃなくて」

「記憶と体力が戻ってからは、こっちへ戻ってくるのに必死だったんだよ。噂じゃなんか死んだ事にされてるみたいだったし、一刻も早く戻らないとって」


無言と共に帰ってくるのは、まだ疑いを含んだ視線。

苦笑を返し、「ま、そんなわけで」と話題を終わらせにかかる。



「誰がやったのかは知らないけど、そのお陰で貴族の皆が王都に避難して来られたんだろう?私としては、感謝こそすれ、恨む理由はないな」

「そりゃそうですけど」

「いいじゃないか。そんなに気になるなら、魔法でもなんでも使ってぱっと調べちまえば送り主もわかるんじゃないか?」

「…兄上は前々から、魔法を万能だと思ってる節がありますよね…」


呆れたように呟きつつ、クレイズの顔には笑みが戻っていた。


納得はしていないが、まあとりあえずはそういうことにしておいてやろう。

そんな思いが垣間見える彼の対応に、とりあえずは難を逃れたらしいと、内心で安堵の溜め息を吐いた。













ふと思い立ち、この屋敷へ来た当初に与えられていた客間兼自室へ向かう。

中は綺麗に掃除されていたが、キリがここを出て行った当時と全く同じだった。


少ない荷物は全て寮に置きっ放しだった筈だが、死亡の報により幾らかの私物はこちらへと運ばれていた。

与えられていた服や、幾らかの本、――文字の練習に使った羊皮紙とペン。

記憶にあるより随分くたびれて見えるのは、フォミュラの所で新品を借りていたからだろうか。


手紙を書く練習も相当したよな、と懐かしく思い起こしながら、キリは机に向かった。



やがて書き上げた一通の手紙を持って、キリは部屋を出る。

宛先は竜人の里のフォミュラ。


そして相談すべくは――

義姉、カナート・ルーデンス。



書斎にいると聞いた彼女を訪ねると、彼女は調べ物をしていたようだった。

キリに気付くと目を瞠って立ち上がり、歓迎してくれる。



「――フォミュラ?」

「ああ、その……今回王都に帰ってくる途中でお世話になったんです。姉上の名前を存じていたようでしたので」

「ええ、知ってるわ。また珍しい人と知り合ったわね」


懐かしい名前ねえ、なんて言いながら手紙の宛名をなぞる姉。

本当にただの知り合いでなく友人だったんだな、と内心少し驚きつつ、本来の用件を話してみる。


「連絡を取りたいんですが、何かご存知ありませんか?」

「住所を知ってるから送っておくわよ。家の鳩に持たせれば数日もすれば届くわ」

「え?住所って…?」

「ああ、あのね――」


と、カナートが語るには。


彼は、国内外を問わず、幾つか活動の拠点を作っているらしい。

彼は旅をする中で定期的にそこを訪れるので、そこに送ればフォミュラに連絡が取れる。

当然すぐに伝わるものではないが、彼のような根無し草と連絡を取るにはそれしかない。


キリと旅をしている最中は短期間だったこともあってか、そういった拠点を巡ることはなかった。

まさか竜人の里に直接?と内心慌てていたのだが、内心ほっと胸を撫で下ろす。


「それにしても、何かあったの?彼に用を頼むようなこと」

「頼み事というよりは、お礼の手紙ですね。色々と助けてもらったので」

「ふうん…?」



意味深に微笑むのはやめてくれませんか。

この一筋縄ではいかない姉は、妙に鋭いところがある。

家族に説明した時の反応で、行方不明の間の事については全く知らないらしいということは解ったものの、油断は禁物だ。



内心身構えたキリに再度視線を戻し、彼女は「ま、いいでしょう」と笑った。


後で手紙飛ばしておくわね、と請け負ってくれた姉には、感謝してもしたりない。

ほっと一息吐いて礼を述べ、キリはさてそろそろ昼食の時間かなと食堂に思考を飛ばしかけ。


は、とあることを思い出して彼女に向き直った。

実家に来ることがあれば絶対確認しておこうと思っていたことがある。


「そういえば、一つお聞きしておきたかったのですが」

「なあに?」

「彼と――フォミュラと初めて会った時、姉上から私の話を聞いたと耳にしたのですが……」


一体どこまで何を話したのか、とまでは流石に言わなかったが、言外につついてみる。

と、彼女は予想外の反応を見せた。


「……ん?」


慌てるでもなく、認めるでもなく。

キリの言葉に、彼女はひどく怪訝そうな表情になる。

何か失態を犯したかと焦るキリをよそに、彼女は数秒の沈黙を挟んで。


「……キリの話なんかしたことあったかしら、私」

「え?」

「貴方がここに来てから――そうね、一度だけ会ったけれど……」


目を丸くするキリの前で彼女はしばし考え込んでいたが、やがて首を横に振った。


「ダメね、もう半年以上も前の話だもの。何話したかなんて思い出せないわ」

「そ、そうですか」

「まあ、あいつがそう言ったなら何かしら話したんでしょう。可愛い弟ができたとか」


そう茶化して話を締めくくり、「そろそろ昼食ね」と彼女は椅子を立った。

キリも正直に空腹を主張し始めた己の腹を満たすべく、彼女に付き従う。


だが、思ってもみなかった展開に内心は疑問符の嵐だった。

あの様子では、彼女がキリのことを詳細に話しているとは思えない。

ましてや、キリが異世界から来たことを話しているなんてありえないだろう。


ではフォミュラは、一体どこからキリのことを知ったのか?



眉間に皺を寄せて考えこむキリだったが、その後結局答えが出ることはなかった。


……手紙で聞いておけばよかったなんて、後の祭りだ。





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