12.小動物きた!これで勝つる!
「って、わけなんだけど…」
「ふむ」
「旅のついででいいんだ。王都まで付いてきてくれないか?」
頭を下げると、彼は難しそうな顔で腕を組んだ。
里の外から帰ってきて数日。
生活も落ち着いた頃にフォミュラを訪ね、件の話について切り出してみると、フォミュラは特に驚いた様子もなく、黙って話を聞いてくれた。
キリにしてみればそれは少し意外だったのだが、考えてみれば彼は事情を知っている。
もしかしたらキリが魔法陣を取りに行くと言い出すのも予想していたのかもしれないなと、少しだけ納得する気持ちもあった。
返答を待つキリの目の前で、何事かを思案するように目を伏せ、彼は言葉を続ける。
「構わない、と言いたいところだが…」
「…だめか?」
「生憎、今は抜けられない用事があってな。次に里を出られるのは二月ほど後になりそうなんだ」
「ふ、二月?」
火急でないとはいえ、流石にそんなに待つのは難しい。
ていうか、あんたそんなに忙しい人だったっけ?というキリの驚きが伝わったのか、彼は目を据わらせた。
「君は普段私が何をしてると思っていたんだ。旅をしていない時はぐうたらな生活をしているとでも考えていたのか?」
「い、いや、よくどこかに出かけるのは知ってるけど、どんな仕事してるのかなんて知らないし」
全く、と溜め息を吐いて、彼は近々竜人族の中でも一番大きな里で、年に一度の祭典があるのだと教えてくれた。
普段外に出ない竜人もこの時ばかりは祭りにやって来るため、多くの物資を必要とするせいで、その準備が大変らしい。
「竜人族の族長が主となって進める祭典だからな。そこに仕えている私たちが忙しいのは当然だ」
「ああ、そういえば宮仕えとか聞いたような気が…」
仕事していないように見えて、意外と忙しい人だったらしい。
それじゃあ難しいか…と顎に手を当てて考え込むキリに、フォミュラの怪訝そうな視線が刺さる。
「それにしても…王都に行くのはいいが、どうやって魔法陣を手に入れるつもりなんだ?」
「お城に入り込んで魔法陣の設計図盗む」
随分あっけらかんと言ってくれるな、とジト目の視線が飛んできた。
「世界を越えるなんてレベルの魔法は国家全体の秘匿対象だ。つまり、警備も並のものではないし、見つかった時の刑罰も並のものではないぞ。戦争中なら良くても前線送り、悪くて極刑だ」
「つまり、禁術レベルの魔法使って連れてこられた私自身も秘匿対象ってことだろ?例え見つかったとしても、あっちだって大きな騒ぎにしないはずだと思うけど」
「キリ・ルーデンスは死んだ。その意味での庇護はもう受けられないのに、か?」
「死んだからこそだよ。あちらにとって、この事件はもう終わったことになってる。なのに、のこのこと死んだはずの人間が出てきて「私は異世界から連れてこられました」なんて言い始めたら邪魔以外の何者でもないだろ。ティンドラにしてみれば、『異世界から連れてこられた人間』と『キリ・ルーデンス』を結び付けられるのは一番嫌な事のはずだ。だったら盗まれても知らん振りしておいて勝手に帰ってもらったほうが、あちらさんにも都合がいい。邪魔はしないと思うけどね」
落ちる沈黙。
険しい顔でこちらを見つめるフォミュラを見上げる形で、キリも視線を投げ返す。
「ここの皆に迷惑がかかるって言うなら、私はここを出ていくよ。あんたのお陰で外の世界の事もちょっとはわかったし、傭兵だろうが冒険者だろうが、どうにでも生きていける」
元の世界に帰るためには、こればかりはどうしても譲れない。
一歩も引かないぞと強い意思を込めて睨みあっていると、やがてフォミュラが視線を外した。
そのまま苦虫を噛み潰したような顔をして、何か言いかけた言葉をぐっと堪えるように飲み込んで。
終いには、大きな溜め息を吐かれた。
「…のこのこ出て行って、改めて殺される可能性は考えないのか、君は…」
「……ま、まあ、その辺はどうにかなるって…多分」
「それが心配だから言ってるんだろう。…全く、思慮深いように見えて意外と無茶をするな、君は」
最後の台詞に少しだけ苦笑が混じっている気がして、キリは首を傾げる。
彼が視線を上げて目を合わせると、呆れたような、けれどどこか優しい色をした目が見えた。
「…まあ、君らしいといえばそうなんだが」
「え?」
「これからすぐに出発するわけではないのだろう?」
聞こえた言葉に目を丸くして、慌てて頷く。
準備も含めれば、早くても三日後くらいになるだろう。
「私は付いていけないが、なんとか考えてみよう。目処がついたらまた連絡するよ」
「え…い、いいのか?」
「止めても行くのなら、せめてできることくらいはしてやりたいからな。くれぐれも、一人で勝手に出て行ったりしないように」
「わ、わかった。…ありがとう」
ぱちぱちと目を瞬かせてお礼を言うと、フォミュラは苦笑して「準備はきちんとしておくんだぞ」と言い残し、仕事に戻っていった。
まるで兄のようだ、とちょっとだけ元の世界への郷愁を感じつつ、キリもその日はフォミュラの屋敷を後にした。
フォミュラが屋敷にキリを呼び出したのは、数日後のことだった。
長い坂を上って辿りついた屋敷でキリを出迎えたフォミュラは、何故か大きな籠を抱えていた。
籠と共に先日と同じ客間へ通され、お茶を飲みながら、話を切り出したのはフォミュラだった。
「さて、この間言った通り、君に外出の許可を出すのは吝かではない」
「うん」
「ただやはり、君一人で行かせるのは心もとない。そこで、だ」
「…うん?」
「これを連れて行きなさい」
そう言って彼が開いた籠の中にいたのは、猫の子くらいの大きさの、赤い鱗の塊だった。
驚くキリが見ている前で、その塊はにょっきり手と足と尾を出し、大きめの羽を広げて小さくあくびをする。
その額には、淡く輝く真っ白な角が生えていた。
「…ど、ドラゴン?」
「トカゲだ」
「え、だってどう見ても羽と角が」
「トカゲだ」
反論は許さないとばかりに笑顔を浮かべるフォミュラからは、妙な圧力を感じた。
それでも尚屈しまいと口を開きかけ、同時に放たれた冷気にキリは思わず背筋を凍らせた。
この冷気は決して体感的なものだけではない。
実際に魔法を放つ前兆の冷気であることが、魔力皆無のキリにさえも解った。
「……と、トカゲ……ね」
「そう。名前はヴィーという」
おーい、今こいつ魔法使おうとしたぞー。
おっかねー奴、と内心震え上がりつつ、フォミュラの言葉の続きを待つ。
「賢いから人の言葉を解するし、魔力も持っている」
「…やっぱそれってドラゴンじゃ」
「トカゲだ」
どうしてもトカゲにしたいらしい。
確かに、竜人以上にドラゴンは希少種らしいから、フォミュラが飼ってるなんてばれたら大事なんだろうけど。
特に竜人はドラゴンを信仰している節があるから、尚更公にはできないはずだ。
…なんでドラゴンなんて飼ってるんだ、こいつ。
やはり侮れない、と改めてフォミュラに対する認識を変えるキリはスルーして、フォミュラは籠からドラゴンを持ち上げて机の上に乗せた。
「これは簡単な魔法なら扱えるし、いざと言う時には私の元に手紙を飛ばして連絡を取ることもできる。連れて行けば何かの役には立つだろう」
「へえ、そりゃ便利…」
言いかけた所で、きゅあー、とドラゴンが鳴いた。
物扱いするな、とでも言いたげに、たしたしと尻尾で自分が乗っている机を叩く。
…なるほど、確かに人間の言葉は理解するらしい。
キリは腰を屈めて、悪かったよ、と人差し指で頭を撫でてやる。
ドラゴンは気持ちよさそうに目を細めてまたか細い声で鳴いたが、
「でも、トカゲは鳴かないと思う」
その言葉に、鳴くのをやめてだんまりを決め込んだ。
その代わりに、もっと撫でろと言わんばかりに尻尾がてしてしとキリの腕を叩く。
思わず噴出しそうになるのを堪えつつ、キリはフォミュラに視線を戻した。
「連れてくのは全然構わないけど、こんなの連れて歩いていたら目立つぞ?絶対」
「擬態の魔法がかかった首輪があるから、それを付けていけばいい。後で探して持ってこよう」
どうやら昔は日常的に連れ歩いていたらしかった。
でなければ、擬態の魔法が掛かった首輪など持っていないだろう。
それで問題がなかったなら大丈夫かな、とドラゴンに視線をやると、小さく首を傾げるような動きを見せて、未だに頭を撫で続けていたキリの手に頭をすり寄せてきた。
「よろしくな。ヴィー?」
きゅあっ!と甲高い声でいい返事が返ってきて、思わず笑みが零れる。
まさかこの世界でこうしてドラゴンと触れ合えるなんて、とちょっぴり感動してヴィーとじゃれていると、フォミュラがこほんと咳払いをした。
「まあ、そんなわけで。これを連れて行くなら、里を出てティンドラに行く許可を出そう」
「了解!ありがとな、フォミュラ」
「その代わり、二人とも無事に帰ってくるように。いいな」
「…ああ。わかった!」
ドラゴン、もといトカゲのヴィーも応ずるように鳴き声を上げて、フォミュラが苦笑を零す。
キリの旅の道連れは、かくしてこのドラゴンに決定したのであった。




