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森の中の7人のドワーフ

 私は小さい頃、お城に入り浸って、小さな探検をたくさんした。『お友達』の泣き虫王子たちと一緒に、それはそれは、小さな少女の悪戯と大人たちが笑って片付けられないくらい、ありとあらゆるところに出入りした。大人たちの作り笑顔がぴくりと引きつるまで怒らせるのが特技ともいえた。それは幼い頃の記憶だけれど、私にとっては唯一輝かしかった頃の、楽しい楽しい記憶だから、よく覚えている。むしろ美化されてきらきらと輝いているのかもしれないけれど。とにかく、ここで重要なのは、私がそれを覚えていたという事。つまり、花園の奥にある秘密のトンネルを、そして、それを抜けた先は城の外で、森に繋がっているという事も、覚えていた。

 そういったわけで私は、黒猫が足止めしてくれているのを良い事に、綺麗なドレスが台無しになるのを惜しみながらも薔薇の棘が茂る秘密の花園の奥を抜け、泥だらけになりながら狭いトンネルを掻き分け、鬱蒼とした森の中に逃げ込んだ。夜の森は暗く、空を隠すように四方を囲む木々は高く聳え立っていて、不気味にその葉を揺らしていた。枝に遮られて月の光も星の光さえ届かないから、足元は真っ暗で何も見えず、パーティー用の細く華奢な硝子のヒールはともすると木の根やぬかるんだ泥にはまり込んで、厄介だった。厄介だけならばまだいいけれど、この靴絶対高価だから、踵のヒールを折りでもしたらたまったものじゃない。そう考えて、私は思い切って靴を抜いて指に引っ掛けた。暗闇の中で不気味でしかなかった森の土は、足の裏に柔らかい感触を伝えて、思ったより痛くなくて安心する。私はそれで勢いづいて、森の中深く深くへと入って行った。自分が居る場所もろくに把握せず、闇雲に森に分け入っていったらどうなるかわからない程だったのだから、後から考えるとやはり、私は結構先ほどの逮捕劇に動揺していたのかもしれない。

 果たして、私は森の中で迷った。最悪だ。

 暗い森の中、夜通しあちらこちら歩き回ったのは、単純にじっとしていると不安だったからで、自分でも闇雲に歩き回るのは単に体力を消耗するだけの無駄な行為だということはわかっていた。

 わかった上でも、それをやってしまって、日が昇って暗い森の中にも枝と枝の間から細い幾筋もの木漏れ日が差し込み始める頃には私の足は鉛のように重くなっていた。とにかくどこかで休みたい。酷使した足を休めて、どこかで横になりたい。ついでにお腹がすいたから何かが食べたい。

 そんな欲求に支配された頃に、都合よく、ふ、と私の鼻孔をくすぐる良い香りがどこからともなく漂ってきた。コレは明らかに何か食物を調理する香り。疲れ切って朦朧とする頭はもはや使わず、私の足は自然と引き寄せられるようにそちらに向かった。

 ふらふらと歩いて到着したそこは一見普通の民家に見えるのだけど、どこかしら違和感がある家だった。違和感があると感じるだけで、それの原因が何かしばらく気がつかなかったけれど、ふらふらと覚束ない足取りで近づいていってドアの前に立って、ようやく思い当たる。ドアが小さい。小さい、といっても通り抜けられないほどではない。私の身長より少し高いくらいだから、成年の平均的な身長の男性ならば頭をぶつけてしまうだろうな、という程度。でも、ここいら一帯で建てられている建物の一般基準から見れば、それはかなり小さい部類だった。さらに、壁や屋根の高さもそれに比例するように低い。全体的に小さく作られているのだ。

 私はドアの前に立って考える。はてさてこの家の主は私に何か食べ物や履くものを、それが無理でもせめてここはどこかという情報を提供してくれるような人々だろうか? それとも、私がここにいる事を王子にチクるだろうか。戸を叩くには勇気がいる。

 だけどこれ以上森でうろうろしていても、獣に襲われるか城からの追っ手に追われるか餓死するかの三択しかなさそうな気がする。もしかしたら別の家を見つけるかもしれないけれど結局その家の前で今と同じ事を考えて見送るのならば、埒が明かないし。

 考えて考えて、考えるのがちょっともう面倒になってきた私はその家の戸を叩く。

 とりあえずはなっから相手の好意なんて期待しなければいいのだ。猫を被って信頼しきったふりをして、相手から情報を引き出し、もらえるのならばその他のものも提供してもらえばいいのだし。

 二回、三回。叩いても人は出てこない。廃墟かしら? でもそうしたらあのおいしそうな匂いは何?

 そっとドアノブをまわしてみると、どうやら難なくドアは開いた様子。私は思い切ってその家の中に足を踏み入れた。

 瞬間。足首に何かが絡まりついて、足をもつれさせてその場で前のめりに倒れた。それと同時に「かかったぞ」という声。おそらく成人男性の複数の声、それにこちらに集まってくる慌しい足音が聞こえて私は痛い額を堪えてぐ、と腕に力を入れて声の主を見上げる。

 「……誰?」

 ふらふらな上に罠にかかって倒れて気力も尽き果てた私はかすれた声で聞く。そこに立っていたのは、城の兵士ではなかった。一番恐れていた相手ではなかった。それはいい。でも、これは誰だろう?

 一見見た目は成人男性、それも中年から初老の男性に見えるのに、妙に身長が低い彼らは。まるで、そう。お話の中にだけ聞く「ドワーフ」のような見たくれの彼らは誰だろう。

 私の問いかけに、一番偉そうに、私の前に仁王立ちしていた初老のおじいさんが厳しい顔で答える。

 「ドワーフだ」

 「……んなアホな」

 「なぜだ」

 「ドワーフは、空想上の生物だし……」

 「目の前に居るのに信じないとは愚かな小娘だな」

 老人は鼻を一つ鳴らして不機嫌そうに言った。

 「まあまあ。どうせ森で迷うくらいだから考え無しの阿呆か犯罪者だろう。そんな小娘の言う事にいちいち腹を立てなさんな」

 横から温厚そうな顔の中年顔が結構失礼な事を言っておじいさんをなだめた。その隣の、どこか賢そうで偉そうなおじさまが私に向かって言う。

 「ところで小娘、お前さんは疲れきっているようだし腹も減っているようだ。我々は君に一晩の宿と食事を提供しよう。だが、一晩だけだ。こちとらあまり危険は犯したくないのでね。一晩ここで休んだら、出て行ってくれ。我々にできるのはそれだけだ。出て行くときは道も教えてやるさ」

 「へ?」

 言いたいだけ言って、彼らはぞろぞろと背を向けて家の中にそれぞれ戻っていく。ひい、ふう、みい……。私は心の中でなんとなく、その背中を数えてみた。全部でななつ。

 最後まで残った偉そうなおじさまは、私に「ついてこい」と言って歩き出したから、私は彼に連れられて歩いた。到着した場所は何よりも望んだ場所。2階のベッドルーム。私はお礼を呟いた後、そこに倒れこむように横になって、深い眠りについた。


 何かを静かにだが、言い争っている声。目が醒めて感じた第一のものはそれだった。ベッドの上に半身を起こして、起きぬけの回らない頭をなんとか覚醒させようと試みる。どれだけ寝たのだろう。たしかこの家に着いたのは朝だったはずなのに、もう窓の外は真っ暗だ。良く寝たので流石に疲れは取れたのか、顕著に体は軽くなっていた。じきに思考もはっきりしてきて、その明瞭さをありがたく感じる。

 ひそひそ話はどうやら近くの部屋で行われているらしい。言うまでもなく、話の主たちは自称ドワーフたちの7人だろう。私は、そっとベッドから足をすべり下ろして音を立てないように静かに歩く。ノブに両手を当ててゆっくりとドアを開いて細い隙間から身を滑り出す。廊下に出ると、すぐに声ははっきりと聞こえた。どうやら階段の下の広間の暖炉の前で会合は行われているらしい。

 「しかし、城のやつらにかくまっている事が知れたら拙いだろう。やはり従順の姿勢を示す為にもこちらから城に通報してだな」

 予想にたがわず離しているのは私の事について、だ。しかも嫌な風に。

 「我々はヤツに従っている訳ではないだろう」

 「しかし実質、今の王はヤツだぞ」

 ヤツ、は王子の事だろうか? 王はもう長年病床についていて、実際の王権は近年王子が握ったも同然だから。

 「しかも、あの娘の父親は、過去、ヤツに反逆を企てた。かくまうのは危険すぎる」

 「一日置くくらいで何故そこまでいきり立つ」

 「我々はただでさえ目をつけられている。あの娘がここに逃げ込んだと知れれば命が危ない」

 は、と鼻を鳴らす音が聞こえた。厳しい声が言う。

 「軟弱者たちが。偽の王子を恐れて媚びへつらい、我々と昔は同盟を結んでいた男の娘を一日だけでもかくまってやるのさえ厭うとは。呆れ果てた臆病ものどもだ」

 「彼と我々は利害が一致しただけだ。同盟なんて大層なもんでもない。……そして、あの男が魔女に殺されてしまった時点で、状況は変わったのさ。私は魔女が恐いね」

 なんだかよく整理できないけれど、重要な話がされている気がする。

 暗い廊下で私はただただ立ちすくんで耳を澄ましていた。

 会合が終わったのはそれからしばらくしてから。私がよろよろと部屋に戻ると、ベッドの上に食事とメモがのっていた。

 『メシを食って逃げろ。地図を描いておく』

 私は食事に手を伸ばしながら考える。会合中にあの厳しい老人が一度だけ、トイレに行くと言って席を立ったことを。

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