表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

花園の秘密

 城とか超久しぶり。

 ウチの家計が傾く前は……というよりお母様が亡くなって継母が来てからめっきり来れなくなったけれど、昔はよく両親に連れられて訪れた。

 と、感慨にふけりながら馬車の窓から城の遠景を覗き見ている。っていうかこの馬車ちょっとびっくり。カボチャの馬車なの。カボチャ風、なら分かるんだけど本気で冗談なしにカボチャ。外観、カボチャの皮特有のざらっとしながらつるんと滑らかな緑だし。窓枠カボチャの身のオレンジだし。外はきらきらの装飾でお洒落に飾り付けられているけれど、中だって、可愛いクッションやら椅子カバーやカーテンで飾っているのだけど、やっぱりカボチャなので内部はちょっと青臭い。

 それもこれもあのマヌケでマッチョなランプの精が「いくら俺でも、なんにもないところからそんな色々用意できませんってー」といかにも当たり前のように言ったからで、「あ、ちょうどこんなところにカボチャがあるじゃないですか」と、いかにも名案というような弾んだ声で言いやがったからで、「カボチャの馬車なんて、わーお洒落ー」とぬかしやがったからだ。とりあえず、他の客からは見えないような適度な場所で馬車から降りて、そこから徒歩で行く予定だ。中途半端に使えないランプの精。……まあ、感謝はしてるんだけど。私のボロ服をちょっと信じられないくらい高級なドレスに変えてくれたり。手先が器用だとか言って、くるくるって私の髪をきれいに纏め上げてくれて、庭に咲いていた雑草をくるっと指を動かして大輪の薔薇に変えてそれを刺してくれた。それで、私のボロ靴を服と同じようにランプの精が変えようとした時に、黒猫が突然声を上げた。

 「待った待った。靴ならある」

 ネズミのときよりも体がでかくなったせいで若干慣れないらしくて、猫としては異例の鈍臭さであちこちにがつがつと体をぶつけながら私の方に走ってきて、人のドレスの裾を噛んで、私を引っ張って連れて行こうとする。綺麗な、新品同様のドレス。私は一発猫を殴ってから、道案内されるまま部屋の棚の一番下を開いた。

 そこにあったのは、ガラスの靴。

 綺麗な、薄青がかったガラスの靴が一足、丁寧に箱に入って大切そうに柔らかい布にくるまれて入っていた。

 「伯爵が君がお嫁に行くときのために買って置いたんだ。これなら流行り廃りもなさそうだし、とても高級なものだしね」

 「サイズ合わなくなってたらどうすんの」

 「え? 合わないの? 奥様のサイズと合わせたようだけど」

 私はそれを箱から出してみて、床に置いて、そっと、壊さないように恐る恐る足を入れてみた。まるでぴったり。

 「さすが伯爵」

 「てかなんであんた、そんな詳しいの」

 「僕はネズミだよ? この家の事はなんでも大抵知ってるよ。君の胸のサイズは長女には負けてるけど次女には買ってるから頑張れ!」

 「もっぺん死んで来い」

 私はガラスの靴を脱いで素足で黒猫を蹴りつけた。ちょっとかすったけど、ちゃんと避けたので、段々体にも慣れてきたのかもしれなかった。

 そんな事情があって、私は万全準備が整って、城に向かっている途中なのだ。

 城は過去の記憶にあるよりもずっと大きくて贅の限りをつくしているように見えた。そう、税をつかって贅の限りを……。うちの義母たちもそうだけど、どうしてこの国にはそんな馬鹿ばかりが多いのか。自分たちのちょっとの贅沢の為にもどれだけの人に迷惑をかけているか知っているのかと。そういうことを口に出すと社交界では白けた顔をされる。知ってる。だから私の父は割と貴族の間で「堅物」とか「変人」とか「朴訥」とか言われてた。それでも母も私も誠実な人と信じていたのだけど、あの書斎を見ちゃうとなー……。しかも母の後に娶ったのがあの義母だという事からも、趣味はそんなに良くないかもしれない。

 それはともかく、一応むかしのよしみで私にも来ていた招待状を見せると門番は簡単に私を入れてくれた。

 天井がとても高くにある丸天井のいちばん中心の高いところにこちらから見たら小さく見えるけれど、きっとそばで見たら余程大きいのであろうシャンデリアが飾ってある。その光で、部屋の中の何もかもが輝いて見えるほど眩しい。まあ、実際輝いてはいるのだろう。本物の純金純銀を使った食器も、燭台も、額縁も柱や壁の装飾も。ご婦人方の装飾品も。料理の数々もとても素敵。常に温かく湯気をたてている料理はそんなに手がつけられていなくて、もし残ったらどこにいくのだろう? この、程よく焼いて、内側には赤みを残した肉の上にグレービーソースがかかったロースとビーフとか、口に含むとジャガイモの味と一緒にバターの香りがふわっと口の中にひろがるマッシュポテトとか、肉が超柔らかくなるまで煮込んであるビーフシチューとか……ってゆーか、超美味い。立食ってその気になれば食べたいだけ食べれるからいいわよね。

 とか食べまくってたら本来の目的は達成できないので程よく満腹になったところで手を止める。本来パーティーって知り合い同士の挨拶とか、紹介とか紹介とか紹介とかで食べる暇なんてあまりないものなんだけども、さすがに私は知り合いもいないし単身で乗り込んできたから誰にも話しかけられない。私空気。こういうところですよ、社交界って。ろくでもない。

 さて、おなかも一杯になったので「知り合い」でも探すかな、と私は行動を開始する。といっても、知り合いって義母じゃないですよ? むしろ義母見つけたら真っ先に逃げるけど。

 知り合いと言うのは、幼少期にこの城で一緒に遊んだお友達。彼の一言があれば、私は社交界の誰もから笑顔で迎え入れられる筈。そんな素敵な権力をお持ちのお友達。

 まあ、王子様なんですけど。

 今考えると、昔の我が家は本当に、身分の高い、財力のある家だったんだなぁ、と気づく。今はこんなに没落してても。というか、なんでこんな短期間に没落? って言ったらあの義母たちのせいに他ならないのだけど。

 小さい頃に非常によく遊び場にした城は実は結構身近なもので、抜け道とか、部屋の配置とか、かなり覚えている。使用人だらけの調理場を通って抜ける中庭とか、別棟のリネンルームからつながっている裏口を抜けていった先にある花園とか。

 王子様のお部屋は、一般的には城の中にあるって言われてるけど、その部屋に実際に暮らしているのは実は影武者で、本物は中庭を抜けて行った別棟の、これまた豪華な庭園に面した一室だと言う事も。その部屋に人に見つからないように行くには中庭を抜けて気の陰に隠れながら前進して、部屋の目の前の木を上って行けばいいって事も。

 私は何気ない顔でホールを抜けて、中庭に出る。中庭にも普通にパーティー客はいて、そこかしこでグラスを片手に談笑に励んでいる。

 それを横目で見ながら、なるべく木の影の色の濃そうな場所を選んで、警備兵に注意をしながら身を低くして歩む。

 それは案外やすやすと行って、難問の木の根元。私はもうそれについては考えてある。膨らんだスカートの内側にポケットをつけて、ちゃんと持ち歩いてきたランプ。最後の一つの願い事。

 使わないときはランプに篭って休んでいると言う怠け者のランプの精を呼び出すためにそれを取り出したら、足元に衝突してきた黒い影。

 「なんでそんな簡単に使っちゃおうとするんだよ」

 って大慌ての声。だけどその声を聞いて私も大慌て。

 「あんた、何ついてきてんのよ。え? ていうかいつから? どこから?」

 「家から。馬車に忍び込んで」

 「よく番人に見つかって掴み出されなかったね」

 「門をくぐるまで君のスカートの中にもぐってたから」

 とりあえず、蹴り。避けられないできちんと制裁をうけたのは、それなりに悪い事をしていると思っている証拠かもしれないけれど。

 「一応、願い事がかなうランプなんて珍しいんだから、もっと大切にとっておいてよ。これから必要な事も出てくるかもしれないだろう」

 「制限きつくてそんな大したこと出来ないじゃない」

 「それでも、必要になるかもしれないだろう」

 なんか熱心に説得された。そんなもの?

 「それに、なんで王子が部屋にいると思うんだよ?」

 「ご婦人方の噂で王子様はお加減が優れないのでお部屋で休まれているそうですわ。って盗み聞きだけど。どんだけか弱い王子様ですわよね」

 「でも、部屋にいないよ」

 「なんで」

 「覗いてきた。今」

 「あ、そっか。猫は木に登れるんだ。……よく下りて来れたね」

 「馬鹿にするな」

 ちょっとプライドを傷つけられたようにむっとした声で言って、それから補足。

 「とりあえずホールへ戻って大人しく、物欲しげに立ってたら、君くらいの容姿なら誰か適当な男性が声を掛けてくれるから。ご飯とか食べてないで、大人しく待ってなよ」

 「だってみじめな気分になるんだもの」

 「分かるけど。わがままじゃない?」

 「……はい」

 はあ、とため息をついて、ホールに戻ろうとする。近道しないで、かといって人目にもあまり見つからないように迂回して。昔よく遊んだ中庭を通り抜けて、別棟の裏をこっそり通って、そこでふと足を止めたのは懐かしい思いに捉われたから。そこから続く小道。夜の闇の中で見ると影になって鬱蒼と見える入り口はきっと薔薇のアーチとなっている筈だ。この先によく昔みんなで遊んだ「絶対に入ってはいけない」そして「入れない」花園がある。なぜかそこに入れる鍵を発見してしまった私と彼らはよく内緒でそこに入り込んで遊んだ。遊んだのだけど……。

 記憶は遠くて、よく思い出せない。王子の事だって、もう遠い昔に一緒に遊んだ、くらいしか覚えがない。よくいじめた覚えがあるし、いわゆる握られたくない「幼少時の秘密」をそりゃもうたくさん握っている覚えはあるけれど。

 それに、あの時一緒に遊んだのは王子だけではない気がするのだけど……?

 そんな考えに捉われて足を止めていた私は、黒猫がまたもやドレスの裾を引っ張るので我に返った。

 「ああ、ごめん。行く行く」

 足を踏み出しかけたとき、花園の奥からなにか物音が聞こえたような気がした。気のせいかな、と思って黒猫を見たら、顔をそっちに向けていたので、やっぱり聞こえたのだと確信する。猫の耳は耳たぶが大きいだけ人間より良い。

 「何?」

 私が訪ねると、黒猫は私を振り向いて、ちょっと小首をかしげた。

 「なんだろう? 女の声に聞こえた」

 「ええ? 幽霊系?」

 「いや、多分生身のだとおもうよ……」

 やだ。恐いぃ。とか言いながら、私はそのアーチの方に一歩足を踏み出している。

 「え、行くの?」

 「行くよ。気になるのをそのままにしとくと後々気になるから」

 「あ、そう」

 猫は諦めたようにそう言って、私の後に続いた。

 昔は高く見えたアーチも、今はちょうどくぐるのに良い高さで、相変わらずアーチまでは手入れがされているのだな、と思う。その先の花園は、昔から荒れ放題で、野生化した草花が好き放題に成長しているのだ。そして、蔦に絡まった鉄柵はいつもその扉を閉ざしている。

 という記憶に反してあっさり鉄柵は開いていた。いつのまにか開放するようにしたのだろうか?

 そう考えながら一歩足を踏み出したらすごい荒れ放題の草花を踏みつけた感触。開放したのなら相変わらずのこの荒れた感じは不可解だな。

 「どうしてくださいますの」

 と、突然甲高い、どちらかというと耳障りに聞こえるほど高く感情的になった女性の声が聞こえた。その後に、不明瞭な、口の中で篭ったような言い訳がましいこちらは男性の声。

 「どうしてって言われても。君も合意の上だった事だし」

 「どうしてあなたはいつもそうやって煮え切らないんですか」

 「君から誘ったんだろ」

 「だからって、あなただって気を使ってくださっても……わたくし、これから公爵家に嫁ぐ事が決まっていますのに、子供が出来た、なんて」

 あらまあ、と私は思わず猫と顔を見合わせる。なるほど、誰も来ない花園でならこういう内緒話にはうってつけよね。……でも、ここの鍵を持ってる人は限られているはず。

 私は一つの予感に鼓動が早くなるのを感じた。もしかして。もしかして。

 ちょうどその時に、女性の声。

 「あなたも、一国の王子なら、しっかりとした態度をとってくださいませんこと」

 やっぱり!

 私と黒猫はもう一度目を合わせて。そして、目配せ。

 格好の材料が出来た。昔の思い出じゃなくて新鮮な今の。

 脅迫材料。

 黒猫が意を得たりとばかりに私の隣から走り出す。

 女性の小さな叫び声が響いて。なんだ、猫? 的なやりとりが続く。

 私はわざとらしく歩き出してネコっぽい咄嗟につけた名前を呼びながらそちらに近づいた。どこいったのよ、もう、とか言いながら。

 二人の固まる姿と、女性がなんとか適当に挨拶をしてそそくさと去って行く一連の行動の後、私は残された王子様に笑いかける。

 「お久しぶりです。王子様」

 「久しぶり?」

 疑問を解決してあげようと、自家の名前を名乗ると、王子は、ああ、とちょと引きつった顔をした。だから、ほら。昔からどっちかっつーとイジメ気味だったから。

 「我が家もすっかり没落してしまって。それで、お願いがあるのですけれど。……あ、今のお話少し小耳に挟んでしまいました。王子様も色々大変ですわね」

 できるだけ上品に微笑んで言うと、王子は更に顔を引きつらせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ