3.生存フラグが立っていたようです
この世界で死んだら、元の世界に帰れるんじゃないか、とか。
これは単なる夢なんじゃないか、とか。
そういう希望を持つのは、とうにやめていた。
死んだらそれまでだ。
夢なんかではありえない。
斬り付けられた傷の痛みも。
耐えがたい苦しみの辛さも。
理不尽に湧き上がる悲しみも。
全部が。
感じる五感の全てがそう教えている。
長すぎる夢の序章なんて、生易しいものじゃない。
これは、現実だ。
けれど、だからこそ。
――諦めたくなかった。
諦めることなんて、できなかった。
目が覚めた。
ぼんやりと視界に写る見慣れない天井に疑問を覚えてから、そのことに気付いて、心底驚いた。
「……生きて、る?」
呆然と呟いて。
掠れた自分の声を自分の耳で聞き取って。
力が抜けた。
確かめるように数度、深呼吸。
…そのまま、ぽろりと流れた涙に、自分でも驚いた。
落石を知った時でさえ涙は出てこなかったのに、今頃になって喉元に熱いものがこみ上げてくる。
そんな場合じゃないと深呼吸して気持ちを落ち着かせ、キリは身体にかけられていた毛布で目尻の雫を拭った。
ぼんやりと、まだきちんと働いてくれない脳みそをのろのろと回転させて、現状把握を試みる。
右手。左手。右足。動く。問題なし。
左足。ふくらはぎに鈍い痛み。
でも、手当てしてくれてあるようで、覚悟していたよりも痛みは少ない。
額に温くなった手拭が置いてある。熱があったんだろうか。
…どうやって助かったんだろう。
あの時。
土砂に埋まるのだけはごめんだと、怪我していない右足で必死に岩棚から跳んだのだけは覚えている。
あの高さじゃ特に意味もないと思われる決死のヒモなしバンジーが、それでも功を奏したということだろうか。
こうしてここにいるということは、きっとそうなのだろう。
自分の諦めの悪さを改めて思い知ったな、と苦笑して、キリはのっそりと身を起こした。
辺りを見回し、見たことのない内装に軽く首を傾げる。
ここはどこだろう。
誰かが助けてくれたことだけは解るが、こんな内装の建物は見たことがない。
つい先日滞在した西の集落に独特の、白い壁の内装ではないし、王都から旅をしてきた間に立ち寄った街でも見かけたことのない材質だ。
真っ黒い黒曜石のような壁、対比するように敷かれた上品な白いカーペット。
調度はシンプルだし多くはなかったものの、吊られているシャンデリアは豪奢だし、窓枠の装飾は惜しげもなく貴金属が使われていて、まるで大きな城の中の一室という印象だ。
それに、とキリは視線を上げる。
特徴的なのは、天井の高さだ。
シャンデリアを吊るため、にしては、いささか高すぎる。
通常必要とされる高さの2倍くらいはあるのではなかろうか。
小学校とか中学校の体育館を思い出す。
回りきらない頭でぼんやりと天井を眺めていると、重々しく扉が開く音がした。
響いた靴音に、なんとはなしに視線を上から下へ移動させて。
「――ああ、気が付いたか」
視界に現れたその姿に、キリはぎょっと目を剥いた。