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霧雨のまどろみ  作者: metti
第一章 竜人の里
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13.変装×潜入×隠密行動




中天に差しかかった太陽が、さんさんと街を照らす昼下がり。

街路に立ち並ぶ露天と綺麗に舗装された石畳、魔法の力で動く噴水の飛沫。

時折威勢のよい呼び込みの声が響き、たくさんの人々が賑やかに通り過ぎる大通り。


随分長く目にしていなかったように見える王都の平民街は、その日も概ね平和な様相を呈していた。



「…ティンドラも久々だな」



ぽつりと呟くと、右肩に乗っていたヴィーが小さく頬をこすりつけてくる。

小さく笑って頭を撫でてやり、キリは町の中心部へと向かう足を速めた。

すれ違った武器を背負った傭兵を少しだけ目で追って、視線を戻す。


広場へと続く道の先に、荘厳な威容の王城がぽつんと浮かんでいた。






キリたちがティンドラの王都へ入ったのは、竜人の里を出てから一週間ほど後だった。

近くの町までフォミュラに送ってもらい、それからは馬車と徒歩の旅。


この一週間で、グラジアとティンドラの戦局は大きく変化していた。

密かに軍の侵攻を進めていたグラジアの兵は現在既に国境まで迫っており、あわや一触即発というところまで緊張が高まっている。


キリも表向きには、戦争に参加する傭兵の一人として王都に入ってきたことになる。

傭兵としての登録を行なうためには王城へ行く必要があり、また緊急事態であるために登録時間帯も限定されていない。

つまり、傭兵に紛れて忍び込み、地図を探すにはうってつけなのだ。

城内の者の意識も、恐らくは城内より緊張状態の国境へと向かっているはず。


城に忍び込むには、これ以上とないタイミングだった。



「――さて、と」



そして、夜。

傭兵に紛れ込んだキリは、兵の目をかいくぐって城内への潜入を果たしていた。


呟くキリの姿は、闇と木立に隠れて今は誰にも見えないはずだ。

それを確認し、キリはこれからの手はずを確認する。



魔法陣の構築式があるとすれば、恐らくあの魔法使いの研究室だ。

国家機密だと言うのなら機密書類と共に資料室に置いてある可能性もあるが、キリが召喚されたことは王や王妃に対しては秘密にしてあるはずだ。

とすると、未完成の魔法として研究室に放ってある可能性が一番高い。


というかぶっちゃけ、忍者みたいな隠密スキルを何一つ持っていないキリに、王城の奥深くまで入り込んで無事でいられるだけの勝算はない。

無駄に高い身体能力と脳みそを駆使して何とかする他ない今、研究室に置いてあることを願うしかなかった。


魔法使いの研究室の周辺であれば、守りは薄いと考えていい。

重要資料が置いてあるだろう資料室はともかく、あんな所に盗みに入る物好きなど、そうはいない。

反対に、王族がよく使う通路や城の出入り口の警備は堅くされているはずだ。


図らずも、親衛隊にいたことで城の防衛事情については手に取るように解っている。

微妙な気持ちになりながら、キリは魔法使いの部屋へと続くルートを辿り始めた。



ちなみに、ヴィーは普段より二周りほど小さいトカゲの姿になったままポケットで大人しくしている。

仮にもドラゴンがこんな扱いでいいのだろうかと首を傾げたりもしたが、ヴィーは特段気にもしない様子でポケットに収まって丸くなっていたので、きっといいのだろう。



しかしザル警備だなぁ、と、進みながら思う。


流石に城の出入り口付近は人の気配があったものの、中に入ってしまえば人っ子一人見当たらない。

そういう状況を選んだのだから当然と言えば当然だが、普通夜中は警備を増やすものだ。

こんな状況では、資料室まで入り込まれても文句を言えない。


かといって油断するのは禁物だ。

息を殺しつつ廊下の奥を窺い、足音を立てぬようそっと横切る。

何の物音もしないことを確認してから、ようやく一息吐いて、キリは目の前にそびえる塔を見上げた。



魔法の塔、と呼ばれる、魔法使い達の住まう研究塔のひとつ。

あの性悪魔法使いの研究室は、この塔の一階の一番奥まった場所にある。


堂々と扉を開けて塔に入っても良かったが、面倒な事になる確率はそっちの方が高そうだ。

塔の外なら、まだ「登録に来たんですけど迷っちゃって」ですむ範囲。

できれば目当ての部屋の窓辺りから侵入して目的を果たしたいところだった。



外から見た限り、塔の中に灯りは見えなかった。

全員出払っているのか、と首を傾げつつ、キリは目的の部屋の下へと移動する。

ちらりと部屋の中を覗くと、月明かりに照らされる部屋の中が見えた。

人の気配は、ない。


そして、当然窓には鍵がかかっていた。


用心深い奴だったもんなぁ、と何ともいえない気分になりつつ、キリは軽くポケットを叩く。

顔を覗かせたヴィーに、窓の鍵の部分に炎を吐いてくれないかと頼むと、ヴィーは首を傾げるような仕草をしつつも小さな炎を出して窓を炙り始めた。

十分に熱されたのを見て、懐から取り出した小瓶から水をかける。


温度差で音もなく硝子が割れたのを見て、キリは「おー」と小さく呟いた。

空き巣の手口として知識はあったが、こうも静かだとは思わなかった。

里では防犯意識などないに等しいが、元の世界に帰ったら気をつけようと決意して、割れた部分にそっと手を入れる。


窓さえ破ってしまえば、鍵は難なく開いた。

人の気配がないことを再度確認して、部屋の中へと入る。


石造りの部屋は、月明かりに照らされて十分に明るかった。


何かの研究の途中だったのだろうか。

机の上は雑然としていて、様々な紙が散らばっていた。


閉まってあるなら簡単に人には発見されないところだろうな、と考えたキリが最初に探したのは、ずらりと並んだ本棚だ。

サイズが大きめの本に紙やメモが挟まっていないかを、軽く捲って調べていく。

内容には特に見向きもしなかったが、キリは最後の本を見てふと手を止めた。


作者の名前が読めない。


眉を寄せて翻訳のピアスを外してみても、なんだかよく解らない。

頑張って読めば下手なカタカナのケとかハとかに見えないこともないが、全部は読めなかった。

もしかしてこの大陸の人じゃないのかな、と少しだけ期待して本を捲ってみるが、中身は難しい魔法構築理論に関する記述がずらりと並ぶだけだった。

魔法を学ぶにしても、この本では難しすぎて参考にはならなさそうだ。


溜め息一つ、本を元に戻そうと本棚に目をやり、キリは目を瞬いた。


本棚の奥。

本で隠すようにしてぴったりと張り付いている、一枚の紙があった。

破らないよう注意しながら、ぴりぴりと剥がす。



「――あった」



これだ、と呟いて視線を落とす。

向こうの世界に比べて質の悪い紙は随分くたびれていたし、陣の式も少々掠れていたが、間違いない。

陣だけではなく魔呪も一緒に書いてあったのは幸運だ、長居をせずにすむ。


見つかったなら長居は無用だ。

さっさととんずらしよう、と窓の外に飛び降りるために机の横に移動する。


と、何かが足に当たった。

こんな所に何が、と訝しく下を見て、キリはそれに気付いた。



「…傘」



それは、折り畳み傘だった。

薄く埃を被ってはいるが、それ以外は何ら代わりのない。


あの日、キリと共にこちらの世界に呼び込まれた――



少し考えて、手に取った。




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