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霧雨のまどろみ  作者: metti
第二章 王都ティンドラ
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3.遊び好きに流れ星




天幕を突き破ってお星様になられては面倒なので、残念ながら全力の一撃ではない。

そのお陰か何なのか、男は後ろにバランスを崩して尻餅をついただけで終わった。

後から「頬の回線がショートした」だのぶちぶちと何かしら言っていた気はしたが、聞き流してしまったのでよく覚えていない。


「仮にも同盟相手に向かって、これか…」

「同盟なら立場は対等だろうが。無理やり気絶させてふんじばって連れて来やがった奴の言う事じゃないな」


フンとそっぽを向いて一言言い放ち、男がやれやれと肩を竦めてこれ以上の追求をやめた。

これが、今から小一時間ほど前の話だ。




さて、今現在。

既にとある屋敷に潜入しているスパイだという女性と例の男との三人で、キリはこれからの段取りを話していた。

勿論男の言葉に乗っかって剣は返してもらい、腰に収めてある。


「――つまり、私はキリ・ルーデンスとして城へ戻ればいいんだろ?できるだけ動き回って情報を集め、あとは可能な範囲でスパイの手引きも行なう」

「そうだな。後は我々の邪魔をしないようにしてくれれば、それで十分だ」

「これ以上のことはしろって言われてもできないだろうしな。…流石に、この状況で本物が戻ってくるなんて素直に思うほど、あっちも馬鹿じゃないだろう」


ぼそりと付け加えた言葉を聞いてか、男の唇が笑みに歪む。


「頑張って信用を取るんだな。本人ならば造作もないだろう?」

「簡単に言ってくれやがって…」


こっちとしては四面楚歌に逆戻りで今から憂鬱なのに、と暗澹たる気持ちを抱えつつ、キリは半眼で男を睨みつける。

だがそんな射殺すような視線にも男は飄々とした態度を崩さず、あくまでマイペースに話を進めていった。


「まあ、そういうことだ。味方ではないが、協力者として顔を覚えておいてくれ」

「かしこまりました」


頷くのは、『万が一の場合には切り捨てられる』候補の筆頭である女性。

自分がどう動くかでこの女性の生死が決まるのだと思うと嫌な気分が拭えないが、暫くの同僚だ。

仲良くとまでは行かずとも、まあ協力関係は維持したい。



「さて、ここからは二人の話がある。持ち場へ戻れ」

「かしこまりました、殿下」


どう見ても使用人の一人にしか見えない彼女は、優雅に一礼した。

なるほど、確かに王宮に出入りできるだけの教養は身につけているようだ。


それより殿下って。

似合わねー、と思ったのが顔に出ていたのか、男が目を細めた。


「お互い様だろう?婚約者殿」

「死ね」


流石にこんな周りが敵だらけの場所で殴る以上のことはしないが、言葉の暴力は容赦しない。

案の定スパイの彼女が鋭い視線を向けてきたが、男に怒る気配がないことを見抜いたか、何も口にはしなかった。

優秀なようで、こちらとしては嬉しい限りだ。


そのまま天幕を出て行った女性の背中を見送って、キリは一つ息を吐く。

そして、ふと聞きそびれていたことを思い出し、男を振り返った。



「…そういや、『殿下』。あんたの名前を聞いてないぞ」

「ん?…ああ、そうだったか。とはいえ、知っておいても良さそうなものだが」

「あのな、流石に王族ってことくらいは解るが、直系か傍系かすらもわかんねーんだぞこっちは」

「ディアノス・ルス・グラジア。聞き覚えくらいあるだろう」


記憶の底に、微かにだが聞き覚えがある。

確か、第二皇子だったか。

直系も直系だ。


「なんだ、くっそ偉そうだから継承権第一位くらい持ってんのかと思った」

「数年のうちにはそうなる予定だ」

「…野心があっていいこったな」

「お褒めに預かり光栄だ」


褒めてない。

やっぱこいつ嫌いだ、と顔を顰めつつ、キリは渡された資料に視線を落とす。

王都に潜伏している協力者のリスト、及びコンタクト法。


「覚えたら返せ。覚えるまでここから出さん」

「……また暗記か」


まあ、情報が漏れる事を考えると妥当な措置ではあるけれど。

こっち来てから学生やってた頃より必死に暗記してるよなあ、と内心溜め息を吐きつつ、キリは資料を睨みつけた。




ディアノスは暫くの間、じっと資料に集中するキリを眺めていた。

ちくちくと刺さる視線をガン無視したお陰で暗記は滞りなく進んだが、それだって二十分も続けば別だ。

流石にうざったくなってきた。


切りのいい所まで暗記を済ませ、キリはそろりと視線を上げた。

その先には、腕を組んで簡素な椅子に腰掛け、自分を見つめているディアノスの姿。


「…何だよ。何か言いたいことでもあるのかよ」

「いや。噂とは似ても似つかんと思ってな」


そりゃそうだ、まず性別からして違う。

男装している時とこうして女性冒険者の格好をしている時とでは、喋り方も心構えも違って当然だ。


…正直、こんなに違うつもりでいるのに『キリ・ルーデンス』として声をかけられたことについては、現在でも納得していない。


「つーか、お前が私に目をつけたのは何でだ。まさか偶然じゃないんだろ」

「ん?いや、情報収集で声をかけたのは偶然だ。どこかで見たな、とは思っていたが」

「…会ったことはないはずだけど」

「写真。舞踏会の際に何枚か撮ったはずだ」


正直言って全く記憶にないが、そうだったのかもしれない。

しかしそうか、グラジアには写真まであるのか…。

SF的な武器がある分、PCみたいな物はないかもしれないが、技術的には自分の生まれた世界と同じかそれ以上に進んでいそうだった。


特に意味もなく負けた気分になりつつ、キリは口を尖らせる。


「けど、その割には名前までしっかり当ててきやがったな?性別違うってのに」

「話している最中に名前を思い出した。性別含め、後のはカマをかけただけだな」

「…にしては、発信機なんてつけるくらい計画的だったようだけど?」

「スパイは偽者だろうが本物だろうが構わなかったと言ったろう。候補として動向を把握しておく必要があっただけだ」


なるほど、理解はできる。

手駒の候補は多いほうがいいだろう。


…だが、とキリは息を吐いた。


「それにしたって、初対面の相手にキスは、流石にどうかと思うんだが」

「ああ、あれはお前の反応が予想外に可愛らしかったものだから、つい」

「はぁ!?」

「ん?」


笑うディアノスの笑顔に曇りはない。

こいつほんとに根っからのプレイボーイなんじゃないか、と慌てて距離を取るキリに、男は腰を浮かせて問いかける。



「折角だ、再会できた記念にもう一回経験してみるか?」

「あと一歩そこから動いたら、また流れ星見ることになるぞ」



握りこぶしを作って真顔で告げた言葉は、彼の楽しげな笑い声と引きつった笑みで相殺された。





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