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霧雨のまどろみ  作者: metti
第一章 竜人の里
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7.つまりそれは○○コンという奴で



イシュと名乗った男と、フォミュラにお灸を据えられたらしいヴィルを伴って畑を訪れたのは、翌日のこと。

そこに広がっていた予想以上の惨状に、キリはぽかんと口を開く他なかった。


恐らく土の魔術でも使って穴の底を上げたのだろう、穴のあった場所にどどんとそびえる土柱。

魔法の行使の際に生成でもされたのか、周りにはごろごろと土塊が転がっている。

畑の面影は勿論、元の草薮の面影すら見当たらなかった。


「……元通りにしろとは言わん。せめて平らにしてくれ」

「う、そんな精密な魔法使えねぇんだけど……」

「大体平らにしたら後は手作業でいいだろ。もしくは……」


ちらりと隣を見るキリの視線の先には、唇を尖らせたヴィル。

不承不承来てやった、という態度は崩さないが、協力する気はあるらしく、視線に気付いて口を開いた。


「……なんだよ。頼みごとがあんならはっきり言えよ」

「ヴィル。土の塊とかの処理やってもらってもいいか?」

「べ、別にいー兄に言ってるわけじゃ……もういいよ!やればいいんだろっ」


フォミュラにこってり絞られたせいなのか、はたまた隣にいるイシュのせいなのか。

口の悪さは相変わらずだが、いつになく素直に働き始めたヴィルを横目に、キリは割れた鉢を片付け始めた。






ぐちゃぐちゃだった土地が全て片付き、きちんとした畑になったのは、それから一週間ほど後のことだった。

最初の見通しでは倍は掛かるかと思っていたのだが、イシュとヴィルの魔法が大体の障害物を片付けてくれたため、意外と早いうちに整備を終わらせることができたのだ。


それと、もう一つ。


「キリー!これは外でいいのか?」

「ああ、一番でっかい鉢の隣に置いといてくれ」

「ほいよ、っと」


畑が悪戯される前の状態に戻った時点で「後は一人でやる」と手伝いを断ろうとしたキリに、意外にもイシュがその後の手伝いを申し出てくれたからだ。

――いや、正確には、申し出たのはフォミュラの方だったが。


どうやらイシュは、強い魔力を持っているにも関わらずその操作が苦手らしい。

その魔力制御の下手糞さは先立っての事件で嫌と言うほど知っているのだが、キリの手伝いをしている最中に魔法を使ったのが、どうもよい練習になったらしいのだ。

確かに精密な魔力操作を要求することも多かったし、(恐らくヴィルの手前)魔法を使うのを嫌がっているそぶりはなかった。

何より、単調な練習が嫌いで練習をサボっているらしいイシュも、こうした日常の手伝いなら飽きずに練習ができるだろう、とのことだった。


邪魔でなければこのままこき使ってやってくれると練習になっていいんだが、と言われれば、こちらも断る理由はない。

その申し出を一も二もなく承諾した後は、イシュはほとんど毎日キリの家に姿を見せていた。


「そろそろ休憩しないか?」

「お、ありがと」


薬草を刻んでいた手を止めて、汗を拭っているイシュへと窓越しに声をかける。

外から戻ってきたイシュに椅子を勧めて、自分も小さな椅子に腰を降ろした。

お茶を淹れると、すっと抜けるような甘い香りが鼻をつく。


知らず溜まっていたらしい疲れが溶けていくのを感じ、キリは一つ息を吐いた。


「――にしても、イシュ。いいのか」

「ん?」

「お前、この里に住んでるわけじゃないんだろ?」


彼がこの里に滞在するようになって、そろそろ一月だ。

一旦帰ったほうがいいんじゃないのか、とお茶を飲みながら口にすれば、イシュは別段気にしてもいないようにパタパタと手を振って。


「構やしねーよ。どうせ家に帰っても一人だし」

「そうなのか?親とかは?」

「離れて暮らしてる。ていうか、竜人族は一緒に暮らしてる奴の方が少ないな」

「へえ…」


そういえばこの里の人間も一人暮らしばかりだったな、とキリは思い出す。

村の外れに老夫婦が住んでいるが、それ以外はほぼ一人暮らし。

ヴィルは一応女性と一緒に住んでいるが、修行として住み込みで仕事を手伝っているだけなので、別に血縁関係があるわけではないそうだ。


まあイシュがいいならいいか、と、キリはそれ以上突っ込まなかった。

というか、突っ込めなかった、というのが正しい。

最近ではもう慣れてきてしまった感があるが、突如家にやってきた闖入者のせいだ。


ノックもなしに扉が開き、ひょこりと角の生えた頭が覗く。


「お、ヴィル」

「よ、いー兄。…うっわ、相変わらず薬草くせー」

「おいこら。ノックぐらいしろ」

「なんだよ、いいだろ別に。減るもんじゃなし」


なんとも生意気な台詞と共にずかずか侵入してきたヴィルが、イシュの隣に腰掛けた。

どうやら今日は仕事が早めに終わったらしい、と内心溜め息を吐く。


イシュが家に来るようになってから、ヴィルもよくキリの家に来るようになった。

どうやら、以前はあまりイシュと話をする機会がなかったらしく、今は暇があればべったりだ。

別に来るなとは言わないが、それならそれでもう少し家主への礼儀をなんとかしてほしい。


「おいキリ、俺にもお茶!」


勝手に入ってきておいてこの扱いなのだから、溜め息も出るってものだ。

ったくこのおガキ様が、と毒づきつつ、キリはしぶしぶとお湯を沸かすために立ち上がった。


家にいる間は大体薬湯を煮立てているため、こういう時に火に困ることがないのはありがたい。

魔法が使えれば火起こしなど全く気にしなくていいのだが、魔力のないキリにとっては切実な問題だ。

その意味で、イシュが家に入り浸りなのはとても助かっているのではあるが…。


「なあ、キリ」

「別にマッチだなんて思ってないぞ」

「は?」

「こっちの話だ。で、何だ?」


陶器製のポットに茶葉を入れながら振り返ると、真面目な顔のイシュと視線が合った。

何の話だと首を傾げていると、ちょっとだけ言いよどんだ後、彼が口を開く。


「お前、今度フォーの奴と里の外に行くんだって?」

「ああ。ようやく売り物になりそうな薬もできたし、一度外に持ってってみようか、ってな」

「その…大丈夫なのか?」


何がだ?

と問い返しかけて、そういえば自分はフォミュラの客人としか名乗っていなかったなと思い出す。

竜人の里に滞在している時点で、何らかの事情があることくらいは察しているかもしれないが、彼らにとって、キリは単なる人間の娘でしかないのだ。

しかも、それに加えて魔力がないときた。

竜人にとっては未知の世界である「外」に行くと聞いて、不安になるのも無理ないことなのだろう。


詳しく聞かれたいことでもないので、殊更なんでもない風に笑い飛ばす。


「平気だろ。慣れてるし」

「慣れてる…のか?」

「まぁな。いざとなれば剣だって使えるし」

「剣っ?」


予想外だったらしい。

叫ぶほど驚くことかとむしろキリの方が驚いたが、イシュは本気で驚いたらしかった。

しげしげと服に包まれたキリの二の腕を見つめて、


「お前、人間だよな?そんな細い腕でそんなもん振り回すのか?」

「今更何言ってんだよいー兄。こいつ土満載の手押し車も片手で運んでたじゃん」


うっかり油断したところを見られていたらしい。

ヴィルの言葉に、思わず視線を泳がせる。


余談だが、キリの強化された力や身体能力は、おおむね竜人と同じくらいのようだった。

規格外の馬鹿力女にならずにすんでよかったと、キリは心底ほっとしていた。

人間としては十分規格外だという事実にはこの際眼を瞑る。


「いーじゃん、こんな男女のことなんて心配するだけ無駄ってことだろ。…それより、外に行くっていつ?どんくらい出かけるんだよ?」

「…三日後。今回は様子見だから一週間もすれば戻るんじゃないか」


いい加減その男女という呼び方はやめてほしいのだが、どうやら気に入ったらしい。

一々指摘する気も失せて質問にだけ簡潔に答えると、ヴィルは考え込むように視線を上向けた。

時々にやけたりしているのが何とも気持ち悪いのだが、今度は何を企んでいるのだろうか。


「…私とフォミュラがいない間に悪戯しようなんて考えるなよ。家の鍵は掛けていくし、外の鉢は全部移動させたからな」


被害を被る前にと釘を刺せば、ヴィルは口調を荒げて否定した。

煩いのがいなくなるなら清々するって思っただけだ、と主張しているが、少しだけ顔が赤い。

どこまで本当なのか、と肩を竦めて、キリはイシュへと向き直る。


「ま、そんなわけで私は一週間ほど留守にするから」

「わかった。畑の世話は任せとけ」

「うん。頼んだ」


頼もしげに笑うイシュに笑いかけると、ぱっと視線を逸らされた。

…隠しているつもりだろうが、耳が赤い。

思わず噴出すと涙目で睨まれた。乙女か。


その後ヴィルの機嫌が急降下して普段以上にキリに突っかかってきたあたり、この弟は大丈夫なのかと多少心配にならざるを得なかった。





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