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霧雨のまどろみ  作者: metti
第一章 竜人の里
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8.このひとも濃ゆかった




そんなわけで。

つい先日、フォミュラと共に、久々に里の外へと出てきたわけなのだが。



「……」

「…完全に死んだ魚の目とやらだな」


あたりまえだ。


机にうつ伏せたままのろのろと視線を上げると、少々苦笑を載せたフォミュラの顔が目の前にあった。

近い、と据わった目で呟くと、彼は首を傾げて乗り出していた身を引っ込める。


「そんなに怒らなくてもいいだろう?」

「別に怒ってない!」

「その割には機嫌が悪そうだが」


ひくりと頬が引きつった。

機嫌が悪い?

ああそうだ、否定はしないさ。

これだけ苦労させられれば機嫌の一つも悪くなろうってもんだ。


だが、その前に。

それより、何より。


「だって聞いてないぞ!何だって――」


身体を起こしてびしっと指を差し、



「行く先々でハーレム作ってやがるんだよ、あんたっ!?」

「…いや、私も別に作りたくて作っているわけではないのだが」



苦笑して首を傾けるフォミュラは、確かに自らハーレム作成なんぞに勤しむような奴ではない。

むしろ女性からはどちらかというと距離を置きたがるタイプで、奴は浮いた話の一つもない枯れた奴だとヴィルが零していたくらいだ。

キリ自身もその分析結果にはまあまあ賛同していた。


ところがどっこい。

世の中には、自ら望まなくともハーレムができてしまうような人間も、ごく稀に存在するわけで。


…今回のことで、昔義姉に聞かされていたフォミュラに関する話の意味がようやっとわかった。

つまりこいつは、――天然タラシという奴なのだ。

無意識に女性に優しくして、勘違いさせてしまうタイプなのだ。


「無節操なのが一番困るんだよな…」

「変な言い方をしないでくれ。女性を労わるのは、力持つ者として当然だろう?」


…このフェミニストめ。

厄介事だとは解っていたが、それならそうと最初から言っておいてくれ。

あーもう、こんなことなら男装してくればよかった!と頭を抱えるキリに、フォミュラが生真面目な顔をして否定する。


「君が男装していたら、ついてきてもらう意味がなくなってしまうだろう」

「端から露払い役かよこん畜生!」


お陰で、食事中も買出し中も、絡まれる絡まれる。

フォミュラが有名人だということも手伝って、気の休まる暇もない。

一緒に行動しているので目に見えて実力行使はしてこないものの、朝から晩まで視線が痛い。

特に女性が集まる場所なんかでは、針のむしろだ。


よく利用する街であるとはいうものの、明日もこんな調子だと考えると今から疲れが溜まる。

想像してうっかり魂が抜けそうになり、キリはふるふると頭を振って意識を戻した。


「…やだ。やっぱ駄目だ。明日から男物着る」

「…君の場合、それだと半分男装ではないか」

「いいんだよ!旅人って動きにくい服装はしないのがセオリーだろ!」


何のセオリーだと言われそうだが、そういうもんなんだ。

そもそも、キリは普段から男物を好んで着ている。

こちらの世界では女性がズボンをはく習慣がないので最初は驚かれたが、こちらに来る前もジーンズスタイルが多かったキリにしてみれば、今更スカートだの何だのを身に着けるほうが気恥ずかしい。

今日こそ「契約の交渉に行くのだから」と言われて女性物の服だったが、それだってだいぶ勇気が必要だった。


そんな複雑な機微が存在するわけだが、フォミュラはキリの言葉に軽く首を傾げて。


「動き辛いか?それなら明日、裾の短い服でも見繕いに行こうか」

「…短いのは嫌だ。戦えないだろそんな格好で」

「飛んで移動すれば」

「尚更却下だよ!!豪快にパンモロじゃねーか!!」


思わず全力で叫んだ。

…ぱんもろ?と首を傾げられて、そこから説明に十分ほどかける羽目になったわけだが。


結局。


「…短いのも、きっとキリに似合うだろうに」

「やめてくれホント。おだてられても着ないから」


胸は潰さないからという条件で明日からズボンを着ることを許してもらった。

本気で残念そうな顔のフォミュラに、キリは「これが天然タラシの威力か」と半ば戦慄していた。

後の半分は貴族令嬢達に対するお世辞に使えそうだとこっそり脳内メモしていたりするのだから、キリもキリで人のことを言えないのだが。



まあ、それはそれとして。

仕切りなおすかのようにこほんと一つ咳をして、フォミュラが話題を変える。


「どうだ、キリ?久しぶりの外は」

「…別に。里に閉じ込められてるなんて感じはしてなかったからな、普通だ」

「そうか?私は外へ出るたび、開放感を味わっているが」


そりゃまあ、そのお翼で空を切って飛んでいくのだから、開放感はひとしおでしょうよ。


荷物のように抱えられて麓の村まで降りた時の事を思い出し、キリは羞恥に眉を寄せた。

帰る時もあれだなんて事実には気づきたくない考えたくない。知らないふりだ。

薬を捌いて帰るのだから帰りの荷物は少ないだろうが、うっかり重いだなどと言われたら穴を掘って入るレベルの羞恥心は持ち合わせている。

男装して女性を口説くまでしておいて今更と思われるかもしれないが、キリだって一応は女性なのだ。

その辺の機微については、どうか察していただきたい。


ちなみに、肝心の薬の方はフォミュラの馴染みだという雑貨屋さんと無事に契約を取り付けることができた。

評判とその後の契約については、腕の見せ所というやつだ。


…最初が肝心と死ぬ気で調合した薬だが、気合が入りすぎてうっかり乳鉢にひびが入ったことは内緒だ。

新しいの買って帰らないとな、と、脳内の買い物リストに書き加える。

今夜にでも、薬を売って得た代金と相談しなければならないだろう。


と、そこで目の前の男が発した言葉によって、キリは散逸的にぐるぐると巡る思考から引き戻された。


「…ふむ。ならば酒だ」

「…は?」


キリが考え込んでいる間にも、何やら話が進んでいたらしい。

唐突に出された単語にぱちくりと目を瞬かせると、フォミュラは綺麗な所作で椅子から立ち上がった。


「宿を決めた時に言っただろう?この宿の食堂は夜は酒場になっているんだ」

「あ、ああ。そういや言ってたな」

「くさくさした気分の時はアルコールが一番だ。飲みに行こう」

「は!?」


いやいや、明日も長距離を移動する予定じゃなかったか。

ぽかんとするキリの腕を引いて立たせ、フォミュラが移動を促す。


「別に急ぐ旅でもないだろう?」

「そりゃそうだけど、明日も移動するんじゃ」

「無茶な飲み方をしなければ平気だろう。それとも飲めない質か?」

「そういうわけじゃないけど…」


言葉を濁したキリだったが、「ならば問題ないな」と満足そうに頷くフォミュラに中止の意思はないようだ。


…どうやらこのハーレム体質のフェミニストは、こう見えて中々の酒好きらしい。

これで酒乱だったりしたら手に負えねーなーと遠い目をしつつ、キリはずるずると酒場へ連行されていった。




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