11.チート?何それおいしいの
結局その後、言葉についての疑問が解消されることはなかった。
ふと思い出してフォミュラに聞いてみたこともあるのだが、「絶対にないとは断言できない」との返答だった。
「絶対にありえない、ということを証明はできない」。
いわゆる悪魔の証明というやつだ。
なんだかいいように誤魔化された気がしないでもなかったが、別に重要な事でもないし、キリはそれっきり、それについて考えるのはやめた。
そんなわけで。
ヴィルやイシュと薬草の世話をしたり、里の皆の手伝いをしたり、のんびりと過ごして。
たまにフォミュラに誘われて旅先へ出て行き、作り置いた薬を売る。
ついでに魔法に関する情報や本を集めて、少しずつ勉強する。
そんな生活を続けて、早数ヶ月。
キリがその噂を耳にしたのは、旅先のとある酒場でのことだった。
「――戦争?」
きな臭い単語だな、と会話が聞こえてきた方へとキリが視線を向けると、屈強な姿の男達がテーブルを囲んでいるのが見えた。
騒がしい中だったが、オウム返しの言葉を聞き取ったのか、隣にいたフォミュラが頷く。
旅に出る度この調子なので、この状況にももうすっかり慣れてしまった。
「ああ、近頃噂になっているようだな。この辺りも随分きな臭くなったものだ」
「ふーん…」
「…どこへ行くんだ?」
「ちょっと話聞いてくる」
ここの宿屋の娘さん(若干10歳)に絡まれて相手をしていたフォミュラを残して席を立ち、酒を持ってテーブルに野次を入れに行けば、彼らは歓迎の歓声と共に詳しい話を教えてくれた。
曰く、元々仲の悪かったティンドラ王国とグラジア帝国との関係が、最近悪化の一途を辿っており、いつ開戦してもおかしくない状態であること。
というか、グラジアの軍が既に動き出しているという情報もあること。
自分達は国境に近いこの辺りで、ティンドラの軍が動くのを待っていること。
どうやら、このテーブルについている彼らは、全員傭兵らしかった。
なるほど、傭兵なら戦争や各国の情勢の話には詳しいだろうな、と納得して、キリは相槌を打つ。
「ほら、だいぶ前にニの姫さんの婚約者が国境辺りの山で行方不明になっただろ?」
「おう、あったあった!そういや、あれも実はグラジアの奴らの仕業だったんじゃねぇかって話だったな!」
「そうそう。アレ以来この辺もきな臭くなったよなぁ」
「…へー」
表面的には通常通り相槌を打っているものの、背中を伝う冷や汗は止まらない。
…これはまずいんじゃないか。
嫌な予感が身を包むのを感じつつ、キリは先を促す。
「避難が始まるのはまだ先だろうが、ここも直に危なくなるだろうなぁ」
「…戦場はこの辺りになるのかな」
「さあなぁ。だがまあ、あっちにいきなり王都や領地のど真ん中に攻め入ってこられるような秘策があるなら、俺たちが手を貸したところでグラジアにゃ勝てないだろうよ」
「はは、そりゃそうか」
「噂を聞いて最近この辺りに流れてきた奴も多いからな。きっと、これからもっと増えるぜ」
そんな不穏な言葉には苦味の強い笑みを返し、その後キリはじっと彼らの会話に耳を傾けることに集中することにした。
話は二転三転し、戦場での戦法から近所の飯屋の娘の話から、色々なものがごちゃ混ぜになった雑談が続いていく。
そんな会話に相槌を打ちつつ、その日の夜は更けていった。
「…っあー。ちょーっと飲みすぎたかな」
火照る身体をぐーっと伸ばし、キリは宿の自室から窓の外を見下ろす。
開いた窓から流れ込んでくる冷気が身体を冷やし、小さく息を吐いた。
小さな窓の外には、月に照らされて青く壮麗な町並みが映し出されている。
戦争か、と、ぼんやりした頭で思う。
噂になっているグラジアは確か、ティンドラとは山を挟んでお隣さんだったはずだ。
鉱脈を幾つも持っているために軍事関係の研究が進んでおり、軍事力では他国に追随を許していない。
と、同時にとても好戦的で、よく隣国に喧嘩を吹っかけては小競り合いを起こしている。
大事にならないのは、周辺国が同盟を結んで牽制をしているからに過ぎない。
今回もきっと、そんな小競り合いの一つに過ぎないのだろうが…。
「…うーん」
こうして唸っているのは、別にティンドラ自体の心配をしているわけではない。
正直言ってティンドラにあまりいい思い出はないし、裏切ってくれやがった親衛隊の奴らや性悪魔法使いが痛い目に合っているのだとすれば、ざまあみろと舌を出すくらいには恨みもある。
自分から不幸にしてやろうとは思わないが、助けようとも思わない、そんな感じだ。
溜め息の理由はそんなことではない。
現在キリが危惧しているのは、
「…魔法陣、大丈夫かな…」
王城の一角の床に刻まれているはずの、キリを召喚した際に使われた魔法陣のことだった。
元の世界に帰るための陣を創ろうと思うのなら、召喚の陣を参考にしようと考えるのは半ば必然だろう。
世界に対する干渉、座標を固定するための魔法式など、似通っている部分は相当多いはずだ。
あの魔法陣はあのいけ好かない魔法使いのオリジナルらしいし、他で入手できる可能性も見込めない。
今までは基礎の勉強を優先して入手を先延ばしにしていたが、王都が襲撃されてうっかり消滅する可能性を考えると、のんびりしてはいられない。
確かに、小競り合い程度で王都にまで被害が波及するとなると、ティンドラの軍事力に疑問を呈さざるを得ない。
しかしキリは、こちらの戦争という概念は、小競り合いであるにしろ警戒するに越した事はないと考えている。
その理由の一つがまず、強力な力――魔法の存在だ。
この世界において、魔法は地水火風の四つの要素と等級によって分類される。
生活級、戦闘級、戦略級など、基本的には用途と規模に乗っ取った等級が決められているが、中でも戦略級魔法は、戦争の際に戦略の一つとして使えるくらい強大な魔法のことを指す。
一般的に存在する魔法師が行使できる魔法としては、最上級に相当する魔法だ。
それでも海を割ったり地を割ったり空を割ったり、とにかく一般市民が抵抗できるような魔法ではない。
問題があるとすれば、それが魔法師数人の協力だけで行使可能というところだ。
実力のある一個師団の魔法師がいれば、それだけで一国を更地に変えることができてしまう。
魔法師と呼ばれるほどの魔力の持ち主はこの世界でもそう多くはないようだが、例えばここより少し東にある魔法王国アルシータならば、それも十分に可能なはずだ。
…ちなみに余談だが、それ以上の世界級と呼ばれる禁術の中には、対象範囲の生物の無差別殺戮に付随して、範囲内の躯をアンデッド化、なんてえげつないものまで存在するらしい。
しかも範囲は魔力量があれば幾らでも広げられるため、術者たちによっては、原爆?水爆?なにそれおいしいの?というレベルだ。
正直に言って、こんなものを使われたら抵抗する間もなく一瞬で国が崩壊する。
さすがに大掛かりな準備と儀式、多くの生け贄が必要になるらしいので、伝説扱いらしいが。
…まあ、伝説級の魔法を扱う術者がホイホイいるとも思えないが、世の中何があるか解ったものじゃない。
警戒はするに越した事はないだろう。
二つ目の理由が、軍事兵器の高度さだ。
銃とか大砲とかいうレベルではない、うっかりしているとレーザーやビームが飛んでくる。
参加した軍事演習で、ここはどこのSF世界だと絶叫したくなるような光景を見せ付けられたキリにとっては、オーバーテクノロジーと確信する兵器が存在することは明白だった。
ああいった兵器は防御魔法で多少防ぐ事ができるらしいが、魔力のないキリにとっては一撃必殺の武器と同じ。
量産が難しいということ、機械人と呼ばれる人種以外には扱えないことを鑑みても、こちらの武器が剣だけなのだから、甚だしいバランスブレイカーだ。
この二つを合わせた結論としては、
ほんとにもう、この世界の人間は殺意高いってレベルじゃねぇ。
ちょっと身体能力高いだけで天狗になれるかってんだ。
――と、いう話である。
そんなわけで。
戦争の最中に、不慮の事故で魔法陣が無くなってしまうことだけは防ぐべきだ。
恐らく魔法陣の設計図くらいは別に作って置いてあるだろうが、城に被害があるのだとしたらそれさえも残るかどうかは危うい。
どの道、ティンドラの王都に訪問して召喚陣を手に入れなければ研究は始められない。
キリを呼び出した魔法使いが協力してくれないとなると、尚更だ。
いずれ行かなければならないのなら、早いうちに行っておくべきだ。
そんな結論に至ったキリは、そうと決まれば、と一息に身体を起こした。
ティンドラの王都に向けて旅立つのなら、やるべきことはたくさんある。
旅支度は当然しなくてはならないし、剣だって手入れをしなくてはならない。
自分がいない間の畑の世話も、誰かに頼んでおかなければならないだろう。
そして、何よりも。
外出許可をもぎ取らなければならないのだった。
「……フォミュラの奴、付いてきてくれるかなー」
期間も解らない、正直言って危険が伴う旅だ。
今から頭が痛いなー、と説得の方法を悩みつつ、キリは窓際で溜め息を吐いた。




