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霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
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5.それは恋文と見紛うような



その襲撃を理由に、一行は王都へと取って返した。


その間に当然キリは様々な質問攻めを受けたが、一貫して「帰ったら話す」を貫いた。

その頑固さに、元々疲れ果てていた親衛隊たちが折れた形だ。

ファリエンヌ王女の追求を心配していたものの、警戒したのか親衛隊が近づけさせなかったお陰で杞憂に終わった。




そうして王女と親衛隊の面々と共に王都へと戻ってきたキリは、まず事情説明に応じた。


これまでの経緯を大まかに言えば、四点。

事故で崖下に落ちたキリは、衝撃で記憶を失っていた。

近くの集落に拾われて、そこで空白の期間を過ごしていた。

そこで暮らすうちに記憶が戻って、急いで王都に帰ってきた。

その途中、賊に襲撃されている馬車を見つけて助けたら、偶然にも王族が乗っていた。


…穴だらけだとか、そういうことは言ってはいけない。

どうせ戦時中だ、詳しく調査している人手などないのだから、問題ない。


実際、その説明で納得したのか、それ以降キリに追求が飛んでくる事はなかった。

まあ、信じられているかどうかは別として、の話だが。



そして、ティンドラへ戻るにあたり、キリの一番の懸念であった性悪魔法使いこと、アシュトル。

彼は、宮廷魔術師部隊の副隊長として、前線へと出かけていた。

前線の動きや様子にもよるが、最低一月は王都に帰れないとの話。

内心ガッツポーズしたのは内緒だ。


特に、彼がいなければ、王女は召喚の儀式を行なう事はできない。

王女の隣国行きの話が出た時点で立ち消えになっていた可能性が高いが、話を聞いて安堵したのは当然のことだろう。



ちなみに、親衛隊は基本的に王族を護衛する任務に付くため、前線へ出かけることはまずない。

キリも前線へ出るつもりはないし、出ろと言われることもないはずだ。

いかに親衛隊といえども、やはり貴族の集まり、というわけだ。










さて、それから数日ほどを何事もなく過ごし。

警備が少しずつ緩くなってきた頃を見計らって、キリは街で間者と接触した。


革具屋にくたびれてしまった剣帯の修理を依頼し、出来上がるのを待つ間にそこの娘さんと会話。

思いのほか弾んだ会話、そのまま流れで二階に連れて行かれて、密室完成。


ここで男女二人きりであることに邪推をする輩もいるかもしれないが、接触は短時間が基本だ。

一時間二時間篭って出てこないならまだしも、2,30分でごちゃごちゃ言われた所でいくらでも誤魔化せる。



と、まあそんなわけで。



「さて、時間がないしさくっと行こうか」

「そうですね。まだ警戒されているでしょうし、短時間で済ませましょう」


報告は聞かれたことだけ。

城の警備状況、街の警備状況、各地の軍の状況。

おおまかにそんなところだけ報告したところで、間諜の女性が一つ頷いた。


「そんな所でしょう。今後について指示書が出てます」


言わずもがな、殿下(笑)からだ。

仕事だし流石にきちんとしてるよな、と若干不安になりながら、キリは手渡された封書を開いて一行読み、


べしっとそれを床に叩きつけた。



目を丸くする女性の目の前で踏んづけてやりたい衝動に駆られたが、あんまり彼女を驚かせすぎてもよくない。

とりあえず見るようにと促すと、彼女は困惑しながら手紙に視線を落とした。

そして、その困惑をさらに深め、ぽつりと呟く。


「これは…」

「目が滑るわ。読めん」

「…指示書には違いありません。読んでください」


えー、と視線で抗議するも、女性はさっさとしろとばかりに促すだけ。

でっかい溜め息を吐きつつ、キリは捨てた指示書を拾い上げる。


それを一言で表すなら、吟遊詩人の恋文だろう。

機械人とやらがここまで情緒を理解するとは思っていなかったが(特にあんな軍人が)、その驚きを凌駕するほどの衝撃がそこにあった。

文頭から寒々しい修飾語が並ぶ指示書を今にも吐きそうな顔で読みながら、キリは渋い顔を崩さない。


ほかにこんな事をする理由が思い当たらない以上、絶対にこれはキリへの嫌がらせだ。

今だってきっと、通信機器を使ってキリの様子をどこかで見て楽しんでいるのだろう。

本当に性格が悪い。



「…なあ。あいつって誰にでもこうなのか?こういうことしていいの?婚約者とかいないの?」

「…関係ない雑談をしている暇はないです」

「関係ないこと持ち込んでくる方に言ってやれよ」


とはいえ、コレにはさしもの彼女も呆れ顔だった。

間違っても指示書に書く内容ではない。


それが故か、それともキリに同情でもしたのか、彼女は小さな吐息と共に簡単に述べる。


「…現在、グラジアの王族に婚約者と呼べる存在はいません。王位継承者だけは、機械人族の血を絶やさぬように、同じ機械人と結婚する事が義務付けられてはいますが」

「あー、じゃあ第二候補なら遊びまわってても平気なんだ…」


ちなみに、グラジアは王族であっても一夫一婦制が伝統だ。

本で読んだ限り、側室や妾と言った類のものは存在しない。


ティンドラを含め、周辺にはそういった制度が存在する国もあるが、少数派だという。

跡継ぎ生まれなかったらどうするんだろうと思っていたら、どうやら妊娠・出産が結婚の前提条件らしい。

婚約した時点で身体の交渉を持ち、それにより妊娠が確定すれば結婚式の準備。

出産を終えて母体が安定したところで結婚式、が一番メジャーなのだそうだ。


…妾とか側室って、そういう時に何かあった場合の保険みたいなもんじゃないのか。

当初その記述を見たキリはそう思ったものだが、フォミュラと旅して様々な場所を回った今ならば、なんとなく理由がわかる。



つまり、必要ないのだ。

側室・妾制度が存在するのは、人間、もしくは人間の血が混じった一族が王族をやっている国。

存在しないのは、完全な亜人たちが王族として君臨している国。


例を挙げれば。

機械人たちは、身体の構造の関係で妊娠はしにくいが、流産自体が非常に稀。

獣人たちの国の王族は、血筋ではなく決闘による決定方法なのでそもそも跡継ぎは関係ない。

アルヴたちは長命なので、まず代替わり自体が珍しい上に、先代からの指名制らしい。

また、水棲族、竜人族に至っては、基本的に卵生だ。

安全な場所なら流産の心配はないし、孵るのにもそこまで時間は掛からない。


蛇足だが、母体の在り様で出生方法が変わるだけで種族を越えて交わる事も可能らしい。

が、流産したり、卵が孵化しない可能性が高くなるため、混血は数少ない。


このことを知ったキリは暫く価値観の違いに悩まされたが、今となってはもう、深く考えること自体をやめた。

どうせそう遠くないうちに帰る(つもりだ)し、というのが本音だ。



…閑話休題。



さて、ともかく指示書の内容だ。

今回のそれは、初回という事もあってか、大きく三つ。


1、どこかと同盟を結ぶ構えを見せたら報告しろ。

2、グラジアへの隠密について情報を掴んだら報告しろ。

3、後はまあ適当に動け


最後の適当感が半端ないが、まあ所詮はただの手駒だ。

情報収集役としては基本的に期待されていないはず。

積極的に動く必要は、そんなにないだろう。



というかキリとしても、正直こんな定期報告はしらばっくれてしまいたいのが本音。

実際、しらばっくれたとしてもあっちにとっては問題ないのだ。

盗聴器か何かを付けておけば、それだけであちらに情報は筒抜けなのだから。

そもそも、キリが裏切る可能性は勘案に入れていると、あちらも明言していたくらいだし。


……まあそれも、あの時剣以外の荷物さえ預けてしまっていなければ、の話だが。

その中に、魔法陣と構築式が描かれた紙が紛れ込んでいなければ、の話だが。



――いや、その件に関してはキリだって悪いのだ。

確かにティンドラに持って帰ってこられるような物ではなかったが、奴らに預けるなんて選択を取らざるをえなかったのは、キリ自身がうかつだったせいだ。

ヴィーに手紙を持たせる時にでも、一緒に持って行ってもらえば良かっただけなのに。



現実は甘くない。

溜め息吐きつつ、内容を頭に叩き込んで燃えカスに変え、キリは勢いをつけて立ち上がった。



「さて、そろそろだな。適当にぶらついて帰るか」

「ええ。今度は別の場所で」

「そーな。じゃあな」



ひらりと手を振った向こう側で、女性が複雑な顔をしたまま頭を下げた。




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