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霧雨のまどろみ  作者: metti
序章
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1.出オチは崩落の音と共に



キリは、大変困っていた。

例えばそこに誰かが現れたとしたら、例えそれが悪魔でも魔王でも、一も二もなく飛びついただろうと思うくらい、困り果てていた。


背後には切り立った岩壁。

眼下には地平線すらも見えないほどに広がった広大な森。

単に景色を楽しむという一点のみであれば、これほど眺めの素晴らしい場所はそう多くないはずだ。


今キリが座り込んでいる場所が、人一人がようやく座りこめる程度の広さしかない、小さな岩棚の上でなければ。

怪我をして動くこともできず、助けの一つも期待できない、人の気配のない山道の真下でさえなければ。

追い討ちをかけるように風が吹き、叩きつけるように雨が降っていなければ。


「……さっみぃ」


ぽつりと呟いて身体を震わせ、纏っていたマントの前身ごろをかき合わせる。

意識せず溜め息が漏れ、視界を一瞬白く染めた。


のっぴきならん状況というのは、多分こういう状況のことを言うのだろう。

街道までよじ登ろうにも、先刻ようやっと血の止まった左ふくらはぎは鋭い痛みを訴えているし、うっかり下まで滑落なんぞしたらほぼ確実に死が待っている。



こうなったのも全部あの我侭王女のせいだ。

半分八つ当たり、半分本気でそんな事を考えながら、キリは寒さと傷の痛みからくる頭痛の中で、少し前の出来事を思い出していた。





キリは、ティンドラ王国の第二王女、ファリエンヌ・ルースタック・ティンドラの親衛隊に所属する騎士の一人である。

親衛隊と言っても、毎日毎日来る日も来る日も王女様の身辺警護をしているわけではない。

当然それも仕事の範疇だが、我らが敬愛すべきファリエンヌ様は自らの親衛隊の存在意義をこう評している。

「私のわがままをいつでも何でもどこででも聞いてくれる、とっても素敵な私兵さん」と。

…まあ、つまりは彼女の意向次第でどこにでも派遣されるというわけだ。


今回はそんな仕事の一環で、キリは数人の仲間と共に、王女様が欲しがったティンドラ西の端っこにある街の特産品である布地を手に入れるために遠征に来ていた。

どうにか無事に布地を手に入れて、馬車と共に帰路を急ぐキリたちの前に立ちはだかったのは、整備されていない山道と、大量の荷物と、この大雨。


西の隅とはいえ、同じティンドラ王国内の特産品が王都で手に入らない理由の一つが、この殆ど、というか全く整備されていない流通網にある。

近くに大きな火山があるために、この地域では地震が頻発する。

この地域は山に囲まれているため、いくら道を整備したとしても、落石などですぐに駄目になってしまう。

山の中であるため、工事も人手が要るし、時間が掛かる。

その上国にとってそう重要な特産品も産出されないため、ハイリスクローリターンと判断され、この地域の流通網は放ったらかされたままなのだ。


行きはよいよい帰りは怖い、というのを体感しながら、安全面にだけは気をつけて進もうとするキリとは違って、残念ながら他のメンバーは短気で気の早い者たちばかりだった。

大雨の中、地震の多い地域で細い山道を馬車引いて歩いてくなんて嫌な予感しかしない、というキリの主張は却下され、ついでに臆病者と嘲笑われ馬鹿にされ、結局大雨の中を強行軍で進むことになった。



結論から言えば、予想通り落石にあった。

でもって、御者を助けようとして、代わりにうっかりこんな所に落ちたキリは見捨てられた。



第二王女の親衛隊であるついでに(とキリが捉えているのも深い訳があるのだが)彼女の婚約者という立場でもあるキリは、彼女を慕って集まってきた親衛隊の人間からしてみれば、まあ正直言って目障りだったのだろう。

ほんの数ヶ月前に入ってきたばかりの新人にも関わらず剣術の腕が立ったのも、やっかみの原因の一つかもしれない。

まあとにかく、あまりよく思われてはいなかった。もしくは、遠巻きにされていた。


今回の遠征は、コーネルという少年を筆頭に、比較的大っぴらに疎ましいという感情を露にしてくる者たちばかりだった。

だから少々自分への風当たりがきついのも仕方ないと思っていたし、嫌味を言われても言い返すくらいの余裕はあった。

一応は仲間として行動していたし、何だかんだ有事の際は彼らが敵にはならないと勘違いしていたから。

しかし、信頼していた彼らは先ほど、動けないキリを見て「間抜け」と唾を吐いて罵倒した後、馬鹿みたいに笑いながら馬車を引いて去っていった。


『どこの馬の骨とも知れないくせに』

『どうせ金やら宝石を貢いだんだろう』

『王女様が本当にお前を必要としているなんてありえないな』


『…仲間?お前が?勘違いするのも大概にしろ』



なんかもう、怒りを覚える暇もなかった。

涙も出てこない。



思い返して小さく吐いた息が、視界を白く染める。

寒すぎて身体の感覚がなくなってきた。

身体を動かせば多少は違うのだろうが、迂闊に動けば死亡フラグのこの状態では無理だ。



しかし、とキリは考える。

この辺りの岩盤が弱いのは、先の体験で確認済みだ。

加えてこの大雨、またいつ落石があっても不思議ではない。

地震が起こってしまったら最悪だ。

ほぼ確実に、この岩棚ごと、下の森に真っ逆さまだ。



魔法が使えたらなぁ、とぼんやり思う。


この世界の人間は、皆大なり小なり魔力を持って生まれてくる。

通常生活で使える小さな魔法から、山を削り海を裂く御伽噺のような魔法まで、規模は様々なれど、魔法はこの世界の人々の生活に欠かせないものになっている。


風の魔法を使えれば、地味に体力を奪う風から身を守ることも可能だし、浮遊して移動もできる。

水の魔法を使えれば、寒さから身を守れるし、何より傷を治す事ができる。

炎の魔法なら身体を温めることができるし、土の魔法なら道を作ってなんとか山道まで這い上がれるかもしれない。


だが、魔力の欠片すら持たないキリにとって、それは単なる夢物語に過ぎない。

魔力を操り様々な現象を呼び起こす魔術師たちを、キリは指をくわえて見ているしかできない。


何故か?



簡単だ。

キリがこの世界の住人ではないからだった。





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