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忘れ去られた王子の銅像

 「いやしかしお美しい。あなたは光り輝くばかりにお美しい。美しすぎて目が潰れそうですよ」

 今コイツ一つの会話の中で3回も美しいって言った。

 お世辞に少々うんざりしながらも、せっかく王子様が紹介してくれたカモなので、にこにこしてお相手をしてた。苦痛。だけど、貧乏な私には選ぶ道がないので我慢我慢。なんせ、この人ならわが家を建て直すのに充分な収入があるし、身分もある。もし彼を捕まえて、結婚できたならば、あの鬼婆のような母や義姉たちの言いなりにならなくてすむだろうし。

 「いやだわそんなおほほほほ」

 棒読みになってしまったのですがそれはまあ、しょうがないという事で。

 仲介人の王子様は、私の横に立って引きつった顔で辛うじて笑っている。引きつっている理由の一つは私の脅迫ではあるけれど、もう一つはわたしのせいじゃない。ここから数メートル離れた場所から先ほどの「公爵家に嫁ぐ事が決まっているにもかかわらず、何故か王子の子供を身ごもっているご婦人」が焦げてしまいそうな程熱い視線を王子に送っているからだ。その視線は部外者の私でも側にいるだけで、ちくちくと感じるはずのない痛みを肌に感じるほどに強烈だ。いやはや女性の恨みって恐ろしい。

 「彼女は僕の古い友人で、小さい頃から素晴らしい女性でした」

 「例えばどんなところが?」

 もうちょっとアピールしてもらおうと、私がそう問いかけると、王子の頬がぴくりと更に引きつる。

 「……あの、とても活発で、明るくて……元気で」

 見ているほうがはらはらするくらいしどろもどろなので、無意味な掘り下げはやめておこう。墓穴を掘りかねない。

 王子のテンションはいまや最悪で、一刻も早くパーティーをお開きにしたいらしい。先ほどから、自分はもうここを去ってもいいかと、何度も視線や小声で訴えてくるし。でも紹介してもらった貴族はまだ八人目だ。まだいける。もっと選択肢を……!

 お世辞男を適当に切り上げて、王子の服の裾を催促するように引っ張ると、王子は泣きそうに情けない顔をした。

 「まだ足りないの!?」

 「うん」

 すっごい何かを言いたそうな顔。でも気にしない。

 選択肢はなるたけ広い方がいい。確率がその分上がるんだから。

 息巻いていたら、突然ホールが静かになった。なんだろう、と中央を見るといつの間にかペアになって向かい合わせの男女たちがホール中央に集まっていた。申し合わせたように、楽団が穏やかな三拍子のワルツを奏で始めると、彼らは光の反射するホールの床の上を滑るように、煌びやかなドレスの裾をかすかに揺らめかしながら、動き始めた。ダンスタイム。 私の横で王子が安堵の息を吐くのが感じられる。それが面白くなくて、王子に文句を言おうと口を開きかけたその時、突然背後から声を掛けられた。

 「よろしければ、一曲お願いできませんか?」

 それは王子に四人目に紹介された男性で、今のところ一番の高ステイタス高身長、中ルックスの男性だった。つまりうん、一番理想的。王子の補佐をしている、という人で、王子には勿体ないほどの仕事のできそうな人だった。

 断る理由なんてありえないので、私はあっさりと王子を解放してその人の手を取る。彼に手を引かれて、吹き抜けの広いホールをくるくると。良かった、貴族の端くれだから、というよりは玉の輿を掴むためにと一応ダンスは習得しておいて。

 ゆっくりと心地の良い三拍子は、足の動きを滑らかにする。心を弾ませる。

 一曲どころか三曲も続けざまに踊ったところで、私は彼に誘われてバルコニーを通って庭に出た。踊り続けて火照った体に、少しひんやりとする夜気が気持ち良い。空の星々がいつもよりも一層輝いているように見えた。

 彼の低い声は、心地よく私の耳に響いて、私はうっとりとした目で傍らの彼を見上げようと斜め四十五度下めに、慎ましやかに伏せていた目を上げたところで驚愕の事実発見。数メートル先に鬼婆もとい母と姉の姿を発見した。体中の血の気が引いて、私は慌てて目を伏せなおす。幸い、あちらにはまだ気づかれていない。どうやってこの場所を逃げ出そう? せめてもう少しでも、影の濃い方へといけば夜の暗がりの中だし、感づかれる事もないかもしれない。けれど、そんなところに誘い込めば変な勘違いをこの人にされかねないし……。

 頭の中で必死に答えを探していたら、答えの方からこっちに来てくれた。

 「申し訳ありません。王子が呼んでいるようです。」

 傍らの人が、残念そうな声でそう言うので視線の先を追ってみると、確かにバルコニーから身を乗り出して、王子が何かを必死に合図している。私と目が合うと、さっとその顔が強張ったけれども。

 「少し、こちらでお待ち頂けますか?」

 「……ここで?」

 「はい」

 彼は少し照れたようにはにかんで言う。

 「本当は、一緒にホールに戻りましょう、と言いたいところですが、そこで貴女が他の男性に声を掛けられてしまうのも、癪なので」

 ちょっと! いい感じじゃない!? これ。

 私は慌てて、恥じ入るように顔を伏せた。彼は着ている上着を私の薄いドレスの肩の上からふわりとかけると、「すぐに戻ります」と私に囁いて小走りに王子の元へと向かう。

 その後姿をうっとりと目で追いながら、私は内心で喝采を上げていた。すごい! 行ける! 夢の玉の輿がこんなに簡単に手に入るだなんて!

 「たらしこむつもりが、たらしこまれてないよね?」

 突然そう足元から声が聞こえて、私はそちらに目を遣る。黒猫は、面白くなさそうにぎゅー、と前足を突っ張って伸びをした。

 「いつからいたの」

 「暗い中は身を隠しやすいしね」

 「ここに来たときからずっと、か……」

 私が睨みつけるのにも反抗的にぷい、とそっぽを向いて、黒猫はきびすを返す。

 「ちょっと、どこ行くの?」

 「君はここでアイツを待ってなきゃいけないんだろ? 僕は君の義母さんに見つかると厄介だから、向こうに身を隠すけどね」

 「ちょっと、何その嫌味な言い方」

 私は黒猫の後を追いかけて歩きながら文句を言う。

 「ついて来ていいのかよ。あいつ、待ってなきゃ拙いんじゃないの?」

 「いちいちつっかかるわね。すぐ私も隠れてて、彼が戻ってきそうになったら戻ってくるわよ」

 「彼、だってさ」

 「だからさっきから何なのよ」

 言い争いながら茂みの奥へ奥へと進んでいた。振り返れば、バルコニーはまだ見えるし、彼はまだ王子と話している。大丈夫だ。

 「ところで、どこまで行くの?」

 「……ちょっと、気になるものがあるんだ」

 黒猫は、ようやくいつのも黒猫らしい口調……いや、元はいつものネズミらしい口調で言った。

 「気になるもの?」

 「うん」

 闇の中は我が家とでも言うように、黒猫は滑らかな身のこなしで、するりするりと奥へと進んで行く。

 歩いて行った先に、ぽっかり開けた場所があって、そこにおもむろに一体の銅像が現れた。

 「……なにこれ?」

 城の中は知り尽くしていると思っていたのに、それは初めて見るものだった。若々しい少年の銅像。王冠を被っているから、王子様なのかもしれない。だけどその少年の顔は溌剌とはしていなくて、何かに酷く驚いたような顔をしている。まさにこちらを振り返ったばかり、というような動きのある体つきといい、よくある彫刻とは何かが違っていた。まるで……。

 「すごい彫刻。これを作った人ってきっとすごい腕の持ち主なんだね。普通、ポーズをとったモデルを見て作るのが主流なのに、こんな一瞬の動きを捉えた彫刻作るなんて。表情とかもすごく躍動的。まるで生きてるみたい」

 「何その解説者みたいな彫刻評論」

 「何か悪い?」

 「いいけど。そこまで美術に興味あると思わなかったよ。僕ならもっと別の場所に気を取られるし」

 「……すっげぇ勢いで、盗みの憂き目に合ってるね」

 「そこだよね」

 そう、この銅像、被っている王冠の宝石が合ったであろう場所、とか。腰に刺している剣の宝石のあったであろう場所、とか。その他服飾品の宝石とかを、全て剥がされているのだ。

 「こんな目立たない場所に設置しとくから、誰も盗まれたの気づかないんだよ」

 「っていうか、盗んだの城の内部の人間だよね。こんな場所、そうでなきゃ入れないし」

 「わかんないけど……」

 黒猫が言いかけたとき、背後で茂みをかき分ける物音がして、私は反射的に振り向いた。

 そこには、先ほどの彼が心なしか険しい顔をして立っている。

 そうだ! あの場所で待ってるって言ってたんだっけ? いけないいけない。

 私は慌てて取り繕うと口を開きかける。それを制して彼は思いがけないほど冷たく、厳しい声を出した。

 「失礼ですが、貴女に盗人の嫌疑がかかっています」

 「は?」

 「城から、非常に高価な宝石が盗み出されました」

 言いながら、彼の視線は私の背後にある宝石類の全て取り去られた銅像に留まる。

 「……あれも、ですか」

 濡れ衣だし!

 きめつけられてるし。

 「心当たり、ありませんけど。あの銅像だって、今発見したばっかりだし」

 迫力に後ずさりしながら言い訳を言ってみるけれど、聞く耳は持ってくれていないようだった。今更気がついたけれど、彼の背後には数人の衛兵が生真面目な顔で付き従っている。

 「あらためさせていただきます」

 彼の手が素早く動いて、私の腕を掴む。それが痛くて、私は小さく叫んで身をよじった。その拍子に、私が着ていた上着……元は、彼が私にかけてくれたもの、だけど。そのポケットから、ころん、と重量のある何かが足元に転がり落ちた。

 怪訝に思って、私はそれを目で追った。彼も衛兵たちも、目で追った。

 それは、暗闇の中でも判別できる、大きな宝石。

 一瞬の後、彼の号令がその場に響き、衛兵たちが私目指して駆けて来る。

 私はいまだ事態がのみこめず、もたもたしていたところに、黒猫の叱るような声が聞こえた。

 「何してるの! 早く逃げるんだよ」

 声に促されたように、弾かれた様に私は走り出した。

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