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霧雨のまどろみ  作者: metti
序章
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2.世界の中心で不条理を叫ぶ




理不尽な話だよなぁと、霞む頭の端っこで思う。


キリが、――花岡霧が、この世界に喚ばれたのは、数ヶ月ほど前のこと。

喚んだのはファリエンヌ王女その人と側近の魔術師で、彼らは右手に雨傘、左手にスーパーの袋を持ったまま呆然としているキリにこう言った。


『私の婚約者におなりなさい』


御年十九歳になられるこの王女様、どうしても間近に迫った政略結婚が嫌で、時間稼ぎのために誰か他の男を婚約者として欲していたらしい。

ただ、周囲の媚び諂ってくるだろう貴族の子息達を選ぶ気にはなれないし、市井から選ぶなんてもっての他。

他国の皇子様にも興味はないし、そもそも結婚なんてまだ考えたくもないのだそうだ。

で、他の世界から来た人間なら駒として動かすのに丁度いいじゃない、と召喚に踏み切った。


ファリエンヌに好きな男ができたら、そこで自分の仕事は終わり。用済み。

だけど勿論呼び出すことしか考えていなかったため、今のところ帰る方法はない。

言葉だけは魔法道具を貸し出されているから読めるし話せるが、取り上げられれば会話さえも通じない。



ここまで聞けば、まあそこまで最悪な状況でもないと思う方も多いかもしれない。

王女様はそれでも美人だったし、自分を哀れんでくれる者もいた。

努力次第ではこっちの世界で成り上がり貴族になって左団扇で生活できたかもしれない。

だけどキリは、どうしてもそれを良しとできなかった。

受け入れられなかった。認めたくなかった。


だから当然反発した。理不尽だと叫んだ。元の世界に返せと懇願した。

でも、誰もそんなことは聞いちゃくれなかった。


この国ではそこそこの地位にいるらしいルーデンスという貴族の養子に入れられ、剣術とこの世界と貴族の常識を一ヶ月もしないうちに無理やり叩き込まれ、とりあえず貴族の子息という体裁が整ったところで勝手に婚約者として発表され、仮にも王女の婿ならそれに相応しく手柄でも何でも立ててこいと彼女の親衛隊に放り込まれて。



んでもって、最期はこんな死を迎えるというわけだ。


呼びつけられて。

従わされて。

空回りして。

裏切られて。


化膿して熱を持つ傷の痛みに苛まれながら。

雨風に打たれながら。


一人で。

独りで。



…理不尽だ。

限りなく、理不尽だ。


アホかと思う。

前世で一体何したらこんな目に合うんだ。



こんなことなら、召喚された後に無理にでも逃げ出せば良かったのではないか。

いいや、それでものたれ死んでいたに違いない。

剣も知識も言葉も身分も、全て自分の努力と引き換えに与えられた物だ。

身を守る術も後ろ盾もなく言葉も常識も通じない世界で生きていくなんて、それこそ考えられない。


だったらどうすれば良かったんだと問うて、どうしようもないと答えが返る。

どこで間違えたんだろうと考えて、間違いも何もないと正論が叩きつけられる。



だって、ずっと頑張ってきたと思う。

喚ばれて数日、どうしたってあっちの思い通りに動いてやらなきゃ帰れないんだと納得して、キリは開き直った。

根がそこそこ真面目だったのもあって、頑張った。


寝る間も惜しんで、全く知らない常識の書かれた本を暗記した。

馬鹿の一つ覚えみたいに扱い慣れない剣を振った。

元の世界に比べて質の悪い、とはいえこの国においてはとても質の良いランクの靴底が擦り切れるほど足運びを練習した。

女性を褒めるために独特の言い回しの修辞を覚え、女性のエスコートの仕方だのダンスだの食事の仕方だの歩き方だの、それこそ気の休まる暇もないくらいに毎日気をつけて身体に染み込ませた。

隙あらば欠点を突付いてこようとする親衛隊の人間への立ち回りだって、そこそこうまくやった方だと思う。

嫌がらせだって相手がわかれば遠慮なく報復してやったし、最近になって目立つものは少なくなっていた。

距離のあった隊員たちの数名とも、少しずつ距離が近くなってきた実感があった。

生活はあれでもルーデンスの家族は優しかったし、末っ子はよく自分に懐いてくれていた。


これなら、もしかしたら上手くいくかもしれないなと思い始めた矢先。

このザマだ。


笑うしかない。

笑えもしない。



こんな所で死ぬくらいならいっそ、とさえ思う。

…けれど、そんな勇気さえ、今のキリは持ち合わせていない。


もう、今更どうもこうもしようがない。

結論は一つ。


自分が今ここで、理不尽にも死に掛けているということだけだ。






カラカラ、と上から小さな石が落ちてきた。

雨音で霞む世界の中、それに気付いて上を見上げる。

誰か人がいるのかと差し込んだかに見えた希望は、無情にも打ち砕かれた。


微かに伝わる振動。

遠くで聞こえる、鈍い音。

近くに物がないためよく解らないが、僅かに揺れている気がしないでもない視界。


地震だ。


遠くでガラガラと岩と土砂が崩れ落ちる音を聞きながら、キリは嘆息した。



ほんとにもう、踏んだり蹴ったりだ。

寒さで意識を失うまで、待ってさえくれないのか。







「…滅びちまえこんな世界」







八つ当たりだった。




自分勝手で傲慢で他人の都合を考えない王女への怒り。

王女の婚約者という、望んでもいない立場に向けられた底なしの悪意への戸惑い。

追い討ちをかけるように自分の存在を消そうとするこの世界への苛立ち。



与えられた理不尽な状況に逆らう気力も勇気もなかった、自分への後悔。





単なる、八つ当たりだった。






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