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霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
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4.こんにちは、諸悪の根源




グラジアとティンドラの緊張状態は、日に日に高まりを見せ続けていた。

軍事資源が多数存在するが、農産物が育ちにくい荒地が国土の大部分を占めるグラジア。

周辺国の中でも気候が温暖で食糧が豊富なティンドラを狙うのは、至極当然な流れだ。


それでもティンドラ側の外交努力があって、今までは多少の均衡状態を保っていた。

だが、周囲の国の警告も虚しく、先日のグラジアの進軍を切っ掛けに二国は開戦した。

それ以来、国境付近での小競り合いは枚挙に暇がない。

戦火に巻き込まれた町や村は、決して少なくなかった。



そして、前線が少しずつティンドラ国内へと押し込まれる兆しを見せ始めたとき。

ティンドラ国王は、一つの決断をしていた。








ざあ、と風で巻き上がった土煙に、眉を顰める。

隊服が汚れるうえ、土埃が目に入るのも髪にかかるのも、いい気分はしない。

任務中で文句を言っていられる状況ではないが、溜め息の一つも吐きたくなろうというものだ。


目立ってしまうので街道を通れないとはいえ、なんだってわざわざこんな行程を。

森だの草原だの、通れるルートはまだ色々あっただろうに。

上の考える事はよくわからん、と思いつつ、コーネルは砂でパサつく髪をかきあげた。



お偉いさんの文句も傭兵達の皮肉も聞き飽きたし、同僚も同じようにうんざりした表情を隠さない。

誰もがさっさと終わってくれればいいのにと考えて止まないこの旅は、後数日ばかりの行程を残している。


「しっかし、前線も近くなってきたもんだな。東からの奴が言うには、前線近くの街にいた貴族が、自分の身可愛さに逃げ出したせいらしいがよ」

「…尻拭いに駆り出されんのはいつも俺らってか」

「しゃーないでしょう、それが仕事なんすから」

「ったくよぉ、お貴族様たちもちったあ仕事しろっての」



背中越しに聞こえる傭兵達の文句と、嘲るような視線。

ふん、と鼻を鳴らし、コーネルは視線を向けもせずに肩を竦めた。


「戦うしか脳のない輩が吠えてくれる。…相手にするな、こちらの品位が落ちる」

「そもそも最初から、傭兵など使う必要があったのかは疑問だがな」

「仕方あるまい。この辺りを旅慣れている者達の経験と知識は必要だ」


特に要人護衛とあればな、と、振り返った視線の先には大きな馬車。

コーネルたちにしてみれば質素としか言いようのない幌馬車には、幾人かの外交大使と共に、ティンドラ国第二王女ファリエンヌがその身を隠している。


こんな時期にと言われるかもしれないが、こんな時期だからこそ、なのだろう。

周辺国との関係強化を図るため、特使として隣国へと向かう彼女は、恐らくこの来訪をきっかけに婚姻という形で関係を結ぶ事になる。


決して本意とは言い難い決定、陰鬱な旅のはずだ。

されど何時になく大人しく従った王女の殊勝さに、コーネルたち親衛隊は心を痛める他なかった。


(……それが全部、あいつの影響なんだろうってのが、気に食わないけどな)


けれど今回ばかりは、個人的な感情は置いておかなければならない。

戦争に向けた会議、防衛体勢の維持のため、今回の任務に親衛隊の隊長は不在だ。

親衛隊である自分達が、王女の守りの要とも言っていい。


他に気を取られている余裕など、ありはしないのだ。




――だから、というわけではないかもしれないが。

最初に不穏な気配に気付いたのは、コーネルの隣を歩いていた親衛隊の少年だった。



「…風上から変な匂いがしませんか」



丁度、馬車が岩棚の近くを差し掛かった時だった。

交互に岩棚が立ち並ぶような地形の、真ん中をすり抜けるように進んでいた馬車。

風が強いこの場所では、珍しくもない地形だ。


すん、と鼻を鳴らすと、確かに奇妙な匂いがする。

乾いた風の中、どこか焦げ臭いような、煙たいような――



「……おい、経路変えろ!岩棚から離れて迂回――」



コーネルが言い終わる前に。

地から重く唸るような震動が響き、そして。


左手前に見えていた岩棚が、大きな音を立てて爆破された。



悲鳴を上げて足を止める傭兵達、驚いた馬の嘶きと、それを必死に宥める御者。

轟音と共に崩れた岩棚の一部が、馬車の進路の前方を塞ぐ形になる。


手前を岩に、左手を岩棚に塞がれ、残された進路は右手と背後。

背後に方向転換するのは困難だ、だからといって右手に進むのは――



「さて、荷物と有り金全部置いていってもらおうか」



彼らの思う壺、というやつだろう。















それから数刻。


どさくさに背後の岩棚も爆破され、進むことも戻ることも不可能。

となれば、彼らを倒して進む以外に方法はない。


たかが盗人相手、この程度の襲撃は想定のうち。

にも関わらず、コーネルたちは随分と手間取っていた。



それは相手が用意を周到に罠を張っていたからでもあるし、

馬車に近づけさせないよう守りながらの戦いだからでもあった。


ただ、彼らの隊長がこの戦いを見ていたとしたら、まずはその連携のお粗末さに頭痛を覚えたかもしれなかった。


親衛隊同士はいい。

彼らは普段から訓練を同じくしているし、お互いの癖も動きもよく知っている。

傭兵達は傭兵達で、連携?何それ美味しいの?とばかりの動きを繰り返してはいたが、お互いにお互いを邪魔しないような位置をキープして戦えている。


また、戦闘になった際の役割分担として、親衛隊は馬車の護衛役を、傭兵達は露払い役をすることくらいは決定されている。

ただ残念な事に、親衛隊と傭兵との連携は文字通りお粗末なものだった。



傭兵が岩棚の上から跳んでくる矢を嫌って遊撃に進もうとすれば、盾を失った親衛隊が怒鳴る。

親衛隊が魔法による攻撃を緩和する魔法陣を作って援護しても、動く範囲が大きい傭兵たちはその範囲から出て行ってしまう。


役割分担こそされていても、細かい部分での打ち合わせは不十分。

統制されていない、というのは、戦場において相当に不利な状況だ。

相手が統率された者達であるのなら、尚更。



今もまた、馬車まで届くかどうかというギリギリの射程で、傭兵魔術師が広範囲魔法をぶっ放した。

衝撃で馬車が揺れ、驚いた馬が嘶く声に、敵の牽制を行なっていた親衛隊の気が逸れる。


そして。

そんな一瞬、その隙を突いて。

一閃に飛んできた矢が、傭兵達をサポートしていた魔術師の胸を貫いた。



傭兵達も、基本は一人一人で相手をしていたのが災いした。

サポートがなくなり、蓄積した疲労に、段々と動きが鈍っていく。


押されていると、親衛隊の面々も、流石にそれに気付き始めていた。



そんな中。



岩棚の上から飛んできていた矢が、ぱたりとやんだ。

最初にそれに気付いたのは、一体誰だったか。


違和感、異変を口にするより前に、頭上に影が掛かった。



ひゅ、と風を切って落ちる影。

でかい岩棚の上から飛び降りてきたそれは、派手な砂煙を舞い上げて盗賊たちの前方に着地した。


視界が閉ざされたその向こうで、鋭い剣戟が響く。

奇襲かと警戒して馬車の守りを固めたコーネルたちは、砂煙に巻き込まれた数人の傭兵たちが怒鳴り声を上げるのを聞いていた。



煙幕を破って何が飛び出してくるのかと、支援魔法をかけつつ警戒する親衛隊の面々。

だが、剣戟の隙間から。


ざわついていた傭兵達の一人が、「おいこら、手ェ出してんじゃねェッ」と苦々しげに叫んだ。

それに答えるかのように聞こえてきた声に、コーネルは動きを止める。

目を見開いて。



「怪我してんのに強がんな、片付けちまうからとっとと下がってろ!」



それは、聞き間違えようもなかった。

隣で剣を構えていた同僚にもその声は届いたのだろう、驚愕したように目を見開いている。



そうして、そう間もないうちに剣戟は止み。

立ち上る土煙の中から現れる、土埃に汚れた赤い制服。

白亜の王都であるからこそ目立ち、また自らの特権を鼓舞する――親衛隊の制服。




「…なんだお前ら。私がいないとこの程度の賊にも苦戦するのか」




ぽかんと口を開けて見上げる彼らに、彼はにやりと唇を歪めた。



「何呆けてる?」



ピ、と血糊を振り払い、剣を鞘に収める。

その影が馬車の方へ歩き出したのを見て、はっと我に返った誰かが、声を上げて制止する。


――だが、結果的にはその行為こそが彼らの望まざる状況を作り出してしまうことになった。


「おい、どういうことだ!?止まれ、キリ!」


キリは素直にその声に従って足を止める。

だがキリが辿り着くまでもなく、馬車から目的の人物の叫び声が聞こえた。



「キリですって!?」



それだけではない、飛び出してきた。


荒野に似つかわしくない華奢な靴、ふわりと揺れる細かい模様のレース。

頭上に光る繊細な細工のティアラは、照りつける太陽のせいで眩しいほどに輝いている。

周囲の惨状には目もくれず、息を切らして駆けつけた彼女は、信じられないものを見たかのように目を見開いてキリを凝視していた。


押さえた口元から零れた、うそ、ほんとうに、と掠れた声。

風の音に紛れたそれを聞き取って、キリは僅か目を細める。

そのまま目を伏せて、跪き、頭を垂れた。




「お久しぶりです。――ファリエンヌ王女」




言い切り、再び上げられた顔に浮かぶ笑顔には、ひとかけらの陰りもなかった。






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